第222話 怪しい糸目と、高身長美女。
ブリジットちゃんと、召喚高校生のみんながヴァレンに連れられて編入手続きを済ませに行った直後だった。
「そんじゃ、あーしらはルセリアの街を観光して来るっすね〜!」
「アタシもぉ〜!ね、ね!アタシ、この“螺旋モール”ってとこ、行ってみたいんだけどぉ〜!」
リュナちゃんと蒼龍さんが、まるで前世からの親友みたいに肩を組み、きゃいきゃい言いながら走っていく。
蒼龍さんの腰まである青髪が、陽光を反射して揺れ、リュナちゃんの黒マスク越しの笑みが妙に楽しげだった。
あの二人、絶対合うよな……性格的にも、ノリ的にも。
リュナちゃんは過去こそ重たいけど、基本的にネアカで切り替え早いタイプだし、蒼龍さんも復活してからはずいぶん距離の近い、明るい姉ちゃんって感じだ。
過去が重かろうが、今を楽しく生きられるって凄いな……なんて思ってしまう。
「この覆面戦士イヌナンデス、リュナ様達の護衛、謹んでお受け致しますッ!!」
──うるさいのもいる。
蒼龍さんに片腕を抱えられて連行されていくのは、覆面レスラー・イヌナンデスこと、グェルくん。
顔はパグ。体は人間。覆面はリアル猫。服はぴちぴちジャケットとスラックス。めちゃくちゃだ。
……とんでもないインパクトで街に溶け込む気ゼロの格好なんだけど、大丈夫なの?
あと多分だけど、その二人に護衛いらなくない?
その隣を、小動物のようにちょこちょこ付いていくフレキくん。
見た目こそ小型犬だが、恐らく4人の中では一番の常識人だ。高学歴だし。
お願いだからグェルくんの暴走だけは止めてね。頼むよ。
「じゃ、兄さん、また後で〜!!」
「いってらっしゃーいっ!」
手を振って去っていく四人を見送りながら、俺はふと苦笑した。
──なんだかんだで、賑やかだよなぁ。
フォルティア荒野での暮らしに慣れてしまったせいか、王都の空気はどこか緊張する。
だからこそ、このいつものメンバーがいてくれるだけで、気持ちが少し軽くなる。
でも──今は俺も別行動。
ブリジットちゃん達とは一旦離れ、俺は一人、ルセリア中央大学の編入試験会場へ向かう。
「……よし、気合い入れていくか。」
意気込みも新たに、大学の敷地へと足を運ぶ。
だが“敷地”なんて軽い言葉では足りない。広い。広すぎる。
森と街を混ぜ合わせて巨大化させたようなキャンパス。
道幅は広く、石畳の通路の両脇には小規模なショップや屋台が並び、遠くには塔のようにそびえ立つ校舎が何棟も見える。
「……でっっっっっっか……!」
俺の感想は、完全に観光客のそれだ。
いや、もう大学じゃない。ひとつの町だ。
地図アプリが欲しくなるレベルで迷いそうだし、人気テーマパークみたいに“園内案内図”が必要なレベルだ。
巨大な校舎、学生寮、研究塔、武術訓練場、学食という名の大型レストラン、
売店という名のショッピングモール……。
キャンパスの中にキャンパスがある。
なんだこれ……大学のガワをした異世界国家の縮図みたいだ。
「異世界の大学入試、か……」
胸の奥が、じわりと高鳴った。
的に魔法を撃つとか、模擬戦とか、そういう“バトル学園試験っぽい”ものなのか?
それとも、魔法理論の筆記試験? 元素魔術の適性検査?
あるいは“特別な何か”が出されるのか……?
ヴァレンは何を聞いても
“相棒なら大丈夫だ。心配すんなって!”
と笑うばかりで、試験内容を一切教えてくれなかった。
そりゃあまあ、ヴァレンは今はこの国の国賓だし、試験内容も知ってるかも知れないだけに、守秘義務的なものがあるのだろうけど……。
(……でも、ちょっと楽しみでもあるんだよな。)
早く知りたい。
どんな試験が出るのか。
そして、どれだけ自分が通用するのか。
胸の奥で、子供みたいなワクワクと、少しの緊張がせめぎ合う。
「……よし、行こう。」
気持ちを切り替えて、俺は指定された校舎に向けて歩き出した。
巨大なアーチ門をくぐると、風向きが変わったような錯覚がした。
ここから先は、完全に“学問と競争の世界”。
ここで受かれば、ブリジットちゃんと同じ大学へ通える。
そして三ヶ月後の“統覇戦”へも正式に参加できる。
背筋を伸ばし、俺は編入試験会場の校舎へと一歩踏み入れた──。
◇◆◇
編入試験会場となる校舎に近づくと、まず目に入ってきたのは──人、人、人。
魔導士っぽいローブ姿の青年。
筋肉の鎧を着た剣士風の女性。
魔導銃を両腰に下げたガンナー風の男。
動きやすい服装に革手袋をした、拳闘士のような少女までいる。
「……うわぁ。本当に“異世界の受験”って感じだな……」
数えてはいないけど、軽く100人はいる。
全員、どこか“腕に自信あり”な空気をまとっていて、会場のテンションそのものが物騒だ。
魔力の気配がそこかしこから立ち上り、ピリピリした威圧感が漂っている。
ここに来てやっと、
「あ、俺も異世界の大学に入ろうとしてんだな……」
という実感がわき上がってきた。
ぼんやりそんなことを思いながら周囲を見渡していると──
「いやぁ、強そうなのがぎょうさんおるなぁ。怖い怖い。」
不意に、背後から気安い声が飛んできた。
え?俺に向かって言ってんの?
振り返ると、そこに立っていたのは──なんだこの……チャラいイケメン。
黒髪に金のメッシュをぶち込んだウルフカット。
細く吊り上がった糸目。
和装ベースの、しかし明らかに異世界アレンジされた奇妙な衣服。
腰には、日本刀みたいな刀。
そして何より……
(全体的に、なんか……“女殴って貢がせてそうな雰囲気”なんだよな……)
初対面で失礼極まりない感想だけど、脳内に真っ先に浮かんだのがこれだった。
頼む、俺の偏見が外れていてくれ。
その男は、俺の顔を確認すると、眉ひとつ動かさずニコッと笑った。
「ああ、ゴメンなぁ。急に話しかけてもうて。空気読めへんとこあんねん、俺。」
軽い。軽すぎる。
この距離感、どこかで……いや、ヴァレンの初対面時のソレだ。
正直、めちゃくちゃ胡散臭い。
関西弁の糸目のイケメンキャラなんて、絶対悪いヤツじゃん(偏見)
俺は本能的に半歩引いた。
「は、はぁ……」
曖昧な返事をすると、男はもっと距離を詰めてきた。
──肩に、腕を回された。
いや、近っっか。
「君ぃも、編入試験受けるんやろ?僕もやねん。仲良くしようや〜。こう見えて田舎モンやから、都会の空気にビビってもうてんねん、俺。」
“僕もやねん”じゃなくて、まず距離感どうしたの。
どこに田舎要素があんだよ、チャラいだろ。シティボーイだろ、完全に。トー横とかにいそう。
「は、はぁ……。ど、どうも……」
返事が弱々しくなるのも仕方ない。
肩に手を置いたまま顔を寄せてくるから、威圧感がすごいのだ。
そんな俺の動揺など意に介さず、男は軽い調子で言った。
「自己紹介がまだやったな。俺はザキ。気楽にザキさんって呼んでくれてええで。」
ザキ。
名前からして怪しさ全開だ。
死の呪文みたいな名前しやがって。
見た目と相まって、99.9%信頼できない。
……でも、名乗られた以上はこっちも名乗らないと失礼か。
「お、俺はアルド。アルド・ラクシズっていいます。よ、よろしくお願いします……」
チラリと横目でザキさんを見る。
……耳に大量のピアス。
眉毛にもピアス。
下唇にもピアス。
──怖っわ。
前世だったら絶対にお近づきになりたくないタイプだわ。
そしてやっぱり、俺の印象は変わらなかった。
女殴ってそうなイケメン。
ほんっっっとうに失礼でごめんなさい。
ただ、どうしてもそう見えるんだ。
そんなことを心の中で全力で謝罪していると、ザキさんはニヤリと笑って言った。
「アルドくんな。君ぃもアレやろ?
“統覇戦”目当てでの滑り込み編入。」
いきなり核心を突いてくるな、この人。
「──君、強そうやもんなぁ。
俺、何となく分かんねん、そういうの。」
細い目を更に細めて俺を見る。
その目──ほぼ閉じてない?大丈夫?
でも、彼の言葉には確かな洞察力があった。
俺の魔力の流れとか、気配とか、そういうものを敏感に感じ取っているのかもしれない。
真祖竜の魔力は完全に封じてるし、外部に漏れる魔力も、一般的なレベルに抑えてるはずなんだけどなぁ。
「まあ、そんなとこですかね。」
誤魔化すつもりもなく、俺は静かに答えた。
ザキさんは顎で周囲を示し、
「見てみぃ、アルドくん。どいつもこいつも、野心で激った目ぇしよる。アイツなんか腕利きの冒険者やろ?あっちの褐色の兄ちゃんらは……ザラハドール連邦の方から受けに来とるんと違うか?」
本当だ。
みんな、まるで戦場に来たみたいに目がギラついている。
この雰囲気……大学入試の空気じゃない。
完全に“バトルものの予選会場”だ。
「やっぱり、“統覇戦”のために編入試験受けに来てる人も多いんだね。」
俺がそう言うと、ザキさんは嬉しそうに笑った。
「おっ、敬語抜けたやん。ええなぁ、その方が話しやすいわ。」
「せやで。“勅命権”は、人生をひっくり返す代物やしなぁ。個人だけやなくて、国から派遣されて受験しにきとるヤツも多いやろな。」
国からの派遣。
つまり“編入して、勝ってこい”という命令か。
本当に国同士の代理戦争なんだ、この統覇戦。
「なるほどね……勉強になったよ。ありがとう、ザキさん。」
そう言うと、ザキさんは──わずかに目を見開いた。
驚いて、戸惑って、
けれど一瞬でそれを隠すように、細い目をさらに細くして笑った。
「気にせんでええよ。」
その笑みは、思ったよりずっと柔らかかった。
……あれ?
予想してたより、かなり良い人なのかもしれない。
見た目で判断しちゃいけない──
今日は何度目の反省だろうか。
◇◆◇
ザキさんとしばらく周囲の受験者を眺めていた時だ。
「それよりもアルドくん、見てみぃ。
ごっつええ女がおるで!あっちに!」
左の方へ顎をしゃくりながら、ザキさんが妙にテンション高く言った。
「? え……」
半信半疑でそちらを見ると──
いた。
いや、“いた”どころの騒ぎじゃない。
人混みの中で、そこだけ世界が切り取られたように浮いている。
長身。いや……超長身。
俺より高い上に、ヒールまで履いているから、実質190cm近い。
しかも顔もスタイルも……桁違いに完成されすぎてる。
漫画とかに出てくる“完璧美女”そのまんま実体化した感じ。
まぁ、ブリジットちゃんとリュナちゃんには負けるけどね!
オレンジがかった金髪を高い位置で盛り、
ポニテ部分とサイドの毛先がふわっと巻かれて、
日差しを受けるたびにキラキラと輝く。
服は黒のタイトパンツ。
上は肩と腕を完全に出したノースリーブで、
モデルみたいにウエストから腰へのラインが綺麗に出ていた。
そして──
芸能人が空港でかけてそうな巨大サングラス。
オシャレ日傘。
スムージー。
……試験会場でスムージー飲んでる人、初めて見た。
武器を持ってる受験生ばかりの中で、
彼女だけが“完全に違うジャンルの世界から来た人”だった。
(何あの人……モデルさん?女優?
一人だけ、試験でいうより何かのオーディション受けに来たみたいになってる……いやいや、場違いすぎでしょ……)
隣でザキさんが嬉しそうに肘で俺をつつく。
「な!な!アルドくん。声かけてみようや!」
「えっ!? い、いいよ、俺は!!」
即答。
俺にはブリジットちゃんとリュナちゃんという、
世界で一番大事な二人がいるのだ。
絶対に誤解されるような行動はしたくない。
世界で一番なのに二人かよ!みたいな野暮なツッコミは控えてくれると助かります!
……とはいえ。
ちょっと気にはなる。
(敵情視察的な意味で)
ザキさんはにやり。
「ええやん、おもろいやん。それに、受験前にライバルの敵情視察するんは戦略として基本やで?」
「……そんなこと言い出したら、ザキさんも俺のライバルになると思うんだけど……」
「まあまあ、堅いこと言わんと。ほら、行こ行こ。な?」
この“乗せる技術”……絶対モテるタイプだ。
乾くん達と気が合いそう。
俺はため息をつきつつ、
「まあ……ザキさんがそこまで言うなら……しかないなぁ……」
と、“イヤイヤ行く風”を装って歩き出した。
本当はちょっと興味ある自分が悔しい。
彼女はスムージーのストローをくわえたまま、
試験会場の建物や人を眺めている。
堂々としていて、隙が無い。
俺たちが近づいても、
こっちには目もくれず、
胸元のアクセサリーを軽く直していた。
ザキさんはというと──
「よっしゃ!声かけてみよか!」
やる気満々。
俺は斜め後ろから、おそるおそる声をかけた。
「……あの〜……貴女も、編入試験を受ける受験生の方ですか?」
こんなナンパ的な感じで見知らぬ女性に話しかけるなんて、前世でも今世でも初めてだ。
声がちょっと裏返りそうになる。
ザキさんはすかさず横から、
「なぁなぁ、君ぃも“統覇戦”目当てで編入するクチ?俺らもやねん。仲良ぉしようや」
軽い。軽すぎる。
しかも慣れてる。さすがチャラ男。
美女はゆっくりこちらを振り向き……
ため息。
「ナンパならお断りよ。
生憎、試験会場で女漁る様なつまらない男には興味は無いの。ギャ……」
……"ギャ"? "ギャ"って何よ。
言いかけて、俺の顔を見た瞬間──
彼女の身体が凍りついた。
完全に動きが止まる。
俺は思わず固まる。
美女はサングラス越しでも分かるほど目を見開いている(気がした)。
(え、何!?俺なんか変だった!?
や、やっぱ、話しかけ方、キモかったとか!?)
数秒の沈黙。
彼女は微妙に顔をそらしながら、口をぱくぱくさせ──
「あ……アタシ、ちょっと用事を思い出しちゃったわ!失礼させてもらうわね!」
と言うと……
スムージーのプラカップを──
ギュッ!!
片手でペシャンコにし。
さらに──
ポイッ
そのペシャンコの塊を口へ。
バキッ、バキバキッ!!ゴクン!
音を立てて噛み砕いて、そのまま飲んだ。
──飲んだ!?
プラカップ飲んだ!?
スムージーだけじゃなくて容器丸ごと!?
俺が呆気に取られている間に、美女は
スススーッ……
と信じられない身のこなしで人混みに紛れ、そのまま姿を消した。
完全に空気と同化したみたいだった。
「……え、ええぇー……?」
ザキさんは肩を竦めて笑った。
「なんや、ええ女やったけど、けったいなヤツやったなぁ。ま、ええか。」
いや、あんたも充分けったいやで……
と思いつつ、俺は控えめに相槌を打った。
「そ、そうね……変わった人だったね……」
去り際に香った匂い。
すごくいい匂いだった。
でも──どこかで嗅いだことがあるような……?
気のせい、か……?
その時だ。
校舎の大きな扉が開き、
試験官らしき男が声を張り上げる。
『長らくお待たせ致しました。
編入試験受験者の皆様は、会場にお入りください!』
周囲が一斉に動き出す。
ザキさんは軽く手を振り、
「お、始まるみたいやな。
ほな、アルドくん。お互い頑張ろな。
受かったらまた遊ぼうや」
と言い残して中に入っていった。
……“また遊ぼうや”って。
なんだろう、初対面なのにもう知り合いになった感じがする。
「不思議な人だったなぁ……」
そう呟きつつ、
俺も気持ちを切り替えた。
いよいよ──
異世界大学の編入試験、開始だ。
どんな試験でも……やってやる。
胸の奥で静かに熱が灯った。




