第212話 王子、異世界コンビニに現る
荒野を切り裂いて吹く乾いた風が止んだ。
視界に広がる──街。
「……な」
金髪を揺らした青年は、足を止める。
「な…………なんだ、こりゃ……?」
フォルティア荒野中央部。
モンスターの巣窟、文明の及ばぬ未踏地帯──
そのはずだった。
だというのに、そこに広がっていたのは。
色とりどりの四角い建造物。
まるでブロック玩具を巨大化させたかのような建築群。
階層構造、石畳、看板、街灯。
人々──いや、亜人たちの賑わい。
繁栄。
明確に、文明。
ラグナ・ゼタ・エルディナスは、ぽかんと口を開けた。
(……ちょっと待て。グラディウスから『ブリジット嬢がフォルティア荒野のど真ん中に街を築いている』って聞いた時は、さすがに冗談か、あるいは何かの"バグ"だと思ってたんだけど……)
砂を踏む音がやけに大きく感じるほど、彼の思考は止まっていた。
(そんな“イベント”は、僕の知る正規シナリオには存在しない。……なのに)
目の前に広がる光景を、現実が否定しない。
(なんなんだよ、これ!?普通に地方都市レベルじゃないか!?……いや、地方都市どころか、設計思想がどこか"現代的"じゃ──)
視線が建物の輪郭に吸い寄せられる。
カクカクしたライン。
階段の段差すら直方体で構成されたような、人工的な質感。
(……なにこの角ばった感じ。っていうか……マ⚪︎クラ!?)
思わず心の中で叫ぶ。
ラグナは、魔法使いである。
膨大な魔力と高位魔術の知識を持ち、
王族としての誇りも、責務もある。
そんな男が──今はただの異世界ゲーマーの顔だった。
「……いや、本当に何だよこれ……?」
誰に聞かせるでもなく、呟きが漏れる。
カクカクした建物群の間を歩く。
整備された石畳の上には、木陰で店を開く露店、
魔導灯らしき照明、亜人の子どもが走り回る光景──
異様に平和だ。
(やっぱりおかしい。絶対におかしい。フォルティア荒野は超が付く危険地帯だぞ?
『エンドコンテンツボス』咆哮竜ザグリュナが支配する、人の立ち入れない禁足地……こんな場所で、街が成立するわけ──)
その思考を遮るように、影が差した。
ドスッ……ドスッ……。
前方から巨大なシルエット──
フェンリル。
いや、フェンリル……に似ているが。
(コイツらは……フォルティア荒野にだけ生息してる、フェンリルの変異種……!? 通称、"巨大犬"じゃなないか!何で街中に!?)
ラグナは無意識に身構える。しかし……
「おや、旅行者さんかい?」
「よく来たねぇ!ここはカクカクシティだよ!」
白銀に輝く毛並みのボルゾイ型フェンリルが、爽やかに挨拶してくる。
隣には、どっしりと構えたセントバーナード型フェンリル。
……二足歩行で。
前脚──いや、手をひらひら振りながら通りすぎていく。
「最近、スレヴェルド以外からもお客さんが来てくれるようになってきて嬉しいねぇ!」
「若い人が来ると街に活気が出るからね!ゆっくり楽しんでいって!」
スタスタ。
ラグナは瞬きもせず、その背中を見送った。
「あ…………ど、どうも……」
無意識に腰を折り、頭を下げる。
王族としての矜持よりも、純然たる礼儀が勝った。
フェンリルたちが角を曲がって見えなくなったあと、
ラグナは顔を引きつらせたまま硬直する。
(……絶対におかしい!!)
(フェンリルが、NPCみたいなテンションで街中に!?“巨大犬”が普通に二足歩行して手振って!?
なんだあの観光案内口調……!?)
汗が額を伝う。
(こんな展開──僕の知る"ゲームシナリオ"では、一度たりとも無かった!!)
荒野の風が吹き抜け、ラグナのマントをはためかせる。
しかし、彼の心は嵐の中。
世界が予定外のルートに入っている。
それは、ラグナにとって──
不安で、
苛立ちで、
そしてほんの少しだけ興奮する出来事だった。
(……面白くなってきたじゃないか。
いいよ、世界。見せてみなよ──
“予定外のシナリオ”ってやつを)
ラグナは息を吸い、街の中心へと歩みを進めた。
◇◆◇
フォルティア荒野の中央を貫く大通り。
ラグナ・ゼタ・エルディナスは、その突き当たりで言葉を失った。
目の前にそびえる建物の壁面には、大きくこう書かれている。
《DRAGON MART》
「……ドラゴン、マート……?」
口の中でその名を転がしてみる。
何度発音しても、どう聞いても“コンビニ”だ。
建物の正面には自動扉らしきものがあり、透明な板がスッと開閉している。
店内の奥には、魔導照明の白い光がまぶしく輝いていた。天井は以上に高いが。
ラグナは呆然としたまま、視線をゆっくりと窓の方へ向ける。
そこにあった光景に、彼の思考が一瞬で止まった。
窓際のイートインコーナー。
カラフルなパフェグラスと、くるくる巻かれたソフトクリーム。
そして──3人の少女たち。
明るい茶髪にピアス、ミニスカートにルーズソックス。
笑い声を上げながら、楽しげに談笑している。
「……ギャル……女子高生……?」
ラグナの顔がひきつる。
「こ、コンビニ……!? ってか、ギャルJKがイートインでアイス食べてる……!? ど、どういう事だよ、これ……!?」
ブツブツと独り言を呟く彼の声は、もはや半ば悲鳴だ。
彼の目には、この異様な光景がまるで“現実の侵食”に見えていた。
(あの制服……間違いない。日本の女子高生のものだ!くそっ、なんでここに!?まさか、シナリオにない──新たな召喚者か!?)
ラグナの脳内で、ゲームの進行ルート図がガタガタと音を立てて崩れる。
(こんな展開、僕は知らないぞ!?)
焦燥に駆られたラグナの視線の先──
その3人のギャルたちが、彼に気づいた。
「「「えっ……!」」」
一瞬で、空気がはじけた。
窓の向こうで、3人は何かを叫びながら立ち上がり、
キャーキャーと手を振り合っている。
「ちょ、ちょっと見てミオ! 外、外っ!! 凄いイケメン来たんだけど!!」
「えっマジ!? うわっ、ほんとだ!! やばくない!? ビジュ強すぎ!!」
「しかもあの顔立ち……異世界って感じするぅ〜! 王子様じゃん!!」
ラグナの顔がピクリと動いた。
(……王子様、ね。ご明察だよ)
どこか鼻にかかった笑みを浮かべると、
彼はゆったりとした足取りで、店の中へと足を踏み入れた。
ドアの上の小さな鐘が「カラン」と鳴る。
「うわっ、本当に来た!!」
最初に声を上げたのは内田ミオだった。
明るい髪色にキラキラのネイル、勢いだけで生きているタイプのギャル。
両手をバタバタさせながら、隣の佐倉サチコに小声で叫ぶ。
「ちょちょちょ! 来た! イケメン!! 本当に来ちゃった!!」
「アンタが呼ぶからでしょ!! でも、マジでイケメン〜!!まさに“王子様”って感じ〜!!」
キャーキャーと弾む声。
ラグナはその反応をまんざらでもない様子で受け止め、王族の微笑み──つまり“イケメンスマイル”を浮かべて軽く頭を下げた。
その瞬間、二人のギャルは完全に崩壊する。
「ひゃーーー!! 笑った!! ヤバい!! ファンサすご!!」
「ミオ、写真撮りたい!! ねぇ撮ろ!? SNS上げよ!? “異世界王子現る”って!!」
後ろの席では、やや冷静な少女──高崎ミサキが額を押さえた。
「ちょっと〜! 二人とも、落ち着きなって。
さっきまで“アルドくんが可愛い!”とか“ヴァレンさんがチャラカッコいい!”とか言ってたの、もう忘れたの?」
口調こそ呆れ顔だが、
彼女自身の耳もほんのり赤い。
冷静を装いながら、ちらりとラグナを見た視線に、
一瞬だけ少女らしい戸惑いが宿る。
ミオがすぐに噛みついた。
「いいでしょ!! イケメンなんて、なんぼあってもいいですからね!! つーかミサキ、自分だけちょっと余裕あるからって、うちらとは違います、みたいな顔しちゃって〜!!」
サチコも加勢する。
「そーそー! 知ってんだからね!
ミサキが藤野とイイ感じになってんの、うちら見逃してないから!!」
ミサキの目がまん丸になった。
「えっ!? ち、違うから!! べべべ別に、うちと藤野は、そんなんじゃ……!!」
顔を真っ赤にして手をブンブン振るミサキ。
それを見て、ミオとサチコは追撃の手を緩めない。
「ネタは上がってんだよ!!」
「オタクに優しいギャルめ!!」
「違うってばぁ!! もうっ!!」
わちゃわちゃと盛り上がる3人。
店内に響く笑い声と、冷蔵庫の低いモーター音。
ラグナはその光景を静かに眺めながら、
小さくため息をついた。
(……これこれ。このあまり賢そうとは思えない物言い。まさに、“日本の女子高生”って感じだよねぇ)
表情には笑みを浮かべながら、
心の中ではひどく冷めた声で呟く。
(でもまぁ……悪くない。可愛いは可愛いし? 情報源としては十分だ。どうせ僕が少し微笑めば、すぐにでも全部話してくれるだろうさ)
そう思いながら、
ラグナはゆっくりと彼女たちの方へ歩み寄る。
その笑顔の裏に──
わずかに、不穏な影が差していた。
◇◆◇
ラグナは、イートイン席で騒ぐ三人のギャルズを一瞥した。
その笑い声は店内に響き渡り、どこかこの世界の音とは違う浮ついたリズムを持っている。
(──とは言え、このままじゃ埒が明かないな)
ラグナは溜息まじりに心中で呟いた。
(幸い、彼女たちは僕に対して警戒心を抱いていない。……ならば)
口の端がゆっくりと上がる。
その笑みは柔らかく、しかし計算され尽くした“社交用スマイル”だった。
(精神操作の魔術で、少しだけ──記憶を掘り下げてみようか。“召喚の座標”とか、“ブリジット”の動向とか……僕に情報をくれないなら、強制的に吐いてもらうだけだ)
ラグナの指先に淡い光がともる。
空気の振動に紛れて、見えない魔力の糸がゆっくりと伸びる。
「ねぇ、キミたち」
イケメンスマイル。
王族の血を感じさせる、余裕と自信に満ちた声。
ラグナが口を開いた瞬間、ミオが悲鳴のように叫んだ。
「キャーーー!! イケメンに話しかけられちゃったぁ!!」
手に持っていたソフトクリームが傾き、テーブルにぽたぽたと垂れる。
サチコも身を乗り出して、「お兄さん、旅の人ですかぁー?」と笑顔を向けた。
目がハートになりそうな勢いだ。
一方で、ミサキだけは──その一瞬、目を細めた。
(……今、何か……変な“揺れ”を感じた……?)
彼女のスキル“傾世幻嬢”が、微かに反応している。
心の奥で、違和感がざわりと波打った。
(この人、まさか──精神干渉を?)
ラグナの笑みの奥に、何か不穏なものを感じ取り、ミサキは息を呑む。
しかし他の二人はそんなこと知る由もなく、すっかり乙女モード全開だった。
ラグナは一歩近づく。
視線は穏やかに、声は甘く低く──まるで舞台の上の王子のように。
「ちょっと、聞きたいことがあってね。
君たちは──」
その瞬間だった。
「……おい、貴様。」
背後から、低く響く声。
ラグナの肩がピクリと跳ねた。
「うちの店は、搭讪は禁則事項となっておる。他所でやれ。」
静かに、しかし鋭い圧。
空気が一瞬で冷える。
ラグナはゆっくりと振り返った。
少し苛立った笑みを浮かべ、淡々とした口調で言い返す。
「……あのさぁ、店員さん。僕の邪魔をしないでもらえる……?」
その声が、途中で止まる。
視線の先──そこに立っていたのは、燃えるような紅の髪。
後ろで一本に束ねられた弁髪が、微かに揺れている。
精悍な顔つき、鋭く光る眼。
制服の袖口から覗く筋肉質な腕。
ラグナの全身から血の気が引いた。
(……コイツは……!)
心臓が跳ねる。
("ベルゼリア攻略イベント"の……大ボス……紅龍将軍……!?)
彼の脳裏に、“ゲーム画面”の記憶がよみがえる。
近未来的な都市で、何百もの魔導機兵を率いて現れた、伝説の将軍。
“紅き応龍”の異名を持つ災厄。
その本人が──今、コンビニ店員の制服姿で、立っていた。
ラグナは息を呑み、思わず口にする。
「……ベルゼリアの、紅き応龍……!?」
紅龍の眉がピクリと動いた。
後方のレジカウンターで、青髪を後ろで束ねた美しい女性がクスッと笑う。
彼女──蒼龍が、ゆったりとした口調で言った。
「あらぁ……紅龍ちゃんのこと、知ってるお客さんだったみたいねぇ。」
紅龍は腕を組み、鼻を鳴らした。
「フン……儂の事を知っておったか。だが、その名はすでに捨てた。」
胸を張り、声を張る。
「今の儂は“ベルゼリアの紅き応龍”に非ず……
新たに、“フォルティアの紅きバイトリーダー”の二つ名を師父から授かっておる!!」
店内が静まり返る。
ラグナの思考が完全に止まった。
(……バイトリーダー……!?)
目が点になる。
(ベルゼリア最強の将軍が!? コンビニの!? バイトリーダー!?
いや待て……どんな経緯でそうなった!?
この世界のシナリオ、狂いすぎじゃないか……!?)
思考が渦を巻く中、突然ミオが叫ぶ。
「ちょっと紅龍センセー!! せっかくイケメンからナンパされてたのに、邪魔しないでくれる!?!」
サチコも負けじと続く。
「そーよそーよ! ただでさえこの街って、クラスの男子以外、ほとんど亜人かデカい犬しかいないんだから! せっかくの出会い潰さないでよー!」
紅龍の額に青筋が浮かんだ。
「ええい、静まれ!! ここは師父が皆のために設計なされた“こんびにえんすすとあ”であって、出会い茶屋ではないのだぞ!!
公序良俗に反する振る舞いは、儂が許さん!!」
「急に常識人ぶんな!!」
「ついこの間まで『この世は弱肉強食……!』とか厨二病くさい事ばっか言ってたくせに!!」
「やかましい!! 儂にも色々あったのだ!! そこを雑にイジるな!!」
店内がもはやカオスだった。
レジ奥で蒼龍が笑いをこらえ、ミオが「弱肉強食バイトリーダーめ〜!」と叫ぶ。
ミサキはただ一人、黙っていた。
彼女の視線は、紅龍でもミオたちでもなく──ラグナに向けられている。
冷静で、探るような眼差し。
(この人……やっぱり、何かおかしい……)
ラグナはそんな視線に気づかぬまま、
“紅き応龍のバイトデビュー”という現実に、呆然と立ち尽くしていた。
◇◆◇
ドラゴンマートの入り口に取りつけられた小さなベルが、軽快に鳴った。
チャッチャッチャッ──と、床を揺らす足音。
次の瞬間、店の自動扉が勢いよく開く。
「さ、三龍仙の皆さん〜っ! お知らせしたい事が〜っ!!」
入り口に現れたのは、ポルメレフ。
ふわふわの毛並みを逆立てながら、息を切らせて駆け込んできた──
全長五メートルのポメラニアン型フェンリルだ。
紅龍が、振り返りざまに低く唸る。
「ムッ……どうした、ポルメレフ。」
その声音に、店内のギャルズが一斉に声を上げた。
「わっ、ポメちゃーん!!」
「やっほー! さっきぶりー!」
「かわい〜〜っ!!」
3人の手が同時にヒラヒラと振られる。
ポルメレフは慌てた様子のままも、反射的に前脚──いや、手をヒョコヒョコと振り返した。
「あ、あははっ……ミサキちゃんたち、こんにちは〜。すみません、ちょっと緊急の用事でして〜!」
視線がラグナに気づく。
見知らぬ旅人風の青年に気づき、目を丸くした。
「あっ……旅人のお客様ですか〜? すみません、お邪魔しちゃって〜!」
ラグナは少し面食らいながらも、慌てて姿勢を正す。
「あ、ああ……いや、気にしないでくれたまえ。」
まるで王族のように、いや実際王族なのだが――そんな仕草で軽く会釈を返す。
だが、その動作の優雅さとは裏腹に、内心は完全に混乱していた。
レジカウンターでは、蒼龍がレジの鍵をくるりと回し、ゆったりとした声で問いかけた。
「あら、ポメちゃんじゃない。どぉしたの〜?」
その後ろから、レジ裏の扉がギィ……と開き、
長身の男がヌッと姿を現す。
黄龍。琥珀色の瞳が眠たげに光っている。
「何やら騒がしいな。」
紅龍が腕を組み、再びポルメレフを見る。
その瞳には、先ほどまでのバイトリーダー感が消え、かつての将軍の鋭さが戻っていた。
「言ってみよ。」
ポルメレフは一瞬ごくりと喉を鳴らし、
それでも必死に声を張り上げた。
「そ、それがですねぇ〜!南方からブラックドラゴンの大群が、このカクカクシティに向かって来ているみたいで〜!!」
店内の空気が、一瞬で凍りつく。
「ブリジットさん達も手分けして、街の境界で防衛線を張っていて〜!それで、三龍仙の皆さんにもお手伝い願いたいなと〜!」
紅龍の眉がピクリと動いた。
その横で、蒼龍はいつもの柔らかな笑みを消し、真剣な表情を浮かべる。
「……ブラックドラゴン、ですって。」
黄龍もカウンターを一歩踏み越え、重く呟いた。
「そこそこ強大な魔物だ。数が揃えば、街の被害は免れん。」
紅龍は表情を引き締め、拳を握る。
「委細承知した。ブラックドラゴン……竜とは名ばかりの大トカゲではあるが、数が揃えばそれなりに脅威ではある。」
低い声で、淡々と告げた。
その言葉に、ポルメレフが安堵したように尾を振る。
だが──その中で、ひとりだけ別の意味で凍りついた顔をしている者がいた。
ラグナだ。
「……ブリジット?」
ポルメレフの言葉を、聞き逃さなかった。
ラグナはすっと歩み寄り、真剣な声で問いただす。
「キミ、今、“ブリジット”って言ったか?」
ポルメレフはビクッと体を震わせ、耳をピンと立てる。
「は、はい、そうですけど〜……お兄さん、ブリジットさんのお知り合いの方ですか〜?」
「そんなところさ。」
ラグナは軽く微笑むが、声には焦りが滲む。
「彼女に用があってね。……いや、ちょっと待て。」
再び、目を見開く。
「今なんと言った!? ブリジットが、“手分けしてブラックドラゴンの対処に当たっている”と!?」
ポルメレフは戸惑い、しっぽをバタバタと振る。
「そ、そうですけど〜……?」
ラグナの声が一段高くなる。
「バカな……!? 彼女は“毒無効”のスキルしか持たない、か弱い令嬢だろう!? そんな彼女がブラックドラゴンの相手を──」
店内が一斉に静まり返った。
紅龍、蒼龍、黄龍、ミオ、サチコ、ミサキ、ポルメレフ。
全員が、ぽかんとした表情でラグナを見ている。
か弱い? 誰が?
そんな視線が、一斉にラグナに注がれた。
だがラグナは、自分の思考の中で暴走していた。
(……いや、落ち着け。これはむしろ好都合だ。
当初のシナリオとは違うが、ブリジットが単独でブラックドラゴンを相手にしているというのなら、間違いなくピンチに陥るはず。そこを、僕が颯爽と助けに入れば……!)
彼の脳内には、勝手に“ヒロイン救出イベント”のBGMが流れ始めていた。
(そうだ、それでいい……完璧だ。
主人公である僕が、メインヒロインを救う──それが、シナリオのあるべき姿だろう?)
ニヤリと笑うと、ラグナはポルメレフに詰め寄る。
「ブリジットは、どっちの方角にいるんだ!?」
「えっ!? えーっと……ま、街の南側の門の方へ行ったはずですけど〜……」
言い終える前に、ラグナは踵を返した。
マントが翻り、風が店内を一瞬かすめる。
「……!?」
紅龍が止める暇もなく、
ラグナはそのまま外へ飛び出した。
店の外で、魔法陣が光る。
「“飛翔”!」
爆風が巻き起こり、店の看板がガタガタと揺れる。
ラグナは青空へ飛び上がり、南の空へ一直線に消えた。
ぽかん、と残された一同。
静寂が、数秒だけ流れる。
ミオが口を開く。
「な、何だったんだろ……あのイケメンくん。」
サチコも呆れ気味に頷く。
「ねぇ……なんか勝手にテンション上がって、飛んでっちゃったよね。」
ポルメレフは困り顔でしょんぼりと耳を下げる。
「う、ウチも何が何やら分からないです〜……。」
ミサキだけが、難しい顔をしていた。
目を細め、ラグナが飛び去った方向をじっと見つめる。
「……嫌な感じ。」
その一言に、蒼龍が「そうねぇ……」と頷く。
彼女の笑みは消え、いつになく真剣だ。
「……紅龍ちゃん。今のコ。」
紅龍は腕を組み、唸るように呟いた。
「ああ。相当やりおる。それに──」
黄龍が静かに言葉を継ぐ。
「──不穏な気配を背負っていたな。俺達も動いた方がいいだろう。」
紅龍はふんと鼻を鳴らし、バイト制服のボタンに手をかけた。
「それにしても……ブリジット殿が“か弱い令嬢”だと?……何を言っとるんだ、彼奴は。」
その声音には、呆れと──わずかな笑いが混じっていた。




