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第171話 力を縛る鎖、恐怖を断つ銀影

瓦礫と砂煙に覆われた都市の夜空から、二つの影がひらりと舞い降りた。


ブリジットは気を失った蒼龍を背負いながら、重さをものともせずに軽やかに着地する。


隣ではリュナがロングヘアーを翻しながら無造作に着地し、片膝を軽くついてからスタッと立ち上がる。


その頭上を巨大な神獣が滑るように飛んでいたが、次の瞬間、ボワンと煙を上げて縮み──ミニチュアサイズのダックスフンドとなったフレキが「ととっ!」と尻尾を振りながら地面に降り立った。


視線の先には、金色の鎖にぐるぐる巻きにされ、動きを封じられているヴァレン。

その姿を目にした瞬間、リュナが目を細め、ぷっと吹き出す。




「は? アンタ、マジでやられちゃった系? ウケるんだけど」




皮肉を込めて笑い声を上げるリュナに、ヴァレンは顔を引き攣らせたまま叫び返す。

鎖がガチリと音を立て、全身が軋む。




「『ウケる』とか呑気に言ってる場合じゃねぇんだよ!?」




必死さと情けなさの入り混じった声。

それを受けて、フレキが舌を出して「ハッハッハッ」と息を弾ませながら、楽しげに尻尾をブンブンと振った。




「そうですよ、リュナさん! ヴァレンさん、その金色のチェーン、よくお似合いですっ!」




瞳をきらきらさせ、まるで誉め言葉のつもりで口にする。

ヴァレンは一瞬、石化したように固まった後、顔を引き攣らせ、呻くようにツッコむ。




「い、いや、フレキくん……これは、ファッションじゃあなくてだな……呪いっていうか、封印っていうか……!」




真っ赤になった顔で弁解しようとするが、金の鎖が動くたび、ガチリガチリと不吉な音を鳴らした。


ブリジットは気絶した蒼龍の重みを背に感じながら、その様子に眉を寄せる。

彼女の瞳は心配に曇り、胸の奥から絞り出すように問いかける。




「ヴァレンさん……! それって、まさか……」




ヴァレンは慌てたように頭を振り、鎖に締め付けられながらも声を張り上げた。




「詳しい話は後だ!! 三人とも、俺のことはひとまずほっといていい! 今すぐここを離れて、相棒を呼んできてくれッ!!」




その声には切迫感があった。彼が本気で焦っていることが、誰の耳にも伝わる。

しかしリュナは、両手をポケットに突っ込んだまま首を傾げ、気の抜けた声で答えた。




「はあ? イミフなんすけど。……なんであーしらが逃げんの?」




彼女の無頓着な態度に、ヴァレンは鎖をガチャガチャ鳴らしながら「いいから!言う通りにしろ!」と叫び返そうとしたが、その言葉は喉の奥で詰まる。


彼の額からは汗が伝い落ち、内心の焦りを隠しきれないでいた。




 ◇◆◇




紅蓮の炎を纏った体躯が、瓦礫を踏み砕いて立ちはだかる。


紅龍の瞳がぎらぎらと光り、ブリジットの背に背負われた蒼龍の姿を捉えた瞬間、その目が大きく見開かれた。




(蒼龍の姉者が、敗れた……だと……!?)


(この小娘ども……油断ならぬ相手か……ッ!!)




怒気と警戒心を一気に引き上げ、喉の奥から迸る咆哮を上げる。




「ジャアァッッ!!」




双刀が緋色の光を撒き散らし、弧を描いて振りかざされる。


凄まじい速度で突進してくる紅龍。


ブリジットは息を呑み、即座に蒼龍を庇うように前へ出て構える。フレキも小さな体を精一杯大きく見せるように前足を踏ん張った。


だが、その隣に立つリュナだけは──慌てることなく、静かに目を細める。




「……”黒縄叫喚竜姫(ゲヘナ・ドラグレス)”」




呟きと共に、リュナの体を黒き光が覆い、瞬く間にその姿を変貌させる。


レオタードを思わせる黒鎧が全身を包み、背からは闇を切り裂くような黒翼が広がる。

両肩から覗くのは、常人にはあり得ない四本の腕。

その掌の中心には、ぞっとするようなギザ歯の口が蠢いていた。




「……っ! おま……その姿……!?」




金の鎖に縛られたヴァレンが、目を剥いて息を呑む。普段飄々とした彼が思わず声を漏らすほどの異様な姿。


その刹那、紅龍が頭上に影を落とす。緋色の双刀が、左上と右上から同時にリュナへと振り下ろされた。


だが──リュナは動じない。

上の二本の腕を、すっと掲げる。その掌の口が、不気味に唇を震わせた。


『『動くな〜』』


その声が響いた瞬間、紅龍の双刀は空中でピタリと止まった。

紅龍の瞳が見開かれる。




(な、なんだ……!? 儂の剣が……言葉のみで、止められた……ッ!?)




愕然としたその顔に、リュナは冷笑を浮かべる。

残る下の二本の腕を、揃えて突き出した。

掌の口が、囁くように、しかし確かに命じる。




『捻れろ〜』


『吹き飛べ〜』




次の瞬間、紅龍の腹部に黒き螺旋の衝撃が突き刺さる。


空気が爆ぜ、紅龍の体躯が「ぐおぉッ!?」と呻きながら後方へ吹き飛んだ。

大地を抉り、ザザーッと滑り込みながら必死に着地する。


紅龍の顔に、信じられぬものを見たような戦慄が浮かんでいた。




「小娘……ッ……貴様、一体……!?」




問いかけに、リュナは下の二本の手を腰に当て、上の二本でファサッとロングヘアーをかき上げた。

その仕草は、挑発と余裕の塊。




「小娘扱いされんのは、悪い気はしねーけどさー……」




黒マスクの下でにやりと笑みを浮かべ、鋭い視線を紅龍に投げる。




「多分、あーしの方がテメーより年上だから。敬えよ、ガキが」




その声音には嘲りと威圧が混ざり、紅龍の巨体がほんのわずか後退する。


一方のヴァレンは、金の鎖に縛られたまま冷や汗を流し、心の中で深いため息をついた。




(……他人から年齢イジられると怒るくせに、マウント取る時は年上アピールするのな……)




鎖がガチャリと鳴る。彼の内心のツッコミは、誰にも届かないまま宙に消えた。




 ◇◆◇




紅龍の瞳が、黒い炎のような光を宿す。ギラリと鋭い眼光でリュナを見据えた。




「……そうか。貴様が、フォルティアの魔竜か! 道理で……油断ならぬ相手よ!」




地鳴りのような声が響いた瞬間、ヴァレンの表情がハッと強張る。

金の鎖に縛られたまま、必死に声を張り上げた。




「ヤバい!! リュナ!! そいつを一撃で気絶させろッ!!」



「え? どゆこと?」




リュナはキョトンとした顔で首を傾げ、ヴァレンを振り返った。


その刹那──紅龍が咆哮する。




「“欲望の地雷源デザイア・オブ・マイン”!!」




大気が金色に炸裂したかと思うと、無数の鎖が空間から湧き出す。


ガシャァン!! と金属音を響かせながら、瞬く間にリュナ、ブリジット、そして小さなフレキの体へと絡みついた。




「ぎゃーーっ!? なんだコレ!? 鎖プレイとか聞いてないんだけど!!」




リュナは両手足を縛られ、バタバタと暴れる。

黒翼も鎖でぐるぐる巻きにされ、バランスを崩して地面に尻餅をついた。




「わ、わわっ……!? な、何コレ!? 動けない……っ!」




ブリジットもまた、蒼龍を庇おうとした姿勢のまま固められ、必死に身を捩る。




「う、うごけませんっ!!」




フレキは短い足をジタバタさせて、鎖の輪の中で犬かきのようにもがき続けた。


その様子を見て、ヴァレンは顔を引き攣らせながら叫ぶ。




「コイツは……マイネの……強欲の魔王の魔神器を取り込んでるんだッ!!」




リュナがジタバタしながら顔を上げた。




「はぁ!? ちょ、待って、今さらそんな爆弾情報出すの!? 聞いてないし!!」




ヴァレンは必死に説明を続ける。




「中途半端にダメージを与えると……賠償請求として力を差し押さえられる!! 金銭的に払えない場合、力そのものを奪われるんだ!!」



「……ッ!! だから気絶させろって言ったのかよ!!」




リュナは鎖に絡まれたまま、全力でジタバタしながら吠える。




「先に言えし!! そういうことは!!」



「それは確かに!! マジでごめん!!」




ヴァレンも同じく鎖に縛られたまま、必死に頭を下げて謝る。体は動かないのに、顔だけ必死で申し訳なさそうに歪ませるその姿は滑稽ですらあった。




「謝って済むかぁぁぁーーッ!!」




リュナの絶叫が響き渡り、鎖の音とともに場の空気が一気に混沌へと転じた。




 ◇◆◇




紅龍は地面に両手を強く押し当て、低く呟いた。




「──"分身召喚"」




ぼわん、と熱気を帯びた光の靄が足元から広がり、揺れる水面のように空間が歪む。

そこから、紅龍の意志に従うかのように二つの影が浮かび上がり、やがて具体的な輪郭を結んでゆく。


先程までブリジットの足元に転がっていた、倒れ伏す蒼龍と、さらにその隣に──黄龍。

どちらもボロボロに打ち据えられ、意識を失った状態で現れた。




「……ッ!?」




紅龍の瞳が大きく見開かれる。




(蒼龍の姉者が敗れた……? いや、それ以上に……黄龍の兄者までも、か……!?)




蒼龍はまだかすかに息をしているものの、その姿は痛々しいほどに傷ついていた。


だが、黄龍はさらにひどかった。

全身に深い裂傷と打撲の痕を刻み、衣は無惨に千切れ、皮膚には青痣が刻まれている。

その姿はまるで戦場の屍のようで──紅龍は思わず言葉を失った。




「……兄者……」




呟く声に震えが混じる。


だが、紅龍はすぐに表情を引き締め、手にした五輪聖杖を振りかざした。




「──"完全回復"」




杖先から淡い光が二人へと降り注ぎ、瞬く間に傷口が閉じ、青痣が浮かぶ皮膚が新たに生まれ変わっていく。

骨の軋む音すら消え、呼吸は整い、やがて瞼が震えた。




「……ん、う……」




蒼龍が先に目を開く。


紅龍はわずかに安堵の息をつき、皮肉を含んだ笑みを向けた。




「流石の蒼龍の姉者も、フォルティアの魔竜は手に余ったか。」



「……そ、そうね……」




短く答えた蒼龍の声はどこか沈んでいた。目を逸らす仕草、その微妙な間合い──紅龍の胸に小さな違和感を生む。




(なんだ……? この反応は……。儂の記憶が形を取った幻のはず……なのに、意図しない感情を見せる……?)




考えを巡らせつつも、紅龍は隣に倒れる黄龍へと視線を移す。

まだ目を覚まさぬ兄者の体を揺さぶり、声を掛けた。




「おい、兄者。目を覚ませ。」




その瞬間だった。




「うわああああッッ!?!?」




黄龍が突如として悲鳴を上げ、跳ね起きる。




「っ……!」




紅龍は思わずのけぞった。




「ど、どうした!? 兄者!?」




黄龍は全身を汗に濡らし、肩で荒い息を繰り返す。脂汗が頬を伝い、瞳は恐怖に濁っていた。




「はぁ……はぁ……紅龍……だ、ダメだ……ッ……!! 今すぐ……ここから逃げろ……ッ!!」




その手が紅龍の肩を激しく揺さぶる。

紅龍は困惑し、眉を寄せた。




(……!? 様子がおかしい……。この兄者も、儂の分身にすぎぬはず……。だが、なぜここまで怯える……!?)



「落ち着け、兄者……!」




紅龍は必死に宥めるように言葉を返した。




「兄者が敗れたのは些か想定外ではあったが……つい先程、儂は無敵の力を手に入れた。何も恐れる必要はない。」




だが黄龍は頭を抱え、全身を震わせながら声を振り絞った。




「ち、違う……そうじゃない……! 彼奴は……あの者は……戦ってはならぬ存在だったのだ……ッ!!」




その言葉に、紅龍の胸中がざわめいた。




(かりそめの存在とはいえ、あの黄龍の兄者がここまで怯えるとは……!? 一体、何に……誰に……!?)




金の鎖に縛られたままのヴァレンとリュナは、そのやり取りを黙って見つめていた。

二人は目を合わせると、同じことを考えていた。




(……相棒(兄さん)に、めちゃくちゃにやられたんだな……)




ヴァレンは引き攣った笑みを浮かべ、リュナは妙に納得したように鼻で笑った。




 ◇◆◇




紅龍は、なお怯えを隠しきれない蒼龍と黄龍を見やり、深々とため息をついた。




「……まあいい。何者が残っていようと、"我欲制縄"の前ではすべて無力よ。」




その声は冷たく、確信に満ちていた。


緋色に輝く双刀をゆっくりと掲げると、刃が軋みを上げながら組み合わさり、巨大な鋏の形へと変貌する。




「邪魔が入らぬうちに、ヴァレン・グランツ……咆哮竜の魂を刈り取らせてもらおうか。」




ジャキン──!



鋭い金属音が空気を裂き、周囲に嫌な緊張感を走らせる。


紅龍が一歩、また一歩と近づいてくるたび、地面がきしみ、金の鎖に囚われた仲間たちの心臓を圧迫した。




「げぇーー!? これ、結構ピンチなんじゃね!? どーすんだよ、ヴァレン!?」




リュナがバタバタと鎖に縛られた腕を振り、ギャーギャーと騒ぎ立てる。




「いや、これズリーよ!! マイネの力使うとか、流石に反則だろ!!」




ヴァレンは鎖に締め上げられながらも、なお負けじと口だけは動かす。

顔は引き攣り、額には玉のような汗が浮かんでいた。




「お、お二人ともっ!!」




フレキはミニチュアダックスサイズの小さな体でジタバタしながら、必死に叫ぶ。




「言い争ってる場合じゃないですよっ!! 紅龍さんがすぐそこまで来てますってばーー!!」




鎖がぎしぎしと音を立てる中、紅龍の影が彼らの眼前に迫る。

鋏の刃は血のように赤く光り、わずかに近づくだけで、空気が焼けつくような殺気を発していた。



だが──。




「……大丈夫だよ、みんな。」




静かな声が混乱を切り裂いた。


振り返れば、同じように鎖に絡め取られながらも、ブリジットが穏やかな笑みを浮かべていた。

少女は一歩も怯むことなく前を見据えている。




「……あたし達のヒーローが、来てくれたから。」




その瞬間――。




「ッ!?」




黄龍の体がビクリと跳ねた。背筋を反らせ、両手で頭を抱えながら、ガタガタと震え出す。




「あああああ……! く、来る……ヤツが……ッ!」


「ヤツがここに来てしまう……ッ!? 俺の魔力を辿って……ヤツが……!!」




狼狽する声は、恐怖に張り裂けた悲鳴に近かった。


紅龍は、鋏を構えたまま立ち止まる。




(何だ……!? 兄者のこの尋常ならぬ怯え方は……。この場に、一体何がやって来るというのだ……!?)




額に薄い汗が浮かぶ。今まで嘲笑を浮かべていたその表情に、わずかな翳りが差した。




キュドンッ!!




天地を貫く衝撃音が鳴り響き、突如として空から銀色の影が舞い降りた。


その存在は紅龍と仲間たちの間に降り立ち、しゃがんだ姿勢からゆらりと立ち上がる。


光を反射する銀の輪郭が、空気を震わせながら形を現す。


その眼差しが、真っ直ぐに黄龍を射抜いた。

静かに、しかし底知れぬ怒りを孕んだ声が落ちる。




「──え? なんで急にいなくなっちゃったの、黄龍さん。」



「まだ鬼塚くん達の魂、返してもらってないのにさ……逃げようとするとか、どういうつもり?」




銀色の男は一歩踏み出し、低く告げた。




「……え? 逃げるってことは、まだ俺と喧嘩する意思アリ、って認識でいいのかな?」




その声音に宿る静かな殺意に、黄龍はガタガタと震え、涙目で叫ぶ。




「ひ、ひいぃぃぃ!! ち、違うんです!! 俺の意思で逃げた訳じゃないんですううぅ!! 強制的に召喚されただけでぇぇぇッ!!」




彼の必死の言い訳が、戦場に不気味な緊張と緩和を同時に染み込ませていった。

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