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第174話 アルド vs. 三龍仙① ──竜の尾を踏んだ者達──

瓦礫と焦げ跡に覆われた街路の中央で、三龍仙とアルドが対峙していた。


空気は張り詰めているはずなのに──ただ一人、アルドだけは場違いなほど肩の力を抜いている。


背後で鎖に縛られたブリジットとリュナ、そしてやたら大きな地竜が「キャッキャ」と盛り上がっているのを、ちらり、ちらりと横目に気にしているくらいだ。




(何なのだ、この小僧は……?)




紅龍は双刀を握る手に力を込める。こちらは三人がかりで挑もうとしているというのに、まるで湯浴みでも前にしたかのような弛緩ぶり。

怒りよりも先に、訝しさが胸に渦巻いた。


紅龍の視線が横に動く。


そこには、棍を構えながらも膝を震わせる黄龍の姿。分身とはいえ、兄者と呼ぶ存在がこの体たらく。


紅龍は(只事ではない……)と内心歯噛みする。


さらに蒼龍へと目を向ける。

こちらは鋭い眼差しで戦扇を広げてはいるものの、その瞳に宿るはずの覇気が感じられない。

氷の刃よりも先に、内心の迷いが砕け散りそうに見える。




「喝ッ!!」




紅龍は腹の底から声を放った。


黄龍と蒼龍がピクリと身体を震わせ、条件反射のように紅龍を仰ぎ見る。


──そして何故か、正面に立つアルドまでもが、その一喝にほんの少しだけ肩を跳ねさせ、紅龍へ視線を向けた。




「集中しろ! 二人とも!」




紅龍は双刀を振るい、刃鳴りを響かせる。




「ここで此奴を討ち、我ら三人、討龍仙へと至る!」




言葉に合わせ、三人の立ち位置が定まる。

紅龍は前に、黄龍と蒼龍は左右に広がり、三角形を描くようにアルドを囲む。三つの気配が同時に昂り、戦場に緊張が満ちた。




「さあ……来るがいい!! 人の皮を被った竜よ……!」




紅龍の叫びに、黄龍と蒼龍も動きを合わせる。




「我ら“三龍仙”が相手だッッ!!」




三人の動作が揃い、刃と棍と扇が鋭く構えられる。その瞬間、舞台の幕が上がったような迫力があった。


だが。




「ふーん……」




アルドは鼻を鳴らすように小さく呟き、順に三人へ視線を流した。


紅龍には怯まぬ眼差しを、蒼龍には冷静な観察を。

黄龍に目が向いた時、その肩がビクリと震えるのを見逃さなかった。


そして、唇の端を僅かに吊り上げる。




「キミら三人、“三流線”っていうトリオ名なんだ」




間を置いて、さらりと付け足す。




「早く“一流線”になれるといいね」




挑発とも皮肉ともつかない軽口。しかし紅龍の耳には、確かに己を嘲る刃として届いた。




「……ッ、この小僧……!!」




紅龍の額に青筋が浮かぶ。

そして次の瞬間、烈火の如き怒声が飛んだ。




「──殺す!!」




 ◇◆◇




「ジャアァッッ!!」




紅龍の喉から、獣そのものの咆哮が迸った。


炎を纏った双刀が唸りを上げ、彼の身体は独楽のように回転しながら宙を舞う。火輪のような斬撃が頭上から一直線にアルドへと振り下ろされる。




「寒氷・風吼の舞いッ!!」




その声に重なるように、蒼龍の扇が閃いた。

氷の刃が風に乗って奔流のごとく放たれ、白銀の矢雨となってアルドを包み込む。




「おおおおおおッッ!!」




遅れまいと黄龍も咆哮を轟かせる。棍が軋むように変形し、九節鞭へと姿を変える。




「“雷蛇咬”ッ!!」




稲光が迸り、鎌首をもたげた雷蛇のごとく鞭が襲いかかった。


三方向から迫る必殺の連携。炎、氷、雷──その一撃一撃が大地を裂き、敵を屠ってきた破壊の化身。


だが。


アルドの表情は一片も揺らがなかった。


迫り来る紅蓮の双刀を、彼は右手をひょいと上げ──人差し指と中指の隙間で、まるで木の枝でも摘まむかのように受け止めた。




「な……っ!?」




紅龍の身体が宙で凍り付く。独楽のように回転していた勢いはそこでぴたりと断ち切られ、紅蓮の刃は空中に縫い止められた。




「何ィッ!?!?」




続けざまに迫る氷刃の雨。

アルドは左手を軽く振るった。

──ただ虫を払うように。


舞い飛んでいた氷の矢は、その一振りで次々と軌道を逸らされ、地に落ち、粉々に砕け散った。




「ウ、ウソでしょ……!?」




蒼龍の声は震え、瞳が見開かれる。


雷鳴を纏う九節鞭が、地を裂かんと迫る。

その瞬間、アルドは無言で右足を大きく振り上げ──。


ダァァァァァンッッ!!


轟音と共に踵が落ち、九節鞭は大地に叩きつけられ、雷光ごと封じ込められた。

黄龍の顔色が一瞬で蒼白に変わり、全身から汗が吹き出す。


動揺も嘲笑もない。アルドはその姿勢のまま、小さく呟いた。




「“竜泡(ドラグ・スフェリオン)”──そして、“竜渦(ドラグ・ボルテックス)”」




次の瞬間、彼の周囲にふわりと光る泡が浮かび上がった。

まるで子どもの遊戯のようなシャボン玉。しかしそのひとつひとつから、底知れぬ圧が漂う。

さらに黒々とした小渦が空間に生まれ、まるで空気そのものを喰らうようにじわじわと広がっていった。




「ヒ……ッ……!?」




黄龍が小さな悲鳴を漏らす。魂が本能的に拒絶する気配に、全身が粟立つ。




「紅龍!! 蒼龍!! それはダメだッ!!」




叫びは絶叫に近かった。




「触れるなッ!! 封じろッ!!」




その声に、蒼龍と紅龍も直感する。

目の前の泡と渦は──決して触れてはならない。


黄龍の叫びに、紅龍は反射的に動いた。




「……っ、"封印呪法(スフラギータ)"!」




双刀を支配していた紅蓮の力が収束し、目の前に漂う不気味な泡──竜泡が一瞬にして掻き消える。


紅龍はその反動を利用し、アルドの指に挟まれていた刀を足場に後方へ飛び退った。

 



「"封印呪法(スフラギータ)"ッ!」




ほぼ同時に蒼龍も声を上げる。舞い踊る扇が黒い渦を切り裂き、竜渦は空間から掻き消されていった。




「ふぅん……」




アルドは小さく呟き、挟んでいた紅龍の刀をまるで不要な玩具でも放るようにポイと手放した。


鎖がジャラリと鳴り、引き寄せられたもう一振りの刀が紅龍の手元へ戻る。


紅龍と蒼龍は荒く息を吐き、汗を額に滲ませる。だがその胸の内には、かすかな光明が差し込み始めていた。




(……そうだ……!今、俺たちは三人。奴のスキルを三つまで封じられる……!)


(泡と渦、両方を封じた今なら……或いは勝機も……!?)




黄龍の心臓は高鳴り、恐怖の底から浮上するように希望を抱きかける。だが、ふと目を上げた瞬間──。


アルドが、まっすぐに自分を見ていた。


その瞳に射抜かれた刹那、黄龍の全身がビクリと震える。冷たい汗が頬を伝い落ちた。




「はぁー……」




アルドは大げさに溜め息を吐いた。その声音には、怒りでも嘲笑でもなく──ただ呆れ果てた響きだけがあった。




「黄龍さんさぁ……ひょっとして、『三人でスキルを封じれば勝てるかも!』なんて、激甘な事考えてない?」




ギクリ、と肩が揺れる。図星を突かれた黄龍は口を開けず、汗だけが止めどなく流れた。


アルドはゆっくりと三人を見渡し、言葉を紡ぐ。




「そうやってさ……『強力なスキルさえあれば強い』『スキルの数さえあれば勝てる』って思考。──それがスキル至上主義ってやつなんだよ」




目が鋭く細められ、今度は紅龍を真っ直ぐに射抜く。




「だから、異世界召喚した高校生からスキルを奪って自分を強くしよう!なんてクソみたいな発想に行き着くんだろ?」



「……な、何だと……ッ!?」




紅龍の双刀がカチリと震えた。怒気を孕んだ眼光がアルドを射抜く。


しかしアルドは微動だにせず、むしろ冷ややかな笑みを浮かべた。




「ま、いいや」




彼は小さく肩をすくめると、静かに姿勢を低く落とした。




「アンタらの勘違い──ここで俺が、完結させてやるよ」




大地を抉るような気配が、アルドの小柄な身体から溢れ出す。空気が重くなり、三龍仙の呼吸が一瞬止まる。


紅龍と蒼龍の脳裏をかすめたのは、「圧倒的」という言葉だった。




 ◇◆◇




黄龍は荒く上下する息を、無理やり胸の奥で押さえ込んだ。




(落ち着け……! さっきと今では状況が違う……ッ!)




胸の内で、必死に自らへ言い聞かせる。




(過剰な恐怖を抱くな……! 己の中で、必要以上に敵を大きくするのは、愚か者のする事だ……ッ!)




震える膝を、歯を食いしばって叱咤する。棍を両手に握り直し、構えを取ると、ほんのわずかだが自信が戻ったような錯覚が芽生えた。




(そうだ……! 今、奴は──泡も、渦も、封じられている……!)


(先程の戦いとは違う……ッ! 俺達に、勝機はまだある……ッ!)




己を奮い立たせるその声は、心臓の鼓動にかき消されそうになりながらも確かに響いていた。



──だが、次の瞬間。



ぞわり、と背筋を氷の刃がなぞった。思考の奥に、得体の知れぬ違和感が滲み込む。




(……何だ……? 俺は……何か、重大な事を……見落としてはいないだろうか……?)




喉がひとりでに鳴り、視線が吸い寄せられるようにアルドへと向かう。


そこにいたのは──低く腰を沈め、ぐぐぐっと脚に力を溜め込み、地を蹴る寸前の青年。


肩がわずかに揺れ、地面が軋む。凝縮された力が今にも解放されようとしているのが、肌で分かった。




「ッ……!」




息を呑む間もなく、黄龍の脳裏に閃きが走る。




(そうだ……! 先の戦闘では──奴は『一歩も動かず戦う』という縛りを、自らに課していた……ッ!)




恐怖が、理解に追いつく。




(だ、だが……今の奴は……その縛りを……捨てている……ッ!?)




黄龍の全身を、粟立つような悪寒が這い上がっていった。



次の瞬間。



ドンッッ!!



大地そのものが呻くような轟音が響いた。アスファルトが爆ぜるように砕け、小さなクレーターが走る。


その中心から、アルドの姿は煙のように掻き消えていた。




「──えっ?」




その声は、黄龍自身が驚きのあまり零したか細い呟きだった。

ほんの瞬きの間。視界を必死に追う黄龍の眼前に、既に“それ”はいた。


胸元の影から、静かに──見上げてくる瞳。

小柄とも言える少年の影が、2メートル近い巨躯を支配している。


冷気が背骨を駆け上がり、黄龍は凍り付いた。




「だ、だぁアアアッッ!!!」




声は裏返り、焦燥と恐怖が混じった絶叫となって喉を裂いた。


無意識に振り下ろした拳には、これまで幾度となく敵を粉砕してきた重量と雷撃の奔流が宿っている。だが──。



ガッッ!!



音はあまりにも小さかった。


アルドの掌底が顎を斜め下から突き抜ける。

骨が軋み、衝撃が脳幹を直撃し、黄龍の世界が一瞬で白く塗り潰された。

視界が跳ねる。全身の力が、勝手に抜け落ちていく。




「ッ……!」




呻く間も与えられず、アルドの右脚が膝裏を薙ぐ。

ローキック。刹那の鋭さが、巨体の均衡を完璧に奪い去った。

黄龍の身体は半回転し、頭が下へ。天地が逆転する。


 

その腰を──。




「──ッ……!」




アルドの両手ががっしと掴んだ。鉄の枷のように、逃れようのない力で。


宙に浮かされた瞬間、黄龍は悟った。これは、徒手空拳の訓練で幾度となく見た、破壊の型──パワーボムの姿勢だ。




(こ……この小さな体のどこに、こんな……!)




恐怖と驚愕を超え、意識は霞んでいく。振りかぶられ、空中で逆さにされた視界が揺れる。




(ああ……やはり……俺は、選択を間違えた……)



(この男に……戦いを挑むべきじゃ……なかった……)




ドゴオオオオオオン!!



空気を震わせ、大気を引き裂く衝撃音。

アスファルトが粉砕され、瓦礫と土煙が爆ぜるように吹き荒れた。


黄龍の巨体は、頭から叩きつけられ、その上半身が完全に地面へ突き刺さる。痙攣の一つもなく、意識は闇に沈んだ。


アルドは無言で手を放す。砕けた地面に残るのは、土煙に埋もれ動かぬ黄龍の姿。




「……まずは一人」




その声は、凍てついた風のように低く、淡々と響いた。


ゆっくりと、アルドは首を巡らせる。

視線の先には、残る二人──紅龍と蒼龍。


蒼龍は歯をガチガチと鳴らし、全身を硬直させていた。




「こ……これが……ブリジットちゃんと、魔竜ちゃんの……想い人の力……?」




震えが声を支配し、呟きは哀願のように掠れている。


紅龍は、全身から汗が吹き出すのを止められなかった。

戦場に立つはずの竜仙の矜持も、鋭い双刀の重みも──この一瞬では意味を成さない。




(な……何なのだ……この怪物は……ッ!?)




心臓が、不規則に跳ねる。

紅龍の耳には、まだ大地を砕いた轟音が残響のように鳴り響いていた。

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