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【250000PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第五章 魔導帝国ベルゼリア編

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第202話 終戦の夜、星空の二人



──フレキくんが、強すぎる。


いや、“強すぎる”という言葉では足りない。あれはもう、神域の運を持った獣だ。まさに神獣。


麻雀で小型犬に尻の毛まで抜かれた俺は、ついでに魂も抜かれたみたいにバルコニーへと避難した。


ベルゼリア皇城の夜風は思ったよりも柔らかくて、疲れきった心を少しだけ冷ましてくれる。

見上げれば、果てしない星々が帝都の空を覆っていた。


さっきまで開戦の危機に瀕していた国とは思えない。……いや、争いの終わりを告げるこの静けさこそ、本当の“平和”なのかもしれない。


背後からは、まだジャラジャラと牌の音が聞こえてくる。


あの音の主は──ヴァレン、紅龍さん、そしてフレキくん。

さらに今はリュナちゃんまで参戦して、四人で本格的に卓を囲んでいるらしい。


あの子、ルールを覚えるの早すぎる。

数時間前まで「ロンって何っすか?」って言ってたのに、今じゃ「スーアンコー狙うっす!」とか叫んでる。


リュナちゃん、成長速度おかしくない?

まぁ、実は我々の中で最年長のおねいさんだしね。


そんな賑やかな音を背中で聞きながら、俺は石造りの手すりに肘をついた。

見下ろすと、夜の帝都ベルゼリアがまるで宝石箱みたいに光っている。


フォルティア&スレヴェルド同盟とベルゼリア帝国の、歴史に刻まれない、小さな戦争。

終わってみればあっけないものだ。


とはいえ、ここに至るまでの道のりは、決して平坦じゃなかったよね。


マイネさんが、あれだけの被害を受けたベルゼリアを“許した”のは、正直、今でも信じられない。


彼女の神器──"我欲制縄(マイン・デマンド)"の強制執行能力によって、ベルゼリアは賠償を払い終わるまで”スレヴェルドとフォルティアへの敵対行為"、そして“新たな異世界召喚”を完全に禁じられた。


これで、再び無辜の人々が犠牲になることはないだろう。


ほんと、あの魔神器の力は恐ろしい。


“価値の強制等価交換”なんて、マジでチート能力だよね。しかもマイネさん自身、大金持ちだし。


俺には効かないみたいだけど、それでもあのサイフを見ただけで、理屈抜きにゾワッとした。


それにしても、マイネさんって、魔王らしからぬ優しい人なんだよな、基本的に。まぁ、ヴァレンもそうだけど。


ベルゼリアの名を付けたのも彼女だし、ベリザリオンくん──初代皇帝の転生体──のことも、リヴィス……つまり、昔好きだった人とは完全に切り離して、それでも好きだと断言している。


だからと言うか、そんな背景もあってか、ベルゼリアの暴挙も、賠償請求だけで手打ちにした。


滅ぼすのではなく、赦し、共に歩む事で、結果的により多くの物を得る。


それが、彼女なりの“強欲”なんだろう。


……戦って、勝って、赦して。

その上で、未来を築いていく。

たぶん、それが俺たちがこの世界で学ぶべき“生き方”なのかもしれない。


俺は深呼吸をして、夜気を胸いっぱいに吸い込んだ。


冷たい空気の奥に、微かに機械油と排ガスの匂いが混じっている。

この国の人たちも、スレヴェルドの魔物の国民たちも、きっとこれからそれぞれ立ち上がっていくんだろう。


俺たちはその一歩を、止めることなく見届けていけばいい。


 ……ま、今はそれよりも、あの麻雀犬地獄から逃れられたことを喜ぶべきか。


正直、もう牌の音を聞くだけで頭が痛い。

フレキくん、勝負事になると人格というか犬格変わるの、なんとかならないかな。

小型犬にガン詰めされるの、なかなか怖いのよ。


──カタン。

 

ガラス戸の向こうから、また牌の音が響いた。

次の瞬間、「ロンですっ! 国士無双十三面待ちですっ!」というフレキくんの歓喜の声が聞こえてくる。


()っわ。絶対に戻らない。


俺は小さく笑って、再び夜空を仰いだ。

見上げた先、満天の星が、まるで誰かの祝福みたいに煌めいていた。


その光の中に、俺はたしかに感じた──“終わり”と“はじまり”が重なり合う気配を。




 ◇◆◇




「──あっ、ここにいたんだね。」




背後から、柔らかな声が届いた。

振り返ると、月明かりを背にして立つブリジットちゃんがいた。

金色の髪が夜風にふわりと揺れて、淡く光っている。




「うん。フレキくんに負けすぎて、心折れちゃったよ。」




俺は苦笑いを浮かべながら答えた。


ブリジットちゃんは少し笑って、「……そっか。」とだけ返す。

その声が、いつもより少しだけ小さい気がした。


ん? なんか、いつもと雰囲気が違うような……。

俺は気になって、無理やり話題を変える。




「そ、そういえば! ベルゼリアの皇帝さんたちとの話、どうだった?」




ブリジットちゃんは小さく頷いて、少しだけ肩の力を抜いた。




「うん。今回の件、ベルゼリアが直接エルディナ王国を攻めたわけじゃないから、一応“国境侵犯”って扱いになったの。だから、正式に王国へ謝罪表明を出すことになったよ。」


「それと……謝罪の意味を込めて、これからの新ノエリア領の開拓にも援助してくれるって。魔導工学の技術提供とか。」




「そうか……。色々あったけど、よかったね。」




俺がそう言うと、ブリジットちゃんは「うん」と微笑んだ。

けど、その笑顔の奥に、ほんの少しだけ影が差して見えた。

どうにも胸の奥がざわざわする。




(……あれ? なんか、怒ってる?)




「ねぇ、ブリジットちゃん……もしかしてさ。何か……怒ってる……?」


 


問いかけた瞬間、彼女の動きがピタリと止まった。

夜風が、ふたりの間をすり抜ける。

そして、ほんの少し間をおいて、ブリジットちゃんは小さくつぶやいた。




「……怒ってないよ?」




その言葉に、俺の脳内警報が鳴り響く。

いや、その言い方、絶対怒ってるじゃん!?


女の子慣れしていない俺でも、そのくらいの危機察知能力は備えている!

これは鵜呑みにしたらあかんパターンのやつや!!




「ご、ごめん!! やっぱ怒ってるよね!?

ブリジットちゃんが頑張ってるときに、横でワイワイ麻雀なんかしてたら、気分悪いよね!? ほんとにごめん!!」




言い訳しながら、汗が背中を伝う。




「途中で抜けようと思ったんだけど、フレキくんが『水に落ちた犬は棒で叩く……まだ逃しませんっ!』とか言って離してくれなくて!『犬はお前だろ』とかツッコみたかったけど、空気的に無理でさ……!」


 


我ながら情けない弁明だった。

けど、ブリジットちゃんは俺を見ずに小さく首を振った。




「そうじゃないの……」




え? と声が出かけたとき、彼女がぽつりと続けた。




「……遊んでるとき、アルドくん……ずっとリュナちゃんとくっついてた。」




……あ。


そういえば。


確かに、リュナちゃんが後ろから抱きついたまま、ずっと牌を覗き込んでたっけ。


あれ、完全に密着してたな。


ブリジットちゃんは、夜空の方を見たまま、少しだけ震える声で言った。




「アルドくんとリュナちゃんが仲良くしてるのは、あたしも嬉しいよ。でも……ちょっと、寂しくなっちゃっただけ。」




その言葉が、胸の奥にじんわり染み込んできた。

俺は思わず後ろ頭を掻きながら、滝のような汗を流した。




「そ、それは……ご、ごめん!! えっと、ど、どうすればいいかな!?」




視線を泳がせながら尋ねると、ブリジットちゃんはゆっくりと息を吐いた。

そして、夜景を見下ろしたまま、小さく呟く。




「……じゃあ。あたしとも、くっついてほしい、かな。」




その声は、風の音に混ざって聞き逃しそうなくらい小さかった。

でも、確かに届いた。


俺は思わず「えっ!?」と声を漏らす。

ブリジットちゃんの横顔は月明かりに照らされて、ほんのり赤く染まっていた。

よく見ると、耳まで真っ赤だ。




「アルドくんに……ギュッてしてほしい。」


 


もう、完全に反則だよ、それ。

頭の中が真っ白になった。

でも、ここで逃げたら男じゃない。

俺は深呼吸して、覚悟を決める。




「そ、それじゃ……失礼して。」




そっと、ブリジットちゃんの背中に腕を回した。

華奢な身体を包み込むように、優しく抱きしめる。

彼女の体温が伝わってくる。

ふわりと香る髪の匂いに、心臓の鼓動が跳ねた。


ブリジットちゃんは、小さく笑って



「……えへへ。ありがとう、アルドくん」



と言った。

その声が、信じられないくらい優しくて。

俺の腕をギュッと握り返す彼女の手が、少し震えていた。




「……みんな無事でよかったねぇ。アルドくんのおかげだよ。──いつも、ありがとうね。」



「当然だよ。」




俺は少し照れながら答えた。




「みんなが……ブリジットちゃんがいる場所が、俺の“帰る場所”なんだから。」




ブリジットちゃんは何も言わなかった。

ただ、俺の腕の中で小さく頷いて、握る手にもう少しだけ力を込めた。


その時、バルコニーの奥──扉の向こうから声が聞こえた。




「頼む!! 後生だから見逃してくれ!! フレキくん!!」


「こっちから……濃厚なラブコメの香りが漂ってるんだ!! 俺を行かせてくれ!!」




……ヴァレン。

やっぱり覗きに来ようとしてる。

何なの、その謎のラブコメサーチ能力。


続いて、フレキくんの声。




「水に落ちた犬は棒で叩く……まだですよっ、ヴァレンさんっ!!地獄の淵は、まだまだ見えていませんっ!!」




まだやってのね。麻雀。

そしてフレキくん、鬼だね。

今後麻雀打つときは、絶対にフレキくんには見つからないようにしよう。

強すぎて勝負にならないし、いろんな意味で平穏と精神が壊れる。


そんなことを考えながら、俺はもう一度、腕の中の温もりを確かめた。

ブリジットちゃんの髪が頬に触れて、心臓がまたドキンと跳ねる。

でも、その鼓動が少しずつ落ち着いていくのがわかった。


戦いの後の夜は、静かで、少しだけ甘かった。




 ◇◆◇




バルコニーの手すりに並んで腰を下ろすと、石の冷たさがズボン越しに伝わってきた。


そのすぐ前、ブリジットちゃんが俺の足の間にちょこんと座り、背中を俺に預けてくる。

小さな背中が、ゆっくりと呼吸に合わせて上下するのがわかる。


星空を見上げる彼女の髪──結い上げたポニーテールが風に揺れ、そのたびに毛先が俺の頬をくすぐった。


……くすぐったい、というか、心臓に悪い。いや、精神的にキツい。嬉しいんだけどね!




「ベルゼリア帝国ってね、“龍生水(りゅうそうず)”っていう地下資源で生活のほとんどを支えてるんだって。」




ブリジットちゃんが夜空を見上げたまま、ぽつりと話し始めた。

彼女の声は、風に乗ってゆるやかに流れていく。




「でも、帝国領土内の“龍生水”の埋蔵量がもう底をついちゃって……。それで、まだ手つかずの油田が残ってるスレヴェルドやフォルティア荒野から、“分けてもらっちゃおう”って考えたのが、今回の戦いの始まりだったんだって。」




「……そうなのか。」




俺は小さくうなずいた。

星明りに照らされた彼女の横顔は、どこか寂しそうで、それでいて穏やかでもあった。




「ベルゼリアの人たちも……自分の国を、人々の生活を守るために必死だったんだと思う。」



「うん。きっと、そうなんだろうね。」

 



俺は空を見上げながら言う。

 



「どんな戦いにも、きっと“理由”があるんだ。正義も、悪も、見る角度が違うだけで、同じ形をしてるのかもしれない。」




しばらく沈黙が落ちた。

遠くの帝都の灯が瞬いて、虫の声がかすかに聞こえる。


それから、ブリジットちゃんは少しだけ身体をずらして、俺の胸にもたれかかるようにしながら言った。




「……もし、フォルティア荒野がこれからもっと発展していったらね。あたしも、誰かを傷つける選択をしなきゃいけない時が来るのかなって、考えちゃうの。」




俺は思わず、そっと彼女の肩に手を置いた。




「誰かを守るために、誰かを犠牲にしなきゃならない時が、来るかもしれない。領主としてのあたしが、間違っちゃいけないのに、……それでも、迷ったり、怖くなったりすると思う。」




ブリジットちゃんの声が少し震えていた。

その震えが、直接背中越しに伝わってくる。


責任とか、国とか、人の命とか──そんな重いものを抱える覚悟を、彼女は、まだ20年も生きてない少女の手で、ちゃんと持とうとしている。


俺は、背中越しにその小さな肩を包み込むように抱いた。




「──確かに、領地が発展していけば、ブリジットちゃんの責任は大きくなるかもしれない。選択を迫られる時も、きっと来る。」


「でもさ――ブリジットちゃんは、一人じゃないよ。」




ブリジットちゃんが小さく息を呑む。



「リュナちゃんも、ヴァレンも、フレキくん達もいる。もちろん、俺も。もしブリジットちゃんが間違いそうになったら、俺たちが止める。

俺たちが間違えそうになったら、ブリジットちゃんが止めてくれる。

……それでいいんだよ。そうしていけば、きっと大丈夫。」




俺がそう言うと、ブリジットちゃんは顔だけ振り返った。

夜風で頬にかかる髪をかき上げ、まっすぐ俺を見上げてくる。

その瞳は、星の光を映して、どこまでも澄んでいた。




「……うん。そうだよね。」

 



ふっと笑みがこぼれる。

そして、彼女は俺の腕に両手を重ね、ぎゅっと抱き抱えた。




「アルドくん……これからも、一緒にいてね。」




その声は、震えているようで、でもどこか安心しているようでもあった。

俺は照れくさく笑いながら、「もちろん」と答えた。




「本当? ずっと、ずっとだよ?」



「もちろん。ずっと、ずっと。」




言葉を交わした瞬間、風が吹いた。

星の海が、流れるようにきらめく。

ポニーテールの先がまた頬をくすぐって、俺は思わず笑ってしまう。




「な、何笑ってるの?」



「いや……星が綺麗で、ブリジットちゃんが近くて……幸せだなって思ってさ。」



「も、もう……そういうの、ずるいよ。」




ブリジットちゃんは顔を赤くしながらも、俺の腕をさらに強く抱きしめた。


夜空の下、二人の笑い声が静かに響いた。


それは、戦いの終わりを祝うようで。

これから始まる未来への、小さな約束のようにも思えた。


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