第218話 国賓魔王の不可思議な提案
キッチンの奥から「チャッチャッチャッ」という湯切りの音が響く。
その軽快なリズムを打ち消すほど、玄関の方からは「ドンドンドン!!」と爆音みたいなノックが連続していた。
「聞いてくれッ!ブリジット! 一旦……一旦でいい! 話を──っ!!」
必死の叫び声。声の主は、さっきブリジットちゃんに玄関からポイーッと放り出されたばかりの、あの気の毒なお兄さん……セドリックさんだ。
いや、あの……叫ぶ声が完全に“狼に襲われた村人”のソレなんですけど……。
でも、俺の目の前の女の子──
ブリジットちゃんは、そんな咆哮が耳に刺さってるはずなのに。
……ニコニコしてる。
普段のほんわかスマイルじゃない。
なんというか……妙に澄んだ、底の読めない……怖い笑顔だ。
俺は湯切りしながら背筋がゾワッとした。
「へ、ヘイ、お待ち!」
震え気味の声をごまかすように明るく言いながら、
猪骨スープをたっぷり含んだ豚骨醤油ラーメンを、そっとブリジットちゃんの前へ置いた。
「わあ! 美味しそうーっ! アルドくん、ありがとう!!」
ブリジットちゃんはパァァッと笑顔になって、両手を胸の前で合わせる。
その瞬間だけは──いつものブリジットちゃんだ。
ただ。
背後から鳴り続ける
「ドンドンドンドンドン!!!!」
という爆音ノックと、
「話をッ!! お願いだ、ブリジット!!」
という切実すぎる叫び声を、彼女は完全に無視している。
……本当に聞こえてないの?
いやいや、耳塞いでるわけでもないし。
あれは絶対に“聞こえないふり”だ。
こ、こわぁ……。
俺は恐る恐る視線をブリジットちゃんに向けると、彼女は嬉しそうに箸を取り、レンゲでスープをふーふーしてから口に含む。
「……んんっ……おいしっ!」
その顔には怒りの“お”の字も浮かんでいない。
だから逆にこえぇんだけどね!
怒りのゲージMAXの時の静けさって、一番ヤバいやつじゃん?
……さっき読んでた手紙に、一体何書いてあったの?
俺はごくりと唾を飲み込み、震える声で尋ねた。
「……あ、あのー……ブリジットちゃん……?」
「なぁに? アルドくん」
笑顔。綺麗な笑顔。
でも目が……目が笑ってない。
黒目のハイライトが消えてる感じ。
俺は玄関の方にちらっと目を向けて、
「あ、その……お兄さん、さっきからずっと玄関ドンドンしてるけど……」
と言ってみた。
すると──
「え? 何のこと? あたしには、何も聞こえないよ?」
にこっ。
え、えぇー……
絶対聞こえてるよね?
玄関、もう破れそうだよ?
再び「ドンドンドンドン!!!」と音が響いた瞬間、
俺は一瞬だけブリジットちゃんの横顔を見た。
……笑顔のまま、ピクリとも動かない。
うわああああああああ!!
こっっっわ。
この子、怒ると静かになるタイプだったの!?
普段ほんわかしてる子が静かに怒ると一番ヤバいって、俺知ってるよ!?
でも……ごめん、お兄さん
俺は心の中で土下座しながらも、
どんな時でもブリジットちゃんの味方になると決めた事を思い出す。
だから──ここは俺も合わせるしかない。
俺はキッチンに戻り、自分の分のラーメンを盛り付けて、ブリジットちゃんの隣に腰掛けた。
「アルドくんも、座って座って!」
「は、はいよ……」
外からは「ブリジーーット!! 一度でいい、話を……っ!!」と、涙声になったセドリックさんの悲痛な叫びが続いている。
だが俺とブリジットちゃんは、
「美味しいね、これ」
「うん!すっごく美味しい!」
と、現実逃避するように笑い合っていた。
……何の解決にもなってないけど。
でも、今はこれで精いっぱいだった。
背後から響く絶望的なノックと、晴れやかすぎる笑顔のギャップに震えながら、
俺はひたすら麺をすする。
ラーメンの湯気とブリジットちゃんの笑顔はあったかいのに、
背中だけはずっとゾワゾワしていた。
◇◆◇
ラーメン丼が空になり、俺とブリジットちゃんが「ふぅ〜」と同時に息を吐いたところで──
不意に、外から聞こえていた激しいノック音がピタリとやんだ。
……あれ?
さっきまでの
「ブリジッッッット!! 話を……っ!!!」
的な、魂の叫びが嘘みたいに静かになる。
代わりに、玄関の鍵が──
ガチャリ。
俺とブリジットちゃんは同時にそっちを見る。
すると、ゆっくりと扉が開き──
「よ。相棒、ブリジットさん。お客さん来てんだから、対応してやれよな?」
ケロッとした顔のヴァレンが立っていた。
その腕を軽く添えるように、ゲッソリした男
───セドリックさんが入って来る。
……いや、ゲッソリっていうか……魂抜けかけてない?
背中には相変わらず気絶中のラグナ王子を背負っている。
セドリックさんは、俺たちを見るなり深々と頭を下げた。
「ど、どこのどなたか存じませんが……助かりました……。妹に、締め出されてしまい……」
声、震えてるし。
ヴァレンは一瞬きょとんとしたが、次の瞬間目を丸くした。
「えっ!? キミ……ブリジットさんのお兄さん?」
セドリックさんは苦笑いで頷く。
「は、はい………」
言葉を続けようとしたその瞬間。
「もうっ!ヴァレンさん! お兄ちゃんなんか、入れなくてよかったのにっ!」
ブリジットちゃんがぷりぷりと怒り出した。
怒ってる顔も……いや、可愛いんだけどさ。
でもこの怒りは可愛さで誤魔化してはダメなやつだ。
ヴァレンは肩をすくめて、
「いや、なんかさ。必死だったし……ずっと家の前で叫ばれ続けんの、近所迷惑だろ? さすがに」
大罪魔王の口から“近所迷惑”なんて単語が出てくるなんてね。
セドリックさんは「うぅ……」とつぶれそうになりながら、王子をそっとソファへ寝かせた。
俺たちもテーブルに集まり、ヴァレンが腰を下ろす。
そして、くんくんと鼻を鳴らした。
ヴァレンは俺とブリジットちゃんを交互に見て、にやり。
「ククク……おいおい、二人とも。俺がいない間にラーメン食ったろ? ズルいねぇ。後で俺の分もあるんだろ?」
軽口のトーンが絶妙で、空気がちょっとだけ柔らいだ。
流石は気遣いの魔王。
ズーンと落ち込んでいるセドリックさんの表情を見て、わざと明るく振る舞ってくれてるのが分かる。
俺は苦笑いで、
「もちろんあるよ。後で食べる?」
と言うと、ヴァレンは「ククク……そりゃあ、楽しみだ」と笑った。
「さて……まずは一旦、自己紹介からどうかな?」
俺が提案すると、セドリックさんは背筋を伸ばした。
「お初にお目にかかる。私はノエリア侯爵家長男、“神聖騎士団”の一人──
セドリック・ノエリアだ」
……うん、やっぱり貴族って名乗る時の声が違う。
気品というか、響きというか、重みがある。
ヴァレンは「へぇ……キミが、あの……」と意味深に呟いた。
──あの?
なんだ、“あの”って。
あれ?ブリジットちゃんのお兄さんって、有名人なのかな?
ヴァレンは立ち上がり、セドリックさんに向き直った。
そして、堂々と──いや、本当に堂々と。
「ククク……では、俺も名乗らせていただこう」
片手を胸に、まさに舞台俳優のような優雅な仕草で一礼する。
「俺の名はヴァレン──
“大罪魔王・第五の座”、色欲の魔王ヴァレン・グランツだ。以後、お見知りおきを」
……え?
そんなさらっと魔王って名乗っちゃうの?
それを聞いたセドリックさんは最初、
「なるほど、色欲の魔王の──」
と納得しかけた顔をしたが、
理解が脳に到達した瞬間、
「――えっ!? し、色欲の魔王!?!?」
バネ仕掛けみたいに飛び上がった。
椅子もガタッと揺れる。
お兄さん、リアクション100点満点。
ヴァレンはくつくつ笑いながら、
「ククク……本物かどうか、疑ってるかい?」
と挑発するように聞く。
するとセドリックさんはブンブンと首を振り、
「い、いや……! グラディウス宰相より、妹が大罪魔王の二柱と親しくしているとは聞いてはいた……。
ま、まさか、これほどまでとは……」
と早口で言った。
うん、想像以上の“親しさ”ではあるよね。そりゃ驚くよ。
ブリジットちゃんは腕を組んでぷくーっと頬を膨らませている。
怒りの気配はまだ続いていて、目を合わせないようにそっぽを向いたまま紅茶を啜っていた。
ヴァレンは二人──
怒りオーラを出してるブリジットちゃんと、汗だくのお兄さんをじーっと観察し、
「ふぅん……」
とだけ呟いた。
いつもの、何か事情を完全に見抜いてる目だ。
そして──
「ま、話を聞いてみないことには始まらないからな。
お茶でも飲みながら、おしゃべりしようじゃないか」
その軽い一言で、場の空気がなんとか落ち着いた。
……いや、落ち着いたというより、ヴァレンが無理やり落ち着かせた?
空気操作力が上手すぎるんだよ、この魔王。
俺はこっそり息を吐いた。
この先、絶対に荒れる展開になる。
でも、ヴァレンが間に入ってくれるなら、何とかなる気がした。
そして、ブリジットちゃんは──
まだ頬をぷくっと膨らませたまま、紅茶をチビチビ飲んでいた。
……かわいいけど、殺意のバフがかかってる。
お兄さん、気をつけて……。
◇◆◇
紅茶の湯気がふわっと立ち上がるテーブルの上。
その中央で、ヴァレンが例の“写しの書簡”をめくっていた。
──本物は、さっきブリジットちゃんがツノビームで灰にしたからね。
セドリックさんが“焼却された時のための保険”で控えていた写しだ。
ブリジットちゃんは、紅茶のカップを持ちながら、兄の方を完全に視界からシャットアウトしていた。
横顔は笑っているようにも見える。でもその頬はピクリとも動かない。
(まだ怒ってるな……これガチのやつだ……)
ヴァレンが読み終わるまで静かにしようと思いながら、俺は一口だけ紅茶を飲んだ。
その瞬間だった。
──バァンッ!!!
「うおおぉぉーい!? 何だ、こりゃあ!?」
テーブル全体が揺れるほどの衝撃音。
俺は椅子から落ちそうになり、
「ひゃあっ!?」
と情けない声を出してしまった。
いや、びっくりするよこれ!
ヴァレンは書類を卓上に叩きつけ、椅子をガタガタ鳴らしながら立ち上がる。
そして、セドリックさんに詰め寄る。
「おいおい!? ふざけてんじゃあないぜ!?
これは、このヴァレン・グランツに対する挑戦状と見做していいのかい!?」
怒りの圧で空気がビリビリしてる……!?
なんか、紫っぽいオーラ出てない!?
セドリックさんは顔面蒼白になりながら、
「い、い、いや!? わ、私は!
内容に賛同しているわけでは決して……っ!」
汗を滝のように流しながら後ずさる。
……大罪魔王に詰められたら、そりゃ怖いよなあ……。
だが、この時さらに恐ろしい声が飛んだ。
「そーよそーよ! ヴァレンさん、お兄ちゃんをやっつけちゃって!!」
ブリジットちゃんだ。
にこにこ笑顔で言ってるのが逆に怖い。
内容だけ聞いたら、完全に実の兄へ刺客を差し向けるセリフだよ。
俺は慌てふためいて両手を振り回した。
「ちょ、ちょっと!? 落ち着けって!!
ヴァレンまでキレてどーすんの!? っていうか、マジで何書いてあんのそれ!?!?」
ヴァレンははっとして俺を見た。
怒りが引く音が聞こえるほど、表情が和らいだ。
「……す、すまん、相棒。俺としたことが取り乱した」
深く息を吐き、椅子に戻る。
俺は紅茶を飲み直しながら、震える手で書類を受け取った。
「とりあえず、俺にも……見せてよ」
紙の束をめくりながら読んでいくと──
数秒後には、俺も眉間に深いしわが寄っていた。
一通り目を通し終わった瞬間、俺は心の中で思った。
(……こりゃあ、ひでぇ……)
膝の上で、拳が勝手に握られる。
内容はこうだ。
『 ブリジットへ。
まず、フォルティア荒野における開拓事業、並びにスレヴェルドやベルゼリアとの友好構築については、一定の成果を上げたと認める。
よって、今後は速やかに実家へ戻ることを許可する。
しかしながら、フォルティア開拓はもはや“お前一人の手に負える段階”を超えている。
これ以上勝手に動かれては、ノエリア家としても面子を保てぬ。
以後の運営は長男セドリックに引き継がせるため、お前は余計な口出しをせず帰還せよ。
また、お前に対しては、近頃複数の貴族家および王族から婚姻の申し出が相次いでいる。
特に第六王子ラグナ殿下などは、お前を大変気に入っておられる。
ノエリア家としても、これほど望ましい縁談はない。
ついては、開拓の役目を終えた後、殿下の元へ嫁ぐ準備を進めよ。
家のために尽くすことを期待している。
父・母より』
要約すると、だいたいこんな感じだ。
読んだ瞬間、胃がキュッと痛んだ。
ブリジットちゃんは、ハズレスキルと言われて追い出され、一人で荒野を切り開き、街を作り、人々を動かし、友好を築き……
俺やリュナちゃん、フレキくん達の協力はあったものの、それも全部全部、自分で勝ち取った絆だ。
自分の力で、成し遂げてきたのだ。
なのに。
それを横取りする?
成果を“長男に譲れ”?
お前は王子に嫁げ?
あまりにも、勝手すぎる。
ヴァレンがキレてたのは、主に3つ目に対してだと思うけど。
俺はセドリックさんに、厳しい視線を向けてしまっていた。
「セドリックさん……これは、流石に……」
彼は目を閉じ、胸に手を当てて叫ぶように言った。
「分かっている!! 私だって、分かってはいるんだ!!フォルティアの発展も、スレヴェルドやベルゼリアとの関係も、すべて……すべてブリジットの功績だ! その手柄を、私が横取りして良いはずがない……!」
ブリジットちゃんは驚いたように目を丸くし、弱々しく呟いた。
「……お兄ちゃん」
セドリックさんは続ける。
「しかし……しかしだ……!
ノエリア家は公爵家。他の貴族たちへの体裁がある……!」
そこまで言ったとき──
バンッ!
ブリジットちゃんが机を叩いた。
「──だからって!無理難題だと思いながら、自分達であたしに押し付けておいて……
上手くいきそうだと思った途端、今更あたしにフォルティア荒野開拓から手を引けだなんて!いくらなんでも勝手すぎるよっ!!」
声が震えている。
目も、怒りだけじゃなく、悲しみで濡れていた。
「それに……好きでもない人と、勝手に結婚の話を進めるなんて……!そんなの、絶対に嫌!!
そんな事なら、あたしはノエリア家なんかに……
もう帰らなくていい!!」
胸が苦しくなる。
俺だって、そんなの嫌だ。
ブリジットちゃんがいなくなるなんて……もう考えたくもない。
すると、ヴァレンがゆっくりとカップを置き、口を開いた。
「お話にならないな。ノエリア家の連中は、何も分かっちゃいない」
紅の瞳が静かに光る。
「フォルティアがここまで発展したのは“ブリジットさん”が音頭を取っているからだ。
フェンリル達も、スレヴェルドの連中も、もちろん俺も。皆、ブリジットさんが“ボス”だからここにいるんだよ」
言葉が、暖かく、鋭く響く。
「今さらトップを挿げ替えたところで、今までのように上手くいくわけがない」
セドリックさんは苦悩に満ちた顔を伏せ、唇を噛んだ。
「……私とて馬鹿ではない。
皆がブリジットを慕って集まっている事くらい分かっている。私だって……妹がどれだけ頑張ってきたか……考えれば、これからも妹に任せたい。任せてやりたい……!」
それでも。
「だが……ノエリア家が見逃すには……
ブリジットの功績は大きくなりすぎたのだ……」
ブリジットちゃんは困った顔で兄を見つめている。
その時。
ヴァレンが、にやりと笑った。
「やれやれ……グラディウスから聞いてた通りの展開だな」
そしてヴァレンは指を鳴らしながら言った。
「──ま、こんなこともあろうかと、用意しておいた甲斐があったってもんだ」
俺とブリジットちゃんは同時に固まる。
ブリジットちゃんは「えっ……?」と呟き、
俺も「用意……?」と聞き返す。
セドリックさんも、「ヴァレン殿……一体……?」と口にする。ヴァレンはにやりと笑い、どこからともなく書類束を取り出して、
バサァッ
とテーブルに置いた。
その書類を見た瞬間、ブリジットちゃんは目を見開き、
「……ヴァレンさん、これって……!?」
セドリックさんは驚愕の声を上げた。
「こ、これは……!?」
そこに書かれていたのは──
◇◆◇
ヴァレンがにやりと笑うと、テーブルの空気が妙な緊張感に包まれた。
セドリックさんが、おそるおそる尋ねる。
「ヴァレン殿……“用意”とは一体……?」
「ククク……これさ。」
まるで手品師みたいな仕草で、ヴァレンはどこから取り出したのか分からない分厚い書類束を、
バサッ
とテーブルに置いた。
紙の重みがしっかり音を立てる。
その瞬間、ブリジットちゃんとセドリックさんの視線が同時に吸い寄せられた。
「ヴァレンさん、これって……!」
ブリジットちゃんが息を呑む。
その横で、セドリックさんが読みながら顔を強張らせ、
「これは……!? まさか……!」
手が震えている。
俺も身を乗り出した。
「ブリジットが……ノエリア家の“分家”として独立する、ということか!? ヴァレン殿!?」
セドリックさんの声は驚愕と、どこか安堵が入り混じっていた。
ヴァレンは口角を上げ、
「御名答!」
と指を鳴らす。
「ブリジットさんが“分家”として独自の爵位を受け取れば、ノエリア家の面子は潰れないし、ブリジットさんはこれまで通り好き放題やれるって訳さ。これは“誰も損しない”プランなんだよ」
いや……“好き放題”っていうと聞こえがわるいな。
でもまあ、確かにそれが一番いい。
セドリックさんは、信じられないという顔で書類をめくり続ける。
「しかし……分家の設立には、公爵以上の爵位を持つ者三名の推薦が必要だったはず。一体、誰が……?」
その問いに答えるように、
ヴァレンは腕を組んでニヤッと笑い、
「推薦人欄を、見てみな?」
と顎で示した。
俺も隣から覗き込む。
そして──
そこに書いてあった三つの名前に、思わず声が出た。
一つ目は、
宰相 グラディウス・ヴァン・ヴィエロ
二つ目は、
魔導庁長官 ミルダ・フォン
そして三つ目。
「……“国賓” 色欲の魔王 ヴァレン・グランツ……?」
思わず二度見した。
ブリジットちゃんがテーブルに手をつきながら叫ぶ。
「えっ!? ヴァ、ヴァレンさん!?!?」
俺も指を突き出す。
「なんでヴァレンの名前がここに生えてんの!? 」
ヴァレンは肩をすくめ、
「ククク……あれ? 言ってなかったっけ?」
ととぼけた声を出す。
「俺ねぇ、“正式に”エルディナ王国の国賓になったんだよねぇ」
「「はぁぁぁぁ!!!?」」
俺とブリジットちゃんがハモった。
セドリックさんも目が死んだように見開いている。
ヴァレンはくるくると紅茶のカップを弄びながら続ける。
「大罪魔王が国賓扱いされるなんて初のケースでね。有事の際の協力と引き換えに──
国内では“公爵と同等”の権限が与えられているわけさ」
ウィンクして、カップを置く。
セドリックさんは即座に背筋を伸ばした。
「そ、そうでしたか……!
知らなかったとはいえ、失礼いたしました……っ!」
さっきまで“魔王!?!?”って飛び上がってたのに、さすがに対応が早い。
ヴァレンは笑って肩を叩く。
「いいっていいって。うちの“ボス”の兄上様ってわけだしな」
ボスって……ブリジットちゃんのことね。
だが、次の瞬間。
ヴァレンの表情がふっと真剣になった。
空気が張り詰める。
「……って訳で、俺の方で可能な限り手回しはしたんだが」
声のトーンが落ちる。
「実はまだ、“クリアできてない条件”があってね」
俺とブリジットちゃんは同時に固まった。
嫌な予感がする。
俺は前のめりに聞いた。
「えっ!?せっかく良い手だと思ったのに……!何が足りないの!?俺に出来ることなら何でもするよ、ヴァレン!」
ブリジットちゃんも胸に手を当てながら、
「あ、あたしに出来ることなら、何でもします!
ヴァレンさん、何すればいいか教えてください!」
と真剣な瞳で訴えた。
ヴァレンはにやり。
完全に“面白いこと思いついちゃった顔”になっている。
「……今、“何でもする”って言ったな? 二人とも」
そして──
俺とブリジットちゃんをビシィッと指差した。
「だったら──」
声が妙に明るく響く。
「相棒、ブリジットさん。
お二人には……学校に通ってもらう!」
リビングが、一瞬で静まり返った。
え?
学校?
学校って、あの……授業受けてテストある、あの学校?
いやいやいやいや。
この状況でそれは意味わからない。
俺は椅子からずり落ちそうになりながら叫んだ。
「…………いや、どういうこと!?」




