第190話 リヴィスとマイネ① ──"ベル"と"お嬢様"──
──風が、砂を引き裂いていた。
赤茶けた荒野の地平線に、陽炎が揺らめく。
かつて文明の街だった痕跡はなく、空気は鉄錆と灰の匂いを孕んでいる。
この世界のどこかで、命は確かに息づいているのだろう。だがここには──ただ、風の音だけが支配していた。
その静寂を破るように、ひとつの影が動いた。
黒髪の青年が、粉塵を蹴り上げながら地に伏せた怪物の腕を掴み上げる。
青年の動きは軍人のそれだった。正確で、無駄がない。
鳩のような顔を持つ異形の魔神──ピッジョーネの手首を捻り上げ、その背を地に押し付けた。
金属音が鳴る。
青年の手にあるのは、鈍く光を反射する二丁の銃──"光子銃"。
ピッジョーネは喉を鳴らした。
「ホ……ホロッ……ホホ……つ、強い……! な、何なのですか……!その“武器”と……その“戦闘術”は……!?」
青年は表情を変えず、銃口を鳩顔の額へ突きつけた。
「……"ガン・グラップル"も知らんのか。素人か?」
低く落ち着いた声。
その一言に、圧倒的な自信と軍人の気配が滲む。
ピッジョーネはジタバタと足をばたつかせた。
「ホ、ホロロ……! や、やめてくださホロロ!」
「残念だったな。俺はこう見えても軍属だ。」
リヴィス・ハルトマンは冷ややかに呟いた。
「その顔、覆面か? 追い剥ぎめ。」
そのとき──
「お、おい! 貴様!! ピッジョーネを離すのじゃ!!」
遠くから女の声が響いた。
砂の向こうから走ってくるのは、黒いローブに身を包んだ少女。
髪は夜のように深い緑と、紫の光を溶かしたようなツートン。
瞳には、幼さと威厳が奇妙に同居していた。
リヴィスは眉をわずかに上げ、銃口をそちらへと向ける。
「お前も、この鳥頭の追い剥ぎ仲間か?」
少女──マイネ・アグリッパはピタリと足を止め、ビクリと肩を震わせた。
「な、舐めるでないぞ……! この世界に顕現して日は浅いとは言え、妾とて“大罪魔王”の一柱じゃ……!」
「ピッジョーネは妾が初めて造った魔人……! デザインはちょっとキモい感じになってしまったが、それでも大事な臣下なのじゃ!」
言い終えるや否や、マイネは指先を突き出した。
「燃えよ、我が炎!!」
次の瞬間、空気が爆ぜた。
魔力の奔流が指先に収束し、紅蓮の火球が生まれる。
それは自然の炎ではない。
物理法則を無視した、純粋な“意志”の燃焼だった。
リヴィスの目が見開かれる。
「……何だ、それは……!」
声には驚愕よりも、分析者の好奇心が滲む。
(熱源反応なし。……なのに、燃焼現象? 物質転換か?)
火球が放たれる。
リヴィスは両腕を交差させ、銃の安全装置を外した。
「──フォトン・バースト」
引き金が二度、乾いた音を立てる。
閃光が走り、火球と正面衝突した。
轟音。
光と炎がぶつかり合い、空気が震える。
煙の向こうから、再びリヴィスの姿が現れた。
白銀の強化スーツが焦げ跡を残しながらも無傷。
彼はそのまま地を蹴った。
「なっ──!?」
マイネが反応する間もなく、リヴィスは彼女の間合いに入っていた。
左足のスライド。
低く沈んだ体勢から、完璧な足払い。
「ひゃっ──!?」
マイネの身体が宙を舞い、地面に倒れる。
リヴィスはその腹の上に跨がり、額に銃口を突きつけた。
「……動くな。」
その声音は冷静で、そして確実に“殺せる男”のそれだった。
ピッジョーネが悲鳴を上げる。
「ホロッホ!? ま、マイネ様ーー!!」
マイネは涙目で両手をバタつかせる。
「ギャーー! ギブ!! ギブアップじゃ!! 殺さないでおくれ!!」
「お主が持つその珍しい武器!! どうしても、それが欲しくなってしまっただけなのじゃ! 魔が差しただけなのじゃ!!」
「妾の“魔神器”は戦闘向きではないのじゃ!! どうか!! どうか見逃しておくれ!!」
あまりの情けなさに、リヴィスの眉がピクリと動く。
「……よく分からんが、投降するってことでいいんだな?」
「も、もちろんじゃとも!!」
マイネは必死に頷く。鳩顔のピッジョーネも隣で「ホロロ……」と泣きそうな声を出していた。
リヴィスは銃を下ろし、立ち上がった。
「ならば、許す代わりに教えてくれ。」
静かに呟き、空を見上げる。
その瞳には、どこか遠くを見つめる光があった。
「ここがどこなのか……そして、さっきお前が使った“力”は、一体何なのかを、な。」
その言葉に、マイネは目を瞬かせた。
彼女の胸の中に、わずかに生まれた感情――それは、恐怖でも服従でもなく、ただ一つ。
未知の男への、興味。
それが、後の「ベルゼリア帝国」を創り上げる二人の最初の出会いだった。
◇◆◇
──夜の荒野は、昼とは別の世界だった。
風が止み、月は低く沈み、代わりに無数の星が空を埋めていた。
焚き火が小さく爆ぜ、乾いた木の香りが立ちのぼる。
その橙の明かりに、三つの影が揺れていた。
ひとつは、黒髪の青年。
白銀の装甲を纏い、膝をついて右腕のデバイスをいじる。
もうひとつは、緑と紫の髪を揺らす少女。
腕を組み、焚き火越しに彼をじとっと睨みつけている。
そして最後のひとつは──
その隣で、湯気の立つティーポットを抱えた鳩顔の魔人。
誰がどう見ても、異様な取り合わせだった。
火の粉が夜空に散る音の中、青年がぼそりと呟く。
「……GPSも全く反応しない。やはり、ここは地球ではないと考えるのが妥当か……」
焚き火の赤が、彼の頬をかすかに照らす。
淡々とした声。だが、その瞳の奥にはわずかな焦燥があった。
マイネ・アグリッパは、彼をじっと観察していた。
「……その見たことも無い装備の数々……お主、一体何者じゃ?」
リヴィスは手を止めずに、短く答えた。
「俺は“Bel”だ。」
「ベル……? それが、お主の名か?」
リヴィスの指がピタリと止まる。
焚き火の光が、彼の黒い瞳を照らした。
「……本当に知らないのだな。」
マイネが瞬きをする。リヴィスは静かに続けた。
「“Bel”とは、俺の祖国の民を指す総称だ。民族の名だ。聞き覚えは無いか?」
マイネとピッジョーネは目を見合わせ、同時に首を横に振った。
「ホロロ……聞いたことありませぬな……」
「うむ、そんな奇妙な名は知らぬ。」
リヴィスは短く息を吐いた。
その吐息は、わずかに寂しげでもあった。
「……そうか。やはり、ここは地球ではないのだな。」
焚き火の音だけが、沈黙を埋めた。
その背中を見ながら、マイネは小さく頬杖をつく。
「なるほど……凡その事情は察したぞ。ベルよ。お主、異世界から零れ落ちて来た存在じゃな?」
「だから、ベルは名前ではないと言っている……まあ、いい。」
リヴィスはデバイスを閉じ、彼女の方へ視線を向けた。
「お前、“異世界”という概念を理解しているのか? つまり、俺以外にも他の世界からこの世界へと流れ着いた前例がある、と?」
マイネは「ふふん」と笑い、ピッジョーネから茶器を受け取った。
「なかなか察しが良いのう。」
湯気の立つカップを両手で包み込み、ゆっくりと口をつける。
香ばしい草の香りが、ふわりと焚き火の熱に混じった。
「この世界『アル=セイル』はな、数多く存在する“世界球”の中でも最も底辺に位置する世界じゃ。」
「他の世界から零れ落ちた魂たちが、最終的に行き着く“底”──それがここよ。」
焚き火の炎が、マイネの横顔を柔らかく照らす。
その瞳は、夜空を見上げながらどこか遠い記憶を辿るようだった。
リヴィスは黙って聞いていた。
やがて、彼は小さく口元を押さえ、独り言のように呟く。
「……なるほど。魂の持つエネルギーが基底準位となるのが、この世界という訳か。」
「恐らく、その“世界球”とやら同士は周期的に接近、或いは接触を行い、その際に上位世界の魂がエネルギー準位の低い世界へと落ち込む……」
「……俺の場合、そこに質量のある肉体が引っ張られて付いてきてしまった、ということか。」
彼の声は淡々としていたが、その思考の速度は常人のそれではなかった。
焚き火の明かりが、その瞳の奥で幾つもの理論式を走らせているように見えた。
マイネはそんな彼を、少しだけ不服そうに眺めていた。
(こやつ……妾の話を“感心”もせず、“理屈”で処理しおった……)
唇を尖らせながら、そっと地面の傍へ目をやる。
そこには、鋼色に光る二丁の銃が置かれていた。
マイネの瞳がきらりと光る。
(……さっきから気になっていたのじゃ。あの“光を放つ棒”……魔力は感じなかったが……どんな構造をしておるのか、どうしても気になる……)
リヴィスは依然として独り言のように理屈を並べている。
「……重力値も地球よりわずかに軽いな。酸素濃度は……」
今だ、とマイネは息を潜め、そろりと手を伸ばした。
指先が、あと数センチで銃に触れる──
「──やめろ。」
カチリ、と安全装置が外れる音がした。
マイネが顔を上げると、リヴィスの瞳が真っ直ぐに彼女を射抜いていた。
右手と左手、二丁の光子銃の銃口が、マイネとピッジョーネの額にぴたりと向けられている。
「は、はわわっ!? ま、待て、話せば分かるっ!!」
「ホロロ!? マイネ様ぁぁ!!」
「ギャーー!違う違う違う!! もう盗ろうなどとは思っておらん!!」
マイネは涙目になりながら両手を上げた。
「ちょっと見せてもらいたいと思っただけなのじゃ!! 勘弁しておくれ!!」
リヴィスはハァ……と深くため息をついた。
そして、無言で銃を下ろす。
沈黙。
マイネはゼーゼーと肩で息をしながら、ピッジョーネに背中をさすってもらっていた。
「……あのな。」
リヴィスが低く言う。
「俺の世界では、それを“窃盗”という。」
マイネはうるうると涙目で、小声で言い訳した。
「こ、この世界では“強欲”という美徳じゃ……」
「嘘つけ。」
焚き火が再び、ぱちりと音を立てた。
その炎が、三人の奇妙な関係の始まりを照らしていた。
◇◆◇
焚き火の火が、ぱちり、と弾けた。
乾いた音が夜気に溶け、三人の影を伸ばす。
リヴィスは、じっとマイネを見据えていた。
その瞳には、軽い呆れとわずかな興味が入り混じっている。
「……まだ信じられんな。」
「な、何がじゃ?」
「お前が、この世界に七柱しかいない“魔王”の一柱だとは。」
マイネの眉がピクリと跳ねた。
「何ぃ!? お主、まだ妾をナメておるな!? 妾はれっきとした“大罪魔王”の一柱、強欲のマイネ・アグリッパじゃぞ!」
声を張り上げ、ふんぞり返るマイネ。
だがリヴィスは腕を組み、あくまで冷静に見下ろしていた。
「その割に、戦闘の腕は……たいしたことはなさそうだが。」
「なっ!? 貴様、言ってくれるではないか!」
マイネはぷんすかと頬を膨らませ、唇を尖らせる。
「確かに、妾の力は戦闘向きではないが……じゃが!!」
パァンッ! と両手を打ち鳴らした。
「ピッジョーネ!」
「ホロロッ!」
鳩顔の魔人が慌てて駆け寄る。
その懐から、女ものの財布のような小さな革製ポーチを差し出した。
マイネはそれを受け取り、得意げに胸を張る。
「見よ! これが妾の“魔神器”──"我欲制縄"じゃ!」
彼女の瞳が焚き火の光を映し、わずかに紫に輝く。
「今こそ、見せてやろう……"強欲"の真髄を!」
マイネは財布を掲げ、息を吸い込んだ。
その声は夜空に響き渡る。
「──"我欲制縄! 我が魔力を喰らい……豪華ディナーを顕現せよ!!」
次の瞬間、財布の口からマイネの魔力が渦を巻くように吸い込まれた。
金の光が螺旋を描き、夜空へと昇っていく。
「お、おい……!?」
リヴィスが思わず立ち上がる。
財布の口が、眩い白光を放つ。
風が巻き、砂塵が舞う。
やがて──
光が収まった時、そこには一枚の巨大なテーブルが現れていた。
磨き上げられた黒曜石の天板。
金糸のクロスが敷かれ、燭台には紅い炎が揺らめいている。
皿には湯気を立てるスープ、香ばしい焼き肉、果実の盛り合わせ。
漂う香りは、現実そのものだった。
「な……! こ、これは……!?」
リヴィスは思わず息を呑む。
いつの間にか、ピッジョーネが燕尾服を着ており、手には銀のトレイを持っていた。
「ホロロ……お飲み物はワインでよろしいですかな?」
「ど、どうじゃ、驚いたか?」
マイネは胸を張り、どや顔でふんぞり返った。
「これこそが、我ら“大罪魔王”のみが持ち得る、“魔神器”の力なのじゃ!」
リヴィスは唖然としたまま、腕に装着されたツールパッドを操作する。
デバイスが低い電子音を立て、テーブルに光を当てる。
反射、波長、比重──彼の目はまるで研究者のそれだった。
「信じられん……ちゃんと“質量”がある。本物だ。」
リヴィスは感嘆の息を漏らした。
「今のは……お前の持つ“魔力”を、この“テーブルセット”に変換した、という認識で合っているか?」
マイネは得意げに鼻を鳴らす。
「ふふん、その通りじゃ!」
「妾の"我欲制縄"の権能は、“強制等価交換”。」
「“力”であろうが、“物体”であろうが、価値を消費し──それと等しい価値の物を顕現させるのじゃ!」
「すなわち、神にも等しい力よ!」
その声には、まるで舞台女優のような誇りと陶酔があった。
焚き火の光を受けて、彼女の髪が金紫に煌めく。
風が吹き、テーブルのキャンドルが揺れるたび、影が踊った。
リヴィスはじっとその光景を見つめた。
科学者としての理性と、人間としての驚嘆が入り混じる。
「……ああ。これは、確かに“神にも等しい”力だ……」
呟きは、震えていた。
「エネルギー保存の法則も、質量保存の法則も……どちらにも反している。こんな力が、存在するとは……!」
その声に、マイネは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
自分の力を恐れず、否定せず、むしろ賞賛する者がいる。
そんな反応を、彼女はまだ一度も受けたことがなかった。
「そ、そうか? そうじゃろそうじゃろ! ふふん!」
頬が少しだけ赤くなり、上機嫌にワイングラスを掲げる。
「ならば、異界の客人よ。妾のディナーに付き合ってもらおうではないか!」
ピッジョーネが軽やかに拍手し、椅子を引いた。
リヴィスは少し苦笑しながらも、その席に腰を下ろした。
どこか懐かしいようで、しかし全てが未知の食卓。
──異世界での出会いの夜は、
こうして豪奢な“強欲の晩餐”として幕を開けたのだった。
◇◆◇
夜風が、香ばしい肉の匂いを運んでいた。
テーブルの上では湯気が立ちのぼり、キャンドルの光が金の皿を優しく照らしている。
その光の向こうで、リヴィスはしばし沈黙していた。
ワインを一口、喉に流し込み、彼は低く呟いた。
「……強欲の魔王。」
マイネが反応する。緑と紫の髪が炎に照らされ、微かに揺れた。
「ん? なんじゃ?」
リヴィスは顎に手を添え、考え込むように言葉を選んだ。
「お前、俺と“取引”をしないか?」
その言葉に、マイネの瞳が細く光る。
「……ほう?」
リヴィスは姿勢を正し、真っすぐに彼女を見据えた。
「知っての通り、俺は異世界からこの世界に迷い込んだ異邦人だ。」
「だが、だからこそ──俺の持つ道具や知識には、計り知れない“価値”があると思わないか?」
マイネはゆっくりと笑みを浮かべた。
その笑みは、宝石を見つけた商人のそれに似ていた。
「……面白い話になりそうじゃな。」
椅子の背にもたれ、ワイングラスを軽く揺らす。
「続けよ、“異邦人”。」
リヴィスは静かに頷いた。
「俺は、元の世界へ帰らねばならん。」
「だが、そのためには──この世界の理を理解し、手を貸してくれる協力者が必要だ。」
「お前に、俺の“知識”を差し出す。その対価として、お前は俺が元の世界に帰るために必要な“物資の支援”を支払う。」
「この契約でどうだ?」
マイネは口角を上げ、ワインを一口。
琥珀色の液体が唇を濡らし、夜光にきらめく。
「ふむ……異界の知識を対価に、妾の財力を得ようという訳か。」
「欲深き提案じゃな。嫌いではない。」
彼女はゆっくりとピッジョーネへ視線を向ける。
鳩顔の魔人は、短くコクンと頷いた。
マイネは小さく息を吐き、手を差し出す。
「よかろう。契約成立じゃ。」
リヴィスはその手を見つめ、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「……取引成立だな。」
そしてその手を、しっかりと握り返した。
温度の違う二つの手が交わる。
焚き火の光が、その瞬間だけ強く燃え上がった。
「では、ひとまず同盟成立の乾杯といこうかの!」
マイネは立ち上がり、ピッジョーネが用意したグラスを掲げる。
「ホロロッ、マイネ様と異邦人殿の友好に、乾杯!」
「……ふっ。」
リヴィスはわずかに笑い、グラスを軽く合わせた。
「レーション以外の暖かい飯なんぞ、いつぶりだろうな。……こればっかりはお前に感謝する。」
そう言って、ナイフを取り、肉を切り分ける。
口に運ぶと、表情が少しだけ緩んだ。
「……旨い。」
「当然じゃ!」
マイネは胸を張り、フォークをくるくると回した。
「これでも妾は、美食と富に生きる女なのじゃ!」
リヴィスは軽く笑い、食事を続けながら言う。
「なるほど。まさに“強欲の魔王”の名に恥じぬな。」
「むっ……!」
マイネは頬を膨らませ、ナイフをテーブルにトンと置く。
「おい、ベル!!」
リヴィスは顔を上げる。
「何だ?」
「妾を“強欲の魔王”だの、“お前”だのと呼ぶのはやめろ!」
「妾にはマイネ・アグリッパという立派な名があるのじゃ! 特別に、“マイネ様”と呼ぶ事を許可してやろう!」
リヴィスは即答した。
「断る。」
「なっ!?」
「俺は対等な契約を結んだ取引相手であって、お前の部下じゃない。」
リヴィスは淡々と答え、再び食事を口に運ぶ。
マイネは口を開けたまま、硬直した。
「……妾は“大罪魔王”、第二の座、強欲のマイネ・アグリッパなのじゃぞ!?」
「敬意を払え! 敬意を!!」
隣のピッジョーネが無言でコクコクと頷く。
「ホロロ、マイネ様に敬意は必須ですぞ……」
リヴィスはスープを啜りながら、ぼそりと呟いた。
「さっきまで“こ、殺さないでおくれ~!”とか言ってたやつに、敬意とか言われてもな。」
マイネの顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「う、うるさいわ!! あれは油断しておっただけじゃ!」
「ともかく! 妾への敬意を忘れるでないぞ!!」
リヴィスは軽く肩をすくめ、フッと笑った。
「分かった分かった。……魔王というよりは、とんだワガママ“お嬢様”だな。」
マイネは一瞬、言葉を失った。
その笑い顔──今までずっと無表情だった男が、初めて柔らかく笑ったのだ。
「……こやつ、そんな表情もできるのじゃな。」
マイネは心の中でそう呟き、ワインを一口。
その頬には、炎の明かりが映るように、ほんのりと赤が差していた。
夜風が吹き、キャンドルの火が揺らめく。
異界の戦士と魔王の奇妙な契約は、
こうして静かに──しかし確かに、始まりを告げたのだった。




