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第179話 アルド vs. 三龍仙⑥ ──彼と彼女の告白──

渓谷に轟音が響き渡った。

巨大な竜と化した紅龍は、その長大な身体をうねらせながら空を覆い、狂気の瞳をギラつかせる。




「力が……力が、溢れるぞ……ッ!!」


「これならば……あの銀色の──崽子(クソガキ)にも……勝てる……ッ!!」




咆哮と共に、紅龍の口腔から赤熱の奔流が迸った。

灼けつく光線が街を薙ぎ払い、空に浮かぶ飛空挺を次々と撃ち落とす。

近隣のビル群は次々と崩落し、黒煙が夜空に立ち昇る。


鎖に縛られたままのヴァレンは、引き攣った笑みを浮かべ、ぼそりと呟いた。




「……いや、勝てねえよ、バカ」




マイネもまた額に冷や汗を浮かべ、蒼白な顔で呟く。




「……あやつ……暴走しておるようじゃ……! このままでは、妾のスレヴェルドが……!」


 


しかし紅龍は理性を失ったように高笑いを上げる。




「ふははははははッッ!! ベルゼリアも!! スレヴェルドも!! フォルティアも!!」


()()く、滅ぶが良いわァッッ!!」




紅い閃光が走るたびに、空は灼け、街は破壊されていく。

建物の崩壊音も、飛空挺の砲撃音も、すべてが混じり合い、地獄の合奏のように鳴り響いていた。


その地獄のただ中で、ブリジットは必死に鎖に抗いながら、視線をひとりの少年へと向けた。




「……アルドくん……」




その声には、不安と、それ以上に深い信頼が滲んでいた。


リュナも、フレキも、ベルザリオンも、ジュラ姉も、そして影山までも。

誰もが紅龍ではなく、アルドを見ていた。

混沌と狂気の中で、ただ一人──彼だけが希望の光に見えたからだ。


その視線を受け、アルドは静かに目を閉じた。

騒音も、咆哮も、砲撃も、彼の心からは遠ざかっていく。


代わりに胸に宿るのは、一つの決意。


アルドは目を開き、視線をまっすぐにブリジットへと向ける。

炎と瓦礫の残骸に照らされながら、穏やかで、しかし揺るがぬ声で口を開いた。




「……ブリジットちゃん」


「聞いて欲しい事があるんだけど……いいかな?」




その声音は不思議と穏やかで、暴れる巨竜の轟音よりも強く、真っ直ぐにブリジットの胸へと届いた。


鎖に縛られたままのブリジットは、真剣な表情でコクンと頷いた。

彼女の瞳は炎に照らされて赤く揺れているが、その奥には揺るぎない信頼が宿っていた。


アルドは小さく息をつき、頭を掻きながら、どこか申し訳なさそうに笑う。




「俺さ……ブリジットちゃんに、自分のこと“旅のテイマーだ”って言ってたじゃない?」


「……ごめん。あれ、ウソなんだ」




その告白に、ブリジットは目を細めて黙ったまま聞き入る。

隣のリュナもまた、普段の軽口を封じ、真剣な顔で二人を見守っていた。


アルドは苦笑いを浮かべつつ、言葉を探すように視線を彷徨わせる。




「本当の俺は……なんて言うのかな……ちょっと、普通じゃなくてさ」


「でも……本当のことを言う勇気が、なかなか出なくて……今までずっとウソついちゃってて……」




その声音には、力ある者だからこそ抱く孤独と、誰かに拒絶されるかもしれないという恐怖が滲んでいた。


ブリジットは口を開かず、ただ真剣な眼差しで彼を見つめ続ける。

その視線に背中を押されるように、アルドは顔を上げた。




「俺……本当は……竜、なんだ……!」




言い切った瞬間、空気が重くなる。

戦場の喧騒すら遠ざかり、告白の重みだけがその場を支配した。



──だが。



しばしの沈黙のあと、ブリジットは口を開いた。




「──あ、うん」




あまりにあっさりとした返事に、アルドは目を瞬かせ、心の中で固まった。




(………『あ、うん』……?)


(な、なんか……思ってたリアクションと違うような……)




彼の困惑をよそに、リュナが慌てて小声で姉にささやく。




「……ちょっとちょっと!姉さん、まずいっすよ!」


「姉さんがあーしから兄さんの正体聞いて知ってるの、兄さんは知らないんっすから! もっと驚いたリアクションしないと!!」




ブリジットはハッと気づいたように目を見開き、小声で返す。




「……あっ!! そっか!!」




そして、急に演技を取り繕うように、アルドへと振り返り──




「ソ……ソウナンダー……!!」


「アルドくんが、超強い竜だったなんて……あたし、全くもって気づきもしなかったよー!」


 


その嘘くささ満点の口調に、アルドは冷や汗をだらだら流す。




(あれ……? これ、ひょっとして、もうバレてる……?)




炎の熱と瓦礫の煙の中、妙に居心地の悪い沈黙が広がっていった。




 ◇◆◇




ブリジットの顔から、さっきまでのわざとらしい演技がすっと消える。

その瞳がまっすぐにアルドを射抜くように見据え、どこまでも澄んだ光を宿していた。




「──アルドくんの本当の姿が何だって、あたしにとってアルドくんはアルドくんだよ!」




迷いのない声音に、アルドはハッと目を見開く。

心臓が一瞬だけ強く跳ね、呼吸を忘れる。




「で、でも! 俺……人間じゃないんだよ!? そんな、アッサリ……!?」




狼狽えた声が思わず大きくなり、周囲の瓦礫の壁に反響する。

アルドは目を泳がせ、額にじわじわ汗を滲ませながら必死に言葉を紡ぐ。

その様子は、竜である彼の荘厳さを欠き、人間らしい弱さを露わにしていた。


ブリジットはふっと目を細め、優しい表情を浮かべる。

鎖に縛られながらも、一歩も退かぬ意志をその声に込めて、問いかける。




「──アルドくんは……アルドくんは、人間じゃないから、自分とは違う人間のあたしのことは、嫌いになっちゃうの?」




その一言に、アルドの胸がズキリと刺されたように痛む。




「ととととんでもない!」


「俺がブリジットちゃんを嫌いになるなんてありえないよ! 人間だとか、人間じゃないとか……そんなの関係ない!」




必死に叫ぶその顔は、耳まで赤く染まり、言葉の端々から本心があふれ出ていた。


ブリジットは、安堵と嬉しさを滲ませるように微笑む。




「……あたしも同じだよ」


 


その笑顔は、炎と煙に覆われた戦場の中でも、ひときわ鮮やかに輝いて見えた。


アルドはぽかんと口を開けたまま彼女を見つめ、数拍の間を置いた後──ふっと口元を緩めた。




「──そうだね。関係ないか!」




言葉に乗せた笑みは、先ほどまでの不安や迷いを断ち切ったように、晴れやかだった。


ブリジットは力強く頷き、鎖に縛られた腕を小さく震わせながら言う。




「アルドくんは、アルドくんの思うようにやってみて!」


「あたしは……どんなアルドくんでも──

ずっと、大好きだから!」




「えっ!?」




唐突に放たれた言葉に、アルドは目を剥き、次の瞬間、顔が真っ赤に染まる。

耳まで熱を帯び、胸の鼓動がドクンと高鳴った。


ブリジットは恥ずかしさを押し隠すように、けれど真剣な眼差しで叫ぶ。




「だから……アルドくん! みんなを助けてあげて!」




アルドは首をブルブルと振り、両手で自分の頬をパンと叩いた。

赤みを帯びた顔を上げ、彼女に笑みを返す。




「分かった……行ってくるよ!」


 


その一言に決意が宿り、アルドの背は戦場の炎を背負いながらも堂々と輝いていた。

彼は勢いよく駆け出し、巨大な竜と化して暴れる紅龍の方へと飛び込んでいく。



その背中を見送った後──。



静かに感動の涙を流すヴァレンの横で、リュナが鎖に縛られたまま、ニヤリと笑って口笛を吹く。




「ひゅ〜♪ 姉さん、やるぅ〜!あーしも負けてらんねぇ〜!!」




ジュラ姉も負けじと笑い、妙に艶っぽい声で言う。




「そうよぉ! ブリジットちゃん! 女は肉食系でなきゃ!」




ブリジットは一気に耳まで真っ赤になり、視線を伏せて黙り込む。

唇をきゅっと噛みしめながらも、頬の赤みは隠しきれなかった。


──その胸の奥で、彼女の想いは静かに熱を帯びていく。




 ◇◆◇




瓦礫と炎に沈む都市の谷間で、赤黒い巨影が暴れ狂っていた。


巨大な竜と化した紅龍は、口腔に赤い光を収束させると──轟音とともにレーザーを吐き出す。


飛空挺の一隻が光に貫かれ、断末魔の火花を散らしながら爆散する。

別の一隻は回避が間に合わず、翼を焼かれビルの外壁に突っ込み、轟音と爆炎を巻き上げて崩落していく。




「ふはははははは!! 見よ、この圧倒的な力を!!」


「儂が……儂こそが、絶対的捕食者だッ!!」




紅龍は天を仰ぎ、狂気の笑声を撒き散らす。その牙は鋭く、砕け散った飛空挺の残骸を噛み砕き、鋼鉄を骨のように粉々に砕いていく。

街は地獄のような惨状と化し、炎の海に呻きが反響していた。


その時、紅龍の視線がある一点で止まる。

近くのビルの屋上──。そこに、ひとりの少年が立っていた。


アルドだった。

燃え盛る煙の中で、彼は無表情のまま、ただ巨大な竜をボーッと見上げていた。




「き……貴様ッ!! 銀色の──崽子(クソガキ)ッ!!」




紅龍は声を荒げ、巨体をうねらせる。だがすぐに笑みを取り戻し、虚勢を張るように低く笑った。




「ふっ……ふははは!! どうした!? 儂のこの姿に……恐怖で声も出ぬか!?」




その挑発に対し、アルドは顔色ひとつ変えず──いや、むしろ顔を真っ赤にして右手を胸に当てて困ったように呟いた。




「ごめん、ちょっと今それどころじゃないから」




紅龍の赤い眼がぎょろりと見開かれる。アルドの指先が、ドキドキと鼓動を打つ胸の上をぎゅっと押さえていた。


──ブリジットの「大好き」の一言が、まだ尾を引いていたのだ。


深呼吸を一つ。落ち着きを取り戻したアルドは、静かに顔を上げる。




「とりあえずさ。こんな街中で大怪獣バトルされると迷惑なのよ」


「いい加減悪あがきはやめて、さっさと鬼塚くん達の魂返して、ゴメンナサイした方がいいよ?」




淡々とした口調。だが、その一言は紅龍の胸を抉った。




(な……この男……この期に及んで……ッ!?)


(何故……何故恐怖せん……ッッ!!)




竜の本能が告げていた。目の前の少年は異質だ、と。


アルドは両肩を軽く回し、伸びをする。屋上で屈伸し、腰を捻り、準備運動を始めた。




「でもまぁ、このままじゃ被害がデカくなりすぎるからね」


「俺もこの大怪獣バトルに参加して、飛空挺もアンタも、どっちも一気に鎮圧させてもらうよ」




「な、何をする気だッ!?」




紅龍の叫びを背に、アルドはスタタタッと走り出す。

ビルの端を蹴り、夜空へと大きく跳躍する。


風を切り裂き、広場の上空へと舞い上がったその瞬間──。






「──変身……解除!!」






アルドの叫びと同時に、彼の全身から白銀の閃光が炸裂した。


それはただの光ではない。都市を覆う炎と煙を一瞬で塗り潰し、夜空そのものを白く上書きするほどの輝きだった。


光は押し寄せる奔流のように広がり、ビルの壁面を鏡のように照り返す。窓ガラスはビリビリと震え、まるで都市全体が心臓の鼓動に合わせて共鳴しているかのようだった。


紅龍は、咄嗟に竜の前腕で目を覆った。だが瞼を閉じても、なお視界を焼くほどの光は突き抜けてくる。


飛空挺団も同様だった。敵味方関係なく、兵士たちは操縦桿を握る手を硬直させ、ただその輝きに目を奪われていた。

戦場の轟音すら、その一瞬だけ遠のいていた。



──そして。



閃光の中心から姿を現したのは、一体の竜。

全長六十メートルを超える、白銀の巨竜だった。


その鱗は金属の光沢と羽毛の柔らかさを併せ持ち、微細な光を受けて煌めいている。

大きく広げた翼は都市の風を巻き込み、暴風のような衝撃を辺りに撒き散らした。

その頭部は威厳に満ち、瞳は天空を映し出す鏡のように冷たく輝いている。



──まさに神話の具現。




「な……なんだ……コレは……!?」




紅龍の声には、明確な恐怖が滲んでいた。

今まで幾百もの魂を喰らい、強者を圧してきた彼が、目の前に立ちはだかる存在に本能的な畏怖を抱いていた。


白銀の竜は、紅龍の二倍近い体躯を誇り、その佇まいだけで支配者の風格を放っていたからだ。


アルドは竜の荘厳な顔を崩さず、ゆっくりと首を動かした。


燃え立つ街を見下ろし、飛空挺団を見渡し、そして自らの巨大な体を確かめるように足を動かす。

爪がビルの屋上に触れるたびに、コンクリートが軋み、ひびが蜘蛛の巣のように広がった。


彼は、ビルの高さと自分の脚、翼の大きさを見比べ──そして。



カッと目を見開き、声を張り上げた。




「──なんか俺……デカくない!?!?」




荘厳さを一瞬で吹き飛ばす叫び。

紅龍は絶句し、飛空挺団の魔導機兵達は状況が理解できず動きを止める。


あまりに場違いなその一言に、誰もが次の行動を忘れた。


戦場のど真ん中で、神々しき白銀の竜が、自分の成長に一番驚いていた。

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