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第19話 出発、美少女領主とギャルと巨大犬

──それは、骨だった。



それも、ただの骨じゃない。



白くてつやつやした棒状で、両端がぽこんと丸く膨れていて、中央には謎の紋章が刻まれている。


だがそれを目の前にしても、俺の中に浮かぶ言葉は一つしかない。



やっぱ"ローハイド"じゃんこれ。



どう見ても犬用ガムなのよ。



なんならペットショップで見た記憶がフラッシュバックしてきて、条件反射的に「おすわり」って言いかけた。危ない。


だが、この“骨”はどうやらただのガムではないらしい。


食後のティータイム、フレキが胸毛の中から取り出してきたそれは、彼曰く「フェンリル族に代々伝わる秘宝」なのだという。


見た目とのギャップでいえば世界ランクに入れる。



そして今、その“秘宝”とやらが、微かに魔力を放っていることに、俺はふと気がついた。



ほんのわずかだが、周囲の空間がゆらりと揺れるような、そんな圧のような魔力の振動。



(……あれ? この魔力、結構強いくない? ていうか……これ、隠してないの?)



チラ、と周囲を見渡す。


リュナはのんきにホットミルクをすすりながら椅子にもたれている。ミルクは俺が夜中にこっそり牛型魔獣から採取してきたものだ。喜んでくれてて嬉しい。


ブリジットは手帳を開いて、今後の行動をメモしている様子。本当、この子は可愛いだけじゃなくてマジメだね。尊い。


フレキは伏せの姿勢のままハッハッハッと口で呼吸している。圧倒的犬感。そしてでかい。



(この状態で放っておくと、さっき言ってた“魔王の使い”ってヤツに感知されるんじゃないの?)



よし、ちょっとだけ魔法使わせてもらおう。



俺は立ち上がって、食器を片付けるふりをしながら、さりげなく秘宝の前に立つ。


片手をそっとポケットに忍ばせ、小声で呟く。



「"遮魔結界マナ・ジャミング・ヴェール"……」



空気がすっと静まる。

魔力が漏れ出していた“秘宝”からの波動が、一瞬にして周囲の魔力構造に溶け込んで消えた。


探知不能。これで、外部からは見えない。



(よし。秘宝の魔力は封印完了。これで一安心……)



俺はひとつ頷き、再びカップを手に取る。



次に何を話そうかと思っていた、そのときだった。



「──うし」



そう言って、リュナがぬるっと立ち上がった。



「ちっと、フェンリルの里行ってくるっす」




 ◇◆◇




「……え?」



俺とブリジットとフレキ、三人同時に固まった。



「えっ、リュナちゃん、今なんて……?」



「だから〜、このままだと色々マズそうだし。

あーしがフェンリルの王様と話して、ちゃんと“落とし所”つけてくるっすよ」



にこ、と笑うリュナ。


ギザ歯がのぞく黒ギャルスマイルだが、言ってることはめちゃくちゃハード。

任侠映画のワンシーンみたい。



「ちょ、ちょっと待って!」



椅子から勢いよく立ち上がるブリジット。



「リュナちゃん、一人でなんて……それって、すごく危ないんじゃ……!?」



「大丈夫っすよ。あーしがこの姿になってる間に、魔力反応が消えてフォルティア荒野が混乱しちゃったんすから、半分はあーしのせいっすよね。だから、ケジメってやつっす」



軽く手を振るリュナだが、その目の奥には……わずかな責任感が宿っていた。



その直後。



「だ、ダメですっ!」



唐突に声を張り上げたのは、我らが巨・ダックスフンド、フレキである。



「それはダメです、リュナさん!魔王の使いだけではありません!今の里には、気の立ったフェンリルたちが……100、いえ、それ以上……! 人間である貴女が踏み込めば、命の保証などありません!」



伏せたまま、耳を後ろへ向け、前足をぎゅっと握る。



っていうか、肉球握る動作が完全に“お留守番を察知して吠える犬”なんだよね。かわヨ。



「ボクは、貴女にそんな無茶をさせたくないんです!」



つぶらな瞳がうるうるしている。

主人を心配する忠犬の目だ。


そんな感想を抱いたところで、リュナがマスクを指で下げ、ぽつりとひと言。


「いいからちょっと落ち着けし」


「はい、落ち着きます」


途端にフレキの目のがボンヤリとし、ピシッと落ち着いた伏せの姿勢になる。


いや、完全に目がイッちゃってるけど大丈夫?これ。


「……リュナちゃん。“咆哮”スキルってそんなポンポン使って大丈夫なの?その……フレキくんへの後遺症的な意味で…」


思わず尋ねる俺に、リュナは軽く笑って答える。


「平気っすよ。あーしが『解除』って言えば戻るんで」


手をヒラヒラさせながら答える。


「もどっていーよ〜」


「はっ……!? ボクは……今、何を……?」


戻った。


しっかりと“戻って”しまった。


目の焦点がようやく合ってきたフレキを見ながら、俺は内心で汗をかいた。


リュナちゃんの"咆哮"スキルっよ!


いやもう、ズルくない?それ!


格下だと"挑む"ことすら出来ず、一言で自在に操られてしまう、その圧倒的汎用性の高さ。


つまり、"数の暴力で挑む"という戦略がリュナちゃん……咆哮竜ザグリュナには通じない訳だ。



そりゃ荒野の主になる訳だわ。




 ◇◆◇




「ご覧の通り、フェンリルなんて何匹いようが、あーしの敵じゃないっすからね」


胸を張って、リュナがニッと笑ってみせる。


その笑顔は、いつもの飄々とした黒ギャル顔だけど、どこか……どこかほんの少しだけ、誇らしげにも見えた。



「……それは、そうかもしれないけどさ」



俺は言いかけて、ふとフレキの姿を横目で見る。まだ伏せの姿勢のまま、動揺の余韻を残している。



「……なるべく、フェンリル達のことは……その……殺さない方向で、お願いできると、俺は……」



言い終える前に、リュナがふっと笑った。


「あーしも、そうするつもりっすよ」


「え?」


「“強い力を持ってるからって、それだけに頼って暴れても、意味がない”って。兄さんが見せてくれたじゃないっすか」


リュナは俺の方をまっすぐ見た。いつもの照れも茶化しもなく、真っ直ぐなまなざし。


「会話して、わかり合って、一緒に生きる道を探す……兄さんがそれやってるの見てたら、ちょっとカッコよかったっすよ」


「っ……」


急にそんな風に言われて、俺は少しだけ視線を逸らした。


「そ、そう? 別に大したことじゃないし……」


「うん、大したことじゃないかも。でも──」


リュナはふっと小さく笑い、口元を指でなぞるようにしてから、冗談めかした声色で言った。


「……兄さんには、別の大事な仕事があるっすからね」


「え?」


「“カレー”って料理、作ってくれる約束っすよね?」


「あっ」


思わず間の抜けた声が漏れた。

そういえば、してた。してたね、そんな約束。


「そっか……それも大事な仕事か」


「うん、大事な任務っすよ。“帰ってきたら兄さんの得意料理が待ってる”って、すごく大事っすもん」


「……なるほど、そういうことなら……じゃあ、期待に応えないとだね」


少し照れくさく笑いながら、俺は頷いた。


外から風が吹き抜けて、カーテンがふわりと舞った。


その音にかき消されるように、ほんの一瞬だけリュナが「ふふっ」と笑ったのが、妙に胸に残った。




 ◇◆◇




「──なら、あたしも行くよ!」



不意に上がった声に、俺とリュナが同時に振り返る。



そこにいたのは、拳をぎゅっと握りしめたブリジットだった。

頬は少し赤く、目には決意の色。



「ブリジットちゃん……?」



「リュナちゃんにだけ任せられないよ。あたしだって、この土地に生きる皆が仲良く暮らせたらって……そう思ってる」



その目はまっすぐだった。リュナにも、フレキにも、そしてたぶん……俺にも、向けられていた。



「それに、あたしはこのフォルティア荒野の“領主”になるんだよ? だったら──誰よりも、動かなきゃ!」



「ブリジットさん……!」



フレキが瞳を潤ませて感動してるけど、それ以上に、俺の胸にもじんわり来た。


……でも。



「え、でも……本当に大丈夫? ブリジットちゃんまで行ったら、危なくない? それなら、俺も……」



「だいじょぶっすよ、兄さん」



リュナがぬるっと口を挟む。



「姉さんの“真祖竜の加護”があれば、どうにでもなるっすから」



「……え?このスキル、そんなにすごいの……?」



自分で言われてびっくりしてるブリジット。


実際、すごいんだろうけど。……けど、本人に実感がないっていうのが、この子らしいというか。


まあ、俺も、与えた本人だけど、正直スキルの詳細はよく分かってないからね。


多分、竜の戦士的な感じで、感情が昂ると額に"竜の紋章"とかそういうのが浮き出て強くなる!とかそんな感じだと思う。多分ね!知らないけど!



「それに、アルドくんは“テイマー”でしょ? 前に出て戦うの、あんまり得意じゃないよね」



不意に柔らかな声で、ブリジットが言った。



そう言えば、そんな設定でした。


『うそうそ!本当は大型の魔獣をデコピン一発で倒せるくらいは強いよ!』とは今更言えない。



「だから、今回は……あたしに任せて」



そう言って、ちょこんと小さく力こぶを作ってみせる。

その姿が妙に可愛くて、俺は返事をする前に、にやけそうになるのを必死に堪えた。



「……それに、アルドくん」



「ん?」



「……“カレー”作ってくれるんでしょ?」



ちょっとだけ照れたように、ブリジットがそっぽを向いた。



……この子も、カレーが食べたいだけなんじゃないか説が浮上してきたね。




「まさか……ブリジットさんまで行くなんて……!」


 


フレキが耳の根本をぴんと立てて、狼耳ならぬ“ダックス耳”を震わせた。


その声は明らかに動揺していて、目を見開いた表情は、どこか“お留守番がイヤな大型犬”感が否めない。

 


「ダメです!そんなの危険すぎます!」

 


どしん、と前足を地面に叩きつけるようにして身を乗り出す。


毛並みの良い額には本気の焦りが滲み、つぶらな瞳が潤んでいる気すらした。

 


「魔王の使いだけじゃありません!我が里には、気の立ったフェンリルの戦士たちが100はいます! 牙をむき、槍を構え、侵入者を容赦なく排除するでしょう!」



フレキは前足の肉球をキュッと握りしめ、必死に力説する。


……あれ?このくだり、さっきもやらなかった?フレキくん、記憶飛んでない?


──本当に大丈夫なの!?咆哮スキルの後遺症!?



「えっ……100もいるの?」

 


思わずブリジットちゃんが一歩引きかける。

うん、さっきも言ってたよ?



フレキはさらにぐいっと前足を伸ばして続けた。


 


「人間であるあなたが行けば、ひとたまりもありません! ボクは、そんな無茶をさせるわけには──!」



(……完全に、“ご主人様のお出かけを止めようと必死な大型犬”だな……)


 

心の中で突っ込みながら、俺はその健気な主張を受け止めていた。


けど、止まらない。勢いづいたフレキは、もはやプルプルと耳を揺らしながら涙目で叫ばんばかりだった。


 


「……ブリジットさんの様な方は、この土地の希望なんです! だからこそ、ボクが、命をかけてでも──」


「落ち着けし」


「はい、落ち着きます。」


 


リュナの言葉に、フレキは即座にお座り、さらに伏せの姿勢へと移行。ぴたりと黙り込み、目は焦点を失い虚空を見つめている。


 

いや、本当そのスキルやばすぎない!?


要するに、格下相手なら、基本的に何でも言う事聞かせられる訳でしょ?ヘブンズドアーかな?

 


「リュ、リュナちゃん……“咆哮スキル”って……本当に、そんなに連発しても大丈夫なの?」

 


「へーきっすよ〜。」

 


あっけらかんと言いながら、リュナは肩を竦めた。

 


「ほ、本当に……? フレキくん、感情が完全に死んで、ゾルディック家の番犬みたいな顔になってるけど……」



「何すかそれ? あ、もどっていーよ」

 


リュナがポンと指を鳴らすように言うと、

 


「はっ……!? ボクは……今、何を……?」

 


フレキは我に返ったように瞬きを繰り返し、左右に首を傾けた。混乱した様子ではあるが、どこかすっきりとした顔でもある。


 


「……と、とにかく」


 


ブリジットがそっと“秘宝”──例の“犬用ガム”──を両手で抱え、真剣な目でフレキを見つめる。


 


「わたし、やっぱり行く。だってこの土地の未来を決める大事なことだから」


 


「……ブリジットさん……」


 


「お願い、フレキくん。この秘宝、あたしに預けてくれないかな?」


 


フレキは一瞬、口を開きかけたが、すぐにきゅっと目を細め、前足をきちんと揃えて深く頭を下げた。


 


「……承知しました。ブリジットさん、そしてリュナさん──」


 


顔を上げたフレキの目は、もう決意に満ちていた。


 


「ボクが命を懸けて、あなた方をお守りします!」


 


「ふふっ、頼もしいなぁ」


 


ブリジットが微笑んで応えると、フレキはぶんぶんと尻尾を振った。揺れるたびにリビングの床板が軋んだ。


 


「さあ、どうぞお乗りください!」


 


がしっと伏せの姿勢に入り、フレキが背中を差し出す。


ブリジットはぴょん、と軽やかに跳び乗った。さすがは冒険者スタイルのショートパンツ。乗り慣れている感すらある。


 


「……あーしは、スカートなんでパスっす」


 


リュナが袖を直しながら、つまらなさそうに呟いた。


「跨るとね、色々とマズいんすよ。だから、歩いて行くっす」


 


なんか、惜しいな。


その様子を見て、俺は口の端を引きつらせながら思った。


目の前で、ダックス型の巨大フェンリルに跨ったブリジットが、ピンと背筋を伸ばしている。



胴の長いダックスフォルムにブリジットちゃんが跨るその姿──


遊園地にある“100円で動く動物の乗り物"みたいだ。


決戦に赴く姿にしては、シルエットがファンシー過ぎるのよ。


 


思わず口に出そうになった感想を飲み込んで、ふたりと一匹の背を見送る。


 


「──気をつけてね。」


 


その声に、ブリジットが振り返って、ぱっと明るい笑顔を見せた。


「うん、任せて!」


 


リュナは背中越しに片手を挙げる。


「じゃ、兄さんはよろしく。ちゃんと、カレー作って待ってるっすよ?」


「はいはい、分かってるって」


 


ふたりと一匹が、荒野の風に揺れる草を踏みしめながら遠ざかっていく。


 


俺は静かに玄関の扉を閉め、エプロンの紐をしっかりと結んだ。


 


「さてと。俺は美味しいカレーでも作って皆の帰りを待ちますかね」


 


今日もまた、俺の“拠点防衛任務”と言う名のお留守番が始まるのだった。




─────────────────




 ——静寂だった。


 フォルティア荒野、北東の樹海。常に吹き抜ける風の音すら、今は凍りついたかのようだった。


 


 高くそびえる梢の影に、ひとつの影が身を潜めている。


 それは、森の気配にすら認識されない。


 光を嫌い、音を殺し、空気の流れにさえ紛れる——まるで“死”そのもののような存在。


 


 黒き長衣を纏い、骸のように細い指で、一本の短剣を弄ぶ男。


 その琥珀色の瞳が、遥か遠く——西の地平をじっと見据えていた。


 


「……消えましたか。秘宝の気配が」


 


 声は低く、乾いていた。


 静けさに溶け込むようなその声は、まるで風の音に混ざって聞き取れないほどに淡いのに、不思議と耳に残る。


 


「ふふ……困りましたね。あれでは、フェンリル族の鼻も利かないでしょう」


 


 無表情のまま、口だけが笑った。だがその笑みに、温度はなかった。


 それは“愉快”というよりも、ただ“想定の範囲内”という顔だ。


 


「……しかし」


 


 彼はゆっくりと片膝をつき、地面に掌を置いた。


 ふわりと、淡い紫の魔力が散る。


 


「魔力を隠したということは、“隠すべき何者か”が動いたということ。これは……収穫です」


 


 目を閉じ、唇に薄い指を添えて、ひとつ息を吸う。


 


 風がわずかに流れ、草が揺れた。


 その草の先に、かすかに——ほんのかすかに、秘宝の痕跡が残っていた。


 


「……やはり、特別な存在がおられますね。まだ詳細は見えませんが、方向は──南西」


 


 黒衣の裾が、さっ、と風にひるがえる。


 静かに立ち上がり、背にある巨大な剣の柄に、そっと指を触れた。


 


 仰ぐでもなく、見下ろすでもなく。


 ただ、目線を地に落としたまま、微笑する。


 


「……フェンリル族など、もはやどうでもいいのかも知れませんね。あの秘宝さえ手に入れば──」


 


 風が吹いた。


 その瞬間、"至高剣・ベルザリオン"の姿が、すぅ、と溶けるように森の中から消えた。


 音もなく、影もなく、ただその存在が“無”へと溶け込んでいく。


 


 ただ一つ、ほんの微かに残ったのは——


 森の奥へ向かう、濃密な殺気の尾。


 


 


 風が止み、静寂が戻る。


 だが、その静けさの底には、得体の知れない気配が、じわじわと満ちていた。


 


 獲物の喉笛を狙う、無感情な殺意。


 そして、それに気づかぬまま、待つ者たちの元へ——


 


 魔剣の使徒は、確実に歩を進めていた。


 


 ──静かなる悪意が、カクカクハウスへと迫る。

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