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第21話 101匹フェンリル

──地の底に、牙の音が満ちていた。


 


 そこは地上から隔絶された、静かな巨大空洞。


 広大な闘技場のようなその場所は、フェンリル族に古くから伝わる《試練の地》——。


 円形の大地の中心に、リュナがいた。


 


 彼女の周囲、円を描くように並び立つのは——


 大小さまざまな、全101匹のフェンリルたち。


 


 耳をぴんと立てた柴犬型、筋骨隆々なボクサー型、瞳がうるんだパピヨン型、どっしりと構えたバーニーズ型……。


 いずれも人の背丈を遥かに超える巨体で、唸り声をあげている。


 


 その光景は、まるで"牙の森"。


 あるいは"わんわんペットカーニバル"。


 


 だが、その威圧の中心に立つリュナは——いつものように、黒マスク越しに欠伸を噛み殺していた。


 


 上を見上げると、円形の広場をぐるりと囲む高壁に、白い紋様が浮かんでいる。


 それは……よく見れば、骨の模様だった。


 


 だが、それらは無骨でも禍々しくもない。


 丸みを帯び、両端がぽこんと丸く太った“あの”形状。


 “祖たちの誇りの象徴”として、語られるその形状は、フレキが持ち出したフェンリルの秘宝(犬用ガム)にそっくりだった。


 


 そんな場を、威厳たっぷりに踏みしめながら歩み出た一匹がいた。


 漆黒の体毛に小さな体。


 平たい顔と、深い皺。


 


 パグ型フェンリル族、グェル——フレキの弟である。


 


「……我らが"試練の闘技場"へようこそ、人間の女」


 


 広場に反響する、意外にも低くよく通る声。


 


 リュナは地面にしゃがみ込み、マスクの下で飴を転がしていた。


 出がけにアルドが持たせてくれた、ジンジャー味のやつ。


 


 グェルが高台に立ち、爪を一度、コンと石の床に打ち鳴らす。


 


「ボクは、グェル。フェンリル族王家の第二王子にして、試練の牙を統べる者!」


 


 その言葉に、周囲のフェンリルたちが一斉に低く唸り声を上げた。


 まるで“ウオォォン!”と遠吠えのコーラスが響き渡ったようだった。


 


「貴様、人間にしては、なかなかやると見た」


 


 リュナは、指の間にくるくると飴玉の包み紙を回しながら、ちらりとだけ顔を上げた。


 


「……まぁ、そこそこ?」


 


「ふん、謙虚なふりとは殊勝な。だが忘れるな」


 


 グェルは、そのぺたんとした顔に、誇らしげな笑みを浮かべた。


 


 「ここは、フェンリルの血が試される地。我らの一族が代々使い続けてきた“戦いの聖域”。」


 


 その言葉に呼応するように、闘技場の壁に埋め込まれた白い装飾が淡く光る。


 骨。全周の壁面にびっしりと描かれたその模様は、どれも丸みを帯び、ぽこんと両端が太った、例の形。


 まるで、子供向けドッグランの内装のように。


 


 しかしグェルの語り口には、微塵のギャグ感もない。


 あくまで真剣なまなざしで、それを「聖なる紋章」として誇っていた。


 


 「この場は、特殊な魔力場に覆われている……ここでは、魔力の流れは遮断され、"スキル"の効果は、封じられるのだ!」


 

 リュナの瞳が、少しだけ鋭くなった。

 


 なるほど。体にまとっていた魔力の巡りが、にわかに鈍る。


 特に“咆哮”のような精神干渉系は、効果が制限されるらしい。



「爪も牙も持たぬ貴様ら人間が、この場において我らフェンリルに太刀打ちする術などありはしない!」

 


 グェルはぷくっと胸を張り、短い尻尾をピンと立てた。


 尻尾が小刻みに揺れているのは、威圧か興奮か、それとも生来のクセか。



 (……確かに、《《この姿のまま》》だと、ちとメンディーかもっすね)


 


 だがそれだけ。焦りも恐れもない。


 むしろ「ちょっと遊びにくくなったな」程度の反応だった。


 


 グェルは短い尻尾をピンと立て、さらに気色ばむように叫ぶ。


 


「どうした! 恐怖で言葉も出ぬか、人間よ!」



 リュナは、またしても無言で包み紙をくるくる。


 

 その沈黙を“恐怖の証”と勘違いしたのか、グェルは次の宣言へと移った。


 


「ならば教えてやろう。フェンリル族に逆らった者の末路をな!」



 そして、グェルの口角がくにゃりと歪んだ。


 

「貴様には……ボクらフェンリルの“ペット”となってもらう!」


 


「…へぇ。」



 リュナは、飴をカリ、と噛んだ。



「教えてやろう……我らが『ペット』となった者が辿る運命を……!」



巨大なパグは、ハッハッハッと舌を出し、口角を上げる。

 



「まず、毎朝ボクらの毛を優しくブラッシングし、艶やかさを保てるようケアしてもらう!」

 


「お腹がすいたら、撫でて合図を送るから、それで察してフードを運べ!肥満にならぬ様、栄養のバランスには気をつかうのだ!」



「腹を出し寝転んだら、その腹を優しくなでなでしろ!我らが気持ちよくて寝てしまうまでな!」

 


「散歩の時間には“導きの紐”——通称リード!それを持って、我らが道に迷わぬよう先導するのだ!」



「それが、我らが『ペット』となる者の末路だ!!未来永劫、我らのお世話をし続けるがいい!」


 


 威厳たっぷりの顔で言い切るグェルの姿は、あまりにも真剣で、あまりにも滑稽だった。


 

 高らかに掲げられる“フェンリル式支配計画”は、なぜかどこかで見たことのある生活様式そのまま。


 毛づくろい、フードの配膳、お腹なでなで、そしてリード付きの散歩。


 


 それは、“支配する側”というより、“愛玩される側”の役目に限りなく近く——



 もし、アルドがこの場にいたらこう言っただろう。


「それ、飼われているの君達じゃない?」と。


 


 だがリュナは、そんなズレた支配宣言にも、何一つツッコまない。


 ただ静かに、立ち上がる。


 


 黒マスクの下で、口角がゆるりと吊り上がった。


 


「……あーし、“犬の世話係”とかそういう系はNGなんで。」


 


 ポキッ、ポキッと鳴る指の音が、地下空洞に響いた。


 


「それに、(わり)ーけど、あーしの“ご主人様”は、もう決まってるんすよね」


 


 ただ一言。


 それだけで、場の空気が変わる。


 


 グェルの顔がわずかに引き攣り、周囲のフェンリルたちが、再びざわついた。


 


 そして次の瞬間——


 リュナの瞳が、淡く光を宿す。


 黒マスクの奥で、ギザギザの歯がニィっと剥き出しになる。

 


 人間の姿のまま。


 だが、その背に宿るものは確かに“竜の誇り”。



「んじゃま、ちょい"しつけの時間"といくっすかね。」

 


 今、牙たちの包囲の中に、一人の少女が立っていた。


 だが、どちらが“狩る側”かは、まだ誰も気づいていなかった——。

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