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【250000PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第五章 魔導帝国ベルゼリア編

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第190話 リヴィスとマイネ① ──"ベル"と"お嬢様"──

──風が、砂を引き裂いていた。


赤茶けた荒野の地平線に、陽炎が揺らめく。

かつて文明の街だった痕跡はなく、空気は鉄錆と灰の匂いを孕んでいる。


この世界のどこかで、命は確かに息づいているのだろう。だがここには──ただ、風の音だけが支配していた。


その静寂を破るように、ひとつの影が動いた。


黒髪の青年が、粉塵を蹴り上げながら地に伏せた怪物の腕を掴み上げる。

青年の動きは軍人のそれだった。正確で、無駄がない。


鳩のような顔を持つ異形の魔神──ピッジョーネの手首を捻り上げ、その背を地に押し付けた。


金属音が鳴る。


青年の手にあるのは、鈍く光を反射する二丁の銃──"光子銃(フォトンガン)"。


ピッジョーネは喉を鳴らした。




「ホ……ホロッ……ホホ……つ、強い……! な、何なのですか……!その“武器”と……その“戦闘術”は……!?」




青年は表情を変えず、銃口を鳩顔の額へ突きつけた。




「……"ガン・グラップル"も知らんのか。素人か?」

 



低く落ち着いた声。

その一言に、圧倒的な自信と軍人の気配が滲む。


ピッジョーネはジタバタと足をばたつかせた。




「ホ、ホロロ……! や、やめてくださホロロ!」



「残念だったな。俺はこう見えても軍属だ。」




リヴィス・ハルトマンは冷ややかに呟いた。




「その顔、覆面か? 追い剥ぎめ。」




そのとき──




「お、おい! 貴様!! ピッジョーネを離すのじゃ!!」




遠くから女の声が響いた。

砂の向こうから走ってくるのは、黒いローブに身を包んだ少女。


髪は夜のように深い緑と、紫の光を溶かしたようなツートン。


瞳には、幼さと威厳が奇妙に同居していた。


リヴィスは眉をわずかに上げ、銃口をそちらへと向ける。




「お前も、この鳥頭の追い剥ぎ仲間か?」




少女──マイネ・アグリッパはピタリと足を止め、ビクリと肩を震わせた。




「な、舐めるでないぞ……! この世界に顕現して日は浅いとは言え、妾とて“大罪魔王”の一柱じゃ……!」


「ピッジョーネは妾が初めて造った魔人……! デザインはちょっとキモい感じになってしまったが、それでも大事な臣下なのじゃ!」




言い終えるや否や、マイネは指先を突き出した。




「燃えよ、我が炎!!」




次の瞬間、空気が爆ぜた。

魔力の奔流が指先に収束し、紅蓮の火球が生まれる。


それは自然の炎ではない。

物理法則を無視した、純粋な“意志”の燃焼だった。


リヴィスの目が見開かれる。




「……何だ、それは……!」




声には驚愕よりも、分析者の好奇心が滲む。




(熱源反応なし。……なのに、燃焼現象? 物質転換か?)




火球が放たれる。

リヴィスは両腕を交差させ、銃の安全装置を外した。




「──フォトン・バースト」




引き金が二度、乾いた音を立てる。

閃光が走り、火球と正面衝突した。


轟音。


光と炎がぶつかり合い、空気が震える。


煙の向こうから、再びリヴィスの姿が現れた。

白銀の強化スーツが焦げ跡を残しながらも無傷。

彼はそのまま地を蹴った。




「なっ──!?」




マイネが反応する間もなく、リヴィスは彼女の間合いに入っていた。

左足のスライド。

低く沈んだ体勢から、完璧な足払い。




「ひゃっ──!?」




マイネの身体が宙を舞い、地面に倒れる。

リヴィスはその腹の上に跨がり、額に銃口を突きつけた。




「……動くな。」




その声音は冷静で、そして確実に“殺せる男”のそれだった。


ピッジョーネが悲鳴を上げる。




「ホロッホ!? ま、マイネ様ーー!!」




マイネは涙目で両手をバタつかせる。




「ギャーー! ギブ!! ギブアップじゃ!! 殺さないでおくれ!!」


「お主が持つその珍しい武器!! どうしても、それが欲しくなってしまっただけなのじゃ! 魔が差しただけなのじゃ!!」


「妾の“魔神器”は戦闘向きではないのじゃ!! どうか!! どうか見逃しておくれ!!」




あまりの情けなさに、リヴィスの眉がピクリと動く。




「……よく分からんが、投降するってことでいいんだな?」



「も、もちろんじゃとも!!」




マイネは必死に頷く。鳩顔のピッジョーネも隣で「ホロロ……」と泣きそうな声を出していた。


リヴィスは銃を下ろし、立ち上がった。




「ならば、許す代わりに教えてくれ。」




静かに呟き、空を見上げる。

その瞳には、どこか遠くを見つめる光があった。




「ここがどこなのか……そして、さっきお前が使った“力”は、一体何なのかを、な。」




その言葉に、マイネは目を瞬かせた。

彼女の胸の中に、わずかに生まれた感情――それは、恐怖でも服従でもなく、ただ一つ。


未知の男への、興味。


それが、後の「ベルゼリア帝国」を創り上げる二人の最初の出会いだった。




 ◇◆◇




──夜の荒野は、昼とは別の世界だった。


風が止み、月は低く沈み、代わりに無数の星が空を埋めていた。

焚き火が小さく爆ぜ、乾いた木の香りが立ちのぼる。


その橙の明かりに、三つの影が揺れていた。


ひとつは、黒髪の青年。

白銀の装甲を纏い、膝をついて右腕のデバイスをいじる。


もうひとつは、緑と紫の髪を揺らす少女。

腕を組み、焚き火越しに彼をじとっと睨みつけている。


そして最後のひとつは──

その隣で、湯気の立つティーポットを抱えた鳩顔の魔人。


誰がどう見ても、異様な取り合わせだった。


火の粉が夜空に散る音の中、青年がぼそりと呟く。




「……GPSも全く反応しない。やはり、ここは地球ではないと考えるのが妥当か……」




焚き火の赤が、彼の頬をかすかに照らす。

淡々とした声。だが、その瞳の奥にはわずかな焦燥があった。


マイネ・アグリッパは、彼をじっと観察していた。




「……その見たことも無い装備の数々……お主、一体何者じゃ?」




リヴィスは手を止めずに、短く答えた。




「俺は“Belベル”だ。」



「ベル……? それが、お主の名か?」




リヴィスの指がピタリと止まる。

焚き火の光が、彼の黒い瞳を照らした。




「……本当に知らないのだな。」




マイネが瞬きをする。リヴィスは静かに続けた。




「“Bel”とは、俺の祖国の民を指す総称だ。民族の名だ。聞き覚えは無いか?」




マイネとピッジョーネは目を見合わせ、同時に首を横に振った。




「ホロロ……聞いたことありませぬな……」


「うむ、そんな奇妙な名は知らぬ。」




リヴィスは短く息を吐いた。

その吐息は、わずかに寂しげでもあった。




「……そうか。やはり、ここは地球ではないのだな。」


 


焚き火の音だけが、沈黙を埋めた。

その背中を見ながら、マイネは小さく頬杖をつく。




「なるほど……凡その事情は察したぞ。ベルよ。お主、異世界から零れ落ちて来た存在じゃな?」



「だから、ベルは名前ではないと言っている……まあ、いい。」




リヴィスはデバイスを閉じ、彼女の方へ視線を向けた。




「お前、“異世界”という概念を理解しているのか? つまり、俺以外にも他の世界からこの世界へと流れ着いた前例がある、と?」


 


マイネは「ふふん」と笑い、ピッジョーネから茶器を受け取った。




「なかなか察しが良いのう。」




湯気の立つカップを両手で包み込み、ゆっくりと口をつける。

香ばしい草の香りが、ふわりと焚き火の熱に混じった。




「この世界『アル=セイル』はな、数多く存在する“世界球(イル・スフィア)”の中でも最も底辺に位置する世界じゃ。」


「他の世界から零れ落ちた魂たちが、最終的に行き着く“底”──それがここよ。」




焚き火の炎が、マイネの横顔を柔らかく照らす。

その瞳は、夜空を見上げながらどこか遠い記憶を辿るようだった。


リヴィスは黙って聞いていた。

やがて、彼は小さく口元を押さえ、独り言のように呟く。




「……なるほど。魂の持つエネルギーが基底準位となるのが、この世界という訳か。」


「恐らく、その“世界球”とやら同士は周期的に接近、或いは接触を行い、その際に上位世界の魂がエネルギー準位の低い世界へと落ち込む……」


「……俺の場合、そこに質量のある肉体が引っ張られて付いてきてしまった、ということか。」




彼の声は淡々としていたが、その思考の速度は常人のそれではなかった。

焚き火の明かりが、その瞳の奥で幾つもの理論式を走らせているように見えた。


マイネはそんな彼を、少しだけ不服そうに眺めていた。



(こやつ……妾の話を“感心”もせず、“理屈”で処理しおった……)




唇を尖らせながら、そっと地面の傍へ目をやる。


そこには、鋼色に光る二丁の銃が置かれていた。

マイネの瞳がきらりと光る。




(……さっきから気になっていたのじゃ。あの“光を放つ棒”……魔力は感じなかったが……どんな構造をしておるのか、どうしても気になる……)




リヴィスは依然として独り言のように理屈を並べている。




「……重力値も地球よりわずかに軽いな。酸素濃度は……」


 


今だ、とマイネは息を潜め、そろりと手を伸ばした。

指先が、あと数センチで銃に触れる──




「──やめろ。」




カチリ、と安全装置が外れる音がした。


マイネが顔を上げると、リヴィスの瞳が真っ直ぐに彼女を射抜いていた。

右手と左手、二丁の光子銃の銃口が、マイネとピッジョーネの額にぴたりと向けられている。




「は、はわわっ!? ま、待て、話せば分かるっ!!」



「ホロロ!? マイネ様ぁぁ!!」



「ギャーー!違う違う違う!! もう盗ろうなどとは思っておらん!!」




マイネは涙目になりながら両手を上げた。




「ちょっと見せてもらいたいと思っただけなのじゃ!! 勘弁しておくれ!!」




リヴィスはハァ……と深くため息をついた。

そして、無言で銃を下ろす。


沈黙。


マイネはゼーゼーと肩で息をしながら、ピッジョーネに背中をさすってもらっていた。




「……あのな。」




リヴィスが低く言う。




「俺の世界では、それを“窃盗”という。」




マイネはうるうると涙目で、小声で言い訳した。

 



「こ、この世界では“強欲”という美徳じゃ……」



「嘘つけ。」




焚き火が再び、ぱちりと音を立てた。

その炎が、三人の奇妙な関係の始まりを照らしていた。




 ◇◆◇




焚き火の火が、ぱちり、と弾けた。

乾いた音が夜気に溶け、三人の影を伸ばす。


リヴィスは、じっとマイネを見据えていた。

その瞳には、軽い呆れとわずかな興味が入り混じっている。




「……まだ信じられんな。」



「な、何がじゃ?」



「お前が、この世界に七柱しかいない“魔王”の一柱だとは。」




マイネの眉がピクリと跳ねた。




「何ぃ!? お主、まだ妾をナメておるな!? 妾はれっきとした“大罪魔王”の一柱、強欲のマイネ・アグリッパじゃぞ!」




声を張り上げ、ふんぞり返るマイネ。

だがリヴィスは腕を組み、あくまで冷静に見下ろしていた。




「その割に、戦闘の腕は……たいしたことはなさそうだが。」



「なっ!? 貴様、言ってくれるではないか!」




マイネはぷんすかと頬を膨らませ、唇を尖らせる。




「確かに、妾の力は戦闘向きではないが……じゃが!!」




パァンッ! と両手を打ち鳴らした。




「ピッジョーネ!」


「ホロロッ!」




鳩顔の魔人が慌てて駆け寄る。

その懐から、女ものの財布のような小さな革製ポーチを差し出した。

マイネはそれを受け取り、得意げに胸を張る。




「見よ! これが妾の“魔神器(セブン・コード)”──"我欲制縄(マイン・デマンド)"じゃ!」




彼女の瞳が焚き火の光を映し、わずかに紫に輝く。




「今こそ、見せてやろう……"強欲"の真髄を!」




マイネは財布を掲げ、息を吸い込んだ。

その声は夜空に響き渡る。




「──"我欲制縄(マイン・デマンド)! 我が魔力を喰らい……豪華ディナーを顕現せよ!!」




次の瞬間、財布の口からマイネの魔力が渦を巻くように吸い込まれた。

金の光が螺旋を描き、夜空へと昇っていく。




「お、おい……!?」




リヴィスが思わず立ち上がる。


財布の口が、眩い白光を放つ。

風が巻き、砂塵が舞う。


やがて──


光が収まった時、そこには一枚の巨大なテーブルが現れていた。


磨き上げられた黒曜石の天板。

金糸のクロスが敷かれ、燭台には紅い炎が揺らめいている。

皿には湯気を立てるスープ、香ばしい焼き肉、果実の盛り合わせ。

漂う香りは、現実そのものだった。




「な……! こ、これは……!?」




リヴィスは思わず息を呑む。


いつの間にか、ピッジョーネが燕尾服を着ており、手には銀のトレイを持っていた。




「ホロロ……お飲み物はワインでよろしいですかな?」



「ど、どうじゃ、驚いたか?」




マイネは胸を張り、どや顔でふんぞり返った。




「これこそが、我ら“大罪魔王”のみが持ち得る、“魔神器(セブン・コード)”の力なのじゃ!」




リヴィスは唖然としたまま、腕に装着されたツールパッドを操作する。

デバイスが低い電子音を立て、テーブルに光を当てる。

反射、波長、比重──彼の目はまるで研究者のそれだった。




「信じられん……ちゃんと“質量”がある。本物だ。」




リヴィスは感嘆の息を漏らした。




「今のは……お前の持つ“魔力”を、この“テーブルセット”に変換した、という認識で合っているか?」




マイネは得意げに鼻を鳴らす。




「ふふん、その通りじゃ!」


「妾の"我欲制縄(マイン・デマンド)"の権能は、“強制等価交換”。」


「“力”であろうが、“物体”であろうが、価値を消費し──それと等しい価値の物を顕現させるのじゃ!」


「すなわち、神にも等しい力よ!」




その声には、まるで舞台女優のような誇りと陶酔があった。

焚き火の光を受けて、彼女の髪が金紫に煌めく。

風が吹き、テーブルのキャンドルが揺れるたび、影が踊った。


リヴィスはじっとその光景を見つめた。

科学者としての理性と、人間としての驚嘆が入り混じる。




「……ああ。これは、確かに“神にも等しい”力だ……」




呟きは、震えていた。




「エネルギー保存の法則も、質量保存の法則も……どちらにも反している。こんな力が、存在するとは……!」




その声に、マイネは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。

自分の力を恐れず、否定せず、むしろ賞賛する者がいる。

そんな反応を、彼女はまだ一度も受けたことがなかった。




「そ、そうか? そうじゃろそうじゃろ! ふふん!」




頬が少しだけ赤くなり、上機嫌にワイングラスを掲げる。




「ならば、異界の客人よ。妾のディナーに付き合ってもらおうではないか!」




ピッジョーネが軽やかに拍手し、椅子を引いた。


リヴィスは少し苦笑しながらも、その席に腰を下ろした。

どこか懐かしいようで、しかし全てが未知の食卓。


──異世界での出会いの夜は、

こうして豪奢な“強欲の晩餐”として幕を開けたのだった。




 ◇◆◇




夜風が、香ばしい肉の匂いを運んでいた。

テーブルの上では湯気が立ちのぼり、キャンドルの光が金の皿を優しく照らしている。


その光の向こうで、リヴィスはしばし沈黙していた。

ワインを一口、喉に流し込み、彼は低く呟いた。




「……強欲の魔王。」




マイネが反応する。緑と紫の髪が炎に照らされ、微かに揺れた。




「ん? なんじゃ?」




リヴィスは顎に手を添え、考え込むように言葉を選んだ。




「お前、俺と“取引”をしないか?」




その言葉に、マイネの瞳が細く光る。




「……ほう?」




リヴィスは姿勢を正し、真っすぐに彼女を見据えた。




「知っての通り、俺は異世界からこの世界に迷い込んだ異邦人だ。」


「だが、だからこそ──俺の持つ道具や知識には、計り知れない“価値”があると思わないか?」


 


マイネはゆっくりと笑みを浮かべた。

その笑みは、宝石を見つけた商人のそれに似ていた。




「……面白い話になりそうじゃな。」




椅子の背にもたれ、ワイングラスを軽く揺らす。




「続けよ、“異邦人”。」




リヴィスは静かに頷いた。




「俺は、元の世界へ帰らねばならん。」


「だが、そのためには──この世界の理を理解し、手を貸してくれる協力者が必要だ。」


「お前に、俺の“知識”を差し出す。その対価として、お前は俺が元の世界に帰るために必要な“物資の支援”を支払う。」


「この契約でどうだ?」


 


マイネは口角を上げ、ワインを一口。

琥珀色の液体が唇を濡らし、夜光にきらめく。




「ふむ……異界の知識を対価に、妾の財力を得ようという訳か。」


「欲深き提案じゃな。嫌いではない。」




彼女はゆっくりとピッジョーネへ視線を向ける。

鳩顔の魔人は、短くコクンと頷いた。


マイネは小さく息を吐き、手を差し出す。




「よかろう。契約成立じゃ。」




リヴィスはその手を見つめ、口元にわずかな笑みを浮かべた。




「……取引成立だな。」




そしてその手を、しっかりと握り返した。


温度の違う二つの手が交わる。

焚き火の光が、その瞬間だけ強く燃え上がった。




「では、ひとまず同盟成立の乾杯といこうかの!」




マイネは立ち上がり、ピッジョーネが用意したグラスを掲げる。




「ホロロッ、マイネ様と異邦人殿の友好に、乾杯!」



「……ふっ。」




リヴィスはわずかに笑い、グラスを軽く合わせた。




「レーション以外の暖かい飯なんぞ、いつぶりだろうな。……こればっかりはお前に感謝する。」




そう言って、ナイフを取り、肉を切り分ける。

口に運ぶと、表情が少しだけ緩んだ。




「……旨い。」


「当然じゃ!」




マイネは胸を張り、フォークをくるくると回した。




「これでも妾は、美食と富に生きる女なのじゃ!」




リヴィスは軽く笑い、食事を続けながら言う。




「なるほど。まさに“強欲の魔王”の名に恥じぬな。」


「むっ……!」




マイネは頬を膨らませ、ナイフをテーブルにトンと置く。




「おい、ベル!!」




リヴィスは顔を上げる。




「何だ?」



「妾を“強欲の魔王”だの、“お前”だのと呼ぶのはやめろ!」


「妾にはマイネ・アグリッパという立派な名があるのじゃ! 特別に、“マイネ様”と呼ぶ事を許可してやろう!」




リヴィスは即答した。

 



「断る。」



「なっ!?」



「俺は対等な契約を結んだ取引相手であって、お前の部下じゃない。」




リヴィスは淡々と答え、再び食事を口に運ぶ。


マイネは口を開けたまま、硬直した。




「……妾は“大罪魔王”、第二の座、強欲のマイネ・アグリッパなのじゃぞ!?」


「敬意を払え! 敬意を!!」




隣のピッジョーネが無言でコクコクと頷く。




「ホロロ、マイネ様に敬意は必須ですぞ……」




リヴィスはスープを啜りながら、ぼそりと呟いた。




「さっきまで“こ、殺さないでおくれ~!”とか言ってたやつに、敬意とか言われてもな。」




マイネの顔が一瞬で真っ赤に染まった。




「う、うるさいわ!! あれは油断しておっただけじゃ!」

 

「ともかく! 妾への敬意を忘れるでないぞ!!」




リヴィスは軽く肩をすくめ、フッと笑った。




「分かった分かった。……魔王というよりは、とんだワガママ“お嬢様”だな。」


 


マイネは一瞬、言葉を失った。

その笑い顔──今までずっと無表情だった男が、初めて柔らかく笑ったのだ。




「……こやつ、そんな表情もできるのじゃな。」




マイネは心の中でそう呟き、ワインを一口。

その頬には、炎の明かりが映るように、ほんのりと赤が差していた。


夜風が吹き、キャンドルの火が揺らめく。

異界の戦士と魔王の奇妙な契約は、

こうして静かに──しかし確かに、始まりを告げたのだった。


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