第186話 "金葬輪廻"──強欲の理、取引の果てに──
──魔都スレヴェルドの中心にそびえる、漆黒の螺旋塔。というか、高層ビル。
その名も『アグリッパ・スパイラル』。
最上階の謁見の間は、まるで高級ホテルのロビーみたいだった。
磨き上げられた黒曜石の床に、金の文様が幾何学的に走り、壁際には魔導ランプが柔らかい光を灯している。
中央奥には、強欲の魔王──マイネ・アグリッパの玉座。
その脇に執事ベルザリオンくんの姿。
……そして。
その荘厳な空間に、場違いなくらい響き渡る絶叫が一つ。
「ええええええ!?!?!?
リュナとブリジットさんが……相棒のほっぺにキスしたぁぁぁぁ!?!?!?」
耳がキーンとするほどの声量。
叫んでいるのはもちろん、色欲の魔王ヴァレン・グランツ。
ヴァレンはテーブルを叩いて立ち上がり、まるで世界の終わりを見たみたいな顔をしていた。
「はいっ! そうですよっ!」
横でしっぽをパタパタ振りながら答えたのは、ミニチュアダックスモードのフレキくん。
「とっても情熱的で、ボクもなんだか赤くなっちゃいましたっ!」
とハッハッハッと犬特有の息遣いで笑ってる。
何がそんなに楽しいのよ。
「ちょ、ちょっと! フレキくん!? それ、今ここで言わなくてもいいでしょ!?」
ブリジットちゃんは顔を真っ赤にして慌てて手を振っている。
耳の先まで赤くなってて、正直、鬼かわいい。
でもその隣で、もっと堂々としてるのが──うちの竜姫、リュナちゃん。
「そっすよ? ほっぺにちゅーしたケド、文句ある?」
腕を組んで開き直るように言う。
……ただ、よく見ると頬がほんのり赤い。
多分照れてる。照れてるけど、絶対認めないタイプ。これまた鬼かわいい。
(ふ……二人とも可愛いけど……!
こういう話題は今、しないでほしいんだよなぁ……!!)
俺は内心で頭を抱える。
だって今この場には、召喚高校生二十人がずらりと並んでるんだよ。
場の空気、地獄みたいに重いし。
「か……考え事をしていたとはいえ……この俺が……!」
とヴァレンが両膝をついて天を仰ぐ。
「この俺が……色欲の魔王、ヴァレン・グランツが……そんな一大LOVEイベントを見逃してしまうなんて……!」
「ああ……あんまりだァァーーッ!!」
泣いた。
しかも、滝のような涙。両手を天に伸ばして、全身を震わせている。
(……エシ◯ィシみたいな泣き方してる……)
俺は脳内で冷静にツッコミながら、一歩後ずさった。
「やかましいぞ!!お主ら!!」
玉座の上から、怒号が飛んだ。
金色の瞳がギラリと光り、マイネさんが椅子の肘掛けを叩く。
「少しは静かに出来んのか!? ここは市場の広場ではないわ!!」
その一喝で、ヴァレンはピタリと泣き止んだ。
そして、何故かサササッと俺の背後に隠れる。
ついでにリュナも一緒に背中に回り込む。
「相棒〜……強欲の魔王様がお怒りみたいだぜぇ〜。どうしよう〜?」
ヴァレンがわざと怯えた声を出す。
「ヤダ〜。あーし、こわ〜い。兄さ〜ん、あの地雷女やっつけて〜♡」
リュナちゃんは完全にノリノリである。
わざと甘え声を出さないで!背中に体重かけないで!思わず、言う通りにしたくなっちゃう!
「お、お主ら!! それは本当に卑怯じゃぞ!! 禁止カードじゃろ、道三郎は!!」
マイネさんが慌てた様子で指を突きつける。
俺は苦笑しながらブリジットちゃんと顔を見合わせた。
ブリジットちゃんは「あはは……」と引きつった笑いを漏らす。
けど、そのときふと気づく。
ヴァレンとリュナちゃんがわざとふざけているのは──ただの悪ふざけじゃない。
その向こう、マイネさんの玉座の前に立つ召喚高校生たちは、誰も一言も喋らず、顔面蒼白だった。
肩を震わせている子、うつむいて唇を噛んでいる子、中には泣き出しそうな子までいる。
この場の重さを、誰よりも分かっている二人だからこそ、あえて“バカをやって”空気を壊そうとしてるんだ。
(……ありがとね、二人とも。)
俺は心の中でそっとそう呟いた。
◇◆◇
場の喧騒が嘘みたいに、静まり返った。
さっきまでヴァレンとリュナがふざけて笑っていたのに──今は、息をする音すら聞こえない。
アグリッパ・スパイラルの最上階、謁見の間。
そこに立つ二十人の高校生たちは、誰ひとりとして言葉を発せず、重い沈黙の中に飲み込まれていた。
空気が張り詰めていて、足音すら立てたくないほどだった。
彼らの顔には、苦しさと罪悪感が滲んでいた。
命令されていたとはいえ──洗脳されていたとはいえ──
結果的に、自分たちが“攻め滅ぼしてしまった国”の主の前に立っているのだ。
言い訳なんてできるはずがない。
フロアの奥、金の装飾が施された玉座に腰掛ける強欲の魔王、マイネ・アグリッパは、冷ややかな金色の瞳で高校生たちを見下ろしていた。
その背後には、執事服姿のベルザリオンくんが控え、静かに主を見守っている。
マイネさんの視線が、ひとり、またひとりと生徒たちをなぞるたび、その場の空気はますます重くなっていった。
だが、マイネさんは深く息を吸い──そして静かに言葉を紡ぐ。
「……そう身構えるな。楽にせい。」
声は低く、しかしよく響いた。
まるで、冬の風が氷を撫でるような、張り詰めた静けさの中の声だった。
「妾とて、貴様らがベルゼリアの傀儡であった事は、分かっておる。」
その言葉が響いた瞬間、
後列にいた数人の女子生徒が、ポロポロと涙をこぼした。押し殺していた嗚咽が、静寂の中で小さく震える。
一条くん、佐川くん、鬼塚くん、天野さん。
四人が前へ進み出て、膝をついた。
一条くんが代表して、震える声で頭を下げる。
「この度は……誠に、申し訳ありませんでした……!」
額が床に触れるほど深く頭を垂れた。
他の生徒たちも次々と膝をつき、頭を下げる。
沈痛な面持ち。誰も、顔を上げられない。
……洗脳が解けた今となっては、
自分たちがやってしまったことの重さに、押し潰されそうになっているんだろう。
この国の人たちは、ゴブリンも、コボルトも、オークも──
みんな“生きていた”。
家族がいて、日々の暮らしがあって、夢があった。
それを奪ったのは、彼ら自身の手。
俺の“再顕現”でも、
もう肉体が残っていない者たちは、蘇らせることはできない。
マイネさんは長い沈黙の後、ふぅっと息を吐いた。
その表情は冷たくも、どこか哀しみを含んでいた。
「……貴様らの現状は、ある程度理解しておるつもりじゃ。」
彼女はゆっくりと玉座の肘掛けから手を離す。
「気にするな──とは言わん。
いずれ、対価は頂くつもりじゃ。
だが、気には病まんでいい。」
その声音は、厳しくも優しかった。
“罪を否定するのではなく、抱いたまま進め”と語るような響き。
「そ……そんな……!」
涙声が上がる。天野さんだ。
彼女は唇を震わせながら、両手を胸の前で握りしめた。
「だ、だって……私達、ここの住人の方々を……大勢……! ……気に病まないなんて……無理です……っ!」
その場に崩れ落ち、嗚咽を漏らす天野さんの身体を、佐川くんが支える。
彼は苦しそうに眉を寄せながら、ヴァレンの方にちらりと視線を送った。
ヴァレンは──ふざけることなく、真剣な眼差しで佐川くんを見返す。
何も言わず、ただ一度、力強く頷いた。
“大丈夫だ”と、目で伝えるように。
その小さな仕草に、佐川くんの肩が少しだけ震えた。押し殺した涙が、また一筋流れる。
他の高校生たちも、泣き出す者、拳を握り締める者、唇を噛む者。
誰もが、“異世界とはいえ命を奪ってしまった”という現実に打ちのめされていた。
俺は、その光景を見ながら胸の奥が締め付けられるような思いがした。
(──若者が間違えちゃうのは、若い頃はよくあることだ。それを正してあげるのも、大人の役目。)
でも──今回は違う。
この子たちは、自分の意思じゃなく、
こっちの世界の大人たちに利用されたんだ。
(……だったらせめて、教えてやらなきゃな。)
(この世界にも、“助けてくれる大人”がいるってことを。)
俺は拳をゆっくりと握りしめ、
彼らを包み込むように視線を向けた。
◇◆◇
重い沈黙の中、俺はそっと手を上げた。
「──あのー、マイネさん?」
その一言で、謁見の間の空気がわずかに揺らぐ。
マイネさんが紫の瞳をゆっくりとこちらに向けた。
玉座の背後に控えるベルザリオンくんも、わずかに眉を上げる。
高校生たちの方からも、ざわり、と気配が動いた。
二十人の視線が、いっせいに俺に注がれる。
一条くんと鬼塚くん──二人は特に真剣な眼差しで、まるで縋るように俺を見ていた。
……そりゃそうだよね。
この場で口を開けるのなんて、俺ぐらいしかいない。
「確かに、この子達のやったことは、取り返しがつかないことなのかもしれない。でも、それは……彼らが洗脳されてたからであってさ。」
言葉を選びながら、俺は少し頭を掻いた。
どう言えば伝わるんだろう。上手く言葉が見つからない。
それでも、言わなきゃいけないと思った。
「……なんて言うのかな。説明が難しいんだけど……」
少し息を吸い込んで、正面のマイネを見据える。
「──許してあげることって、できないかな?」
その言葉が、静まり返った謁見の間に響いた。
マイネさんはしばし沈黙したまま、じっと俺を見つめていた。
背後のベルザリオンくんが、静かに片手を胸に当てて頭を垂れる。
その仕草には、主への進言を控える忠臣の気配と、
どこか懇願するような想いが滲んでいた。
やがて、マイネさんは深くため息をついた。
その声には、呆れと、どこか優しい響きがあった。
「……はぁー……あのな、道三郎。」
「は、はい?」
「お主はもう少し、自分の“影響力”というものを理解した方がよいぞ。」
「えっ?」
間の抜けた声が自分の口から漏れる。
マイネはジト目でこちらを見据え、肘掛けに頬杖をつく。
「お主に“お願い”されて、おいそれと断れる者など、この世にそうおらんじゃろ。自覚しておるのか?」
「……あっ。」
言われて、ようやく気づく。
あ、そうか。
あれだけの力を見せつけてしまった“真祖竜”の俺が、“お願い”なんて言葉を軽々しく使うと、本気で命令だと思われるのかもしれない。
「い、いや! 別に、断られたからって暴れたりしないからね!? ただ、本当にお願いしたかっただけっていうか……!」
慌てて両手を振って言い訳する。
マイネはため息をつきつつも、少しだけ口元を和らげた。
「お主がその様な事をする者でないことは、とうに承知しておるわ。」
その声は、先ほどよりも穏やかだった。
彼女は背筋を正し、玉座の上からゆっくりと俺を見下ろす。
「じゃが──力ある者は、時に他者から勝手な“像”を押し付けられる。それを忘れるな。」
その言葉には、魔王としての実感がこもっていた。
“力を持つということは、善意でさえ重く響く”──
彼女の目がそう語っていた。
「は、はい……。肝に銘じます。」
俺は背筋を伸ばして返事をする。
その瞬間。
リュナちゃんがすかさずニヤリと口を挟んだ。
「えっらそーに。兄さん、コイツ生意気だから、暴れてこのビル壊しちゃったらどーっすか?」
わざとらしく俺の肩に手を置き、上目遣いで挑発する。
マイネが椅子から飛び上がった。
「おい、やめろ!! シャレになっとらんぞ!!」
「なーんだ、ビビってんのかよー。」
「ビビるに決まっとるじゃろ、そんなもん!! そもそも、そんなおかしな事は言っておらんじゃろ!!妾!!」
やや顔を赤くして叫ぶマイネを見て、
ブリジットが慌てて間に入る。
「そ、そうだよ! リュナちゃん! ダメダメ! マイネさん困らせちゃ!」
リュナは舌をペロッと出して、「へいへーい」とふざけてみせる。
そのやり取りに、緊張で固まっていた高校生たちの顔が、
少しだけ緩んだ。
マイネさんもそれに気づいたのか、ふっと目を閉じて笑う。
「まったく……妾の城は、静寂という言葉を知らぬな。」
彼女の声は、先ほどまでの威圧感とは違って、どこか柔らかかった。
その空気に包まれるように、謁見の間の重苦しさが少しずつ溶けていく。
──きっと、これでいい。
誰もが息をつける、ほんの一瞬の和み。
それだけで、救われるものもある。
◇◆◇
マイネさんが、静かに立ち上がった。
その瞬間、謁見の間の空気が、ピリッと張り詰める。
背筋を伸ばし、玉座の前に立つ彼女の動作は、優雅で、そして何より“揺るぎなかった”。
あの細い腕に宿るのは、魔王の威圧。
それだけで場の空気が一変する。
「それに……」
紫水晶の瞳が、うつむく高校生たちを射抜いた。
「こやつらがしでかした事……誰が“取り返しがつかない”と言った?」
「──えっ?」
思わず間抜けな声が漏れた。俺だ。
鬼塚くんが顔を上げ、拳を震わせながら叫ぶ。
「だ……だけどよ!! 俺達は……アンタらの国の者を……傷つけ、命を奪いもしちまった……!」
その声には、後悔と恐怖と、わずかな希望が混ざっていた。
マイネさんは一歩、ゆっくりと前へ出る。
高いヒールの音が、広い床にカツンと響いた。
「そうじゃな。貴様らの行いで、妾の大切な民の命が大勢失われた。」
その言葉に、高校生たちは一斉に俯いた。
沈痛な面持ち。泣き出しそうな顔。
誰もが、自分の手を見つめていた。
だが、マイネさんはほんの一瞬だけ沈黙した後、
口元に小さな笑みを浮かべた。
「じゃが……失われたのであれば、“買い戻せ”ばよいのじゃ。」
その声音は軽く、けれど背筋が凍るほどの自信に満ちていた。
「ど、どういう事だ!?」
鬼塚くんが顔を上げ、食い気味に問う。
マイネは手を軽く叩いた。
パン、パン、と響く音が妙に心地よく響く。
「ベル、例の物を。」
「はっ。」
ベルザリオンくんが一礼し、音もなく奥の扉へと消える。
その背筋には無駄な動き一つなく、完璧な礼法の化身みたいだった。
……数十秒後。
「失礼いたします。」
ベルザリオンくんが現れた時、彼の後ろには──
山のように積まれた金銀財宝と、魔法アイテムの山を乗せたリアカーがあった。
金貨がざらざらと音を立て、宝石が光を反射して天井に虹を散らす。
魔導書、杖、指輪、壺、鎧──どれもが高級品。
その煌めきだけで、空間の温度が上がった気がした。
(すっご……。マイネさん、マジでお金持ちなんだな。同じ魔王でも、ヴァレンとは懐事情のレベルが違う……)
思わずそんなことを考えてしまう俺の横で、ヴァレンが口角を上げてニヤリと笑った。
──たぶん、俺と同じことを思っている。
マイネは玉座の前まで進み出て、
腰のホルダーから、一つの女性物の財布を取り出した。
それは装飾が施された黒革の財布──
しかし、ただの財布ではない。
表面を走る魔法陣のような金線が、まるで脈動しているように光っていた。
「……妾の魔神器、"我欲制縄。」
マイネさんの声が、静かに謁見の間に響いた。
彼女は財布を両手で掲げ、その魔力を注ぎ込む。
空気がビリビリと震える。
金属が唸るような低い音が、床から天井へと駆け上がる。
「この魔神器は──力や存在そのものを、金銭的価値と強制的に等価交換させる力を持つ。」
マイネの周囲に金色の魔法陣が幾重にも展開された。
それは貨幣を模した円環、数字、契約印章のような形。
そのすべてが彼女の周囲を回転している。
「……その力は、“金銭の代わりに相手の力を差し押さえる”のみに非ず──」
マイネの声が低くなり、
その紫の瞳が妖しく輝く。
「“価値あるものを捧げることで、失われた存在すら買い戻す”──それが、強欲の理じゃ。」
その瞬間、魔法陣の中央で、"我欲制縄"が鳴動した。
金色の光が弾け、財宝の山を照らす。
宝石が光を放ち、金貨が宙に舞う。
まるですべての富が、主の命令に歓喜して踊り出すかのようだった。
俺は思わず息を飲んだ。
隣でヴァレンがニッと笑い、サングラスを押し上げる。
「皆、見てろよ……」
その声には、少し誇らしさすら滲んでいた。
「ここからが、アイツの……“強欲の魔王”マイネ・アグリッパの、真骨頂だ……!」
──そう告げた瞬間、
黄金の光が爆ぜた。
視界いっぱいに広がる閃光。
マイネさんの髪が風に揺れ、強欲の女王のシルエットが光に包まれる。
ああ──これが、“買い戻す”ということか。
命でさえ、彼女にとっては取引の一項目に過ぎない。
"強欲"とは、奪うことじゃない。
欲しい物を全て……失われたものですら、自分の手で取り戻す力。
その姿に、誰もが息を呑んでいた。
◇◆◇
マイネさんが掲げた"我欲制縄"の口が、静かに開かれた。
次の瞬間──
リアカーに積まれた金銀財宝や魔道具たちが、ふわりと光を放ち始める。
宝石は宙に浮かび、金貨は細かい光の粒子にほどけていく。
それらすべてが、まるで意思を持つかのように螺旋を描きながら、財布の中へと吸い込まれていった。
空間が唸る。
床がわずかに震え、空気が圧縮される感覚。
マイネさんの周囲に立ち込める魔力は、もはや神域のそれに近かった。
「"金葬輪廻"──ッ!」
マイネさんが叫ぶ。
その声と同時に、"我欲制縄"の口から、金色のレシートが、嵐のように飛び出した。
──シュルルルルルルルルッ!!!
どこまでも続く、果てしない長さのレシート。
それは金色の光を放ちながら、まるで命ある龍のように天へと昇っていく。
壁をすり抜け、天井を突き抜け、外の世界へと解き放たれた。
俺はただ、息を呑んでその光景を見つめていた。
謁見の間の巨大な窓の向こう──
夜の魔都スレヴェルド全体が、金色の光の網で覆われていく。
金のレシートは街路を這い、ビルを包み、崩れた塔を巻き取りながら、
そのひとつひとつを、まるで巻き戻すように修復していった。
瓦礫が集まり、崩れた橋が再びつながる。
粉塵が舞い上がり、それが光となって街の形を描き直す。
「す……すっご……!!」
俺は思わず口に出していた。
(これは……金銭的な価値のあるものを消費して、
“損害そのもの”を無かったことにする力……?)
理解が追いつかない。
けれど、理屈じゃない。
今、確かに“過去が上書きされていく”のを感じる。
──金のレシートは街を直すだけじゃなかった。
あちこちで、光の糸が集まり、人の形を作っていく。
最初は骸骨のように細い線。
そこに肉が戻り、血が通い、
やがて──笑顔を浮かべた魔都の住人(魔族たち)が姿を現した。
オークの親父が、泣きながら息子を抱きしめる。
コボルトの母親が、震える手で子どもの顔を撫でる。
その光景が、街のいたるところで生まれていた。
謁見の間にいた高校生たちが、
一斉に窓際へ駆け寄る。
誰もが言葉を失い、
ただその“奇跡”を見つめていた。
「……う、うそ……っ」
ある女子が、両手で顔を覆って泣き出す。
「生きてる……! みんな、生きてる……!」
その声に、他の生徒たちも次々と涙をこぼした。
震える肩、泣き笑いの表情。
心の奥に沈んでいた“罪”が、少しずつ解けていくようだった。
──だけど。
俺の目には、マイネさんの表情が微妙に歪んで見えた。
額に薄く汗が浮かび、指先が震えている。
(……やっぱり、無理してる……!)
あの膨大な範囲の修復と蘇生を、
すべて“金銭的価値”で換算して支払うなんて、
どれだけの消耗なんだ……!?
俺は慌ててマジックバッグを開け、爪切りを取り出す。
そして、自分の右手の爪をぱちん、ぱちんと切った。
「マイネさん! これ! よかったら、使って!」
俺は駆け寄って、切った爪を手渡す。
マイネは苦しそうに息を整えながらも、口元に笑みを浮かべた。
「……流石は道三郎じゃな。全てを“買い戻す”には、ちと種銭が心許ないと思うとったところじゃ……!」
彼女は爪をそっと掌に載せ、
再び魔神器へと向き直る。
「この借りは……いずれ返すぞ……! 利子をつけて、な!!」
金の瞳が、再び煌めく。
「"金葬輪廻"──ッ!!!」
"我欲制縄"が唸りを上げ、
俺の爪が光の粒子となって吸い込まれた。
──直後。
さっきまでとは比べ物にならない光の奔流が爆ぜた。
──ドンッ!!
黄金のレシートが、嵐のように世界を包み込む。
空を裂き、地を覆い、
スレヴェルド全域を金色の雨で満たしていく。
崩れたビル壁が再建され、
焼け落ちた街並みが瞬く間に甦る。
そして、失われた命たちが──再び息を吹き返した。
あの静寂に沈んでいた都市が、
再び“音”を取り戻す。
笑い声、泣き声、鐘の音、鳥の羽ばたき。
全てが、金色の世界の中で生まれ直していった。
俺はただ、その光景に見入っていた。
隣で一条くんが、呆然と窓の外を見下ろしながら呟く。
「し……信じられない……! これが……異世界の、魔王の力……!」
佐川くんは泣きそうな顔で、
それでも少し笑って言った。
「はは……すげぇな……。まじで……映画みてぇだ……。」
そして──光が収まり始めた。
マイネさんはゆっくりと腕を下ろし、
"我欲制縄"を静かに閉じた。
周囲の空気がふっと軽くなる。
金のレシートはゆっくりと溶け、
まるで夢のように消えていった。
マイネさんは俺たち、そして高校生たちを順に見渡す。その表情には疲労の色が浮かんでいたが、瞳だけは輝いていた。
「言ったじゃろ? 失われたのであれば、“買い戻せ”ばよい、と。」
静かな声だった。
けれど、その一言に、誰もが胸を打たれた。
「この街も、民草も……全てはこのマイネ・アグリッパの大切なコレクション。 何一つ、欠けることは許せぬのじゃ。」
背後のベルザリオンくんが、口元に笑みを浮かべ、満足げに目を閉じた。
高校生の子たちは皆、希望を取り戻したような顔でマイネさんを見ていた。
マイネさんはそんな彼らを見渡し、口角を上げて小さく笑った。
「妾は……“強欲”じゃからのう。」
そう言って、金色の光の中に微笑むマイネさんは、
まさしく“救済する強欲の女王”だった。
本業の方が忙しく、もしかしたら今後、更新頻度が少しだけ遅くなるかもしれません!毎日1話、プロット作成→執筆までこなす時間が取れないかもしれないので……
皆様からのブクマ、応援、コメント、レビューなど、執筆の為のモチベーションになっております!これからも、皆さまに楽しんでいただける作品になる様頑張っていく所存ですので、応援のほど、よろしくお願い致します!




