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【250000PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第214話 ヒロインと主人公とモブ

空は焦げたような橙色に染まり、森の奥から立ち上る黒煙が夕陽を呑み込んでいた。

焦げた風が吹く。硫黄と血の混じった匂いが鼻を刺す。


その混沌の中で、ひとりの少女が立っていた。


──ブリジット・ノエリア。


金糸のような髪を風に靡かせ、瞳には恐れではなく、確かな光を宿している。

その姿を、空に浮かぶ青年が食い入るように見つめていた。




「……っ、あれが……ブリジット……」




ラグナ・ゼタ・エルディナス。


エルディナ王国の第六王子。


彼の胸は高鳴っていた。ようやく会えた。

この世界の“メインヒロイン”。

己が記憶するゲームの中で、幾度も見た少女。

儚く、傷つき、孤独の中で微笑む──そんな姿だったはずだ。


だが今、目の前にいる少女は──違った。


その瞳に、悲しみも、不信もない。

強く、優しく、希望に満ちた光が宿っていた。

ラグナは息を詰め、唇を噛んだ。




(……どうして……そんな顔をしているんだ……?)




ブリジットは、宙に浮いたままのラグナを見上げる。

そして、小首を傾げた。




「……?」




頭の上に、見えるかのような“?”が浮かぶ。




(だれだろ?あの人。)




ラグナの胸に妙な焦燥が生まれる。

“シナリオ”と違う。何かがおかしい。


その時──地鳴りが響いた。



ドドドドド……ッ!!



森の奥から、大地を震わせるような音。

視界の彼方に、黒い影が蠢いている。


巨大な、黒い鱗。

鋭いツノ。

空気を震わせる、黒き咆哮。




「……ブラックドラゴンの群れ……!」




ラグナの脳裏に“チャンス”という言葉が閃く。




(──さっきのは、何かの間違いだ!)


(この数のブラックドラゴンを相手にしたら、ブリジットはピンチに陥るはず!)


(そこを僕が颯爽と助ければ、きっとシナリオ通りの展開に……!)




汗が滲む。

だが、笑みが浮かんだ。




「ふっ……これだ……!」




ドドドド……!



地面を這うような振動が強まる。

ブリジットもそれに気付き、身構えた。




「また来た……!」




彼女は腰を落とし、軽く屈伸を始める。


ラグナは両手を広げ、魔力を指先に集中し始めた。




「ここは僕が──」



「また来た!よーし……!」




ブリジットの元気な声が遮った。

そして──彼女はラグナを振り返り、笑顔で言う。




「危ないから、あなたは下がっててね!」



「──えっ?」




間抜けな声が、ラグナの口から漏れた。

何を言っているんだ、この子は。

次の瞬間、森の木々をなぎ倒しながら、黒い巨体が現れた。



ドドドドドッ!!



5体、いや10体……!

2本のツノを生やした、黒いワニのようなフォルムの竜たち。

地を這う度に、大地が波打ち、砂煙が舞い上がる。




「ふっ……!」




ラグナは即座に指先に魔力を集中させる。


だが、その集中は途中で止まる。




「えいやぁーーーっ!!」




甲高い声と共に、鮮やかなピンク色が視界を横切った。

巨大なピコピコハンマー "ピコ次郎"が、唸りを上げて空を割る。



ピコッ!!



──ボグォォン!!!



ブラックドラゴンの頭に直撃した瞬間、まるで隕石が落ちたかのような衝撃波。


巨体が持ち上がり、そのまま地面にめり込んだ。

土煙と共に、衝撃波が辺り一帯を吹き飛ばす。




「それぇーーーっ!!」




ピコッ!


ピコッ!


ピコッ!


 

間の抜けた音が次々と響く。

だが、その度にブラックドラゴンが一体、また一体と地に沈む。




「う、うそだろ……!?」




ラグナの口から、言葉が漏れた。

“ピコ”という可愛い音と、“ズドン”という大爆音が、交互に響く。


まるで、体感型ゲーム。

むしろ彼女自身がプレイヤーだ。



ピコッ! ドゴォン!


ピコッ! ガラガラガラッ!



黒煙の中を舞うブリジット。

軽やかに跳び、舞い、回転しながらハンマーを叩き込む。

その動きには一片の迷いもなかった。




(ば……バカな……!?)




ラグナの頭が追いつかない。




(ブラックドラゴンの群れを……そんなワニワニパニックみたいな感じで、撃退するなんて……!?)




空中でただ立ち尽くす彼の頬に、風と砂が叩きつけられた。

視界の中で、ブリジットが最後の一体を叩き落とし、軽やかに着地する。



ピコッ。



その可愛い音と共に、戦場に静寂が訪れた。


ブリジットはハンマーを肩に担ぎ、額の汗を拭って息を吐く。




「ふぅっ……今日も絶好調だね、ピコ次郎。」




ラグナは唖然としたまま、ただその背中を見下ろしていた。


“メインヒロイン”の初登場シーン。

彼の記憶の中では、助けられるはずの少女が、今、誰よりも輝いていた。


ラグナは呟いた。




「……シナリオが、狂ってる……」




 ◇◆◇




ピコッ、と最後の音が響いた。

地面が揺れる。舞い上がった砂煙の中、黒き竜たちが次々と地面にめり込み、動かなくなっていた。


その中心に立つ少女──ブリジット・ノエリアは、ピコピコハンマー "ピコ次郎" を肩に担ぎ、「ふぅっ」と息をついた。

その頬を汗が一筋、きらりと光りながら流れ落ちる。




「……完了、っと!」




彼女は額の汗を手の甲で拭いながら、周囲の様子を確認する。

砂煙の向こう、宙に浮いたまま硬直している金髪の青年に気づくと、にこっと笑顔を見せた。




「──あ、大丈夫でしたか?」




天使のような声色だった。

だが、その一言は、ラグナにとって致命的な一撃だった。




(──これじゃ、立場が逆じゃないか……!?)


 


目の前の光景が信じられない。

“助けに来た王子”が、“助けられている”。

しかも相手は、ラグナが「守る」と決めていた、ヒロイン本人。




(僕が……助けられたみたいな感じになってどうする!?)


 


頭の中で鐘が鳴る。ガンガンとプライドを叩き割る音が。


だが、王族としての顔を崩す訳にはいかない。

ラグナは平静を装い、必死に作り笑いを浮かべた。




「あ、ああ……ありがとう。キミは強いんだね。」




声がわずかに裏返ったが、何とか言葉を絞り出す。


しかし、彼の内心は嵐だった。




(そうだ……この強さ……なんなんだ!?)


(“ブリジット”というキャラクターに、ここまでの戦闘力は備わって無かったはず!)


(なのに、さっきの戦いぶりは……下手したら、兄であるセドリック以上の……!?)




困惑と焦燥が胸の奥で渦を巻く。

自分の知る“ゲームの世界”が、何かとんでもなくズレている。

まるで、見慣れた物語のスクリプトが、誰かに書き換えられたように。


そんなラグナの葛藤など露知らず、ブリジットは小首を傾げた。




「? 大丈夫ですか?どこかケガしたとか?」


 


そう言いながら、そっと彼の顔を覗き込む。

近い。近すぎる。

ラグナの心臓が、ドクンと跳ねた。




(か……可愛い……!!)


 


瞳が透き通っている。

微笑むと、頬のあたりに小さなえくぼが浮かぶ。

まるで、陽だまりがそのまま人の形になったような温かさ。




(いや、違う違う!!)




自分で自分にツッコミを入れる。




(僕がドキッとしてどうする!?)


(僕は“主人公”ラグナ・ゼタ・エルディナス……!)


(女性に夢中になる役じゃない。女性を夢中にさせるのが、僕だろう!?)




深呼吸。

王子スマイル、オン。

キラキラと光のエフェクトが出そうな完璧な微笑みを浮かべ、ラグナは言った。




「……ああ、お気遣いありがとう。でも、心配には及ばないよ。」




完璧だった。

完璧なセリフ。完璧な笑顔。

この瞬間、どんな女性も頬を染め、心を撃ち抜かれるはず──


──の、はずだった。




「それならよかった!」


 


ブリジットはニコッと笑い、あっけらかんと言った。




「ここはまだ危ないかもしれないから、街の方に避難しててくださいね!」


 


そして、くるりと背を向け、再び森の方へ警戒の目を向けた。


ラグナは固まった。

笑顔がひきつる。




(……ん?)




どこかで何かが根本的に噛み合っていない。

彼女の反応は、“イベント”に入っていない。

恋愛フラグどころか、モブへの気遣いムーブ。




(おかしい。何かおかしいぞ……?)


 


確かめねばならない。

ラグナは慌てて手を伸ばした。




「ちょ、ちょっと待った!」




ブリジットが「はえ?」と間の抜けた声で振り返る。

ラグナは息を整え、真剣な顔で尋ねた。




「ぼ、僕の顔を見て、何か無いかい?」



「え?」




ブリジットはしばらくポカーンとしたまま、彼の顔をじっと見つめる。

そして──にこっと微笑んだ。




「とってもキレイなお顔ですね!」



「……っ!!」




雷が落ちたような衝撃だった。




(こ……この()……僕に“興味が無い”……!?)




ラグナの脳内で、何かがパリンと音を立てて割れた。


エルディナ王国第六王子。

稀代の天才魔法使い。


女性週刊誌『ルセリア・ロイヤル』では四年連続“抱かれたい男No.1”。


街ではサイン会を開けば長蛇の列、笑顔を向ければ失神者が出る。


それなのに──。


目の前の少女は、心底自然な笑顔で“無関心”だった。




(本気で、僕のこと知らない……!?)




とぼけてる様子も、取り繕っている様子もない。

この反応は、完全に“知らない人への社交辞令の笑顔”だ。




(な、なぜだ……!?)


(いや、落ち着け。ブリジットが僕に興味を示さない女性……ありえる。可能性は二つ……)




ラグナの脳内で冷静な分析が始まる。




(ひとつ、“恋愛対象が男性ではない”場合。……だが、彼女はそんなキャラ設定ではなかったはずだ!)


(もうひとつ……“すでに他の想い人がいる”。)




思考が止まる。

脳裏に、先ほどの彼女の笑顔が浮かぶ。

ピコ次郎を振り回しながらも、あの無邪気な表情。

誰かを信じて、誰かのために戦う、あの輝き。




(まさか……ブリジット、キミは……)


(僕を差し置いて……誰かを、想っているとでもいうのか……!?)




胸の奥がチリチリと焼ける。

それは嫉妬か、焦燥か、自分の“シナリオ”を奪われた男の怒りか。


いずれにせよ、ラグナ・ゼタ・エルディナスという完璧な王子は──


この瞬間、初めて“現実”という名のバグを目の当たりにしたのだった。




 ◇◆◇




黒煙が薄れ、焦げた風が静まっていく。

地に沈んだブラックドラゴン達は、まだ呻き声を漏らしていたが、もはや脅威ではなかった。

戦場に、ひとときの静寂が訪れる。


そんな中、ラグナは動揺を悟られまいと、できるだけ優雅な立ち姿を保った。

心臓はやかましいほど鳴っている。だが、顔には余裕の笑みを張り付けた。




「……自己紹介が遅れたね。僕は……ラグナ。」




短く、だが声には誇りが滲む。

彼は意図的に名を省いた。ゼタ・エルディナス──この国の第六王子という称号を。

王族というカードを切るのは、敗北宣言と同じ。

“自分を知らない”相手に、正体を明かして興味を引くなんて、プライドが許さない。


ブリジットはにこりと微笑み、ペコリとお辞儀をした。




「初めまして! あたしはブリジット・ノエリアです!」




その笑顔は、まるで陽の光のように眩しかった。

だが──それだけだった。


特に驚くでもなく、頬を染めるでもなく。

“ああ、初対面の旅人さん”という程度の、穏やかな反応。


ラグナの頬がピクピクと引き攣る。




(な、名乗ってもまだ気付かない……!?)


(まさかとは思うが、“ラグナ”という名前が無名だとでも? そんなはずはない。僕の肖像画は、王都ルセリア中の商店に貼られてるというのに!)




彼は一瞬、唇を噛んだ。

だが、すぐに思考を切り替える。




(……いや、落ち着けラグナ。王子の身分に頼るなど愚の骨頂。僕は今、“主人公”だ。名前や立場ではなく、カリスマで惹きつけるのが主人公だろう?)




ラグナは静かに息を吸い、表情を引き締めた。




(ならば──この話題ならどうだ?)



「実は、僕は旅の魔導士でね。」




ブリジットがぱちぱちと瞬きをし、にこりと微笑む。




「へぇー、そうなんですね!」




素直な反応。だが、軽い。

ラグナの心のどこかで、“想定外”という赤ランプが点滅する。




(反応が……薄い!? “えっ、旅の魔導士様なんですか!?”とか、“かっこいい!”とか来るだろ、普通!?)




気を取り直して、ラグナは軽く笑みを浮かべ、わずかに髪をかき上げた。




「ここ、フォルティア荒野には──"邪悪な魔竜"が住み着いていると聞いてね。退治しに来たんだ。」




声には自信が満ちていた。

完璧な角度の笑顔、完璧な照れ隠し。

陽の光を背に受ける金髪がきらめき、背景にキラキラしたエフェクトが見える気すらした。




(……なんてね。今の僕のレベルじゃ、エンドコンテンツボスの“咆哮竜ザグリュナ”をソロ討伐はまだ確実性が無いからゴメンだ。けど──)


(“憎き咆哮竜を倒しに来た謎の美形魔導士”。これならブリジットも流石に食いつくに決まってるさ……!)




彼は視線をブリジットに向けた。

だが。


ブリジットの表情は、期待していた“きらめき”とは程遠かった。

明るくも、興奮でもない。


むしろ、どこか悲しげで──柔らかく、寂しげな影を帯びていた。


ラグナの胸に、嫌な予感が走る。




(なっ……!? 何だ、その顔は!? 僕の勇姿を前にして、なぜそんな“哀れむような”表情を……!?)




ブリジットは静かに口を開いた。




「──申し訳ありませんけど、ここに……フォルティア荒野に、“邪悪な魔竜”なんてものは、いません。」




言葉は柔らかかった。

だが、その意味はラグナにとって致命的だった。




「ば、バカな……!? だって、ここはフォルティア荒野だろう? 伝説の魔竜、咆哮竜ザグリュナが支配する、魔の土地のはずじゃあ……!?」




声が裏返った。

彼の知る“ゲーム”の世界観が、音を立てて崩れる。


ブリジットは少しの間、沈黙した。

そして、穏やかな笑顔を浮かべた。




「──きっとラグナさんは、力も勇気もある方なんですね。他人のために、そんな怖い相手に立ち向かおうとするなんて。」




その一言が、ラグナの胸を鋭く突いた。




(……そうじゃない。僕は、ただキミに……!)




心の奥で、言葉にならない衝動が渦を巻く。

“救いたい”のではなく、“物語を元に戻したい”。

その違いが、彼の中で痛みとなって跳ね返った。


だが、ブリジットは続けた。




「でも、本当に、この場所に“邪悪な魔竜”なんてものはいないんです。」




彼女の瞳は、真っ直ぐで、曇りがなかった。




「だから、その力は、ここではないどこかで──別の誰かを救うために使ってあげてください!」


 


微笑みながら、ぺこりと頭を下げる。

その姿には偽りがなかった。


ラグナは言葉を失った。

彼女の笑顔が、まるで自分の“存在理由”を否定しているように思えた。


──シナリオの外。

誰も自分を必要としない世界。


その静かな衝撃の中で、ブリジットはくるりと背を向けた。

その後ろ姿を、ラグナはただ呆然と見つめていた。


風が吹く。

ブリジットの金髪が、光を受けて柔らかく揺れた。




(……なぜだ。なぜ、僕の知っている世界じゃない……!?)




そして彼の胸に、初めて芽生えた。

“焦り”でも“嫉妬”でもない、“不安”という感情。


ラグナは、自分の手を見つめながら呟いた。




「……この世界の脚本、誰が書き換えた……?」




 ◇◆◇




ブリジットが背を向け、一歩踏み出そうとしたその瞬間だった。




「ちょ、ちょっと待って……!!」




ラグナの声が震えていた。

思わず伸ばした手が、彼女の肩を掴む。

ブリジットは「えっ?」と驚いた声を上げ、少しつんのめる。


その拍子に、彼女の羽織っていたジャケットがずれ、白いタンクトップの肩口から、柔らかな肌がわずかに覗いた。


その一瞬。

ラグナの脳裏に、電流が走った。




(──!?)




見間違えるはずがない。

そこに──“火傷痕”が、無い。




(ブリジットの……背中の……“火傷痕”が……無い!?)




息が詰まる。

喉の奥が焼けるように熱くなった。




(バカな……!? あのブレスの傷は、物語の象徴だろう!? 痛みと過去を背負う少女が、主人公である僕の持つキーアイテム“堕竜の血”によって癒され──そして、恋に落ちる……)




──それが、あのゲームの最も美しいシナリオだった。


だが今、目の前の現実は、その象徴を無情に否定している。


ラグナの呼吸が荒くなり、瞳の焦点が揺らいだ。




「……嘘だ、そんな……!」




次の瞬間、彼は衝動に駆られるようにブリジットの肩を引き寄せ、ジャケットの裾を掴んでベロンと捲り上げた。




「ちょっ……!? ラ、ラグナさんっ!?」




ブリジットの声が裏返る。

それでもラグナは止まらなかった。


タンクトップの裾を掴み、下から勢いよくめくり上げ──


雪のように白い背中が、陽光の下に露わになった。




「なっ……!? ななななな……っ!?!?」




ブリジットの顔が一瞬で真っ赤になる。

肩を抱え、両腕で慌てて胸を隠そうとするが、事態が理解できない。




(な、なにこの人!? いきなり服めくって背中見るとか、どんな種類の変態さんなのっ!?)




驚きと羞恥で顔が真っ赤になったブリジットの額から、銀色の2本のツノがニョキニョキと生えてくる。




「ひゃあっ……!? ちょ、ちょっと、出てきちゃってるぅ!!」




だが、ラグナはそんな彼女の狼狽を一顧だにしなかった。

白く滑らかな肌を凝視しながら、喉の奥から絞り出すように呟く。




「バカな……! ブリジットの背中には、ザグリュナから受けたブレスの火傷痕があるはずだろ……!?」


「そして……僕がキミに贈る“堕竜の血”を飲んで祝福を受け、背中の傷跡が綺麗に消えて、キミは僕に感謝し、恋に落ちる……そういう“シナリオ”のはずだろ!?」




その声には理性がなかった。

“シナリオ”──その言葉を理解できず、ブリジットは呆然とした表情を浮かべる。




(し、シナリオ……? 何の話をしてるの、この人……? っていうか、なんでリュナちゃんのブレスのことまで知ってるの!?)




混乱と羞恥が一気に押し寄せる。

だが、それ以上に──彼の目が怖かった。

狂気の色を帯びて、まるで“自分以外の世界が間違っている”と信じている目だった。




「い、イヤーーーーッ!!!」




叫ぶと同時に、ブリジットは反射的に右手を振り抜いた。


──ビンタ。


だが、その一撃には、真祖竜の加護が宿っていた。




(あっ……やばい……!!)




振り抜いた瞬間に気づく。




(この状態で本気で当たったら、ラグナさん……死んじゃう!!)




だが、止まらない。

勢いはすでに乗っていた。




「やめ──」




ビシィィィッ!!


雷鳴のような音と共に、ブリジットの掌とラグナの顔の間に、眩い光の膜が張り巡らされる。


魔法障壁──。


バチバチッと火花を散らしながら、彼女の腕をぴたりと止めた。


ブリジットが驚愕の目で見開く。




(当たってない……!?)




ラグナは、先ほどまでの柔和な表情を完全に消していた。


目に宿るのは冷たい怒気。

低く、氷のような声で呟く。




「──酷いじゃないか。

こんな色男の顔に、そんな強力な一撃を入れようとするなんてさ。」




その声音には、余裕ではなく“苛立ち”が滲んでいた。

ブリジットは思わず一歩後ずさる。




(よかった、当たってない……でも……)


(この人……“真祖竜の加護”が発動してる状態のあたしのビンタを、何事もなかったみたいに障壁でガードした……!?)




安心と恐怖が入り混じった感情が胸に広がる。


ラグナは左手を持ち上げた。

その指先に、禍々しい魔力が蠢き始める。

空気がざらりと重くなる。




「……ああ、イライラするな。こんな気分は久しぶりだよ。」


「何でこんな事になってるんだ……? 訳がわからない……本当に、訳がわからないよ。」




ブリジットの頬に冷や汗が伝う。

“何か”が崩れ落ちていく気配。




「──ほんのちょっとだけ、キミの心を操れば、本来のシナリオに軌道修正できるのかな……?」




禍々しい魔力を帯びた指先が、ブリジットに向けて伸ばされる。


──その瞬間。





「おい、アンタさ。」





背後から静かな声が響いた。

穏やかで、だが底に煮え立つような怒りを孕んだ声。


ラグナの指が止まる。

ブリジットの目が見開かれ、表情が一瞬で変わった。


ぱぁっと、花が咲いたような笑顔。




「アルドくん!」




その声に、ラグナの眉が跳ね上がる。




(……誰だ? 今の名前は?)




ゆっくりと振り返る。


そこには──銀色の髪をした少年が立っていた。

わずかに乱れた前髪の下、冷たく光る瞳。

薄い唇の端が、怒りで僅かに歪んでいる。


彼は歩み寄りながら、低く問いかけた。




「アンタ……ブリジットちゃんに、何してくれてんの?」




空気が震えた。

彼の声は穏やかだが、言葉の一つひとつに刃が潜んでいる。


ブリジットが、心底安心したような声で再びその名を呼んだ。




「アルドくん……!」




その瞬間、ラグナの胸に黒い炎が燃え上がった。




「アルド……? 誰だ、お前。」


「そんな名前のキャラ、僕は知らないぞ。……でも、そうか。」




ラグナの顔が、ドス黒い怒りに染まる。




「お前が……! お前がブリジットを(たぶら)かした元凶か……! モブ野郎が……でしゃばりやがって……!」




アルドの瞳が鋭く細められた。




「……何を訳わかんないこと言ってんのか知らないけどさ。」




肩を回し、指をポキポキと鳴らす。




「ブリジットちゃんに危害を加えるつもりなら──」




金色の王子と、銀色の少年が対峙する。

空気が、静かに凍てついた。




「どこの誰だろうが、俺がぶちのめすよ。」




その一言が放たれた瞬間、戦場に再び火花が散った。


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