第209話 カクカクシティの昼下がり。
フォルティア荒野東部、カクカクシティ。
そこにある、一際異彩を放つ建物があった。
マイクラ風の四角い天井に蛍光灯が規則正しく並び、白い光がブロックのように積み上がった壁を照らしている。
店の名は「ドラゴンマート」。
異世界とは思えないほど整然としたコンビニエンスストア──ただし、天井は異様に高く、五メートル近くもある。
棚の上段には、誰がどうやって取るのか分からない位置にまで商品が詰め込まれていた。
窓際のイートインコーナーでは、三人の女子高生が並んで座っていた。
彼女たちの制服は、元いた世界のまま。
整然とした街並みが広がる外の景色を眺めながら、彼女たちはあくまで“日常”のように笑っていた。
「はあ〜〜、しんど。ねぇサチコ、なんで座学なんかしなきゃいけないわけ?こっち来てまでさー。」
カウンターテーブルに頬杖をついた内田ミオが、ストローを咥えたまま文句を漏らす。
彼女の声は高く、怠けた猫のような調子だった。
佐倉サチコは苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、うちら学生だし?言うて、あと11ヶ月後には“帰る"んだから、勉強くらいはしとかないとでしょ。」
その横で、高崎ミサキがふわりと笑う。彼女の声は明るく、どこかのんびりしている。
「でもさ、思ってたより快適だよね、この世界。Wi-Fiもないけど、空気きれいだし。」
「それな〜!」
三人の声がハモる。軽く笑い合うと、店内にほんのり甘い香りが漂った。
その時、レジの方からぶっきらぼうな声が響いた。
「番号札、五番でお待ちの者ども。……待たせたな。」
声の主は、燃えるような赤髪を長い弁髪に束ねた青年──"紅龍"。
コンビニ店員の姿をとっているが、その瞳には人智を超えた光が宿っている。
制服の袖から覗く腕はしなやかで、鍛え抜かれた武人のそれだった。
彼は淡々と三つのソフトクリームを手にして、ギャルズの前まで歩いてきた。
「ほれ。」
冷ややかな声でテーブルに置くと、カップの中の白いソフトがゆらりと揺れた。
ミオがぱっと顔を上げる。
「待ってました〜!はいはい、そこ置いちゃってー!」
手をヒラヒラ振る彼女に、紅龍はわずかに眉をひそめた。
「……小娘ども。貴様ら、鍛錬を欠いておるな?」
不意に鋭い声を放つ。
「身体付きが弛んできておるぞ。平和だからといって、功夫を怠るな。」
「げっ、出たよ説教モード!」
ミオが顔をしかめる。
サチコが呆れたように言った。
「女子の体型に口出しとか、セクハラ案件じゃない?」
ミサキも頷く。
「だよねー、時代錯誤すぎ!ってか、変なハサミでうちらの事石像にしたウラミ、忘れてねーから!」
紅龍の頬がぴくりと引き攣る。
「貴様ら……。下手に出ておれば調子に乗りおって……いい加減に──」
「ねぇねぇ、なんかこの店員さん態度悪くな〜い?」
「ほんとほんと。ウチら客だよー?」
「アルドくんに言っちゃおっかな〜?」
三人がわざとらしく顔を見合わせると、紅龍の動きがピタリと止まった。
数秒の沈黙ののち、彼は急に口調を変える。
「……小娘達。甘味には茶が合う。美肌にも、減量にも効果のある秘蔵の茶葉があるが……飲むか?」
ミオがニヤリと笑う。
「え、マジ?やればできるじゃ〜ん紅龍センセー!」
サチコも嬉しそうに声を弾ませる。
「さすが!女子の味方じゃん!」
ミサキは両手を叩いて
「なるはやでお願いね〜!」
紅龍は咳払いし、尊大な態度を装いながらも、明らかに機嫌を取っているようだった。
「……待っておれ。」
そのままレジ裏のバックヤードへと姿を消す。
レジ前では、蒼い髪を一つに束ねた美女──“蒼龍”が、巨大なボルゾイ型フェンリルの客に向かって淡々とレジを打っていた。
「ポイントカードはお持ちですか?」
フェンリルが鼻先で財布を差し出し、「あ、持ってまーす」と返事する。
その隣で、黄金色の髪を短く切り揃えた理知的な巨漢──"黄龍"が袋詰めをしていた。
彼は涼しい声で呟く。
「紅龍のやつ、またあの子達に遊ばれてるな。」
蒼龍は笑いを堪えきれず肩を震わせた。
「まぁ、あの子達、紅龍ちゃんが本気で怒らないって知ってるものねぇ。」
黄龍は淡々とした口調でレジ袋を整えながら、奥へ声を飛ばす。
「紅龍。お茶を出したら、在庫の確認をしておきなさい。」
奥から声が返る。「分かっておるわ、姉者!兄者!」
黄龍と蒼龍は顔を見合わせ、小さくため息をついた。
一方その頃、窓際のギャルズたちは、紅龍の去った方向を見ながらクスクスと笑い合っていた。
「ねー、あの人ほんとチョロいよね。」
「ベルゼリアじゃ“紅き応龍”とか呼ばれてたのにね〜。」
「ウチら、紅龍センセーの扱い完全に慣れてきてる感じ〜!」
ミオがストローを回しながら、ふと窓の外に目をやる。
そこには、安全ヘルメットをかぶったポルメレフが、5メートル級の巨体で建設現場をのしのしと歩いていた。
ポルメレフはこちらを見つけ、短い手を振る。
「ポメちゃーん!」
ミオたちも笑顔で手を振り返す。
窓の外には、陽光を反射して輝く街──“カクカクシティ”。
マイクラのようなブロックでできた建物が整然と並び、人間も魔族も竜も混ざり合って生活していた。
ミオがぽつりと呟く。
「……あと一年、家族に会えないのは、ちょい寂しいけどね。」
サチコが微笑む。
「うん。でも、この世界も悪くないよね。」
ミサキが頷き、スプーンですくったソフトクリームを口に運ぶ。
「ほんと、それな。アルドくんとブリジットちゃん達には、マジで感謝だよね。」
三人は静かに微笑み合い、カウンターテーブルの向こうに広がる異世界の青空を見つめた。
その光景は、まるで“現実”と“夢”の境界が溶け合ったように、柔らかく輝いていた。
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マイ⚪︎ラ風のブロック建築が整然と並ぶ、近代とファンタジーが入り混じった夢の街──カクカクシティ。
その中心部に、俺たちの拠点“カクカクハウス”が建っている。
四角い外観のくせに、やたらと居心地がいい。
リビングの中では、今日もいつものように──騒がしい。
「ギャハハハハハハハ!!はっ、腹痛いっ!!もう無理っ、死ぬ!!」
床に転がって腹を抱えているのは、黒マスク姿の黒ギャル少女──リュナちゃんだ。
笑いすぎて息も絶え絶え、涙まで流してる。
その視線の先では、グェルくん全力でポージング中だった。
上半身はボディビルダー、下半身もボディビルダー。
ただし、顔だけパグ。
完全なる化け物だ。
さらに何故か黒いビキニパンツを履いている。
理由は知らないし、知らなくていいと思う。
「ふぬぬぬぬ……ッ!見てくださいッ!!腹筋が、カニの裏みたいでしょうッ!!」
筋肉を光らせながら、グェルくんが叫ぶ。
天井の照明を反射した毛並みがギラギラと輝く。
もはやキモいを通り越して神々しい。
「ぶっはぁっ!!あっはははははは!!なんでパンツ履いてんの!?意味わかんないっ!!意味わかんないんだけどぉ!!」
リュナちゃんはもう床をバンバン叩いて大爆笑。
笑うとこそこ?
てか、面白いのは分かるけど、そろそろ呼吸して。
グェルくんは肩で息をしながら、パグ顔で満面の笑みを浮かべた。
「ご、ご満足いただけましたか……ッ!リュナ様……ッ!」
「もっ、もう一回!!お願い!!もう一回だけやって!!」
「えっ、またですか!?……いえっ、もちろんでございますリュナ様ッ!」
彼は自分の胸に手を当て、叫んだ。
「──"魂身変化"!!」
ボワンッ!と煙が上がり、再び“パグ顔マッチョ”が出現。
そして──
「国立筋肉博物館ッッ!!」
渾身のポージング。
リュナちゃん、再び床に崩れ落ちる。
「ギャハハハハハハハ!!無理無理無理!!腹筋壊れるぅ!!」
いや、壊れてるのはグェルくんの羞恥心だと思う。
グェルくんは荒い息を吐きながらも、妙にうっとりした声で呟く。
「リュナ様が……ボクを……こんなにも必要としてくださるなんて……!しかも、この肉体を見て嘲笑される……ッ!これはこれで、『アラ、いいですね』の波が押し寄せてきますね……ッ!」
相変わらず、パグにあるまじき業の深さ。
パグ顔で頬を染めるのやめて。怖いから。
その隣で、ミニチュアダックスサイズのフェンリル王──フレキくんが、ちょこんとおすわりしていた。
尻尾をぱたぱた振りながら、俺に向かって元気よく話しかけてくる。
「アルドさん!聞いてください!グェル、毎日リュナさんに呼び出されて、"魂身変化"を繰り返してるんですよ!おかげで、魔力枯渇寸前まで使い果たしてるんですけど、そのおかげで魔力量が上がってきたって喜んでました!」
「なるほど……つまり“笑われて鍛えられる筋肉と魔力”ってわけか。趣味と実益を兼ね備えた新しい修行法だね。」
グェルくんは感極まったように頷く。
「はいッ!まさに“魂と肉体の極致”でございますッ!!」
……いや、違う。たぶんそれ違う。
リュナちゃんは涙を拭きながら、まだ笑っている。
「はぁー……グェルのそれ、あーしほんとツボだわ。また見たくなったら呼ぶから、そん時はよろ〜」
「はっ、それは……光栄の極みでございますリュナ様!!」
断ってもいいのよ、グェルくん。
俺はため息をつきながらも、微笑ましく二人を眺めた。
カクカクハウスの中は、今日もいつも通り──賑やかで、平和だ。
「みんなー、俺ちょっと広場の建設現場、様子見に行ってくるね。お昼はキッチンにシチューあるから、適当に食べててー。」
「りょっす〜……! あ、ご飯食べたら、あーしも後から追いかけるっす!」
笑い疲れたリュナちゃんが、ソファに突っ伏しながら手をひらひら。
フレキくんがすぐに背筋を伸ばして答える。
「了解ですっ!あ、そうだアルドさん!」
「ん?」
「ついこの前、南方の森で火事があったみたいで、その森を寝ぐらにしてたブラックドラゴン達がフォルティア荒野に移動してるらしいです!お気をつけて!」
「おお、それは危ないな。見かけたら、ちゃんと人のいない森に行くように伝えておくよ。」
「ありがとうございますっ!」
俺は軽く手を振って、カクカクハウスを出る。
扉を閉めた瞬間、まだ中からリュナちゃんの笑い声が聞こえてきた。まだやってんの?
──今日も、いい天気だ。
そして、この街は少しずつ、“理想の形”に近づいていく。
◇◆◇
カクカクシティ、中央広場。
かつて荒れ地だったこの場所も、いまでは立派に“街”と呼べるようになってきた。
ブロックのような建物が整然と並び、まるでマ⚪︎クラの世界を現実にしたような景観だ。
昼下がりの陽光に照らされ、角張った家々が反射してキラキラと光る。
行き交う人の姿も、すっかり増えた。
人間、エルフ、リザードマン、果ては魔族の人達まで──この街では皆が同じ通りを歩く。
少し前までなら考えられなかった光景だ。
強欲の魔王マイネさんの治める魔都スレヴェルドとの交流が始まってから、交易は急速に活発になった。
露店の軒先には、見たことのない香辛料や機械部品、魔導書のコピーまで並んでいる。
子どもたちが走り回り、屋台の店員フェンリルが笑って怒鳴っている──本当に、平和だ。
「午前は座学、午後は街づくり」
それが、いまの召喚高校生たちの生活サイクルになっている。
午前中は日本に帰ったときのための勉強。午後は、カクカクシティの発展に関わる実習。
教師役はヴァレンさんと一条くん。
……いや、いまだに一条くんが“教える側”なのは、やっぱり不思議な光景だ。
自分も高校生なのに、生徒にノート配って「はい、ここ大事」って。
さすが理系秀才キャラ、こっちでも真面目すぎる。
俺は石畳の通りを抜けながら、建設中の高層ビル──いや、マイクラ風の“直方体の塔”の前で足を止めた。
鉄骨ブロックが積まれたその現場は、今日も元気に稼働中だ。
空に響く金属音。魔力を帯びたクレーンの唸り。
それらが、この街の鼓動みたいに感じる。
「おーい! アルドさん!!」
上空から声が降ってきた。
見上げると、スキルで浮かせたサーフボードに乗り、作業をしていた五十嵐マサキ──通称イガマサくんが手を振っている。
赤いヘルメットをかぶって、腰には安全ロープ。まるで異世界の現場監督だ。
「お疲れ様っす!!」
軽やかにボードを操ってスゥーッと降りてくる。
着地の瞬間、砂埃と一緒に風が巻き上がった。
その直後、建物の内部からもう二つの声。
「アルドさーん!」
「お疲れ様です!!」
乾流星くんと榊タケルくん、陽キャトリオが顔を出す。
三人とも、作業服が土と汗で少し汚れているけど、その顔は清々しい笑顔だった。
「お疲れ様〜! 三人とも、いつもありがとうね。作業、手伝ってもらっちゃって。」
俺が声をかけると、乾くんが白い歯を見せて笑った。
「全然っすよ! アルドさん達にはいっつも世話になってるんで! これくらいはさせてください!」
榊くんも頷きながら笑う。
「藤野たちもインフラ整備とか手伝ってるっしょ? 俺らだけ遊んでるわけにいかないっすよ!」
イガマサくんは、ヘルメットを外して髪をぐしゃっとかき上げる。
「俺、もともと建築系の専門行こうと思ってたんで、こういうのマジ勉強になるんすよ。現場感ハンパねぇっす!」
……最初の頃は“チャラい陽キャ組”って印象だったけど、今ではすっかりこの街の中核メンバーだ。
行動が早くて、空気が読めて、ノリもいい。
何より、仕事が丁寧だ。
やっぱり“陽キャ”ってのは、コミュニティを回す才能そのものなんだと思う。
「そうか。みんな、本当に助かってるよ。無理だけはしないでね。」
そう言うと、乾くんは爽やかに笑って拳を突き出してきた。
「了解っす! 俺ら、やる時はやりますから!」
「だよなー!」
と榊くんも拳をぶつける。
イガマサくんはそれを見て
「うお、青春かよ!」
と茶化しつつ、楽しそうに笑った。
その笑顔を見ていると、胸の奥が少し温かくなった。
この街を作ってるのは、"俺"じゃない。
みんなの手で、“ちゃんと”生きてるんだ。
それが何より嬉しい。
「それじゃ、俺はこのあと北西の開墾地見てくるね。もうちょいしたら一回休憩入れて。」
「了解っす! こっちは任せてください!」
三人の明るい声を背に、俺は広場を抜け、風の吹き抜ける道を歩き出す。
頭上では雲がゆっくりと流れ、木々の間を抜ける風が心地いい。
この街はまだ途中だ。
だけど、確実に──前に進んでいる。




