第224話 ルセリア中央大学編入試験②
地面がせり上がり、眩しすぎるスポットライトの柱が立ち、アイドルのコンサートの登場シーンみたいに、ド派手な音楽が会場に響く。
そこに立っていたのは──ルセリア王国第六王子、ラグナ・ゼタ・エルディナス。
コートの裾をひらりと揺らしながら、観客席──いや、受験生達に向かって満面の笑顔で手を振っている。キラッキラの笑顔。国宝級の白い歯。
女性受験生達の黄色い悲鳴が、爆発した。
「キャーッ!! ラグナ殿下!!」
いや、ほんと、何この空気。
受験だよ? ここ、大学の編入試験会場だよね?
間違ってアイドルライブ会場に迷い込んだわけじゃないよね?
俺が半ば呆然と見ていると、どこからともなくリゼリアさん達、ラグナ王子のお供三人組が、まるで“主役を迎えに行くマネージャー”みたいな歩幅でそそくさと近づいていく。
「殿下、相変わらず、ド派手なご登場でしたぁ〜」
亜麻色のゆるふわパーマを揺らしながらリゼリアさんがフフッと微笑む。
セドリックさんは、鉄壁の無表情。
ルシアさんは、何も考えてない様な顔でボーッと空を見上げている。大丈夫?この人。
その三人の前で、ラグナ王子は悪びれもせず言った。
「君たちも一緒に、地面から迫り上がって登場すればよかったのに。やってみるとなかなか面白いよ? あれ。」
いや、そりゃ面白いかも知れんけども。
あんな登場、普通は恥ずかしすぎてなかなか出来ないよ?
案の定、セドリックさんが一歩前に出て、真顔でキッパリと言い放った。
「いえ、結構です。」
返事の速さよ。
食い気味過ぎて、あと0.1秒早かったら、ラグナ王子の台詞と重なってた。
“でしょうね”という言葉が心の中で自然に浮かんだ。
正気の成人男性があんな登場できるはずない。
そんな俺の冷めた視線など気付く素振りも見せず、ラグナ王子はひらりと長いコートを翻し、
「では、お手本を見せようか!」
黄色い歓声にひらひらと手を振りながら、
"魔力耐衝標識"と呼ばれる巨大な的の前に悠然と歩いていく。
背筋は一直線、歩幅は一定。
自分が主役だと本気で思ってるタイプの歩き方だ。
サマになってるのが腹立つ!
「ラグナ殿下! 素敵ですー!」
女性受験生、騒ぎすぎ。
いや、まあ、分かるけどさ。
王族だし、イケメンだし?
あいつは絶対、こういう反応が当たり前だと思って育ってるよね。
俺がそんなことを心の中でぼやいていると、横から小さな気配がした。
隣のザキさんだ。
普段の陽気さはどこへやら、妙に低い声で、
「あれが……第六王子ラグナ……」
と、珍しく静かな口調で呟いた。
いつになくテンション低め。
その横顔はどこか影があり、細めた目の奥に、嫌悪……いや、それだけじゃない何かの色が宿っているように見えた。
「何? ザキさんもあの王子苦手なの?」
軽く冗談っぽく聞いてみる。
するとザキさんは、にかっと笑って肩をすくめた。
「せやねん。俺、アイツ嫌いやねん。女にキャーキャー言われてて、腹立つやん?」
あはは、と軽口めいた笑い方。
だけど、その目は笑っていない。
この人、何かあるな。
ただの嫉妬とかじゃない。
あれは──“個人的な事情”のある目だ。
だけど、俺はその問いに深入りはしなかった。
大人ってそういう距離感が大事なんだよね。
「だよね。」
とだけ言って、またラグナ王子に視線を戻す。
ラグナ王子は、拍手を浴びながらビシッとポーズを決めていた。
うーん……殴りたい、その笑顔。
いや、別に悪い事してる訳じゃないんだけど。
でも、なんというか、こう……鼻につくんだよね、あれ。
受験会場には、再び試験官の声が響く。
「それでは今回の実技試験は、特別にラグナ殿下にお手本を見せていただく運びとなっております!」
会場が一瞬で静まり返る。
スポットライトが王子の身体に集まり、その姿が舞台役者のように浮かび上がる。
「では、始めようか!」
ラグナ王子は、自信満々の笑顔で指を鳴らし、
周囲の空気を掌で押し広げるようにしながら、
魔力耐衝標識の前へ堂々と立つ。
俺は、その背中を見ながら小さくため息をついた。
──なんか、もう、色々すげぇな。
さすが“大賢者王子”。
あんまり賢そうじゃないけど。
そう思いながら、俺は次に起こるであろう「茶番」を眺めるために、じっと視線を前に固定した。
◇◆◇
ラグナ王子が、まるで“舞台のセンター位置”でも測るみたいに正確な歩幅で、"魔力耐衝標識" のど真ん前へと立った。
その瞬間、周囲の空気がふわりと張りつめ、受験者達は一斉に息を飲む。
「それでは……この標識の性能をお見せしましょう」
試験官の人が軽く顎を引いて前へ進む。
手を前にかざし、小さく息を吸うと──淡々と短い詠唱を口にした。
「──"火球"」
ぽっ、と可愛いくらいの火球が生まれ、的に向かって弾むように飛ぶ。
着弾した瞬間、ホログラムのような光が空中に溢れた。
ピピピピピ、ピ、ピ、ピ……
音を立てて数値が回転し、
【587】
のところでカチッと止まる。
「このように、攻撃の威力が数値化されます」
試験官が言った途端、周囲がザワァ……ッと騒めく。
おおー、すっごい分かりやすい。
ゲーセンのパンチングマシーンみたいだ。
「へぇ、おもろそうやん」
隣でザキさんが、いつものノリでニィっと笑う。
他の受験生達も興味津々って感じで、
「これが噂の……」
「前回の合格ライン、確か【1000】前後って聞いたよな?」
「マジか、意外と高ぇな……」
なんてヒソヒソ話が飛び交う。
なるほど。つまり1000前後を目指せば良いわけだね。
うん、分かりやすいボーダーラインで助かる。
「それでは──ラグナ殿下。お手本の方、よろしくお願いいたします!」
試験官の声が響くと、場の空気が一気に“ライブ会場モード”に戻った。
「ハハッ、任せてくれたまえ!」
ラグナ王子は、キラッキラの笑顔で手を軽く上げる。
その笑顔に反応して、女性受験生達がまた一斉に黄色い悲鳴を上げた。
いや……ほんと、なんなのこの光景。
異世界の大学編入試験じゃなかったの?
ラグナ王子は右手を軽く上げ、指先を標識に向ける。
その横顔は、まさに“主役”。
自分を主役と信じて疑わない人間の顔だ。
ラグナ王子の右手の人差し指に、凄まじい魔力が渦巻いていく。
──キィィーン……という音が空気を切り裂く。
「──"核撃魔光砲"」
低く呟いた瞬間、王子の指先から光がほとばしった。
ビィィーーッッ……!!
直後、
ドォォンッ!!
という轟音とともに、的の中心を光線が貫いた。
俺は思わず叫びそうになった。
えっ、それ壊しちゃっていいの……?
デモンストレーションなのに?
衝撃のあまりよろめきそうになったけど、
魔力耐衝標識は──穴が空いた部分をごく自然に自己修復し始めた。
まるで粘土細工が勝手に元に戻るみたいに、シュルルルル……と。
……なるほど、壊される前提の的ってことか。
そして、またホログラムの数値が回り始める。
ピピピピピ、ピ、ピ、ピ……
まるでスロットマシンみたいに高速で回転する数値が、カチッと止まる。
【29827】
「……は?」
俺の口から、情けない声が漏れた。
なにその数字。
いきなりインフレの極みみたいな数値じゃん。
デモンストレーションでその数字は出しちゃダメでしょ……!?
少しは加減しろよ、バカなのかこの王子。
案の定、受験生達は完全に静まり返っていた。
息すら飲む音が聞こえないレベルの静寂。
「……あれ? みんな、どうしたの?」
ラグナ王子は不思議そうな顔をしている。
というか、わざとらしい。
「もしかして、僕の魔法……ちょっと、弱すぎたかな?」
いやいやいや!!
その瞬間、会場の全員と試験官まで合わせて、
「「「強すぎるんですよっ!!」」」
と怒涛の総ツッコミ。
会場の空気が一気にコントになった。
いや、お前がこの件やるのかよ。
あまりにもベタ過ぎる。新喜劇みたいだ。
俺は心の中でそっと呟いた。
──自分でやらなくて良かった、マジで。
客観的に見ると、めっちゃ恥ずかしいなこれ。
ともかく、会場には『ラグナ王子、化け物過ぎる……』という空気が流れ始めた。受験生の間に動揺が走っているのをひしひしと感じる。
そんな中、ただ二人だけ。
この騒ぎにもまったく動じていない者がいた。
一人はザキさん。
「さっぶいわぁ。何がおもろいねん、今の」
珍しく感情が声に滲んでる。
しかも目が冷たい。
この人、やっぱ何かあるよね。
もう一人は──例の高身長美女。
彼女は腕を組んだまま、少し呆れたように王子を見ていた。
「ふぅん……悪くはないわね。だけど、“カレ”と比べちゃうと、ねぇ」
“カレ”って誰?
あのお姉さんの彼氏かな?
めっちゃ強い彼氏がいるとかなんだろうか?
彼女はため息を吐いて視線をそらす。
その仕草すら妙に優雅で、周囲の受験者とは空気が違う。
やっぱこの二人、ただの一般受験生じゃない。
ラグナ王子はというと、
鼻高々にお供の三人の元へ戻っていった。
リゼリアさんは「流石、殿下ですぅ〜〜!」と満面の笑みで褒め称える。見た目通りの反応って感じ。
ルシアさんはそもそも別の方角で飛んでいる蝶々を見ていたらしく、ラグナ王子のデモンストレーションは見ていなかった様子。ほんと大丈夫なの?この人。
セドリックさんは眉間にしわを寄せ、重たい溜息をこぼしていた。
……セドリックさん、絶対、苦労してるよね。
◇◆◇
「受験番号008番、スコア【1013】!」
試験官の張りのある声が、グラウンドに響き渡った。
数字の発表を受けた受験生が、握りしめていた拳をそっと天へ突き上げて「よっしゃ……!」と小さく呟く。対して、014番の青年は、自分のスコア【896】を聞いてその場でへたり込み、砂埃をあげながら膝をついた。
この会場には、歓喜と絶望が交互に波のように押し寄せている。
「やった!足切りクリア!」
「くそぉ……もうダメだ……俺は終わりだ……」
色んな叫びが混じり合って、騒がしいのにどこか統一感のある“受験会場特有の空気”が広がっていた。
そんな中で──
「おーおー、皆こんばっとるなぁ。けど、スコアはあんま伸びひんな。」
ザキさんは、両手を頭の後ろに組んで、他人事みたいに呑気に笑っている。
この人、緊張という概念がどこかに置き忘れられてるのでは……?
「そうだねぇ。何だかんだで、さっきの王子の攻撃魔法って、強かったんだねぇ。」
俺も半分ため息交じりに応える。
というか、王子のアレは“示範”の域を超えてたけどね。
ザキさんは、ほぅ、と小さく息を吐いてから──
「──アルドくんは、ビビらんのやね。さっきの王子の攻撃魔法に。」
と、ぽつりと呟いた。
ビクッ。
「え!? あ、いや、お、驚いたよ! 俺も! スコアも凄かったしね!」
──しまった。
反応が露骨すぎた。
もう少し焦った様な演技とかするべきだったか!?
落ち着けアルド……!!動揺隠せてないぞ……!
しかしザキさんは、俺の慌てっぷりが逆に面白かったのか、ひぃ、と肩を揺らして笑う。
「本当か〜? さっきから思っててんけど、アルドくんって、他のヤツらの“強さ”に興味無いやろ?」
「……え?」
「全くライバル視とかせぇへんと言うか……
まるで、遥か高みから見下ろしとるっちゅうか……
そんな感じすんねん。」
ギクゥッ!!
心臓が跳ねる音が、自分でも聞こえるレベルだった。
な、なんだろ……この人。
ただのチャラい兄ちゃんかと思いきや……
妙に勘が鋭い。ヴァレンと同じ、切れ者タイプのチャラ男か!?
俺は必死に取り繕う。
「そ、そんな事は……!」
しかしザキさんは、俺の否定を遮るように、ふっと穏やかな笑みを浮かべた。
「ああ、責めてるわけちゃうねん。もし、アルドくんが俺のカン通りの強さなら、俺、仲良くなれてラッキーやって話やねん。」
……ああ、困る。
こういう“気遣いの出来るチャラ男”が一番タチ悪い。
鋭い上に、憎めないとか……。
俺は曖昧に笑いながら返す。
「はは……どうかな。まあ、ご期待に添える様に、頑張るよ。」
「ええよ、ええよ。ま、まずは目の前の試験頑張ろうや」
ザキさんはニッと笑い、俺の肩に腕を回してくる。
そして相変わらず距離感近っか。
「──それより、見てみぃアルドくん。あのタッパデカい姉ちゃんの番みたいやで!」
「受験番号025番、前へ!」
試験官の声に呼ばれ、例の“場違いな美女”が標識の前に悠々と歩を進めた。
異世界の編入試験会場に、盛り髪+サングラス+タイトパンツ+ヒール+日傘という、どう考えても浮きすぎな格好でやってきた美女。
モデルか?
それともただのセレブ?
いや、もっと別の……何かだ。
彼女はスムーズな動きで腰に手を添え、試験官に問いかける。
「失礼。これって、当てるのはどんな攻撃でもいいのよね?」
「はい。魔法だけでなく、物理攻撃でも数値化可能です。」
「ありがと。それじゃ、ごめんあそばせ。」
日傘を閉じ──サングラスを外し──襟元にかける。
その仕草が、なんというか……妙に洗練されている。
気取ってるというより、自然とそうなる“本物の所作”だ。
金色の瞳が、太陽光をきらりと反射した。
次の瞬間。
美女は脚をガニ股に開き、両手の人差し指と中指を立てた直立姿勢で──
「コォォォォォォ……ッ!!」
空気が震えた。
まるで空手の“息吹”だ。
いや、それ以上に……何か危険な“圧力”がある。
指先の赤いネイルがギラッと光り──
美女の周囲の空気が揺らめき、陽炎みたいに景色が歪む。
え、えぇー……本当に何が起こるの、これ?
次の瞬間──
「オラァァァァッッ!!」
その叫びとともに、信じられない速度で美女の頭が前に突き出た。
──ズドォォォォンッ!!!
魔力耐衝標識の中心部に、凄まじい衝撃音が轟く。
「うわあああああッ!?!?!?」
受験生の何人かは、反射的に後ろに飛び退いた。
俺も思わず目を見開く。
標識は、
バラッッッ!!
と派手に砕け散った。
いやいやいやいや……何、今の。
頭突き……? 今のが頭突き……?
拳も、蹴りも、何も使わず……?
再びホログラム数値が回転する。
ピピピピピ、ピ、ピ、ピ……
そして──
【19758】
「……おいおいおいおいおい!!!?」
スコア表示を見た瞬間、場がどよめきの渦に呑まれた。
合格ライン、約1000。
さっきのバカ王子のバカみたいな数字を除けば、普通は1000~1500が限界。
それを──
頭突きだけで約2万!?
化け物じゃん。
俺が言うなって話ではあるけども。
「じゅ、受験番号025番……スコア……【19758】!
ラグナ殿下のデモンストレーションを除けば、受験新記録です……!」
試験官の声が震えている。
そりゃそうだ。
遠くを見ると、ラグナ王子も口を開けて固まっていた。
その後、何故かワクワクしたように微笑むのが嫌すぎる。
何考えてんだあの王子……
「ま、こんなとこかしらね」
落ち着いた様子で、服の埃を払うお姉さん。
試験官がおそるおそる質問する。
「そ、それにしても……何故、頭突きだったのでしょうか?」
美女はフンッと鼻で笑い、華やかな巻き髪をファサッとかき上げる。
「アラ、当然じゃない?
今日はネイルがバッチリ決まってるから手は使えないし──お気に入りのヒールを履いてるから、キックも出来ないのよ?」
そして試験官の胸ぐらを掴みそうな勢いでグイッと近づき、
「だったら……アナタなら、どうするッ!?!?」
「え、ええぇ……!?」
試験官はガチで怯えてる。
理不尽な恐ろしさがあるよね、この人。
美女はビシィッと指を突き上げ、
ドヤ顔で決めた。
「──そう!!手も足も出ないなら、頭を出せばいいじゃないッ!!」
いや、そんな理由?
理屈もノリもよく分かんねぇ。
隣でザキさんが目を丸くしていた。
「なんや……あの姉ちゃんのパチキの威力……。死ぬやろ、あんなん。」
普段糸目なのに、今はばっちり目を見開いちゃってる。それほど衝撃的だった証拠だ。
やっぱりあのお姉さん、ヤバい。
恐らく、ウチのフェンリル達の大部分よりパワーは上だ。
下手すると、パワーだけならリュナちゃん級かも知れない。
俺は、自分の番が迫ってきている現実を思い出し……深く深く、頭を抱え込んだ。
これ、俺は……どうするのが正解なんだ……?




