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第167話 "色欲の魔王"の本気。

高架を震わせる轟音。


炎と魔力がぶつかり合い、夜の街を赤と白に交互に染め上げていた。


魔剣 "最愛の花束(イレブン・ローズ)" を構えたヴァレンは、紅龍と激しく剣を交える。

その刃筋がきらめくたびに、薔薇の花弁が舞い散るような光がほとばしった。




「悪いな、マイネ……」




小さく吐き捨てるように呟き、ヴァレンの口元に皮肉めいた笑みが浮かぶ。




「こいつ相手に、街への被害をゼロにしつつ戦うのは……どうも難しそうだぜ」




次の瞬間、ヴァレンの突きが炎を切り裂いた。

鋭すぎる一撃に紅龍は「ぐぅ……ッ!」と声を漏らし、二刀 "緋蛟剪"を交差させて受け止める。

火花が散り、衝撃がハイエスト・ウェイ全体を軋ませた。


その瞬間、紅龍の全身に絡みついていた“封印呪法”が一瞬だけ緩み、彼の呼吸が大きく乱れる。




「……呼吸が乱れたぜ」




ヴァレンの眼差しが赤く光り、左手の魔本に魔力が流れ込む。




「"心花顕現(サモン・フラッター)"……」



「"獅子座流星群(レオニード・メテオ)"」




左手の "ときめきグリモワル" が風に煽られたようにパラパラと捲れ、そこから無数の星光が溢れ出す。


次の瞬間、夜空を裂く轟音と共に、幾千もの光弾が紅龍へ殺到した。



──ドドドドドドドドドドッッ!!




「うおおおおおッ!?」




紅龍の咆哮が夜を揺るがす。爆ぜる光の奔流が彼の立っていた地面を抉り、ハイエスト・ウェイの一角が崩れ落ちていく。砂埃が視界を覆い尽くし、紅龍の姿が掻き消えた。



その光景を見ていた佐川颯太は、全身を震わせた。

腕には未だ冷たい石像と化した天野唯を抱いている。




「こ、これが……“色欲の魔王”の本気……!? 俺の七星なんかとは……スケールが、違い過ぎる……ッ!!」




思わず声が漏れた。

けれどヴァレンは振り返らず、紅龍に魔剣を構えたまま声を張り上げる。




「勇者クン! 今のうちだ!その子を連れて、少しでも遠くへ逃げておけッ!! 紅龍は……この程度でくたばるタマじゃあない!!」




佐川はハッと息を呑み、必死に頷いた。




「わ、分かったッ!!」




足元に星を飛ばし、瞬間移動の準備を整える。

抱えた石像を胸にしっかりと抱き直し、視線はビル群の一角へと定められた。


しかし、砂埃の奥から突き抜けるような声が響く。




「──行かせはせんッ!!」




次の瞬間、轟々と燃え盛る炎の奔流が形を成す。


龍。炎で構築された巨大な龍が二匹、咆哮をあげながら佐川へ突進してくる。


街を赤々と照らすその光景に、佐川の瞳が大きく見開かれる。




「こ、これは……乾のスキル……ッ!? くそっ……!」




仲間の技を奪われた怒りと、迫る死への恐怖が混じり、彼は剣を構えるも動きが鈍る。


その時、ヴァレンが静かに呟いた。




「……させねぇよ」




魔剣を眼前に掲げ、低く詠唱する。




「"束縛の荊棘(ソーン・ポゼッシブ)"……!」




魔剣の刃から黒い荊棘が伸び広がり、瞬時に二匹の炎龍の身体を絡め取る。

鎖のように食い込む棘が火焔を縛り上げ、二匹の咆哮は苦悶の絶叫へと変わった。

炎の巨体がバタリと地に叩きつけられ、動きを封じられる。




「今だ、勇者クン!!」




ヴァレンの声に、佐川は星を握りしめるように叫んだ。




「唯……一緒に……ッ!」




星と自身の位置を入れ替え、光と共にビルの一角へと姿を消す。


砂埃の中からゆっくりと影が現れる。紅龍だった。瞳に赤い光を宿し、唇の端を吊り上げて笑う。




「……やはり、貴様から喰らうしかないようだのう」




ヴァレンは鼻で笑った。




「お前ごときに摘み喰いされるほど、俺は安い男じゃあないのさ」




魔剣を軽く振り、ヒュンと空を裂く音を立てる。その刃先が、真っ直ぐに紅龍を指し示した。




 ◇◆◇




紅龍の体が、赤熱したコマのように回転する。

両腕の "緋蛟剪" が炎を纏い、無数の斬撃を巻き起こした。



──ギャギャギャギャギャッ!



金属と炎がぶつかり合う甲高い音が夜空を貫き、舞い散る火花が流星のように周囲を照らす。


ヴァレンはその猛攻を魔剣 "最愛の花束(イレブン・ローズ)" で次々と受け流す。


刃が交錯するたびに、赤薔薇の花弁の幻影が散り、背をひるがえしながら後退と反撃を繰り返した。




「知っているぞ、ヴァレン・グランツ!!」




紅龍の叫びは、斬撃の連打に乗せられて鋭く突き刺さる。




「貴様は──他者の“色恋”を観察することを、何よりも尊んでいるのだろう!」




ヴァレンは無言で受け流す。

鋼と鋼がぶつかる度に、両者の周囲に空気の衝撃波が広がり、砕けたコンクリート片が宙を舞った。




「くだらぬ!!」




紅龍の双眼が紅蓮に燃え、回転する刃がヴァレンの胴を狙う。




「貴様は強い。ならば、何故もっと自分勝手に生きぬ!? 他者の恋路をのぞき見するなど、強者には不要の遊戯よ!」




炎が揺らめき、紅龍の影が巨大に膨れ上がる。




「色恋を観察したいのなら、弱者を(つがい)にして好きに囲えばよい! 他人の移ろいやすい感情に喜びを見出すなど……愚の骨頂!!」




ヴァレンは刃を滑らせながら、沈黙のまま瞳を細めた。




「強者には権利がある! 弱者の心を、魂を、人生を──好きに喰らう権利がな!!」




紅龍の剣圧がさらに強まる。




「大国ベルゼリアがこのスレヴェルドを貪ったように! 儂があの異世界から来た小僧どもを食い散らかしたように!!」




ヴァレンは、しばし紅龍の言葉を浴びながら、黙って剣戟を受け続けた。

薔薇の幻影が夜に舞い散り、額を伝う汗を赤く照らす。


やがて、静かに口を開いた。




「……相も変わらず、お前は何も分かっちゃいないな、紅龍殿」




魔剣が鋭く閃き、紅龍の刃を押し返す。




「恋ってのは……人生ってのは、確かに思い通りにならないことの方が多いさ。泣きたくなるほどに、な」




ヴァレンの口元がわずかに吊り上がる。




「だが、だからこそだ。ふとした瞬間に視線がぶつかる時、自分の想いが相手に届いた時……思いもよらない幸福が訪れる、その一瞬に立ち会えた時──」




薔薇の花弁が宙に散り、彼の声が夜風に溶ける。




「『人生も捨てたもんじゃねぇな』って思えるのさ。」


「……そんなことも分からないなんて、お前はまだまだ“お子様”だな、紅龍将軍!」




「……なッ」




子供扱いするその言葉に、紅龍の脳裏に遠い記憶がよぎる。


威厳を纏った兄・黄龍の眼差し。穏やかに諭す姉・蒼龍の声。




「……戯言をォッ!!」




その記憶を振り払うかのように、紅龍はさらに剣を叩き込んだ。




「弱者には、思い通りの人生など歩めぬ!! 降りかかる災厄から、大事なものを守ることすらできぬ!! それこそが……どの世界においても、唯一の真理よ!!」




怒声と共に炎が奔り、ヴァレンの頬を焼く。


ヴァレンは紅龍の怒りを受け止めながら、ふと眉を寄せる。




(……なんだ、今のは? 紅龍……今までに無い心の揺らぎを見せやがった……)


 


魔剣を振り抜き、斬撃を払い返しながら、内心で苦笑する。




(とはいえ……魔神器を封じられたままじゃ、決め手に欠けるのも事実。さて、どうしたもんかね……)




夜の高架を炎と薔薇の魔力が染め上げ、二人の巨影が激しく交錯し続けていた。




 ◇◆◇




紅龍は刃を天に掲げ、二刀の柄を強引に噛み合わせて双刃刀の形状に変える。


轟音とともに赤熱した刃が旋回し、まるで暴風そのもののような炎の竜巻を巻き起こした。夜空を焦がすその烈火は次第に姿を変え、うねりを持った巨大な炎龍となる。




「──"炎龍崩天戟えんりゅうほうてんげき"……!」




低く呟かれた声と共に、竜は咆哮を上げる。

街を揺らす衝撃と熱波が周囲のガラスを粉砕し、窓枠から炎の舌が伸びた。


紅龍の視線が鋭く走る。その先は──佐川と唯が避難したビル。


ヴァレンの顔色が変わった。




「──っ!? マジかよ……ッ!」




紅龍は笑う。




「貴様のくだらぬ信念……どこまで突き通せるか、見せてみよ!! ヴァレン・グランツ!!」




炎龍は一本の巨大な槍と化し、咆哮とともにビル街を一直線に貫いていく。無数のビルが削られ、鉄骨が赤熱して崩れ落ちる。




「チィッ!!」




ヴァレンは舌打ちし、足元の高架の舗装を剣で切り裂いた。それを蹴り上げ、即席の飛翔板とすると、一気に炎龍を追う。


熱波が顔を焼き、髪の毛が焦げ付く。サングラスにヒビが走った。




「うおおおおおッ!!」




渾身の魔力を "最愛の花束(イレブン・ローズ)" へ込め、迫り来る炎龍の真正面に回り込み、そのまま突き刺す。


薔薇の花弁が渦を巻き、烈火とぶつかり合った。


シャツとコートが瞬時に燃え焦げ、炎に包まれながらも、ヴァレンは歯を食いしばって押し返す。

爆ぜる炎が夜空を赤く塗り潰し、彼の影を巨大に映し出す。


やがて、炎龍が悲鳴を上げるように掻き消えた。


ヴァレンはフワリと近くの低層ビルの屋上に降り立ち、片膝を突いて荒い息を吐く。




「ハァ……ハァ……」




紅龍は足裏から炎を噴き出し、悠然と宙に浮いた。見下ろす双眼が愉悦に染まる。




「無様だのう、ヴァレン・グランツ。あの小僧どもなど放っておけばよかったのだ。避けるだけなら造作もなかったろうに」




ヴァレンは息を整えつつ、唇を吊り上げる。




「……ま、お前がこういう姑息な手を使ってくるのも想定の内さ。若者達からカツアゲしたスキルがなきゃ、怖くて喧嘩もできない……哀れな弱虫だからな」



「減らず口を……!」




紅龍の瞳が怒りに燃え上がる。


その時、隣のビルの窓から佐川が顔を出した。




「おい!! あんた!!」

 



炎に炙られた汗まみれの顔で、必死に叫ぶ。




「もういい!! 俺らのことは気にするな!! 俺達を守りながらじゃ、紅龍には勝てねえ!!」

 



声が震えた。




「……守ってくれて……ありがとう!!」




ヴァレンはチラリと視線を向け、口角を上げた。




「おいおい……悲しいね。もう、俺が負ける前提で話してるのかい?」




左手に握る魔本 "ときめきグリモワル"。

表紙のハート型の文様が、不気味に脈打つように赤黒い光を放っていた。


ヴァレンはそれを胸元へと静かに抱き寄せる。

まるで古い友に別れを告げるかのように。


紅龍が喉の奥で嗤った。




「……無駄よ。貴様の魔神器は、我が術で確実に封じる。哀れな人間ごっこも、これで終わりだな!」




その言葉を聞き流し、ヴァレンはサングラスの奥から鋭い光を走らせる。

瞳が赤く滲み、口元に浮かぶのは諦観にも似た笑みだった。




「さて……お前に、それが出来るかな?」




胸の奥で小さく、しかし確かに嘆息が零れる。




(……出来れば、使いたくはなかったんだがな──)




瓦礫の上で風が唸る。焦げた夜気の中、ヴァレンは目を閉じる。


その唇が静かに紡いだ。






「──"色欲(アスモダイオス)





次の瞬間、グリモワルのページが一斉にめくれ上がる。


無数の花弁と心臓の鼓動を思わせる赤光が溢れ出し、本は音もなく彼の胸元へと吸い込まれていった。


肉体に突き刺さるような衝撃。ヴァレンは眉ひとつ動かさず受け入れる。


皮膚の下を走る魔力が血流に混じり、赤い紋様となって浮かび上がった。首筋から胸元へ、そして両腕へと広がっていく。


紅龍は眉をひそめる。




「……なんだ? 貴様……その姿……何をしている?」




ヴァレンの返答は沈黙。


サングラスのレンズにヒビが入り、パリンと砕け落ちた。


露わになった瞳は、灼熱の夜空よりも赤く、妖しくギラついていた。


風が、瓦礫を巻き上げる。

燃え残ったシャツの布切れがはためき、赤い魔紋が妖しい光を帯びて脈打つ。


彼は炎に包まれた街をゆっくりと見渡し、唇の端を吊り上げた。




「……さあ」




ひとつ息を吐き、声を低く響かせる。




「ここからが──第二ラウンドだ」


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