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第165話 ハイエスト・ウェイに落ちる星

黄龍の身体は、ぐったりと力を失っていた。


アルドはその巨躯を一瞥すると、マジックバッグに手を差し入れる。


中から引き出したのは、淡い光沢を帯びた一本のロープ。普通の縄ではない。

表面には魔力を拒む銀糸の模様が浮かび、手に取るだけで「絶対に切れない」という確信を抱かせる魔導具だった。




「……"竜泡"に閉じ込めてもいいんだけどね。」




小さく呟きながら、アルドは黄龍の手足を無造作に掴む。




「封印術で急に解除されるのは厄介だし……とりあえず物理的に縛っとくか。」




迷いは一切なかった。ぐるぐると、容赦なく、黄龍を縛り上げていく。


魔導具のロープは滑らかに動き、意志を持つかのように自動で締め上げ、最終的には分厚い結界のように彼を拘束した。


気を失った黄龍の顔は苦悶に歪んでいるが、それを気にかける様子もなく、アルドは手を払うようにして立ち上がる。


その足取りはためらいなく仲間たちへと向かっていった。


──石と化した鬼塚が、影山の腕の中で硬直している。


アルドは彼の前で膝を折り、石像の頬にそっと手を添えた。

冷たい感触が掌に伝わる。その重みが、胸を締め付けるように痛い。




「鬼塚くん……」




銀の少年の声は、驚くほど穏やかだった。




「もう少しだけ、待っててね」




緋石のまぶたは閉じられたまま、答えは返らない。

それでもアルドは諦めず、静かに言葉を重ねた。




「他のみんなと一緒に、必ず元に戻してあげるから」




その声音には、根拠のない自信ではなく──確固たる約束の響きがあった。


彼の背後で、気配を殺して見守っていた影山の肩が震える。




「……アルドさん……」




声は掠れ、涙が零れそうに光っていた。

影山はぎゅっと鬼塚を抱きしめ、嗚咽を堪えるように唇を噛むと、次の瞬間、深く腰を折った。




「お願いします……! どうか……!」




震える声で懇願しながら、頭を地面に近づけるほど深々と下げる。

彼の背は細く頼りないが、その祈りは真摯で痛々しいほどだった。


アルドは一瞬、驚いたように目を瞬かせた。

そして小さく苦笑すると、影山の肩に軽く手を置き、静かに頷いた。




「大丈夫だよ。任せておいて!」




その短い言葉が、影山にとっては何よりの救いだった。

押し殺していた涙が頬を伝い、ぽとりと石の床に落ちる。



黄龍を縛り上げたアルドが立ち上がると、すぐさま周囲から声が飛んだ。



「お見事でした、道三郎殿!」



胸に手を当て、深々と一礼しながら、ベルザリオンが破顔する。



「やはり! 道三郎殿こそ至高なる御方……!実に華麗なる勝利……! 嗚呼、我が心まで震えております!」


「ほんっと! 流石はギャタシが見込んだ男子よぉ!」



ジュラ姉は短い手をパチパチと合わせ、黄金の目を輝かせる。


二人の賛辞に、アルドは肩を竦めた。




「2人とも大袈裟だなぁ……そんな、大したことじゃないって。」

 



頬をかきながら言葉を濁す。

そのとき、ふっと別の声が割り込んだ。




「──派手にブチ切れておったのぉ。道三郎」




マイネだった。

口元にわずかな笑みを浮かべ、その瞳は鋭い光を帯びている。


彼女の眼差しは、先ほどの暴走めいた激昂ぶりを見逃してはいなかった。




「うっ……」




アルドは途端に視線を逸らし、背を小さく丸める。




「お、お見苦しいところをお見せしました……」




その様子に、マイネは小さく息を吐いた。呆れと感心が入り混じった声音で言葉を紡ぐ。




「……あれだけの力を持ちながら、その腰の低さ。まったく、不思議な男じゃな、お主は」




そして、彼女はゆるやかに歩み寄ると、軽く頭を垂れた。




「お主のおかげで助かった。礼を言う」



「──っ」




予想外の礼に、アルドは目を見開いた。

すぐに首を振り、マイネに向かって静かに答える。




「お礼を言われるのはまだ早いよ、マイネさん」




彼はそっと鬼塚の石像に手を伸ばし、その頭を撫でる。




「そういうのは……この街も、鬼塚くん達の魂も、全部取り戻してからにしよう」




石像は冷たいまま、沈黙を続ける。だが、その仕草に込められた優しさは確かに伝わった。


ベルザリオンもジュラ姉も、浮かれていた表情を引き締め、真剣な眼差しでアルドに頷く。


影山も涙に濡れた瞳を拭いながら、強く頷いた。


マイネはしばし無言でその光景を眺め、やがて細く息をついた。




「──ああ、そうじゃな」

 



その声には、先ほどまでの皮肉めいた響きはなかった。

残されたものを必ず取り戻そうという、静かな誓いがそこに宿っていた。




 ◇◆◇




黄龍をロープでぐるぐる巻きにし終えたアルドは、深く息を吐いた。結び目をもう一度確認してから立ち上がり、マイネへと視線を向ける。




「確か、あと二人いたよね」




落ち着いた口調で問いかけるが、その瞳には油断の色はない。




「コイツと同じようなのが……真ん中の赤いヤツが紅龍っていう本体で、こっちの黄龍と、青い女の子──蒼龍だっけ? 二人は分身体……って事でいいんだよね?」




マイネは静かに頷いた。




「……ああ。そのはずじゃが」




言葉の後、彼女は思わず目の前の黄龍へ視線を落とした。縄に締め上げられ、気を失ったままの姿。しかし、その眉間には微かな皺が寄る。


アルドはその様子を横目に見ながら、内心で呟く。




(やっぱり……マイネさんも、違和感を感じてるんだな)


(コイツ……ただの分身体じゃない。何か、もっと深いものを孕んでる気がする……)




だが今は考えても仕方がない。アルドは周囲に視線を移し、仲間たちへ声をかけた。




「で、今は誰が誰の相手してる感じなの?」




問いに、ベルザリオンが即座に答える。




「蒼龍という女は、ブリジット殿とリュナ殿が相手をしているはずです。」



「……ってことは、本体の相手はヴァレンが一人でしてるって事か」




アルドは顎に手を当て、少しの間だけ考え込む。やがて、決意を込めた声音で言った。




「よし、とりあえずヴァレンの方を手伝いに行こうか」




意外そうにマイネが目を細める。




「ほぅ……? お主なら『ブリジットと咆哮竜を助けに行こう!』と言うと思うておったがの」




アルドは小さく笑った。




「はは……」




その笑みはどこか照れくさそうで、けれど確信を帯びていた。




「ブリジットちゃんとリュナちゃんなら大丈夫だよ。もしあの蒼龍って子が、コイツと同じくらいの強さなら──本気を出せば、リュナちゃん一人でもどうとでもなるはずだ。封印スキルが厄介なのは間違いないけどね」




そこで言葉を区切り、アルドは黄龍から聞いた三龍仙の過去を思い返す。


師を信じ、裏切られ、それでも戦い続けた不憫な姉弟の物語。


彼の心には、そこで生まれた一つの確信があった。




「それに……ブリジットちゃんは、優しいから」




アルドの声は静かだった。




「敵だろうと、簡単に見捨てたりしない。ちゃんと相手を見て、向き合って、……道を探そうとする子だよ。力も、勇気もある。俺達が気付けないような解決を、きっと見せてくれるかもしれない」




その言葉に、マイネの瞳がわずかに揺れる。冷徹さの奥に、ほのかな驚きと感心が浮かんでいた。




「……ま。お主がそう言うのであれば、そうなのじゃろうな」




そう応じる声は、心なしか柔らかかった。




「ヴァレンの方も大丈夫だとは思うけど……」




アルドは石像となった鬼塚へ視線を落とし、低く呟く。




「鬼塚くん達の魂を取り戻すには、ヴァレンの協力が必要不可欠だし……万が一にも負けられると困っちゃうからね。まあ、無いとは思うけど。」




その言葉に、ベルザリオンが感銘を隠せぬ声音で頷いた。




「道三郎殿は、ヴァレン様を信頼されているのですね」




アルドは少し頬を掻き、視線を逸らす。




「信頼……っていうか、何だろ?」

 



照れ笑いを浮かべながら言葉を続ける。

 



「まあ、『ヴァレンなら何とかするだろ』っていう……謎の安心感はあるよね」


 


その口調は軽いが、響く言葉には確かな信念が宿っていた。


そして、彼はふいにマイネへと顔を向ける。




「それにさ──」




鋭さを帯びた瞳が、冗談めかした声色に相反する。




「ヴァレン……俺にも見せてない“奥の手”みたいなの、あるでしょ?」




マイネの肩がわずかに震えた。




「な……何の話じゃ……?」

 



声が一瞬だけ裏返る。

アルドは「あっ」と軽く声を上げ、すぐににこりと笑う。




「あ、そうか。勝手に他の魔王の秘密を話しちゃマズい、ってやつもあるよね。ごめんごめん」

 



気安げな態度に戻るその姿は、無邪気そのものだった。


だが──マイネの心臓はひどく早鐘を打っていた。




(こ……こやつ……見てもおらぬのに……! 我ら“大罪魔王”のみが扱える秘術の存在を……どうして察せるのじゃ!?)




その焦燥を悟らせまいと、彼女は口を固く結び、ただ静かにアルドを見返す。


アルドは気づかぬ風で両手をパンと打ち合わせ、明るく言った。




「ま、そんな訳で──ヴァレンに関しても、あんま心配はしてないよ。でも、とりあえず手伝いに行こうか」




その無邪気な提案に、マイネは誰にも聞かれぬ内心で深く息を吐く。




(確かに……ヴァレン・グランツは戦闘力で言えば“大罪魔王”の中でも上位の存在。おそらく、七柱の中でも上から二番目(・・・・・・)……なりふり構わぬ戦いを選べば、封印呪法を操る紅龍相手でも負けはすまい)




だが、思考の奥に黒い影が一つだけ残る。

 



(……ただし。ひとつだけ……たったひとつだけ、不安要素があるのじゃ)




マイネの瞳はかすかに揺れた。

 



(杞憂に終わればよいのじゃが……)





──────────────────




──高架道路"ハイエスト・ウェイ"。


夜風が唸り、崩れかけたガードレールが鳴る。地上の街灯が遠く霞み、二人の巨影を赤く照らし出していた。




「どうしたッ、ヴァレン・グランツ!!」




紅龍の咆哮が夜気を裂く。

鎖で繋がれた双刀 "緋蛟剪(ひこうせん)"が火花を撒き散らし、炎の尾を引いて唸りを上げる。




「貴様の力は──そんなものかァッ!!」




ヴァレンは無言で踏み込み、細身の魔剣 "最愛の花束(イレブン・ローズ)"を鋭く振り抜いた。



ガキィン──!



刃と刃が噛み合い、紅の衝撃波が周囲の舗装を砕き、破片が宙に舞う。



「……お前が“封印呪法”でスキル封じなんて姑息な真似してなきゃ……」



ヴァレンの唇が歪む。



「もっとスマートに戦えたんだけどなッ!!」



次の瞬間、魔剣から奔流する魔力が爆ぜ、紅龍を強烈に弾き飛ばした。



「グゥッ……!……強力ッ!」



吹き飛びながらも、紅龍は獰猛な笑みを浮かべる。

爪先で舗装を削り止まり、獣のように舌で唇を湿らせた。


ヴァレンは剣を軽やかに翻し、鋭く突きつける。




「ククク……どうしたんだい、紅龍将軍。お前こそ……前に()った時より腕が落ちたんじゃないか?」




挑発めいた笑み。

紅龍の目が燃える。




「舐めるなよ、ヴァレン・グランツ……ッ!」


 


彼の双刀が舞い始めた。まるで剣舞のように、流麗でありながら猛々しい動き。


鎖が唸りを上げ、紅き魔力が渦を巻く。


そして──双刀から迸った炎が形を変え、二匹の龍となって紅龍の周囲を舞い踊る。

夜空に描かれる炎の軌跡は、まるで天を焦がす幻獣そのものだった。


ヴァレンの眉間に深い皺が刻まれる。




「……そのスキル……まさか……」




低く呟いた瞬間──


空が煌めいた。


無数の星が、夜の闇に突然生まれたように現れる。

星々を繋ぐ光の線が奔り、天空に巨大な星座の陣を描いた。




「……ッ!」




ヴァレンの瞳が大きく見開かれる。


紅龍の背後──ひときわ強く輝いた星の中から、剣を振りかざす影が飛び出した。




「紅龍────ッッッ!!!!」




怒号。

現れたのは、"破邪勇者" 佐川颯太だった。


憎悪に燃える瞳が紅龍を射抜き、右腕の破邪七星剣が煌めきを裂く。



ガギィン──!



紅龍は振り返りもせず、片方の双刀でその剣を受け止める。火花が夜空を乱舞させた。




「──勇者クン!?」




ヴァレンが驚愕の声を上げる。


次の瞬間、彼の視線は佐川の左腕に釘付けになった。


佐川の胸に抱かれていたのは──緋色の石像。

その顔は、安らかに眠るように瞼を閉じた少女の姿を形作っていた。




「……ッ!」




ヴァレンの顔が険しく歪む。怒りと驚愕、そして抑えきれぬ痛みが混じり合った表情。




(あれは──聖女ちゃん……!!)


 


佐川は紅龍とヴァレンから距離を取り、瞬間移動で舗装の中央へと立った。

 

右手に七星剣、左腕に唯の石像。

 

その姿は、絶望の中で立ち上がった戦士そのものだった。




「何故……」




声が震える。




「何故……皆を……(ゆい)を……こんな姿にしやがったッッ!!!」




憎悪に満ちた叫びが夜を揺らす。


紅龍は舌なめずりをして、にやりと笑った。




「儂の闘争の邪魔をするとは……いい度胸だな、童よ」




その背を睨みつけながら、ヴァレンは奥歯を噛み締めた。




(紅龍……貴様……どこまで堕ちれば気が済むんだ……!)




剣を構える二人の男。

そして、炎の龍を従える紅龍。

──高架道路の上で、宿命が交わろうとしていた。


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