第221話 フォルティア御一行、王都ルセリアへ。
フォルティア荒野に第六王子ラグナが現れてから、ちょうど三日後のことだ。
俺は──いや、“俺たち御一行”は、エルディナ王国の王都ルセリアに到着していた。
朝の光を反射する白亜の塔。
浮遊する魔力灯がふわりと街道の上を流れ、足元では魔導ゴーレムが静かに荷物を運んでいる。
建物はファンタジー風の石造りなのに、どこか近代都市みたいな直線的デザインでまとまっていて……
来るのは久しぶりだけど、相変わらず“テーマパークっぽい”としか言いようがない景色だった。
案の定、後ろから叫び声が上がる。
「うひょーー!!これが異世界の王都かよ!?」
「いやガチで都会じゃん!俺らが想像してた異世界どこ行った!?」
「てかテーマパークじゃん!カクカクシティとはまた違った凄さがあるな!!」
陽キャ三人組──乾くん、榊くん、イガマサくんがそろってはしゃぎ倒している。
通行人の視線?知らん、何それ?みたいなノリで、陽キャには関係ないらしい。
そのすぐ脇で、ギャルズの内田さんと佐倉さんがスマホ……じゃなくて“魔導板”で写真を撮りまくっている。
「やっば!街並みマジで神なんだけど!」
「分かるー!ファンタジーとドバイの融合ってカンジ!?ドバイ行った事ないけど!」
二人とも目がキラッキラしている。
なんか……青春って感じだな、ほんと。
そしてもう一人のギャル、高崎ミサキさんはというと──
「ねぇ〜大学まで結構遠くない?足疲れてきたんだけど〜……紅龍センセーの言う通り、運動不足だったかも〜……」
とふくれた声を上げている。
そこへ一歩前に出たのは藤野くん。
最初に会った頃はぽっちゃりした“愛され体型”だったけど、今はもう別人だ。
体は引き締まって、立ち姿に無駄な肉が一つもない。
「でしたら、拙者が荷物を持ちましょう!高崎氏!」
「なに、こう見えて、こちらへ来てからは毎日鍛えておりますゆえ!」
爽やかな笑み。
おお……これは……モテるわ。
「え、あ……ありがと、藤野……?」
高崎さんが頬を染めてる……
くぅ~~、甘酸っぱっっっ!!
見てるこっちの胸がムズムズしてくるんだが!?
何この異世界青春恋愛フラグ。ラブコメ始まるの!?
そんな二人の“尊すぎるやり取り”を、少し離れた通路から覗き込む影があった。
オタク四天王の残り三人である。
雑な紹介でごめん!
「……藤野だけズルくない?」
「僕らにも何か……!! 禁断の覚醒イベントを!!!!」
「はぁ……またモテ値で差がついた……」
怨嗟。
怨嗟すぎる視線。
対してヴァレンは、その横で、
「いや……青春……いいねぇ……眼福……!」
と興奮気味にサングラス越しに食い入ってるし。
怪しいからやめなさい。変な人に見える。
というか、変な人そのものなんだけどね。
でも、そんなヴァレンや藤野くんの様子も含めて、
全員がこの異世界の王都を前に、テンション爆上がり状態だ。
それもそのはず──
今回の移動メンバーは、とんでもない大所帯になっていた。
俺。
ブリジットちゃん。
リュナちゃん。
フレキくん。
ヴァレン。
ここまではいつもの五人組だ。
そして、召喚された高校生21名がずらーっと後ろに続き、さらに、本人たっての希望で──
・グェルくん(新スキル“魂身変化”で人型パグ化)
・蒼龍さん(仮の肉体を与えられ、都会への憧れを爆発させている)
の二名までついて来ている。
通りの人々が振り返るわけだ。
見た目も肩書きもゴチャゴチャだもんな、俺たち。
俺は前を歩く仲間と後ろの行列とを見比べつつ、心の中でぼそっと呟いた。
これ、普通に“高校の修学旅行団体”じゃない?
そんな冗談を考えていた俺の横で、ブリジットちゃんがくすっと笑った。
「ふふっ。みんな、ルセリアの街に驚いてるね!初めてアルドくんと一緒に来た時を思い出しちゃうなー!」
街灯の光を浴びて輝く金髪。
広い石畳の上で、ブリジットちゃんの笑顔は本当に眩しく見えた。
ああ、この子の笑顔を守るためにも──
俺は絶対、大学に入ってやるし、“統覇戦”も勝ち抜くぞ。
心の奥でそう強く誓ったところで、
また後ろから乾ぬんたちの叫び声が響き渡る。
「おい!あれ見ろよ!道路が魔法で浮いてんぞ!」
「ひぃ〜!なんだよこの世界、インフラ、ガチじゃねぇか!!」
うるさいけど……
でも、嫌じゃない。
こうしてみんなで街を歩くの、なんかすっげぇ楽しい。
この王都で、どんな日々が始まるんだろうな──
そんな期待と少しの緊張を胸に抱きながら、俺たちはルセリアの中心街へと足を踏み入れた。
◇◆◇
ルセリアの石畳を歩く俺たち大行列は、もはや観光ツアーの団体そのものだった。
行き交う人々がひそひそと視線を向けてくるのも無理はない。
だって──
先頭にはサングラスをかけたチャラ男魔王が案内役をし、
その後ろにギャルズと陽キャ男子が大騒ぎしながらついて来て、
最後尾には蒼龍さんが「ビルが綺麗〜〜っ!」とはしゃいでいる。
そして俺のすぐ近くには──
ムキムキで、顔がパグで、猫のリアル覆面を被った怪人。
そりゃあ見られるわ。
俺は歩調を合わせつつ、その怪人──グェルくんに話しかけた。
「……ねぇ、グェルくん。
キミの"魂身変化"って、魔力消費が激しくて乱発できないんじゃなかったっけ?」
すると、猫覆面からくぐもった声が返ってきた。
「それがですねアルド坊ちゃんッ!!」
突然、ドンッ!と胸筋を張り、上腕二頭筋を盛り上げるポーズ。
通行人がビクッとよけた。いや、ごめん、俺もびっくりした。
「リュナ様に呼び出されて一日に30回、40回と変身しているうちに……
どうやらスキルレベルが上がったようでして……!」
グェルくんはバッ、と片足を斜め上に出し、謎のボディビルポーズを決めた。
「変身に!時間的制約が!無くなったのですッ!!」
どうしてポーズを挟むんですか。
俺は内心ツッコミつつ、冷静に尋ねた。
「な、なるほど……それじゃあさ……
なんで猫の覆面を被ってるの?」
そこへ、グェルくんの肩からヒョコッと、茶色の小さな顔が出てきた。
フレキくん(ミニチュアダックスモード)だ。
「あ、それはですねっ!」
舌を出して「ハッハッハッ」と息をしながら、彼は自慢げに言った。
「いまのグェルは──
“素顔を見せない謎の覆面レスラー『イヌナンデス』”
という設定なんです!」
……うん。
分からない。
聞いた上で、全然分からない。
するとグェルくんが、待ってましたと言わんばかりに補足する。
「ご存知の通り、ボクの"魂身変化"は、顔だけは元のフェンリル顔のままなのですッ!」
いや、“フェンリル顔”っていうか、明らかにパグ顔なんだけど。
「そこで、このように素顔を隠した覆面レスラーになりきることで──街に溶け込もうという寸法なのですよッ!!」
またポーズ。
なぜか“サイドチェスト”。
俺は眉をひそめつつも、質問を続けた。
「そ、そう……
でも、なんで猫の覆面なの?それも、妙にリアルなやつ。」
次の瞬間。
グェルくんの猫覆面が、
“ヌッ”
と俺の目の前まで近づいてきた。
怖っわ。
「あのですね、アルド坊ちゃん……」
低い声で言う。
「もし何かの拍子にこの猫覆面が破けて……
ボクの顔が中から現れたのを、誰かが見たとしましょう。その目撃者は……どう思うでしょう?」
猫の覆面の中から、パグ顔。
うん、それ普通に怖い。
「そりゃあ……腰抜かすと思うけど……?」
俺が素直な反応を返すと、グェルくんは即座に腕を広げ、
「否ッ!!断じて否ですッ!!」
と大声を張り上げた。
通行人たちが一斉に振り返る。お願い、声のボリューム!
「目撃者はこう思うでしょう……
“あ、下にもう一枚覆面を被ってるんだな!” "プロとして、絶対に素顔をみられない様に保険をかけてるんだな!" ……と!!」
いや、思うか……?
猫の下からパグが出てきたら、普通にホラーだと思うが。
しかしグェルくんは勝ち誇ったように言う。
「覆面の下から覆面を見せる──これぞ、素顔を絶対に見せない覆面レスラーの二段構えッ!!一切の隙なしッ!!」
片足を前に出して“フロントダブルバイセップス”のポーズ。
完全にボディビルの大会だ。
肩に乗っているフレキくんが、尻尾ブンブンで拍手する。
「流石はグェル!完璧なカモフラージュだねっ!
“わんわん開拓団隊長”の座は伊達じゃないねっ!」
「フッフッフ……兄上……!」
グェルくんは、肩の上のフレキくんに向けて渋く言った。
「ボクだって……いつまでも兄上の陰に隠れるだけの弟ではないのですよッ……!」
そして、両手をスラックスのポケットに入れ、胸を張って歩くマッチョマン。
肩には小柄な兄が乗るその姿。
戸愚呂兄弟みたいだ。
そんなふたりの濃すぎる存在感を横目に、隣を歩くリュナちゃんが、
「ね?グェル、ウケるっしょ?」
と黒マスクの奥でニッと笑った。
いや、“ウケる”で済ませていいのか、これは。
周りの人、ドン引きしてるよ?
でも、まぁ、リュナちゃんが楽しそうなら……いっか。
そんな中、ブリジットちゃんが振り返り、ぱぁっとした笑顔を向けてきた。
「ふふっ!でも、こんな大勢でルセリアの街を歩けるなんて……なんか楽しくなっちゃうね!」
その一言が、グェルくんの怪しさも、街の喧騒も、何もかも洗い流していくみたいだった。
ああ、この笑顔を絶対守らなきゃ。
この子が安心して歩ける未来を作るためにも……
大学に受かって、“統覇戦”で勝って、未来を掴むんだ。
俺は胸の奥で、そっと強く心に誓った。
◇◆◇
ルセリア王都の中心部を抜け、さらに東へ歩くと──
空気が少しだけ澄んだような、そんな感覚がした。
街並みの雰囲気が変わったのだ。
これまでの繁華街らしい賑わいが徐々に落ち着き、
代わりに、整えられた並木道や清潔な石畳が続いていく。
それは、まるで“王都の表情が変わる瞬間”を眺めているようだった。
先頭を歩くヴァレンは、サングラス越しでも分かるくらい楽しそうに「こっちこっちー」と手を振る。
俺たち一行は、その後をぞろぞろついていく。
ここまでの人数──
俺、ブリジットちゃん、リュナちゃん、フレキくん、ヴァレンのいつもの五人組。
召喚高校生二十一名。
そして追加参加のグェルくんと蒼龍さん。
ほぼ三十人。やっぱりどう見ても団体ツアーだ。
「すっごぉーーい!スレヴェルドも綺麗だったけど、この街もステキねぇ〜!!」
青髪のチャイナ風美女──蒼龍さんが、
街並みを見渡してキラッキラの目を輝かせていた。
わかるよ。俺も最初はこのギャップに驚いた。
古代風のアーチ状建造物に、ガラス張りの高層ビルが調和して建っている。
石造りの歩道には魔導灯のラインが美しく伸び、
風に揺れた花飾りがひらりと落ちてくる。
まさに“異世界と現代のいいとこ取り”。
蒼龍さんは街角にある噴水を指差しながら、
「見て! あれ水の軌道に魔力光が混ざってる!すてき!」
と子供みたいにウキウキしている。
長い間、魂だけの状態で世界を見られず、
弟である紅龍さんの中で眠り続けていた彼女にとって、
──すべてが新鮮で、まぶしいんだろう。
その姿を見るブリジットちゃんも嬉しそうに微笑んだ。
「ふふっ。蒼龍さん、ルセリアにはまだまだ見どころがいっぱいあるよ。これから楽しみにしておいてね!」
蒼龍さんは目をぱちぱちさせ、
次の瞬間ブリジットちゃんにギュッと抱きついた。
「んもぉ〜〜!!ブリジットちゃん、いい子すぎなぁ〜い!?大好きーっ!!」
「あはは……ありがとう、蒼龍さんっ……!」
ブリジットちゃんは少し照れたように笑う。
この二人の組み合わせ、なんか……尊い。
世界のご褒美か?
しばらく歩くと、視界に巨大な“壁”が迫ってきた。
いや、正確には壁じゃない。
高い鉄柵と、緑の垣根。
その奥には、森のように広大な公園や、塔のようにそびえる建物群。
ヴァレンが立ち止まり、胸を張って言った。
「──見てみろ、みんな。
ここから先が全部、ルセリア中央大学だぜ」
一瞬、世界の音が止まったように感じた。
ここから先全部?
大学って、校舎とグラウンドだけじゃ……?
いやいやいやいや、スケール大きすぎない?
召喚高校生たちも、一斉に騒ぎ始めた。
「は!?でっっっか!!」
「これ、もう“街”じゃん!!」
「テーマパークじゃなくて学園都市じゃん!!」
俺も思わず「……広すぎるだろ」と呟いた。
すると、静かに影山くんが言った。
「で、でも……本当にいいんですか?
僕たち召喚組も、短期留学生として在籍させてもらえるなんて……」
影山くんは、人一倍謙虚な性格だ。
理由のない“恩恵”を受けるのを不安がるタイプ。
ヴァレンは振り返り、軽く肩をすくめて笑った。
「遠慮はいらないよ。
キミたち異世界人は、エルディナ王国からしてみれば、異世界文化を知る貴重な人材なんだ」
そう言って、彼はスラリと説明を続ける。
「大学に在学してもらえば、
キミたちはこの国最高学府の教育を受けられるし、
大学側はキミたちから異世界文化の知識を得られる。つまり──Win-Winってわけさ」
続けて、一条雷人くんが眼鏡をクイッと押し上げた。
「それに……
いい加減、僕とヴァレンさんの二人で二十人以上の勉強を見るのは、そろそろ限界だったしね」
「学問体系は違っても、この世界のレベルは高い。
正直、僕たちの世界と比べても遜色ないどころか……むしろ上回っている分野が多い。学ぶ価値は大いにあるよ」
まっすぐな声だった。
その言葉を聞きながら、俺は思う。
雷人くんは、本当に努力する人だ。
この世界でも、それは変わらない。
すると、鬼塚くんがぼそっと呟いた。
「だけどよ……
いくらWin-Winだからって、タダってわけじゃねぇだろ?学費とかメシ代とか……大丈夫なのかよ。
俺ら二十人分なんて……」
鬼塚くんの声には申し訳なさと不安が混じっていた。
ヴァレンはニッと口角を上げ、
サングラスの下で目を楽しそうに光らせる。
「大丈夫大丈夫。俺たちには──極太のスポンサーがついてんだからさ」
極太……誰?
企業?貴族?王室?
そんな疑問を胸に抱いたまま、
ヴァレンがふと俺のほうへ向き直った。
そして、
いつになく真剣な顔で言った。
「──相棒」
呼ばれた瞬間、背筋が自然に伸びた。
「特別異世界留学生扱いの高校生ズと、
復学扱いのブリジットさんは試験なしで入れる。
けど、お前は“完全新規編入生扱い”だ」
そこでサングラスをクイッと押し上げ、
「つまり──相棒、お前だけは入学試験を突破しなきゃならねぇ」
笑いながら言っているが、
その裏には真剣な信頼が見えた。
「お前に限って心配はねぇとは思うが──しくじるなよ?」
俺はその言葉に、ふっと息を笑いで漏らした。
「まあ……
せいぜい“足切り”にあわないように気をつけるよ」
冗談めかして返すと、ヴァレンは満足そうに頷いた。
そのときだった。
「──アルドくん」
ブリジットちゃんが、そっと俺の袖をつまんで言った。
振り返ると、
そこには柔らかくて、少し期待に震えた笑顔があった。
「試験……がんばってね。
そして……一緒に大学、通おうね!」
胸の奥が、一気に熱くなった。
この世界に来て、何度も彼女に助けられた。
何度も励まされて、支えられてきた。
“その未来を一緒に歩みたい”と
彼女が言ってくれるなんて。
……応えたいに決まってる。
「──ああ。任せておいて」
全力で。
どんな試験でも突破してみせる。
この笑顔に応えるためなら、
なんだってやる。
俺は静かに、でも力強く決意した。
必ず受かる。必ず守る。
そして、一緒に大学生活を始める。
そう、心に誓いながら──
俺たちは、ルセリア中央大学の巨大な境界門へと向かって歩き出した。




