第226話 銀の新星、王子の怒り
試験会場の中央──
ざわめきの中心に立つ銀髪の少年を、ラグナ・ゼタ・エルディナス第六王子は憎々しげに見つめていた。
光を反射する銀の髪。
どこか線の細い、頼りなげな体格。
おどおどした挙動。
顔の造形こそ整ってはいるが、
どう見ても“モブ”だ。
ゲームでも名前すら出てこない背景キャラの類だ。
だというのに──。
(……何なんだ、アイツは……!?)
ラグナは拳を震わせた。
(あんなキャラが、編入試験に現れるなんて……聞いた事ないぞ!?)
(ルセリア学園編入試験は三ヶ月に一度の“ガチャイベント”……!ランダムでURやSRの人材が入学し、親交度を上げて仲間に引き入れる、あの重要イベントだろ!!)
ゲームプレイしていた前世の記憶が、怒りと混ざって蘇ってくる。
今日は“当たり日”だった。
実技で19000、24000という破格のスコアを叩き出した"UR級"の受験生が二人もいた。
(どっちも欲しい……!
絶対に仲間にしたい……!!)
ウキウキで妄想を膨らませていた、その矢先だった。
受験番号108番──。
フォルティア荒野で見かけた銀髪の少年。
アルド・ラクシズ。
(……よりによって、ブリジットの近くにいたあの家事手伝いの小僧か。まぁ、ただのモブだろう……邪魔にはならん……はずだった……のに!)
ラグナは叫びたい衝動を必死に抑え込む。
なぜなら──
あの108番は。
ラグナ専用魔法"核撃魔光砲"を放った。
しかも、無詠唱で。
(……ありえない……ッ!!)
ラグナの血管が浮き出る。
(あれは“主人公専用魔法”だぞ!?
僕の象徴、僕の代名詞、僕がこの世界の主人公である最大の理由!!それを……あの銀色のモブが……!?)
歯を食いしばりすぎて、ギリッ、と音がした。
「なんなんだ……あの銀色の小僧は……!?
ただのモブキャラのくせに、僕の"核撃魔光砲"を使うなんて……!?」
そんなラグナの肩の横で、メイド姿のリゼリアが両手を口に当てて震えていた。
「そ、それに……完全に無詠唱でした〜……!
そんな事が出来る方が、ラグナ殿下以外にいるなんてぇ〜〜……!」
アワアワと慌てふためきながら、さらに余計な一言を続ける。
「他人の開発した術を無詠唱でコピーするだなんてぇ…… もしかして、あの方、殿下以上の天才……なんて事は無いですよねぇ〜!?」
「なっ……!?」
ラグナは横目でリゼリアを睨んだ。
今までで一番強く。
その瞳は冷たく、怒りの色を宿していた。
セドリックが内心で絶叫する。
(バカ……!!! リゼリア、余計な事を言って機嫌を損ねるんじゃない!!)
一方のリゼリアは、わざとらしく頬に手を当てて、
「いっけない! わ、私ったらぁ〜余計な事を言ってしまいましたぁ〜!!」
などとポーズだけ反省している。
本気で反省している気配はゼロ。
ルシアはというと──「……。」
無言のまま。ただし、珍しく目を見開いて、アルドを凝視していた。
セドリックは深くため息をつく。
(ルシアもリゼリアも……殿下とは違った意味で掴みどころが無い……しかし今考えるべきはそこじゃない……!)
視線の先。
試験官に囲まれ、アルドが必死にオロオロしながら否定している姿。
(……アルドくん……君は一体……何者なんだ……!?)
そんなセドリックに対し、試験官は“火に油”を注ぎ続けていた。
「いやぁ、素晴らしい魔法技術でしたッ!!
まさかまさかの、ラグナ殿下の専用魔法をコピーするという神業!!
これは『ラグナ王子を超えるのは自分だ!』というメッセージと捉えてよろしいのでしょうかッ!?」
「えっ!?
と、とんでもない! そういうつもりじゃなくて……
本当、大したことは……!」
アルドが必死に否定するが、試験官は興奮で耳が遠くなっている。
「なるほど!!
『ラグナ王子の専用魔法をコピーするくらい、自分にとっては大した事じゃない』と!!
さすがは“銀の新星”!!
ビッグマウスをビッグマウスと感じさせない説得力が、その全身から滲み出ておりますッ!!」
「いやいや!!そうじゃなくて!!
あんま煽らないでもらえます!?!?」
会場は大歓声。
『おおぉーーーっ!!』
アルドは汗だくで混乱しているが、
ラグナは、そのアルドを睨みつけながら青筋を浮かばせていた。
「僕の専用魔法をコピーする事くらい……大した事じゃない……ってか……!?」
空気が震えるほど冷え込む声。
セドリックが慌ててフォローに入る。
「し、しかし殿下! スコアは殿下の方が上でしたし、そこまで……」
「いいや!!」
ラグナはセドリックの言葉を切り捨てた。
「見たか!?ヤツのスコア……【28286】だ!!」
「……はい?」
「28286……これはつまり……“ニヤニヤ6”!!
第六王子であるこの僕を、スコアでも嘲笑しているんだ!!バカにしやがって!!」
(いや、こじつけにも程がある!!怒りで冷静な判断が出来なくなっておられる……!)
セドリックは心の中で叫んだ。
しかし仕える身としてツッコむ事はできない。
(……だが確かに、アルドくんは只者ではない。
ひょっとしたら……フォルティア荒野で殿下を気絶させた犯人も……?)
疑問と焦燥が、セドリックの胸をざわつかせた。
ラグナの怒りは、もはや抑えきれない炎となって瞳に燃えていた。
「絶対に……許さない……」
小さく、誰にも聞こえないほどの声で、
しかし確実に“敵視宣言”を呟くのだった。
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(アルド視点)
ようやく、試験官の猛烈インタビューから解放された。
あの試験官の人、なんなの……?
途中から語尾に火がついたみたいに熱くなって、
「銀の新星!」とか「ラグナ超え!」とか言いたい放題で、俺が否定すれば否定するほど、勝手にポジティブに補正してくるし。
ほんと、もう総合格闘技のリングアナウンサーとして働いた方がいいんじゃないかってレベルだった。
そんなことを思いながら、俺はぐったりと肩を落として受験生の輪へ戻る。
すると──。
ざわ……ざわ……ざわっ……
近づくほどに、他の受験生たちが小声でヒソヒソやっているのが聞こえる。
「あの人が……」
「コピーした……本当に……?」
「無詠唱……?」
「ヤバくね……?」
いや……うん……分かるけどさ……
そんな怖いモノでも見るみたいな目で見ないでほしいんだけど。
目立ちすぎた……完全にやらかした……。
胃がキリキリしてきた俺は、なんとなく周囲を見回した──
ラグナ王子と、目が合った。
「…………」
ひ、ひえぇぇ……!!
完全に鬼の形相。
あの王子、笑うとキラキラの光エフェクトが出るくせに、今は背後に黒いオーラみたいなの出てる。
ギャップが怖いのよ。
(……結局、面倒な事になった……)
胃の奥が冷えていく感覚に、思わずため息がこぼれそうになったその時。
「──おーい、アルドく〜ん。」
軽くヒラヒラと手を振りながら近づいてくる人影があった。
ザキさんだ。
細い目がいつもの調子でニコ〜っと笑っているのが見えて、俺はちょっとだけ救われた気持ちになる。
ザキさんは、俺が戻るやいなや、
まるで面白動画を見た直後みたいなテンションで笑って言った。
「いやー、凄かったわ、アルドくん。
俺とあのパチキ姉ちゃんの記録が霞んでもうたわ。」
「いや、その……ほんとに偶然というか……」
俺がしどろもどろに言うと、ザキさんはケラケラ笑いながら続ける。
「それにしてもビックリしたで?
俺の斬撃見切るくらいやから、てっきり戦士タイプなんか思っとったんやけど──
アルドくん、魔導士やったんやね?」
「いや、魔導士って訳でも無いんだけど……
まぁ、魔法もそこそこ使えるっていうか……ほんの、そこそこ……?」
例によって曖昧な言葉でごまかす俺。
案の定、ザキさんは即座にツッコんできた。
「いやいやいや、そこそこいうレベルちゃうやろ。
第六王子の代名詞みたいなオリジナル魔法、パクってもうてんねんで?あれはもう、驚いてええんか笑ってええんか分からんレベルやで。」
「や、やっぱり……?」
笑ってごまかすしかない俺とは対照的に、
ザキさんは肩を揺らして笑い続ける。
けど──。
その笑いが、ふと途切れた。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
ザキさんの横顔が、どこか……
らしくないほど真剣な雰囲気をまとった。
「……ほんま、今の段階でアルドくんの存在を知っておけて、良かったわ。」
その声は、驚くほど小さかった。
誰にも聞こえないように
俺の耳にだけ届くように
深い溝の底から響いてくるみたいに。
「……え?」
一瞬、返事が詰まる。
それは“軽い言葉”ではなかった。
いつものノリではなく、
チャラ男スマイルでもなく、
もっと、底の深い……剣士の眼をした声だった。
だから余計に、聞き返すこともできなかった。
ザキさんはすぐに、いつもの顔に戻る。
細い目を三日月みたいに曲げて、ニカッと笑う。
「なんでもあらへん。気にせんといて。」
軽く肩を叩かれたその瞬間、
なぜか、背筋をほんの少しだけ冷たい風が撫でていった気がした。
まるで──
“俺はお前を観測したぞ”
と言われたみたいな……そんな感覚。
胸の奥が落ち着かないまま、
俺はザキさんと並んで、会場を見渡した。
ラグナ王子の視線は依然として鋭く、
長身お姉さんはなぜか、ウロウロ俺の周りを歩いているし……
なんか、知らない方向に話が転がってる気がする。
マジで、これ以上ややこしくならないでほしい。
心の底でそう祈りつつも、
俺は自分の胸騒ぎが、さっきの一撃よりもずっと重い事に気づいていた。
◇◆◇
ザキさんと話していたせいで、ちょっと気が紛れていた──
ほんの数秒前までは。
ふと横を見ると、
例の“長身お姉さん”が、いつの間にか俺たちのすぐ近くに来ていた。
いや、近すぎる。
普通にグループの一員くらいの距離感だ。
……もしかして、俺の試験結果……見て興味持ってくれた?いや、まさかそんな──
「あ、あの……」
勇気を出して再び声をかけようとした、その瞬間。
ビクッ!!
お姉さんは肩を跳ねさせ、
俺の方をチラッとだけ見て──
みるみる頬が赤く染まり──
「…………っ!!」
くるんと顔を背けたと思ったら、
ササササッ!!
と、妙に高速で距離を取っていった。
ええええええええ……!?
何その反応。
怒ってるの?照れてるの?怯えてるの?
全部に見えるんだけど!?
俺は片手を宙に浮かせたまま固まった。
「……俺、何かした?」
小声でつぶやくと、ザキさんが「まぁ、色々と派手に目立ってはいたけどな。」と苦笑した。
そんなカオスな空気の中、
それ以上に“やばい存在”が近づいてきた。
キラキラキラキラ……
「……っ!?」
ラグナ王子だ。
笑顔だ。
めっちゃ笑顔だ。
異様にキラキラしている。
背景に花と光のリングが舞っている。
(な……何で笑ってるの!? 怒ってなかった!? さっきまで絶対怒ってたよね!?)
俺が内心で混乱していると、王子は両手を大きく広げ──
「やあやあ、実技テストTOP3の諸君!
三人とも、実に素晴らしいスコアだったね!」
めっちゃ爽やか!!
声がいい!!
なんなら拍手までしてる!!
こ、これは本当に怒ってないのでは……?
俺の早とちり……?
隣でザキさんは、
「ん……」
と一瞬肩を震わせたが、すぐにプロの接客スマイルを作り、
「これはこれはラグナ第六王子殿下。
いやいや、殿下の魔法に比べたら、僕の剣技なんてガキのチャンバラですわ〜」
と完璧な大人対応をかました。
ザキさん、あんたラグナ嫌いって言ってたのに、
そんな素振りも全く見せずに。
長身お姉さんも微笑む。
「まあ、王子殿下。
貴方の魔法も、とても素敵でしたわ。」
俺のことは避けたのに……。
結構地味に傷つくんだけど。
俺も勇気を出して笑顔を作り、口を開きかけた。
「え、えーと、ラグナ王子殿下。さっきの魔法は──」
しかし王子は、
俺の言葉を、まったく聞かなかった。
聞く気すらなかった。
俺の方向をスルーしながら、
「謙遜は無用だよ、君の剣技。実に見事だった。」
とザキさんに向き直った。
(えっ……シカト!?)
困惑している俺を完璧に無視し、
王子はグイッとザキさんに手を差し出す。
「さぞ強力なスキルを持っているんだろうね。」
その言葉に、ザキさんの表情が一瞬だけ固まった。
あれ……?なんか反応が変だったな。
でもすぐに笑顔に戻り、王子と握手した。
次に王子は、長身お姉さんへ向き直る。
「貴女のような美しい女性が、
あれほどのスコアを出すとは、驚嘆しましたよ。」
その瞬間、お姉さんは
「まッ! 美しい女性だなんて、お上手ねッ!」
と一瞬テンション上がったが──
ハッ、とした顔で俺を見る。
そして、
ブンブンッ!!(首振り)
からの、キリッ!!(表情引き締め)
「光栄です、ラグナ殿下。」
……いやだから何なのその反応?
俺となんか関係あるの?
そして。
運命のターンが来た。
ラグナ王子は、
ゆっくりと俺を見た。
笑顔を崩さないまま──
無言で手を差し出してきた。
(あれ?俺のことも……一応、認めてくれた……?)
なら、ここは一旦ありがたく握手しよう──と手を伸ばした、その瞬間。
パァァァァン!!!
「え……」
俺の手は王子の手によって叩き落とされた。
叩かれたというより、
払われたと言った方が正しい。
そっちから握手の手を出して来たくせに。
拒絶。
露骨な拒絶。
そして王子は、俺の目の前に顔を近づけ、
まるで友情に満ちた笑顔のまま、小声で言った。
「──あまり、調子に乗るなよ?」
え……ええぇーー……?
「僕が本気を出せば、さっきの魔法など十発同時に撃てるんだ。あの程度で僕と並んだ気になるなよ?」
「……」
俺が言葉を失っていると、王子はさらに言う。
「というか、僕より目立つんじゃない。
分を弁えて、隅っこで棒倒しでもしてろ──このモブ野郎が。」
にっこり。
む……無茶苦茶言うなコイツ……
面と向かってそこまで言う!?
オブラートに包めよ、もうちょっと。
周囲の受験生もドン引きしてた。
ザキさんも長身お姉さんも目を丸くしていた。
ラグナ王子はそのまま、お供の3人を従えて優雅にスタスタ歩き去っていく。
去り際、セドリックさんが俺の方を見て、
そっと右掌を立ててペコリと頭を下げた。
(殿下がごめん)という合図だ。
いやいやいや……
大変なお方ですね、あなたの主……
そんな余裕ない俺の耳に、試験官のアナウンスが届く。
「それでは! 編入試験の合否は──
明日の正午! 発表となります!!」
その声を聞いた瞬間。
どっと疲れて、肩が落ちた。
「……帰りたい……」
本気でそう思った。




