第203話 フォルティア歓迎祭
フォルティア荒野の空気は、いつもより甘かった。
砂塵の匂いよりも、今夜は香ばしい肉と香辛料の匂いが勝っている。
カクカクシティの中央広場
──まだ建設途中のマ⚪︎クラ風の街並みが、
無数の光結晶で彩られ、幻想的な輝きを放っていた。
ブロックのように積まれた家々、カクカクした街灯。
見た目は大分オカシイのに、灯りの温かさが人の心を和ませてくれる。
広場には大勢の人と魔族、そして──百頭近いフェンリルたち。
誰もが笑い、話し、食べていた。
様々な国・種族・世界が、今だけは一つの宴で混ざり合っている。
「いやぁ、ベルゼリアとの抗争もようやく終わって……やっと人心地ってやつだね」
俺は、直径三メートルほどあるクソデカ中華鍋を片手で振りながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
炎魔法で調節する火加減、風魔法で舞い上げる米粒。
舞い上がった炒飯が宙を描き、キラリと光を反射して皿へと吸い込まれる。
前世では何百回も作った料理だ。もう身体が覚えている。
炒飯は言わば俺の"勝負料理"なのだ。
カカカカーーーッ!!
「山内さん、浜崎さん、こっちの炒飯お願いね! あとポメちゃん、その大皿、フェンリル組用のやつだから、あっちの木箱テーブルによろしく!」
「はーい!」
「了解ですっ!」
山内ミクさんと浜崎ミユキさんが元気よく返事をして走っていく。
白いエプロン姿が、異世界の星空にやけに似合っていた。
そして──ポメちゃんが、前足で巨大皿を器用に持ち上げ、二足歩行でスタスタ歩く。
「おっきいお皿はウチが運びますね〜。落とさないように……っと。」
その姿を見て、周りの高校生たちから歓声が上がる。
「やば!」「かわいい〜!」「動画撮りてぇ!」
歓声が上がり、誰かがパチパチと拍手を送る。
うん。確かにバズりそうな絵面だね。
生成AIで作ったシュール動画みたいでもあるけど。
ふと視線を巡らせると、広場のあちこちに見慣れた顔がいた。
高校生ギャル三人組──高崎ミサキさん、内田ミオさん、佐倉サチコさんのトリオが、建築途中の街並みにキャッキャとはしゃいでいる。
「すっご!!マジでマ⚪︎クラなんだけどこの街!」
「見て見て!ブロックの階段!!かわいー!」
「この素材、なにブロ?w」
隣では乾くん、榊くん、五十嵐くんの陽キャ三人組が胸を張っていた。
「だろ!?俺らが言った通りだったろ!?」
「マジすげーよな!USJの新エリアとかにありそうじゃね?」
「USJにも5mのポメラニアンはいねーだろ!こっちの方がスゲーよ!!」
「それな!!」とサチコさんがすかさずツッコミを入れ、その場が笑いに包まれる。
こういう喧騒、嫌いじゃないね。
むしろ、この空気が“生きてる街”って感じで好きだ。
別のテーブルでは、鳩顔の魔人ピッジョーネがワイングラスを傾けながらグェルくんと談笑していた。
彼の声はハト面に似合わず、ダンディに低く響く。
「ホッホッホロッホー。 実に見事な戦いぶりでしたよ、グエル殿。 私を打ち破った貴方の勇猛さ……どうでしょう? 幹部待遇で、ぜひ、強欲魔王軍へ転職を──」
「えっ!?ま、魔王軍四天王からのヘッドハンティングッ!? ……い、いやダメだ!!ボクには“わんわん開拓団隊長”兼“リュナ様のしもべのブタ犬”としての……重要極まりない役割がッッ!!」
パグの顔を真っ赤にしながらブンブン頭を振るグェルくん。ピッジョーネが苦笑してワイングラスを掲げた。
「……何やら不穏なワードが聞こえた気もしますが、グェル殿はこのフォルティアに必要な人材なのですな。いや、残念残念。ホロッホー。」
この2人、いつの間に仲良くなったんだろ。
拳を交えたパグとハトの間に芽生えた友情……美しいね!!(適当)
広場中央のカレーブュッフェでは、マイネさんとベルザリオンくんが並んでいた。
二人して同じ皿にカレーをよそいながら、ひそひそと何か話している。
「ううむ……やはり、道三郎のカレーは、もはや芸術じゃのお!この世の美食を味わい尽くした妾の舌をもっても、この味わい以上の物は記憶に無いのじゃ!」
「マイネ様、じ、実は私……道三郎殿にお願いして、カレーのレシピを教えていただきまして……」
「な、なんじゃと!?」
「道三郎殿の味には遠く及ぶ筈もありませんが……こ、これからは、お嬢様の召し上がるカレーは……このベルザリオンに作らせていただければ、と……」
「う、うむ!殊勝な心掛けじゃな!ベルよ!!こ、これからは、一生ずっと妾のカレーを作って、妾に食べさせるのじゃぞ!」
「は……はい!お嬢様!」
はい、末永くお幸せに。
つーか、君達はいつまで俺の事を"道三郎"って呼ぶつもりなの?
滑ったギャグを延々とコスられてるみたいで、なかなか辛いものがあるんですけど。別にいいけどね!
少し離れた席では、ブリジットちゃんが一条くんと話している。
どちらも真剣な表情だ。
「帰還までの一年、こちらで過ごす間の住居や職分についてなんだけどね。皆が一年間暮らす建物はアルドくんが土魔法で、内装はヴァレンさんが魔神器で作ってくれる事になったから、安心していいからね!」
「ありがとうございます。深く感謝致します。責任者として、僕が全員を取りまとめます。ここで過ごす意味を見つけてみたいんです」
その横顔を見て、俺は少し微笑んだ。
彼は立派な少年だね。リーダーの顔になってる。
視線をさらに右へ──リュナちゃんは、ジュラ姉と楽しげに笑っていた。
ジュラ姉は相変わらず、20メートル級の巨大ティラノサウルス。
広場に入りきらず、少し外れたところで建物の屋根をテーブル代わりにしている。
その様子はさながら、某恐竜映画のクライマックスシーンの様相を呈している。
「……ッと、なかなかッ……難しいわねッ……!?」
「ジュラっち、無理にフォークとナイフとか使わない方がいいんじゃないっすか?」
「いいえ、リュナ様……ッ!!せっかくアルドきゅんが焼いてくれたお肉を、手づかみで食べるなんて、そんなお下品な事……ギャタシ、出来ないッ!」
ジュラ姉は短い前脚で巨大なフォークとナイフをつかんで、どうにか肉を切り分けようと悪戦苦闘していたが……
「──ああッ!もうッ!!焦ったいったらありゃしないわッッ!!オラァァァッ!!」
しばらくして諦め、ガパァ……と顎を開き、肉を皿ごとポイッと口に放り込んだ。
「もういい!"肉を喰らわば皿まで"よッッ!」
「いや、そんなことわざ無いっしょ!?無茶すんなし!」
バキッ!!バリボリ!!
音を立てて食器ごと肉を噛み砕いてゴクリと飲み込む。ダイナミズムが半端ない。
本物のティラノサウルスでもここまでの無茶はしない気がする。
そのすぐ横では、フレキくんが見慣れない魔人と話し込んでいた。
クジラの頭を持つ燕尾服の──どこか上品で、しかし異様な雰囲気。
つーか、誰だあれ? あんな魔人いたっけ?
恐らく見た感じ、強欲魔王軍の誰かなんだろう。
なかなかパンチの効いた見た目ではあるけど、こちとらピッジョーネやジュラ姉で慣れっこだ。
今更驚きはしないぜ!
そんな喧騒を眺めながら、俺は大鍋の火を弱め、ふっと息を吐いた。
温かい空気が広場を包む。
笑顔、笑顔、笑顔──どこを見ても、皆が幸せそうに笑っている。
あれほどの戦いを経て、いまこの平和がある。
それがどれほど奇跡的なことか、痛いほど分かるからこそ、胸が熱くなる。
──ああ、フォルティアに帰ってきたなぁ。
そう思った瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなった。
きっと、俺にとってこの場所はもう“旅の拠点”じゃなくて、“帰る場所”になったんだろう。
俺は中華鍋をもう一度軽く振り、火を止めた。
湯気の向こうに、ブリジットちゃんが笑って手を振っているのが見える。
その笑顔に、小さく頷き返した。
──そして、夜はまだ続く。
このカオスで、賑やかで、あたたかなフォルティアの夜が。
◇◆◇
炒飯を皿に盛り付けていた俺の耳に、不意に声が届いた。
「──本当に、何でも出来るんスね。」
振り向くと、そこに立っていたのは鬼塚くんだった。
隣には佐川くん、天野さん、影山くんの姿。
4人とも、先日の戦いの時とはまるで違う表情をしていた。
どこか落ち着いて、でも、目の奥に迷いのようなものが見える。
「ああ、料理のこと? そうだね、カレーだけじゃなく、中華もイタ飯も和食も何でも作れるよ! 料理は趣味だからね〜!」
軽く笑って返すと、鬼塚くんは小さく首を振った。
「そうじゃなくて……いや、いいっす。」
言葉を飲み込むように、視線を落とす。
何か言いたげだ。だが、どう言葉にすればいいのか迷っているようにも見えた。
4人が一瞬だけ互いの顔を見合わせた。
まるで、誰が口火を切るかを無言で決めるように。
そして次の瞬間、全員が同時に頭を下げた。
「本当に……すみませんでした!」
「そして……ありがとうございました!」
頭を深く下げるその姿勢には、嘘のない誠意があった。
広場の喧騒の中で、その一角だけが静まり返ったように感じる。
「ど、どうしたの!? そんな改まって!」
俺は慌てて手を振った。
「いいよいいよ、キミらも被害者みたいなもんなんだしさ!」
だが4人のうち誰も顔を上げなかった。
佐川くんがゆっくりと、口を開いた。
「……俺なんて、洗脳されてたとはいえ……アルドさんにレーザーまで浴びせてしまって……」
ああ、あの眩しかったやつね。
目を細めながらも、少し笑ってみせる。
「いいのいいの。眩しかっただけだし。ほら、ちょっと日焼けしたくらいで済んだよ。」
「そ、そんな軽く言わないでくださいよ……一応、勇者の必殺技だったんスよ、あれ。」
と佐川くんが苦笑いを浮かべた。
でも、その苦笑いの奥には、安堵の色が見えた。
赦されたという実感。
心の底で張り詰めていた糸が、少しずつ緩んでいくような。
天野さんが、胸の前で両手を組み、静かに言葉を紡ぐ。
「……私、日本……元いた世界に、病気の母を残していて……」
声が震えていた。
「もう二度と会えないのかなって、絶望してたんです。 でも……アルドさんが、帰還門のエネルギーを貯めてくださるって言ってくれて……。
また、お母さんに会えるかもって……。
このスキルで……病気、治してあげられるかもって……思ったら……」
その瞳から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。
それは悲しみではなく、希望の色を帯びた涙だった。
俺は一瞬、どう返せばいいか分からず、口を閉じる。
だけど、自然に出た言葉は短く、でも心からのものだった。
「……よかったね。帰れる算段がついて。
ちょっとだけ、時間はかかっちゃうけど。」
天野さんは、顔を上げて小さく笑った。
涙の跡が光結晶の灯りに反射して、星みたいにきらめいて見えた。
すると、鬼塚くんが一歩前に出た。
ヤンキー感の強い彼が、今はまるで違う顔をしていた。
「──何で、そんな良くしてくれるんスか……?」
拳を握りしめたまま、まっすぐ俺を見る。
「俺らみたいな、縁もゆかりも無いコゾー達に……。
どうして、そんな風に……」
俺は少し考えた。
そして、炎の消えた鍋を見ながら、ぽつりと答える。
「キミらみたいな子どもを守るのが、俺たち大人の役目だからね。当然だよ。」
それは、竜としてではなく──前世の“人間”としての本音だった。
誰かが困っているなら、手を差し伸べる。
それがただ、それだけのこと。
けれど、彼らにとっては、それがどれだけ救いだったのか。
鬼塚くんは、言葉を失ったまま、ぐっと唇を噛みしめた。
すると、誰かが小さく頷いた。
「……アルドさん、やっぱり、見た目通りの歳じゃないんですね。」
それを言ったのは、影山くんだった。
目の奥に、どこか見透かすような光がある。
彼の洞察力には驚かされるね。
俺は苦笑して、肩をすくめた。
「まあね。俺、人間じゃないし? 君たちよりは大人かな。」
そう言いながら、コップの水を一口飲む。
冷たい水が喉を通っていく感覚が、妙に心地よかった。
「──そういう訳だから、気にしないでいいからね。」
そう言って笑うと、4人は再び頭を下げた。
その姿が、まるで祈りのように見えた。
律儀で、素直で、いい子たちだ。
ちゃんと分かり合えて……本当によかった。
遠くでは、ジュラ姉の咆哮が上がり、グェルくんの悲鳴が重なった。
恐らく、いつものごとくグェルくんに何らかの不幸が降り掛かったのだろう。多分、ジュラ姉関連の。
でも、今はそんな空気じゃないし、確かめる事はしない。ゴメンね、グェルくん。
相変わらずカオスなフォルティアの夜。
でも、俺の胸の中は、穏やかな光で満たされていた。
◇◆◇
──それは本当に、唐突だった。
鬼塚くんたちと話した後、俺はホッと一息つきながらコップの水を飲んでいた。
広場のざわめきが心地よく耳に残る。ジュラ姉の笑い声、ポメちゃんの掛け声、
どこかで誰かが「おかわりー!」と叫んでいる。
そんな中で、ふと、影山くんが俺の方へ歩み寄ってきた。
その目に、理知的な光が宿っている。
基本的に、影山くんは賢い。
この顔は、何か考え込んでいる時の顔だ。俺はそれを見て、少しだけ身構えた。
「──そういえばなんですけど、アルドさん。」
影山くんは言葉を選ぶように間を置きながら、静かに口を開いた。
「実はちょっと前から、一つ気になってたことがあるんですけど……聞いてもいいですか?」
その言い方が、妙に真面目だった。
料理の感想とかじゃない。もっと核心に触れる何かの予感。
俺は、のんきにコップを傾けながら答えた。
「んー? 何? 何でも聞いてよ!」
次の瞬間。
「アルドさんって……俺らと同じ、“日本”からの転生者だったりしません?」
ブゥゥゥーーーッッ!!
盛大に吹いた。
見事な放物線を描いて水が宙を舞い、鍋の中へピシャリと落ちる。
熱気で一瞬、白い蒸気が立ち上がった。
「げっ、ゲホゲホ……!? な、なななな、何を言って……!? か、影山くん!? な、何を根拠にそんな……!?」
動揺。
全身が一気に熱を持った気がする。
いや、マジで何故このタイミング!?
油断しすぎた!?
影山くんは困ったように眉を下げ、しかし目だけは笑っていなかった。
冷静な観察者の顔だ。
スーパーアサシン・影山の顔だ。
「いや、何というか……会話の端々に、日本のアニメとか漫画のネタが挟まれてたり……」
ぐはっ。心臓が止まる音がした。
「あと、さっきから明らかに俺たちの世界の料理ばっか作ってますよね?
っていうか、“中華”“イタ飯”“和食”って、普通に言ってましたし。」
す、鋭い……!!
こいつ、暗殺者じゃなくて探偵か!?
シャーロック影山か!?
いや、違う。
俺が完全に油断してたんだ。
フォルティアの皆と話してる感覚で、何も考えず前世のネタを平然と口にしてたわ……!
ああ、終わった。
「そ、そうなんスか!? アルドさん!?」
佐川くんが目を見開く。
「ま……マジッスか!? アルドさん!?」
鬼塚くんが身を乗り出す。
そして天野さんが、口元を押さえて驚愕の表情を浮かべる。
「えっ……本当に……?」
場の空気が、一瞬で変わった。
まるで空気そのものが、静電気を帯びたようにピリピリしている。
「……あっ、あれ? ひょっとして、隠してた感じですか!? す、すみません! 俺、余計なこと言っちゃったかな!?」
慌てて影山くんが両手を振る。
その様子が真面目すぎて、逆に申し訳なくなる。
──いや、影山くんは悪くない。
悪いのは、俺のガバガバ管理能力だ。
客観的に見たら『隠す気あんのか?』ってレベルでヒントをボロボロ出しているね。俺。
というか……考えてみたら、別に隠す必要、無いよな?
今さら取り繕う理由もないし。
この子達なら、変に詮索したりもしないだろう。
俺は、観念して息を吐いた。
「……そ、そうです。前世は日本人なの。俺。」
4人の目が、一斉に丸くなった。
「でも、なんか恥ずかしいからさ……他のみんなには内緒にしてね。マジでお願い。」
言いながら、俺は頭を下げた。
まさか異世界で高校生相手に“前世カミングアウト”をする日が来るとは思わなかったよ。
……数奇な人生だな、ほんと。
4人はしばし沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
驚きの中にも、どこか柔らかな笑みを浮かべて。
「分かりました。誰にも言いません。」
影山くんがそう言って笑うと、他の3人も微笑んだ。
鬼塚くんは「マジで何者なんスか、あんた……」と呟き、
佐川くんは「なんか、納得した気がします」と笑い、
天野さんは小さく「……日本の人なんだ」と呟いた。
──秘密を共有した瞬間って、なんか妙な連帯感が生まれるよね。
彼らの表情には、もう恐れも距離もなかった。
ただ、同じ世界から来た者同士の、穏やかな理解の色があった。
「……ありがとう。話して、ちょっとスッキリしたよ。」
俺は笑って、もう一度鍋の火をつけた。
ぱちり、と火花が散り、広場の灯りがそれを映す。
夜風がふっと吹いて、空の星を揺らした。
そして俺たちは、その光の下で──
異世界の、けれどどこか懐かしい夜を、静かに分かち合った。
『真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます』が、アルファポリス様の第18回ファンタジー小説大賞で【奨励賞】をいただきました!
ここまで応援してくださった皆さま、本当にありがとうございます。
皆さんの感想や応援が、物語を進める何よりの原動力です。
これからもアルドたちの冒険を見守っていただけたら嬉しいです!




