第197話 『0.3%』の価値
ガシャンッッッ!!
重厚な扉が音を立てて開くと同時に、俺は飛び出した。
勢いそのままに──。
「すみませんでしたーーーっ!!」
ザザーッ!
床に膝から滑り込んで、完璧なスライディング土下座。
磨き抜かれた金属床に、自分の額が“ガンッ”といい音を立てた。でもそんなこと気にしてる場合じゃない。
「ちょ……調子に乗って、とんでもないことを……っ!」
「まさか……装置を……壊してしまうなんてぇぇぇ!!」
もう涙目だ。完全に動揺してる。
背中から冷や汗が止まらない。
装置が静かになった瞬間、嫌な予感しかしなかったんだ!切腹ものの失態と言わざるをえない!
「落ち着くのじゃ、道三郎」
マイネさんのため息混じりの声が、俺の上に降ってくる。
「そ、そんな! 落ち着ける訳……っ!」
「ソウル・ドライバーは壊れてなどおらぬわ」
「──え?」
「お主の魔力出力に吸収機構が耐えきれず、リミッターが起動しただけじゃ。
一時的に強制シャットダウンしたに過ぎぬ。安心せい」
俺はガバッと跳ね起きた。
勢い余ってまた転びそうになる。
「そ、そうだったんだーーーっ!!よかったーーーっ!!」
「てっきり……てっきり俺、出力上げすぎてぶっ壊したのかと……!!」
背中をポリポリかきながら、情けなく笑う。
もう心臓がバクバクだ。
「影山くんや鬼塚くん達に、どうお詫びすればいいかと……! まさか帰還のチャンスを、俺の手で台無しにしちゃったんじゃないかって……!!」
ダラダラと汗をかきながら、両手をバタバタさせて謝罪のジェスチャー。
我ながら見苦しいことこの上ない。
でも、あの“沈黙”を体験した身としては、仕方ないのよ。
そのとき、小声で何かが聞こえた。
「……あの人、なんであんなに強いのに、あんなに腰低いんスか……?」
初対面で俺にレーザーを浴びせてきた勇者・佐川颯太くんが、隣のヴァレンにヒソヒソ話してる。
本人に丸聞こえだよ、それ。
「さあ……?初めて会った時からあんな感じだったからなぁ……それが相棒のいいとこでもあるんだが……」
ヴァレンが苦笑交じりに答える。
すると、今度はリュナの声が割り込む。
「あーしも、初めて会った時に土下座されたっすね。そう言えば」
うん、確かにしたね。思いっきりセクハラチックなムーブをかましてからの、美しい土下座。
これはもう性格だから、しょうがないよね……!
とりあえず空気を落ち着けようと深呼吸した、その時だった。
「し……信じられない……!」
鋭い声が響いた。
視線を向けると、ベルゼリアの女魔導官フラム・クレイドルが蒼白な顔で立ち尽くしていた。
拘束されたまま、震える指先を俺の方に向けている。
「今の魔力……“重奏構造”……!?
まさか……さっきの銀竜を召喚したのは……貴方なの……!?」
“重奏構造”? 何それ、かっこいい単語だな。
でも、なんか妙な方向に誤解されてない?
「“重奏構造”? よく分からないけど──」
「それ、勘違いだと思うよ」
俺は首をかしげながら笑う。
「あれは俺が召喚したんじゃない。
──あの竜自体が俺だからね」
フラムの表情が、固まった。
口を開けたまま、何も言えず、ただ唇が震えている。
理解が追いつかない、って顔だ。
「な……っ……!?」
その反応を見て、なんか悪いこと言ったかな、と思ったけど……
もう俺の正体は、バレてもいいんだ。
その瞬間、マイネさんの深い溜息が、場に静かに響いた。
◇◆◇
「以前、リヴィスが準備していた時はの……長期間にわたって、龍生水を使い、地道にエネルギーを蓄えておったからな」
マイネさんは、ふぅ……と肩で息をつきながら、俺の方を見た。
「まさか……一度にチャージできる魔力量の限度を、お主が軽々と超えてくるとは……妾も想定外じゃったわ」
頭を掻きながら苦笑する俺の横で、マイネさんは操作パネルの前にいる二人に声をかける。
「ベル、再起動を」
「一条雷人、現在のエネルギー装填率のチェックを。あと、魔力変換システムの作動状況を確認しておくれ」
「承知致しました、お嬢様」
すぐにベルザリオンくんが神妙な顔で頷き、手袋を外して、静かにパネルへと右手を当てた。
ピィ……という機械音とともに、操作盤の光が戻る。
その隣では一条くんが無言で頷くと、タッチパネルの文字列を流し見て、数値を確認し始めた。
その仕草が、妙に板についている。
っていうか一条くん、何でそんなに手馴れてるの。
秀才キャラが過ぎる。
異世界の謎装置をスマホ感覚で操作してるし。
現代知識で異世界無双出来そうなタイプだよね。
「……魔力変換機構は……一時的なオーバーヒートを起こしてるようです」
一条くんが冷静な声で報告する。
「冷却が必要ですね。推定で……一日。明日には、問題なく再稼働が可能でしょう」
おおー、良かった。俺、マジで壊したわけじゃなかった!
「エネルギー充填率ですが……」
タッチパネルの操作が止まる。
一条くんの指が止まったまま、顔がこわばった。
「──!?充電率……れ……0.3%……!?」
「えぇぇぇぇっ!?」
反射的に俺が叫んだ。
「ちょ、ちょちょっ、0.3パーって!? 必要エネルギーの、0.3パーしか貯まってないの!?!?!?」
「ご、ごめんね!? もっと貯まってるかと思ったんだけど……え、あれ!? 俺って……思ったより強くないのかな!?!?」
自分で自分を疑い始める。
さっきまでのテンションどこ行った、俺。
「……えっ……たったのそれだけ……?」
「アルドさんがやっても、それだけしか貯まらないなんて……」
「じゃあ、もう……ダメじゃん……」
「……あたし達……おうちに、帰れないの……?」
召喚高校生たちの間に、絶望の空気が広がっていく。
顔面蒼白になった生徒たちの目が、次々と伏せられていく。
ギャル達はまた泣きそうになってるし、男子たちも無言で俯いたまま動かない。
(あああああっ!!)
(やばいやばいやばいっ! 俺のせいで、みんなが「帰れない」って顔してるぅぅぅっっ!!!)
もう、変な汗が背中を伝って止まらない。
……と、次の瞬間。
「──違うぞ、みんな!!逆だ!!」
一条くんが叫んだ。
あの冷静沈着系男子が、珍しく興奮気味に声を張り上げていた。
「この装置は、恒星級のエネルギーが必要だと言われていたんだぞ!?」
「いくら変換効率が高くなっているとはいえ……それを、たった一人で!たった一度で! 0.3% "も" 貯めたんだ!!」
全員が、言葉を失って彼を見つめる。
「エネルギーは一度装填されれば、時間経過で減衰することはない! つまり──」
「仮に、毎日これを続けることができれば……!」
「──お、おい、一条……!?」
鬼塚くんが戸惑った声で問いかける。
「オレらにも分かるように喋ってくれ……!」
その声に、一条くんが──珍しく顔を紅潮させながら叫んだ。
「つまり! 毎日今のアルドさんの魔力を装填し続ければ──」
「──約一年で、帰還エネルギーが貯まる!!」
……しん……と静まり返る場。
そして──
「「「マ、マジかよ……!!??」」」
「「「あたし達、帰れるの……!?」」」
高校生たちの間に、歓声と安堵の波が一気に押し寄せた。
目の潤んだ高崎さんは顔をクシャッと笑顔に変えて、藤野くんの腕にしがみついて泣いていた。
鬼塚くんも、乾くんも、榊くんも、五十嵐くんも、それぞれに仲間の肩をバンバン叩き合ってる。
(よ……よかったあぁぁぁぁ……!!!)
(0.3%って、いい数字だったのか……! 焦った……マジで焦った……!)
俺は全力で胸を撫で下ろした。
「ね? アルドくん、頼りになるでしょ?」
隣から、ブリジットちゃんがニコニコしながら高校生たちに言った。
ちょっと誇らしげに胸を張っているその姿を見て──
(……ああ、救われるわ、そういうの)
と、俺はぽかぽかした気持ちで、ホッコリとした笑みを浮かべるのだった。
◇◆◇
「そんな……たった一人の魔力で……異世界召喚……いえ、異世界帰還に足るエネルギーが装填されたというの……!?」
フラム・クレイドルの声が、震えていた。
「ありえない……! そんな事……あってはならない!!」
言葉とは裏腹に、その目ははっきりと”理解してしまっている”ようだった。
理解しているからこそ、怒りが込み上げている。
「異世界召喚は……ベルゼリアにのみ許された、神域に迫る技術……!」
フラムはぎりっと奥歯を噛み、そして、真っ直ぐ俺を睨んだ。
「それを……!」
(……あーあ、目ぇ据わっちゃったよ)
俺は内心でため息を吐きながら、静かに彼女を見返す。
「……ベルゼリアは、貴方を見逃さないわよ」
「異世界とのコンタクトという技術を、他国に流出させるなど……!」
「……あってはならないっ……!」
叫びに近い声で、彼女は宣言した。
「いつか必ず……ベルゼリアは、貴方を始末しに動くわっ!! アハハハハハ……!!!」
フラムの口元が歪む。
勝ち誇ったような、あるいは――自分自身を保つための、空笑い。
でも──
「いやー」
俺は、まるで雑談でも始めるように、肩をすくめて、ぽつりと呟いた。
「わざわざ来てもらわなくていいよ?」
笑い声がピタリと止まる。
「──えっ」
フラムの表情が凍りついた。
「……いやさ」
俺は、ゆっくりと彼女を見据えた。
声は穏やか。でも、心の奥には、冷たい怒りが確かにある。
「平和に暮らしてた高校生たちを、無理やり異世界に召喚してさ」
「“帰してあげる”って言いながら、実際は洗脳スキルで操ってさ」
「マイネさんの街、占拠して。リュナちゃんの命も狙って。好き放題やってくれたわけじゃん?」
「……えっ? えっ!?」
フラムは額に汗を浮かべ、目を泳がせる。
明らかに狼狽えていた。
その姿を見ながら、俺は静かに、にこりと笑った。
ただの笑顔。けれど、周囲の空気が明らかに冷えた気がした。
「──だから、俺の方から行くよ」
「ベルゼリアって国の、一番偉い人のところに」
俺がそう言った瞬間、
「……え……えええぇぇぇぇええっっ!?!?」
フラムの絶叫が、トンネルの天井にまで響いた。
後ろでリュナちゃんが、フラムの背中を見ながら、ぽつりと呟く。
「……あーあ、終わったな〜ベルゼリア」
いやマジで。これはちょっと……“釘刺し”に行く必要あるよね。
このまま見逃したら、絶対また何かやらかすタイプの国だ。
それなら、地上最強の生物イズム全開で、正面から行って、トップをシバいておくのが一番早いよね。
フラムは震える唇を押さえ、明らかに引きつった顔で俺たちを見る。
でも、誰も止めない。
誰も、彼女に同情の言葉はかけない。
ぶっちゃけ──俺は、まだ優しい方だと思うよ?
でもそれには、ちゃんと“分かってもらう”必要がある。
どこまでが「許されるか」ってことをね。
「よーし、じゃあ次は──外交という名の『ご挨拶』、してこようかなっと」
俺は軽く腰を伸ばし、背中を鳴らした。
次の目的地は、ベルゼリア。
かつてリヴィスとマイネさんが始めたその帝国に、俺自身の言葉で“筋を通し”に行く。
──この物語の"魔導帝国ベルゼリア編"は、
いよいよ、クライマックスを迎える時が来たんだ。




