第213話 カクカクシティ南門の攻防
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エルディナ王国の中心、王都ルセリア。
陽光を反射する純白の尖塔が並び、神聖を象徴する女神像が街の至る所に祀られていた。
その中でもひときわ豪奢にして厳粛な屋敷がある。貴族派の筆頭、ノエリア公爵家。
代々、女神の加護をその身に宿し、数多の英雄を輩出してきた由緒正しき一族。
戦場では騎士団を率い、政では王に助言を行い、その血筋こそ“神の代理人”とも称されていた。
だが──その血に宿る光は、時に影を落とす。
若き兄妹が、神殿の祭壇に並んでいた。
兄、セドリック・ノエリア。
妹、ブリジット・ノエリア。
白衣を纏った神官が天へと祈りを捧げる。やがて女神の紋章が天井に輝き、二つの加護が授けられた。
兄には戦車の輪を象る光の紋章。
“戦輪ノ騎士”。
歴代の英雄が継いだ、神に選ばれし戦闘の加護。
妹には、淡くくすんだ紫の紋章。
“毒無効”。
沈黙が広がった。
祝福の鐘は鳴らず、神官の声も続かない。
母はうつむき、父は冷たい視線を向ける。
少女の唇が震えた。「おとうさま……」と呼ぼうとした瞬間、その声は叩き落とされた。
“恥を知れ”と。
間も無くして、彼女は家を追われた。
与えられたのは、フォルティア荒野の開拓という名の絶望。
魔物が蠢き、地すら毒に侵される未開の地。
護衛をつけられたといっても、所詮は名ばかりの捨て駒。
それでも少女は微笑んでいた。
──「いつかきっと、家族に認めてもらうんだ」
その想いだけを胸に、彼女は荒野に挑み続けた。
だがある日、空が裂けた。
山脈を貫く轟音。
天を覆う漆黒の影。
“咆哮竜ザグリュナ”
──伝説に記された、荒野の支配者。
ブリジットは反射的に逃げようとした。
しかしその瞬間、世界を焼く光が落ちた。
視界が真白に染まり、音が遠のく。
その身を庇おうとした召使い達は──いなかった。
彼らは逃げていた。
燃える空の下、少女は地に伏せ、黒く焦げた腕で背を押さえる。
皮膚が裂け、血が混じり、痛みも感じない。
ただ、涙が頬を伝って落ちた。
「どうして……」
その声は、風にかき消えた。
やがて彼女は、見知らぬ冒険者に救われた。
命は繋がった。
けれど──心は砕けた。
背に残る火傷の痕と、胸に刻まれた裏切りの痛み。
それ以来、彼女は笑顔を失った。
信用を失った。
そして、己の“無力”を呪った。
それでも、彼女は生き続けた。
金で雇った労働者を率い、荒野を切り拓く。
いつかまた──あの家の門を叩くために。
けれど、運命は彼女を試すことをやめない。
南の森。
突如として起こった火災が、黒煙と共に天を染める。
燃え盛る炎の中、巣を失った“ブラックドラゴン”の群れが荒野を目指して押し寄せていた。
空を覆う、黒き獣の群れ。
地を震わせる、竜の咆哮。
その音に、少女の身体は震えた。
──ザグリュナ。
違うと分かっていても、心が勝手にあの日を重ねる。
息が詰まり、膝が震え、視界が滲む。
逃げたい。だけど、逃げられない。
──もう、終わりだ。
彼女は目を閉じた。
その瞬間、世界が閃光に包まれた。
轟音。
爆風。
風の流れが逆巻き、黒き竜たちが一瞬で吹き飛ばされる。
その光の中に立つ一人の男。
黄金の髪を揺らし、氷と雷を纏う魔法陣を背負う。
その微笑みは、誰よりも自信に満ちていた。
──彼こそが、この物語の“主人公”。
エルディナ王国第六王子、ラグナ・ゼタ・エルディナス。
そして、凍てついた少女の心を救うはずの“運命の出会い”。
そう、“本来のシナリオ”では──。
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ラグナは、ひゅう、と風を切りながら、夜空を滑るように飛んでいた。
金の髪を風に流し、指先に青白い光を灯す。
“飛翔”。
魔導士の中でも上位の者にしか扱えぬ高等魔法だ。
眼下には、広がるフォルティア荒野。
そして──遠くに見える、光に包まれたカクカクシティ。
彼の視線は、南門の方向へと注がれていた。
口元に、静かな笑み。
まるで舞台に上がる役者のように。
「……待っててね、ブリジット。」
低く、囁くような声。
「笑顔を忘れたキミのその凍てついた心──僕が、溶かしてあげるよ。」
そう言って、彼は唇の端をわずかに吊り上げた。
その笑みは、優しさよりも冷たく、計算された自信に満ちている。
まるで、自分こそがこの世界の“主人公”だと信じて疑わぬように。
風が彼のマントをはためかせ、フォルティアの空へと溶けていった。
◇◆◇
黒い影が空を覆っていた。
竜たちの咆哮が響くたび、大地が震える。
焦げた風が吹き抜ける中で、ブリジットは両手を腰に当て、真っ直ぐに前を見据えていた。
「みんな! 落ち着いて戦って! 一体一体の力はそれほどじゃないよ!」
彼女の声が、戦場の喧噪を貫く。
その声音には恐怖も焦りもない。
ただ、仲間を信じる確信があった。
「今、アルドくんが……南の森の火災を処理しに行ってくれてる! 大元を正せば、ブラックドラゴンたちの進軍も止まるはず! それまで持ち堪えることを第一に考えて!」
焦げた空気の中で、命令が飛ぶ。
それに応じて、前線の召喚高校生たちが一斉に動いた。
「オッケー、ボス!!」
対物ライフルを抱えた久賀レンジが肩を回し、照準を覗き込む。
彼の銃口が光を放ち、雷鳴のような轟音が響いた。
──ドゴォォンッ!
一発で一体のブラックドラゴンの胴体撃ち抜き、転倒させる。
「ナイスショット!」
誰かの声が上がる。レンジは口角を上げた。
「だろ? FPSは人生だぜ!」
その横で、瞳を輝かせながら魔力を集中させるのは、石田ユウマだった。
「スキル発動──“天啓眼”!」
瞳が金色に輝き、周囲の情報が光の線となって空間に描き出される。
「南方から、新たな敵影二十! 射線上に味方無し──大技チャンスだ!」
「よっしゃ、ワンちゃん達!! バフは任せろ!」
西条ケイスケが両手を組み、魔法陣を展開した。
「“魔力増幅装置”!!」
透明な光の輪がフェンリル部隊の足元に広がり、まるで電流のように光が駆け抜ける。
フェンリルたちが一斉に顔を上げた。
灰色の毛並みが風に逆立ち、金の瞳が光を宿す。
「──ワオォォォォン!!!」
十数頭の咆哮が重なり合い、風の渦が生まれる。
竜巻が起こり、迫るブラックドラゴンたちをまとめて吹き飛ばした。
その光景を見て、ブリジットは小さく頷いた。
「……いい連携!みんな、頼りにしてるよ!」
彼女の背後では、藤野マコトが器用にサモンボールを投げていた。
赤と白に分かれた魔導具が、破裂音とともに竜たちを光の粒に変え、次々と吸い込んでいく。
「捕獲成功っと。ふむふむ……このサイズならSランク級ですな。」
眼鏡を押し上げながら、いつもの調子で呟く。
だが、その横顔は以前よりもずっと引き締まっていた。
異世界での生活が、彼ら“オタク四天王”を確かに変えていた。
ふと、藤野がブリジットの方へ視線を向ける。
彼女は、額の汗を拭いながら次の指示を出していた。
その表情には、不思議な柔らかさがあった。
「……ブリジット氏。こんな状況だというのに、何やら嬉しそうですな?」
「えっ!? な、何もないよ!? 藤野くん、ど、どうして急にそんな!?」
ブリジットが慌てて顔を背ける。
頬はほんのりと赤い。
「どうしてもこうしても……さっきから、笑顔が隠しきれておりませんぞ。」
藤野はニッと笑う。
その余裕のある笑みに、ブリジットは更に動揺して両手でほっぺを押さえた。
「え、えぇっ!? そ、そんなことないってば!」
「ふふっ、結構なことではござらんか。」
藤野は肩を竦め、銃撃の合間に軽口を叩く。
「心の余裕は力になりますぞ。特に、想う相手からかけられた言葉などは……どんな強化魔法よりも強いバフになりますからな!」
「べ、別にあたしは、アルドくんの言葉で浮かれてるって訳じゃあ……!」
ブリジットが真っ赤な顔で慌てて言い返す。
藤野はわざとらしく顎に手を当て、少しだけ首を傾げた。
「おや? 拙者は“アルド氏から”とは一言も言っておりませんぞ?」
「も、もうっ! 藤野くん! 揶揄わないでほしいな!」
ぷりぷりと怒るブリジットの顔は、戦場の空気の中で不思議な温かみを放っていた。
藤野は嬉しそうに笑う。
「ハッハッハッ。良いではござらんか! 人を想う心とは、尊いものですぞ?」
そのやり取りを見ていた残りの三人──久賀、石田、西条が一斉にジト目を向けた。
「……藤野のやつ、あんな気の利いたことを女子に言うようになっちまって……」
「最近、高崎ミサキといい感じだからって、調子乗ってんな……!」
「女子と話すときだけ、古典オタク口調になる癖は治ってねぇのにな……!」
「そこ!うるさいですぞ!」と藤野が振り返って怒鳴るが、三人は笑って肩をすくめた。
そんな何気ないやり取りさえ、かつての教室の空気を思い出させるようで、どこか懐かしい。
ブリジットはそんな彼らを見て、微笑んだ。
戦場でありながら、心の中には不思議な安堵が広がっていた。
(……アルドくん。あたし、ちゃんと戦えてるよ。)
その心の声は、遠くで空を飛ぶ竜のように、どこまでも真っ直ぐに響いていった。
◇◆◇
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──今から、1時間程前。
フォルティア荒野を渡る風は、まだ焦げた匂いを帯びていた。
南の地平では煙が立ち昇り、遠くで竜の咆哮が木霊する。
ブリジット、アルド、リュナの三人は街の外れに立ち、伝令のフェンリルからの報告を受けていた。
そのフェンリルは、丸っこい体に短い脚をしたコーギー型。だが体長は五メートルを超え、可愛らしい見た目と裏腹に声は重々しい。
「た、たいへんですぅ〜! ブラックドラゴンの群れが、フォルティア荒野に向けて進軍中でぇす〜!」
しっぽをバタバタと振り回しながら必死に報告するフェンリル。
リュナが片眉を上げ、翼を展開するように背中を伸ばした。
「りょ。とりま、あーしはまだフォルティアに辿りついてないブラックドラゴンどもを“咆哮”で元の森に帰るよう命令してくるっす。」
言うなり、背中から黒い翼がバサッと生え、金属のような光沢を放つ。風が渦巻き、髪を乱す。
「無茶はしないようにね、リュナちゃん。」
アルドが微笑むと、リュナは黒マスクの下でにやりとギザ歯で笑う。
「ま、余裕っすよ。昔、ここら一帯シメてたんで、あーし。」
アルドは苦笑し、手を振る。
リュナは笑いながら、翼を大きく羽ばたかせて空へ舞い上がった。黒い羽が太陽の光を遮り、空気が一瞬ひんやりと冷たくなる。
その背を見送るブリジットの横顔には、わずかな緊張と決意が入り混じっていた。
アルドが彼女の方へ向き直り、口を開く。
「フレキくんが言ってたやつか……」
彼の瞳が南の森を見据える。
「それじゃ、俺はその火事になった南の森ってやつを再生させてこようかな。帰る場所を作ってやれば、ブラックドラゴン達と無駄な戦いをしなくても済むかもしれないしね。」
ブリジットは力強く頷く。
「うん……! 二人とも、お願い! 街はあたし達で守っておくから!」
だが、アルドは立ち去らずに、そのままブリジットの方を見つめていた。
風が止まり、灰色の空気の中に二人だけが取り残される。
「ブリジットちゃん。ほんとに、一人で大丈夫?」
その問いは、ただの確認ではなかった。
彼の瞳には、明らかな心配が宿っていた。
ブリジットは一瞬だけ戸惑い、それから、ようやく気付く。
──アルドは、自分がグラディウス宰相の手紙を見て動揺していると感じているのだ。
胸の奥が少し温かくなる。
自分のために、こんなに心配してくれる人がいる。
ブリジットは深く息を吸い、わざと明るい笑顔を作った。
「──大丈夫だよ、アルドくん。心配しないで。」
だが、アルドは黙っていた。
何かを決意するように一歩踏み出し、ブリジットの手を取る。
温かい。
指先から胸の奥まで、まっすぐに伝わるような熱だった。
「心配はするよ。」
彼は真っ直ぐに彼女を見つめる。
「ブリジットちゃんは、俺の大事な人だから。」
「──へっ!?」
間の抜けた声が出てしまった。
顔が一瞬で真っ赤になる。
言葉が出ない。
アルドはそのまま微笑む。
「忘れないでね。ブリジットちゃんが困ってる時は、いつだって俺が駆けつけるから!」
その笑顔は、春の陽光のように柔らかかった。
ブリジットは何も言えず、ただ呆然と頷く。
胸の鼓動が早くなり、息が詰まる。
(なにこれ……心臓、どうしちゃったの……)
彼が手を離した瞬間、リュナがすっと降りてきた。
「兄さん、あーしは? あーしが困ってる時は?」
「も、もちろん、リュナちゃんが困ってる時も、いつだって駆けつけるよ!」
「やったー!」
リュナが純粋に喜び、翼をパタパタさせて飛び上がる。
ブリジットは、二人のやり取りを見てクスッと笑った。
風の匂いも、空の色も、何もかもが今は少しだけ優しく見える。
(ああ、あたし今……幸せだなぁ。)
心の中で、そう呟いた。
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荒野の南門。
空はすでに黒煙で覆われ、太陽の光はほとんど届かない。
だが、ブリジットの瞳はまっすぐに燃えていた。
背後には仲間たちが築いた防衛線。
前方には、砂煙を巻き上げて迫るブラックドラゴンの群れ。
鋭い牙と爪。金属のような鱗。
その数は、見ただけで息を呑むほどだった。
だが、彼女は怯まない。
胸の奥に、あの温もりが残っている。
(大丈夫。あたしはもう、怖がらない。)
ブリジットは両手で巨大ピコピコハンマー"ピコ次郎"を構えた。
鮮やかな赤色の表面が光を反射し、戦場には似つかわしくないほどの可愛さを放つ。
「──あたしはブリジット・ノエリア!」
声が空気を震わせる。
「この新ノエリア領、カクカクシティの代表なの!」
彼女はハンマーを肩に担ぎ、片目をつぶって笑う。
「誰だろうと、この街に手出しはさせないよっ!」
風が吹いた。
少女の髪が翻り、笑顔が夜明けのように輝く。
その小さな背に、街の希望が宿っていた。
◇◆◇
轟音が大地を震わせた。
焦げた風が南門を撫で、空には黒煙が渦を巻いている。
「──伝令っ!!」
地を駆け抜けてきたのは、コーギー型フェンリルの伝令だった。
短い足で必死に走りながらも、声は力強く響く。
「西門の方にっ! 新たなブラックドラゴンの大群がぁ!!」
「なっ……!」
ブリジットが振り向く。
視線の先では、まだ戦闘を続けるオタク四天王とフェンリル部隊が奮闘していた。
燃える空の下、誰もが息を荒げ、汗にまみれて戦っている。
ブリジットは一瞬だけ逡巡した。
しかし、すぐに顔を上げ、はっきりとした声で命じた。
「みんな! 西門の防衛に向かって!」
「こっち(南門)はもう、ブラックドラゴンの数も少ない。あたし一人で対応できるから!」
「な、何を言ってるんですかブリジット氏!? 一人では危険ですぞ!」
藤野が慌てて駆け寄る。
だがその肩を、石田が軽く叩いた。
「大丈夫だって。ブリジットさんが“大丈夫”って言ってんだから。」
彼は銃を肩に担ぎ、笑う。
「この場で一番強いのはブリジットさんだろ?」
藤野は息を呑んだ。
その言葉に、否定する理由はなかった。
「……確かに。」
少しだけ微笑んで、藤野は頭を下げる。
「では、ブリジット氏。ご武運を。」
「うん! 心配ありがとうね、藤野くん!」
ブリジットが笑うと、戦場の空気が少しだけ明るくなった気がした。
オタク四天王とフェンリル部隊は次々と西門へ向かって駆け出す。
その背中を見送りながら、ブリジットは深呼吸した。
風の音、遠くの咆哮、焦げた匂い──すべてが混ざり合って、世界が静止したように感じる。
彼女の視線の先。
焦げた森の木々が揺れる。
……ガサリ、と音がした。
「……来たね。」
地面が鳴動する。
木々の間から、黒い影が姿を現した。
15メートルを超える巨体。
漆黒の鱗が陽光を鈍く反射し、赤い瞳が地を焼くように輝く。
「ブラックドラゴンの……ボス個体……!」
ブリジットの喉が鳴る。
けれど、その目には恐れよりも覚悟が宿っていた。
「──ごめんね。」
彼女は小さく呟いた。
「あなた達にも事情があるのは分かってる。でも……」
彼女の手が、巨大なピコピコハンマー"ピコ次郎"を握りしめる。
赤と黄色のボディがカコーンと鳴り、まるで戦意を表すように振動した。
「街を襲わせる訳にはいかないんだ。」
クルクルとハンマーを片手で回し、軽やかに肩に担ぐ。
「──あたしが、相手になるよっ!!」
ブラックドラゴンが咆哮した。
耳を裂くような轟音。
地面が陥没し、空気が震える。
次の瞬間、巨体が地を蹴った。
大地を砕きながら跳び上がる。
その口が開き、灼熱のブレスを吐こうとしたその瞬間──
「──危ないっ!! ブリジット!! 今助ける!!」
空から声が響いた。
風を裂く音。
黄金の光とともに降りてくる影――ラグナ・ゼタ・エルディナスだった。
「えっ?」
ブリジットが思わず空を見上げる。
しかし次の瞬間には、ブラックドラゴンの巨大な顎が目前に迫っていた。
(──来る!)
だが、彼女は怯まなかった。
腰を低く構え、ピコ次郎を両手で握りしめる。
次の瞬間、ブリジットの額からニョキニョキと2本の銀色のツノが生えてくる。
「とりあえず……えいやぁーーーっ!!!」
ピコッ!!
小気味よい音が響いた。
次の瞬間──轟音。
ピコピコハンマーがブラックドラゴンの頭頂に直撃した。
まるで流星が落ちたかのような衝撃波が走り、巨体が空中でひしゃげる。
ドガァァァァァンッッ!!
地面が爆ぜ、土煙が天高く舞い上がった。
ブラックドラゴンはそのまま地に叩きつけられ、全身を痙攣させながら白目をむいて気絶する。
衝撃で周囲の瓦礫が雨のように降り注ぐ。
ブリジットは着地し、少しだけ後ずさりして……ピコピコハンマーをトンッと地面に立てた。
額の汗をぬぐい、息を整え、呟く。
「……ふぅ。ピコ次郎、今日も絶好調だね。」
空の上でラグナが静止していた。
風の中に立ち尽くし、目を見開いている。
「え……えええぇぇぇーーーーーーーっっ!?!?」
彼の声が、空気を震わせた。
鳥たちが一斉に飛び立ち、風がざわめく。
(た、助けに入る前に……自分で倒してる!?)
(しかも、な、なんだあのクソでかいピコピコハンマーみたいな武器は!?)
(あんなアイテム、ゲーム内どころか攻略Wikiでも見たことないぞ!?)
(い、一体どうなってるんだ……この展開は!?)
混乱の渦の中で、ラグナは唇を震わせる。
彼の視線の先──ブラックドラゴンの頭の上に立つブリジットが、ポカーンとした顔で、こっちを見上げていた。
風に髪をなびかせ、汗と煤にまみれながらも、凛とした笑顔を浮かべている。
ラグナの胸の奥が、妙な音を立てた。
(……これが、“メインヒロイン”の登場シーン、だと……?)
彼の中のシナリオが、音を立てて崩れていく。




