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第16話 巨・ダックスフンドは伝説の魔獣の夢を見るか

 荒野の風が、朝露を残した草を優しく撫でていく。


 その草むらに——異様な光景があった。


 我がカクカクハウスのすぐ前。



 デッッッッッカい、犬が。



 どっしりと横たわっていた。


 しかもただの“でかい犬”じゃない。


 見た目はどう見ても、胴が異様に長く、足が短くて、耳が垂れたあの“可愛い系”のワンコ。いわゆる「ダックスフンド」。


 けど、サイズ感がバグってた。


 横たわっただけで、5メートル。


 胴が長すぎて、もはやドラゴンより存在感ある。


 


「でッ……でっっっか……!!」


 


 俺は思わず仰け反った。というか、15話の最後から仰け反ったまま未だに戻れていない。


 


 その隣で、ブリジットは焦ったように俺の顔を覗き込む。


 


「ね、ねえ、アルドくん!やっぱり大きすぎるかな!?でも、ね? この子、目はすごく優しかったから、助けなきゃって思って運んできちゃったんだけど……」


 


 それは分かる。分かるけど、スケールが違うんだって。


 見上げるサイズのワンちゃんって、もう犬じゃなくない?


 ……というかブリジットちゃん、この子どうやって運んできたの?


 


「……あ〜。なんで兄さん、そんなに驚いてるんすか?」


 


 背後から、呑気な声がした。


 振り返ると、湯上がりの黒ギャル竜——リュナがいつもの黒ラメボディコン的な格好で、うちわ片手にのんびりと立っていた。


 


「……リュナちゃん、あの子……見えてるよね? でかいダックスみたいなやつ」


 


「見えてるっすよ?でも兄さん、冷静に考えて欲しいっす。あーし、竜形態だと15メートルっすよ? この子、まだ半分以下。全然可愛い方っす」


 


「“竜がでかい”のは自然なんだよ!世界観的にも!でも“ダックスが5メートル”は……不自然過ぎて脳がバグるの!!」


 


「……つーか、その"ダックス"って何っすか?」


 


「この世界にその犬種無いんだ!? それなら尚更何者なの!?このデカ過ぎるダックスフンドは!!」


 


 俺のツッコミが荒野に虚しく響く。


 


「ともかく、アルドくん。この子、背中に大きな傷があるの。すごく痛そうで……!」


 


 ブリジットが心配そうに言う。


 


「テイマーであるアルドくんなら……この子の傷を、すごいテイム技術で治せたり、しないかな……?」


 


「……テイム技術って、“治療”とはちょっと方向性が違うと思うけど……」


 


 いやいや、今さら正直に言えるか。


 “テイマー”じゃなくて、“真祖竜”で“魔法知識持ち”だなんて言ったら……。


 ブリジットちゃんのキラキラした顔に、泥を塗ることになる。


 


「……分かった、やってみるよ。俺の……スーパー・テイム回復で!細胞をテイムして傷を塞いでやるさ!」


 


 意味の分からないテイム理論を宣言して、俺は恐る恐る巨・ダックス(仮)に近づいた。




 ◇◆◇




 近づくと、より分かる。


 でかい。とにかくでかい。


 耳一枚でも俺の肩幅くらいある。 


 


 けど、それ以上に目を引いたのは、その背中の深い傷。


 鋭利な何かで斬られたような痕が、血と共に毛皮を赤く染めていた。


 


「……うわ、これは確かに痛そうだ……!」


 


 そっと手をかざす。


 魔力の糸が、傷口に向かって伸びていく。


 


「大丈夫、怖がらないで……。回復魔法、いくよ——"癒光の縛環(ヒール・ライン)"!」


 


 ふわりと、淡い金色の光が俺の掌から広がる。


 


 が、その瞬間——


 


「ヴヴヴヴ……ッ!!」


 


 巨大なダックス(仮)の身体が、びくんと跳ねて、喉の奥から低い唸り声を漏らした。


 


 ぎゃっ、こっわ。


 


 そのままガブッと来るんじゃないかと本気でビビった。


 


 間違いなく俺の方が強いだろうし、噛まれてもノーダメだとは思うんだけど、このサイズの犬が唸り声を上げていると、何か怖いわ!

 大きさ以外は、前世で見たことある生き物だから余計にね!


 


 ブリジットが慌てて前に出た。


 


「大丈夫だよ……! あたし達、あなたを傷つけたりなんてしないから!」


 


 優しい声。傷付いた獣を優しく介抱するその姿は、心優しいヒロインそのもの。尊いね。


 でも……それでも、巨大ダックスは低く唸り、警戒を解かない。


 

 その時——

 


「いいから、ちょっと落ち着けし」

 


 リュナが、気だるげにそう言い放った。

 


「はい、落ち着きます」

 


 ビタァ。


 犬(?)が警戒姿勢からおすわり状態に急変した。

 


「うわあ!? 犬が急に流暢に喋った上に急に落ち着いた!?」

 


 俺は心臓を抑えながら、振り返る。


 


 リュナは、あっ……という顔をして、口元を押さえた。


 


「……やっべ。うっかり出ちゃったっす」


 


「え!? 何が!? なんで一言でこんな素直になったの!?」


 


 リュナはちょっとバツの悪そうな顔で指を立てた。


 


「……これ、あーしのスキル“咆哮ほうこう”の効果っすね。」



 リュナはポリポリと頭を掻きながら呟く。



「格下の相手は、あーしの声や咆哮を聞くと反射的に“従う”ようになっちゃうんすよ。兄さんと姉さんには効かないから、今まで忘れてたっす」


 


「何そのチートスキル!?」


 


「でもこれ"常時発動型"なんで、コントロール出来ないんすよね。だから、人間形態の時は、普段は制御用の魔道具で抑えてるっす。ほら」


 


 そう言って、リュナがポーチから取り出したのは——


 黒い、口元を覆うようなマスク型の魔道具だった。


 


 パチン、と装着。


 ジト目黒ギャル×黒マスク。完全に夜の繁華街の住人。


 


 (……これ、なんか……なんか、嫌いじゃないぜ!)


 


 ちょっとだけドキドキしてしまった自分が悔しい。


 


 ともかく。


 巨大ダックスは静かになった。


 よし、もう一度——


 


「ヒール・ライン」


 


 今度は、光がすんなりと体に染み込んでいく。


 


 血が止まり、傷口がみるみる癒えていく。


 ごわごわだった毛も、ふわふわと整っていく。


 


「……っ」


 


 俺は手を下ろして、安堵の息を吐いた。


 


「よし、これで……」


 


「すごい……!」


 


 隣で、ブリジットが目を輝かせていた。


 


「アルドくん、すごいよ……! この子、もう全然痛そうじゃない!」


 


 嬉しそうに、巨大ダックスの頭を撫でている。


 


「ほんとに……ありがとう、アルドくん」


 


 その笑顔に、俺は……少しだけ顔を背けた。


 


「ま、まあ……うん。これくらいなら、お安い御用だよ……へへ……」



 

 ◇◆◇




  柔らかな光が荒野の草を照らし、朝の風がそよいでいた。


 その中心で、俺たちは――超巨大な“ワンコ”を前に、妙な沈黙を共有していた。


 


 回復魔法は完了。


 ダックス……もとい、謎の巨大犬の背中の傷はすっかり塞がり、きれいな毛並みに戻っていた。



 息遣いも落ち着き、だいぶ穏やかな表情になった彼(?)は、寝そべったまま首をこちらに向けている。


 というか、落ち着いてるけど……やっぱデカい。顔が俺の全身よりでかいって何だよ。目もつぶらで可愛いけど。


 


 それにしても、やっぱり喋るんだよな……このワンちゃん。

 さっきの「はい、落ち着きます」ってセリフが耳から離れない。


 


 そして隣には、黒マスクを装着した黒ギャル――リュナが腕を組みながらうんうんと頷いていた。



「ふむ……やっぱコイツ、犬じゃないっすね」


「え……あらためて言われても……」



 いや、まあ……だろうね!

 この大きさだものね!

 ついでに喋ってたしね!さっき!


 


 リュナは真面目なトーンで続ける。


 


「たぶん……っていうか、間違いないっす。コイツ、フェンリルっすね」


「フェ、フェンリル!?」


 


 予想外すぎる言葉に、俺は思わず声を上げた。



 フェンリルと言えば、アレでしょ?



 前世で読んでた"異世界テイマーもの"のラノベとかでよく最初に仲間になる、御三家ポケモンみたいなやつ。



 よく作中で犬扱いされて『我を犬扱いするな!誇り高いフェンリルだぞ!』みたいに怒ってるイメージあるけど、


 この子にそんな反応されたら「いやお前どう見ても犬だろ」という感想しか出てこない気がする。



 あれ?そもそも"フェンリル"って北欧神話に登場する魔獣の名前だったような……何で異世界でその呼び名が定着してるんだ……?



 まあ、そんな事言い出したら"ドラゴン"って言葉も古代ギリシャ語が語源だって聞いた気がするし、細かい事は考えるだけ無駄だよね!異世界だもの!



 無駄に思考を巡らせる俺の横で、ブリジットがさらに驚いたように目を見開いた。


 


「えええっ!? フェンリルって……あの、伝説の魔獣の!?」


 


 その反応に、巨・ダックスフンドがぴくりと耳を動かす。

 ……というか、ダックスフンドって呼び続けていいのか、もう分からないけど。


 


「マジで……? このドデカワンちゃんが……?」


 


 俺は信じられない気持ちで、彼の姿を見上げる。

 どう見ても『今日のわんこ(巨大)』って感じのビジュアルなのに……。


 


 すると、その“癒し系フェンリル”がぺたんと伏せの姿勢になり――口を開いた。


 


「……ボクの名前は、フレキです」


 ――喋った。しかも流暢に。少年の様な、落ち着いた声で。


 


 俺も、ブリジットも、同時に固まった。


 


「ボクは、フェンリル族の王の息子……この地の奥、深き森に棲まうフェンリルの里から来ました」


 


「息子って……え!?フェンリルの王子様なの!?」


 


 驚きの声を上げたブリジットの背で、リュナがふーっと鼻を鳴らす。


 


「なるほど。言動が妙に丁寧だと思ったら、育ちがいいんすね。……にしては、見た目がユルいっすけど」


 


「緩いって言わないであげて……!フレキくん真面目そうだよ!ね?ねっ?」


 


 あわあわと取り繕うブリジット。


 その姿を見て、フレキは少しだけ、申し訳なさそうに目を伏せた。


 


「……この姿には、時々そう言われます。ボクの種族は、成長過程によって姿に個体差が出るので……」


 


「ってことは、色んな姿のフェンリルがいるってこと……?」


 


「はい。食べる物や外界との関わり方によって、どんな姿になるかが個体毎に異なるのが、フェンリル族の特徴なのです。」


 


 あくまで淡々と語るフレキくん。



 お世話の仕方で姿が変わるって、フェンリルってそんな"たまごっち"みたいな育成システムなの?


 どんな育て方したらダックスフンド型に育つんだろうか。フェンリルっち。


 ひょっとしたら、チワワ型とかマルチーズ型のフェンリルもいるのかな。クソデカいやつ。ちょっと見てみたい。


 


「そっか……でもフレキくんの姿、あたしは好きだよ!可愛くて!」


 


 そっと言ったブリジットの言葉に、フレキは少しだけ目を細めた。


 


「優しい言葉、痛み入ります。あなた方に助けられた借りは、必ず返します」


 


「そんな……いいんだよ!だって、あたし、このフォルティア荒野の領主様になるんだから!困ってる子がいたら、助けるのが当然だもん!」


 


 胸を張って笑うブリジットを見て、フレキは少しだけ……ほんの少しだけ、顔を綻ばせた。


 


「……あなたは、とても強い方なのですね」


 


「えへへ……そうかなぁ?」


 


 なんだか、すっごくほんわかした空気が流れていた。


 けど――俺はそのやり取りの中で、ひとつだけ気になったことがある。


 


「ねぇ、リュナちゃん」


 


「何っすか?」


 


「……さっき、“この子フェンリルだ”って言ってたけど……まさか、見ただけで分かったの?」


 


 リュナは一瞬だけ沈黙し、そしていつもの調子で肩をすくめた。


 


「ま、あーしも昔ちょっと、フェンリル族とは関わりがあったんで。元々ここら一帯シメてたの、あーしっすからね。」


 


「あー……そういえばそうだったね。」


 


 俺は、ほんの少しだけ笑って、スープの鍋を見に戻ることにした。



 そうだ。今日は、この子――フレキにもご飯を食べさせてやらなきゃな。

 玉ねぎ食べても大丈夫なのかも聞いておかなきゃね。

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