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第180話 アルド vs. 三龍仙⑦ ──真祖竜・アルドラクス──

白銀の巨躯が、夜の街を覆い隠すように聳え立っていた。


真祖竜──アルドラクス。


その姿を取り戻した彼自身が、一番その大きさに戦慄していた。




「えっ!? えっ!? デッッッ……えっ!? なんか……デッカくない!? 俺!?!?」




六十メートルを優に超える体高。

周囲の高層ビルさえ見下ろす巨体に、彼は翼をばさばさと動かしながらオロオロと狼狽えていた。


約一年ほど前、故郷“悠天環”を旅立った時の自分は、せいぜい二十か三十メートル程度だったはず。


人間に変身して過ごしてきた一年。

その間に成長していたのだろうか──いや、それにしても伸びすぎだ、とアルドは銀色の瞳を見開いた。


目の前で、紅龍が四十メートル級の魔竜の姿で唖然と立ち尽くしていたが、アルドの意識は完全に“自分のサイズ問題”へ向いてしまっている。


彼はその巨体をぎこちなく動かしながら、はるか向こうにいる仲間たちへと視線を向けた。


そこには、鎖に縛られたまま見守る仲間の姿──ブリジット、リュナ、ヴァレン、フレキ、そしてマイネ、ベルザリオン、ジュラ姉、影山(半透明)。

皆、目を見張ってアルドを見上げていた。




「わぁ……これが、アルドくんの……本当の姿なんだね……」




最初に言葉を洩らしたのはブリジットだった。

驚きよりも、ただ純粋に美しいものを前にした時のような眼差し。

まるで星空を見上げる子供のように、うっとりと白銀の巨竜を仰ぎ見ていた。


その視線にアルドの胸がじんわりと温まる。巨竜の心臓が高鳴る音が、街を震わせるほどに響いた。



続いて──。




「待って待って待って待って!?!? ヤバくない!? かっこよ!! かっこよが過ぎるんですけど!?!? 毎秒かっこよの世界記録が更新されていくんですけど!?!?」




リュナが全身をばたばたさせ、鎖に縛られながらもジタバタと暴れた。

興奮に目を輝かせ、声を裏返しながら絶叫する様子は、完全に推しを前にしたファンそのものだ。




「ギャアアアアーーッ!?!? これはもう、“アルドきゅん”じゃないわッッ!! “アルド様”よッッ!! アルド様ァァーーーッ!! ウチワ作らなきゃッッ!!」




ジュラ姉までもが顔を真っ赤にして手足をばたつかせ、巨体を揺らして大騒ぎする。

目は完全にハート型で、息も荒い。まさに竜族アイドルに出会った追っかけのようだ。




(こ、これは……この姿、ドラゴン女子には思い切り刺さるっぽい……悪い気はしないけどね!)




アルドは内心で苦笑しつつ、ほんのり悪くない気分を味わう。

荘厳にして神秘的な巨竜の姿。それが同族の女性陣にとっては破壊力抜群らしい。


だが、彼自身はその評価に浸る余裕もなく、自分の予想外の巨大さに未だオロオロと狼狽え続けていた。


アルドは、仲間たちの歓声や驚きの声を背に受けながらも、ぶるぶると首を振って気を取り直した。




(いやいや!そうじゃないそうじゃない!ちょっと嬉しくなってる場合じゃない!)




そして大きな頭をぐいっと下げ、鎖に縛られている仲間の方へと声を張り上げる。




「ねぇ!! ヴァレン!?」


 


その声は空気を震わせるほどの轟音になり、近くの瓦礫をかすかに転がした。

 

ヴァレンはその荘厳すぎる響きに一瞬たじろぎ──そして、白銀の巨竜の姿に圧倒されていた我に返るようにビクッと身体を震わせた。




「は、はい!! 何でしょうか!?」




無意識に敬語。背筋を伸ばして答えてしまったその姿に、アルドは思わず目を瞬かせ、巨竜の口から呆れ声を漏らした。




「いや、なんで敬語なの!?」




ヴァレンは頬を引き攣らせ、気まずそうに笑いながら慌てて言い直す。




「あ、ああ……す、すまない! 相棒! お前の、あまりの荘厳な姿に……思わず、跪きたくなっちまった、っていうか……!」




その言葉に、横でマイネまでもが自然と片膝をつき、跪く姿勢でアルドを見上げていた。

紅い瞳にかすかな尊敬の色を宿しながら、口を噤んで白銀の竜を仰ぐその様子は、まるで信仰を捧げる信徒のようだ。


アルドはそんな二人の姿に、巨大な爪で頭をガリガリと掻くような仕草を見せ、慌てた声をあげる。




「いやいや、そういうのいらないから!! 俺は俺だし!!」




必死に否定しつつも、その巨体から漏れる声は依然として重厚で、説得力があるのかないのか分からない。




「それよりさ!! なんか、俺、思ってたよりかなりデカいんだけど!? コレ、どういう事だと思う……!?」




巨竜の銀色の瞳に心配の色を浮かべ、アルドは必死にヴァレンへ問いかける。

ヴァレンは混乱したように首を傾げた。




「……ど、どういう意味だ? 相棒」




アルドは白銀の巨竜の姿のまま、ばさりと翼を広げてみせる。建物を押し潰しそうになり、慌てて翼をすぼめる仕草をしながら叫んだ。




「いや、俺、この姿になるの一年ぶりくらいなんだけどさ!! 一年前に比べて、2〜3倍くらいデカくなってる気がするのよ!!」


「これって、なんでだと思う!? 何か変な病気とかじゃないよね!?」




その必死の問いに、ヴァレンは額に汗を浮かべながら答える。




「い、いや、病気じゃあないと思うぜ。……単なる成長期とかじゃないのか?」


 


アルドは目を見開き、焦燥を滲ませた。




「いや、でもさ!? 悠天……実家で暮らしてた頃は、それこそ何十年間もあんまり身長変わらなかったんだよ!? それなのに、この一年でいきなり身長2、3倍になるとか、そんな事ある!? 成長期ってレベルじゃなくない!?」




その時、傍らでうごめいていた紅龍が、鬱憤をぶつけるように声を荒げる。




「き……貴様……! 儂を前に、何を呑気に話をして……!?」




しかし、アルドは即座に巨竜の双眸をギンッと光らせた。


その一睨みに、大気が震え、紅龍は思わず息を呑む。




「今大事な話してるから!! もうちょい待っててくれる!?」




その迫力に、あれほど暴れていた紅龍ですらスッと黙り込み、一歩退いた。


その一部始終を見ていたブリジットは、白銀の巨竜がオロオロしながらヴァレンに質問を重ねる姿に、ふっと口元を緩めた。


優しい光を宿した瞳で、ぽつりと呟く。




「ほら、やっぱり。……どんな姿でも、アルドくんは、アルドくんだよ」




その言葉は静かで、しかし確かな温もりを帯びてアルドの胸に届いた。




 ◇◆◇




白銀の巨竜──アルドは、しばし自分のサイズ問題で大騒ぎしていたが、やがて深く息を吐いて首を振った。




「ま、まあ……俺がデカ過ぎる問題は一旦置いておくとして……」




低く響く声は夜空を震わせ、周囲に散った火の粉すら掻き消す。アルドはゆっくりと紅龍の方へと向き直った。その巨体の背後には、未だ編隊を崩さず飛行するベルゼリア第七航空師団の飛空挺が群れをなして残っている。


アルドの瞳がそちらを射抜く。




「……こっちを片付けようか」




その呟きに、紅龍はビクリと肩を震わせ、必死に己を奮い立たせるように咆哮を轟かせた。




「み……見掛け倒しだッ!!」


 


自らを鼓舞する言葉と共に、魔竜は両翼を大きく広げる。




「今の儂は最強……!! 生態系の頂点……ッ!! 貴様も……儂の贄となるがいいッッ!!」




怒号のような叫びを放ち、紅龍は暴走するかの如く巨体を振るい、アルドに突進した。


アルドは迫り来る殺気を正面から受け止めつつ、そっと翼を持ち上げる。




「……やれやれ、派手に吠えるなぁ」




そして、ふわりと地を蹴ると、巨体は羽ばたきと共に夜空へと舞い上がった。

轟音を撒き散らすはずの翼は、しかし彼自身の細心の制御で、できる限り街に被害を及ぼさぬよう慎重に動かされる。




(そーっと……そーっと……。ちょっと羽ばたくだけで周りのビルが倒れそうなんだから……!)




巨大さゆえの苦労に内心冷や汗をかきながら、アルドは夜空の高みへと浮かび上がる。

眼下には紅龍と、その背後に飛行する飛空挺団。

全てを見下ろす位置に立ち、銀翼を広げた彼は息を整える。




「さて……それじゃ、一気に鎮圧しますか」




低く呟いた瞬間──紅龍が絶叫した。




「滅せよッ!!」




咆哮と共に、紅い極太の光線がその口腔から奔流の如く吐き出される。建物を容易く貫く破壊の奔流が、一直線にアルドへと迫った。


同時に、飛空挺団も状況を分析した。

紅龍すら圧倒する白銀の竜──。彼こそ最大の脅威であると判断した彼らは、統率された動きで一斉に魔道弾とミサイルを放った。

無数の光弾と尾を引く弾頭が夜空を埋め尽くし、アルドに襲いかかる。



だがアルドは、静かにその名を告げた。




「──"竜泡・真ドラグ・スフェリオン・アリーシア"」




翼をひと振り。



瞬間、夜空に銀色の霧のようなものが爆ぜ、無数の微細な光の粒子が散布される。


それはまるで星屑の海。夜空そのものが反転し、光の粒が溢れ落ちたかのように、きらめきは一面を覆い尽くした。


紅龍の紅いビームは、その海に触れた途端に霧散し、飲み込まれて消えた。


飛空挺団のミサイルも、魔道弾も、すべてが銀粒子に触れた瞬間、音もなく消滅していく。


否──消えたのではない。光の粒子に取り込まれ、閉じ込められたのだ。


飛空挺そのものも、光の奔流に飲まれ、一隻また一隻と姿を失っていく。だがそれは破壊ではなかった。艦も、乗っていた魔導機兵たちも、粒子の内側へと封じ込められ、無傷のまま隔離されていく。


さらに──銀色の光は戦場の街にも降り注ぐ。


燃え盛る建物の火は、光に触れた途端に消え失せる。


崩れかけたビルの継ぎ目には粒子が流れ込み、まるで縫い合わせるように建材を補強し、倒壊を防いだ。


白銀の巨竜が広げた翼の一振りが、破壊を呑み込み、癒やしへと転じていく。




 ◇◆◇




夜空を覆い尽くした銀の光粒──竜泡。


それはただの光ではなかった。ひと粒ひと粒が意思を持つように揺らめき、炎を飲み込み、魔弾を解体し、飛空挺ごと魔導機兵を呑み込んでいく。


まるでこの世の理そのものを組み替えているかのような光景だった。


轟音は消えた。

爆炎も、魔力衝撃波も、すべてが静謐に包まれ、ただ銀の燐光だけが戦場を支配する。


その光景を前に、紅龍は全身の鱗を総毛立たせた。

背骨に走る悪寒が止まらない。

心臓が胸を破って飛び出すほどの鼓動を刻む。


喉奥から、無意識のうちに獣じみた呻きが漏れた。




(な……何なのだ……!?)




紅龍の心は震え、思考は混乱に支配される。

目の前の光は脅威ですらない。


畏怖。信仰。絶望。


そうした感情をごちゃ混ぜにした、言葉にならない圧倒的な“力の象徴”だった。




(儂は……悪い夢でも見ているのか……!?)


(いや、違う……これは夢ではない……!!)


(こんなもの……人だ竜だという次元の話ではない……ッ!!)


(これは……神の御業……神の権能そのものではないか……ッ!!)




自らが誇ってきた咆哮も、烈火も、幾千の誇りすらも。

その全てを易々と踏み潰す白銀の巨影に、紅龍は生まれて初めて「己の存在が無意味になる」恐怖を味わった。




「な……何なのだ……何なのだッッ!! 貴様はァァッッ!?」




絶叫は、怒りか、恐怖か、自分でもわからなかった。だが、このまま屈服するなど、紅龍の矜持が許さない。




「まだだ……まだ儂は……終わってはおらんッ!!」




紅龍は最後の意地を燃やす。

内奥の魔力を、魂を削り尽くして全身に纏わせた。

紅き焔が竜鱗を割り、血のように迸る。


やがて、その姿は炎に呑まれ、燃え盛る竜の影──焔の竜と化した。


全身を蝕む灼熱に、肉体が軋み悲鳴を上げる。

だが、その苦痛さえも力に変え、紅龍は天を仰ぎ咆哮した。




「見よォォォ!! これが儂の最後の力……!!」




燃え尽きる命を懸けた、破滅的な特攻。

炎と絶望の塊が、銀の巨竜へと一直線に突き進んでいった。


大気を裂き、赤黒い焔を纏った紅龍が、彗星のごとく一直線に突っ込んでくる。


灼熱の奔流が竜の体を覆い、夜空さえ赤黒に染め上げた。摩擦で生じる轟音は爆ぜる雷鳴に似て、地上の建物の窓を次々と粉砕していく。


その迫力は、まさに命を賭した特攻。

紅龍の魂の炎が、肉体を喰らい尽くして燃え盛っていた。


だが、上空に佇む白銀の巨影は、その光景を冷然と見下ろしていた。

アルドは悠然と翼を広げ、月光のごとき銀光を纏いながら瞳を細める。


その声音は驚くほど静かで──だが確かな力を帯びていた。




「俺? 俺は……真祖竜・アルドラクス」




夜風に乗って流れた声は、神話の一節のように荘厳で、人と竜の狭間に立つ存在を告げる響きだった。


そして、次の瞬間。

不意に砕けたような軽口がその口から飛び出す。




「フォルティア荒野、新ノエリア領の……炊事・洗濯・フェンリルのお世話係さ!!」




──その場にいた仲間たちは、一瞬呆気にとられる。

あまりの肩透かしな名乗りに、緊張すら吹き飛びそうになった。


だが言葉と同時に、アルドの口腔には銀光が奔り始めていた。

胸腔から迸る光が喉奥で収束し、やがて世界そのものを裂くような輝きへと昇華する。


吐き出された瞬間、夜空がひび割れた。

神々しいまでの銀の奔流──ブレス。

それはただの炎でも光線でもなく、存在そのものを貫く力だった。


紅龍は真正面からそれを受け止める。

焔の竜の姿をもってしても、抗えなかった。




「ぐ……ぐああああああぁぁあああっッッ!!!」




悲鳴が夜を切り裂き、巨体が銀光に押し返されていく。


焔はかき消され、鱗は剥がれ落ち、翼は砕け散る。


紅龍の巨躯はバラバラに崩壊しながら真下の街へと叩き落とされ、やがて一人の人間の姿へと戻っていった。


白銀の巨竜──アルドはその光景を見下ろし、深く息を吐いた。

その吐息すら、風の流れを変えるほどに重い。




「この世は弱肉強食……? 違うね」




大地を覆う巨体が、静かに呟く。

その声は、圧倒的な力を持つがゆえに滲む優しさに満ちていた。




「強いからこそ、優しくあるべきなんだよ」




口元が、人間らしい笑みにわずかに歪む。

竜でありながら、確かに人の心を抱く存在の証だった。




「だって、俺達は動物じゃない……言葉を持つ、“人間”なんだからさ」




その言葉に応じるかのように、夜空を漂う竜泡がやさしく揺れ動き、街全体を包み込むように煌めいた。


破壊と炎に蹂躙されかけた都市を、光が慰撫するかのように──。

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