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第162話 俺が、必ず助けるから。

吹き抜けの天井近く。


無数の震黄珠が光を撒き散らす中、そのひとつの上に黄龍は静かに立っていた。


眼下には──異様な光景。


突如として乱入してきた巨大なティラノサウルス。そして、その頭上に降り立った銀色の少年。




(あの小僧…… 高架道路で泡のようなスキルを操り、瓦礫の下敷きから仲間を救っていた……。やはり防御系の術に長けている……厄介だ)




黄龍の瞳がわずかに細まり、警戒が鋭さを増す。胸中で計算する。




(ならば、何かを仕掛けられる前に……強欲の魔王の魂を、確実に回収する……!)




その決断と同時に、彼の手に握られた雷蛟鞭がギィンと金属音を立てて変形し、九節鞭へと姿を変える。


稲妻のように煌めく節の鎖が、獲物を狙う蛇のようにうねった。




「逃がすものか──ッ!」




轟音と共に、雷光を帯びた鞭が空を裂き、一直線にマイネの胸を狙う。




「お嬢様ッ!!」




ベルザリオンの叫びが響いた瞬間だった。


マイネとベルザリオンの足元に、突如として真っ黒な渦が展開する。


底知れぬ奈落のように揺らめくその闇に、二人の身体は抗う間もなく呑み込まれ──次の瞬間、中庭へと姿を現した。




「なっ……!?」



「一体、何が……!?」




転移の衝撃に、二人は目を見開き周囲を見渡す。


彼らのすぐ隣──銀色の光を纏った少年が、静かに立っていた。




「マイネさん、ベルザリオンくん……遅くなっちゃって、ゴメンね。」




落ち着いた声が響く。

その声音は、不思議なほどに柔らかく、二人の胸を安堵で満たした。


上空では、黄龍が雷蛟鞭を振り切ったまま硬直していた。空を切った鞭の残響がビルの壁に反響し、乾いた音を響かせる。




「何だと……!?」




空振りに気づき、黄龍は目を見開く。

鞭が届くはずだった位置には誰もいない。


次いで遥か下の中庭に視線を落とし、そこに立つ銀の少年を見て──戦慄が走った。




(あの銀色の小僧……今、何をした……!? 瞬間転移か……? いや、あの黒い渦は……!)




混乱と恐怖を隠すように、黄龍の表情が歪む。


その時、アルドはゆっくりと手を掲げ、静かに呟いた。




「──"ヒールライン"」




淡い光が糸のように走り出し、マイネとベルザリオンの全身を包む。


その光はまるで繭のように絡みつき、瞬く間に彼らの裂傷や打撲を癒していく。血の跡すら消え、痛みは影も形もなくなった。




「……これは……回復魔法……?」



「傷が……消えている……」




二人は驚愕と感嘆を入り混ぜた視線をアルドに向ける。


だが──光は、その場に横たわる鬼塚には届かなかった。


影山の腕に抱かれた鬼塚の身体は、足元から緋色の石像へと変わりつつある。


石化の進行は止まらない。

足から腰へと冷たい赤が広がり、彼の生命を静かに侵食していた。


アルドはその光景を見つめ、眉を深くひそめる。


救いたいのに、救えない──無力さに胸を締め付けられるような沈痛な面持ちで、彼はただ鬼塚を見守った。




 ◇◆◇




鬼塚の身体は、もう腰上まで緋色の石に侵されていた。


冷たく硬質な感覚が血肉を奪い取っていく。視界は滲み、呼吸は浅い。


それでも──腕に感じる温もりだけは、確かに残っていた。


誰かが、自分を抱きしめている。

その誰かは、必死に声を張り上げていた。




「鬼塚……! ゴメンなぁ……! お前一人に……辛い役回り、させちまって……っ……!」




震える声。言葉と一緒に、熱い雫が頬に落ちる。

その涙の重さで、鬼塚の意識は薄闇から引き戻されていった。




「俺も……お前と同じで……洗脳されてなかったのに……! でも……誰にも気付いてもらえなくて……!」



「お前が一人で頑張って……皆を助けようとしてるの……俺、ずっと、見てたのに……」



「お前一人にだけ……責任を負わせる形になっちまった……! 本当に、ゴメン……!」




泣き叫ぶその声を聞きながら、鬼塚の唇がゆっくりと動いた。


途切れ途切れの呼吸の中、かすれた声が漏れる。




「……ああ……なんか……聞こえたぜ……その声……」



「お前……影山か……?」




腕に力が込められる。

影山孝太郎の目から、さらに涙が溢れ落ちた。




「鬼塚……! お前、俺の声が聞こえるのか……!?」




鬼塚は血の味に歪む口元で、それでも少しだけ笑みを作る。




「何だよ……お前が……“守り神”だったのかよ……全然、気づかなかったわ……」




呼吸が荒い。

声は細い。

それでも、最後に少しだけ冗談を混ぜた。




「……お前……クラスでも……影、薄かったもんなぁ……」




影山は一瞬ぽかんとした顔をして、次の瞬間、泣き笑いの表情で顔をくしゃりと歪めた。




「……うるせぇよ……! 自分だって……時代錯誤のヤンキーのくせに……!」




その返しに、鬼塚は肩を揺らすように──かすれた笑いを洩らす。




「……はは……違いねぇ……」




静かに、二人の間に小さな笑いが生まれた。


涙と苦痛に塗れたその笑みは、それでもどこか懐かしく、眩しいものだった。




 ◇◆◇




中庭に広がる泡の揺らめきの中、鬼塚玲司は影山の腕に抱えられ、腰から下を緋石へと変じさせながら、かろうじて意識を繋ぎ止めていた。


その視線の先には、銀色の少年──アルド。


彼は苦悶に歪む鬼塚を見て、悔しげに拳を握りしめる。




「鬼塚くん……ゴメン……遅くなって……!」




声が震える。




「……俺が、もう少し早く来れてれば……!」




その言葉に、鬼塚はかすかに目を細め、唇を震わせて声を絞り出した。




「……アンタは……」




しばしの沈黙の後、血に濡れた口元で力なく笑う。




「謝らないでくれ……。俺が勝手に余計な事して……こんな有様になっただけだよ……」




その瞬間、傍らのベルザリオンが、悔しさに声を震わせた。




「道三郎殿……彼は……鬼塚玲司は、マイネ様を守って、身代わりに……!」




呻くようなその言葉に続くように、マイネが鬼塚を真っ直ぐに見据える。


その瞳に揺れるのは、魔王としての威厳ではなく、一人の人間としての感謝の色だった。




「……妾は、この小僧に救われた。それは、紛う事なき事実じゃ」




言葉に迷いは無い。




「礼を言う。鬼塚玲司。お主は、妾の恩人じゃ」

 



そして、胸を張り、断固たる声で言い切った。




「お主は決して、“卑怯者”などという(そし)りを受ける男ではない」




鬼塚の瞳が、かすかに潤む。


口元を吊り上げ、苦しい中で、それでも冗談めかして呟いた。




「へっ……魔王様ってのは……随分、優しいんだな……ありがとうな……」




鬼塚の視線が、ゆっくりとアルドへと向けられる。


沈痛な面持ちの銀の少年は、拳を震わせるように握りしめながら、ただ黙って鬼塚の言葉を待っていた。


血に濡れた唇がわずかに動き、かすれた声が漏れる。




「……そんな顔しないでくれ……」




その声音は弱々しく、それでも確かな熱を帯びていた。




「……この世界で、アンタだけだったよ。 俺を……俺達を……助けてくれる、って言ってくれたのは……」




緋石は既に胸を覆い、下半身は重く硬化しきっている。


それでも鬼塚は、全身の力を振り絞るようにして、なお言葉を紡ぐ。




「だから……最後に、一つだけ……わがまま、言ってもいいか……?」




アルドは即座に首を縦に振る。

迷いはなかった。




「うん……何でも、言ってみて」


 


鬼塚の胸が大きく震える。


喉を掻き破るような声が、途切れ途切れに迸った。




「……助けて……くれ……ッ……!」




堰を切ったように、大粒の涙が頬を伝う。


血と涙が混じり、石化の進む頬を濡らしていく。


そのまま叫ぶように──




「……俺の、クラスメイトを……友達を……助けて……ください……ッ……!」




その懇願に、場が凍りついた。


マイネもベルザリオンも言葉を失い、ただ彼の叫びを受け止める。


影山は抱きとめた腕に力を込め、歯を食いしばる。


一瞬の沈黙の後、アルドは深く息を吸い込み、ゆっくりと鬼塚に笑みを向けた。

その笑顔には、決して揺るがぬ確信と優しさが宿っていた。


彼はそっと手を伸ばし、鬼塚の震える頭を撫でる。




「……ああ、約束するよ」



「キミの友達も……キミ自身も……俺が、みんな必ず助けるから」



「だから、今は少しだけ、休んでていいよ」



「キミが目覚めたら……全部、解決してるからさ……」




その声は、鬼塚の心の奥深くまで届いた。


力なく笑みを浮かべた鬼塚の表情が、ふっと柔らかくなる。

まるで長い戦いから解き放たれるかのように。




「……ありが……とう……」




掠れた声が最後の言葉となった。


次の瞬間──首筋から石化が一気に駆け上がり、頭部を覆い尽くす。


こうして、鬼塚玲司の姿は完全に緋色の石像へと変わり果てた。


涙を流し、それでいて、少し安心した様な表情を残しながら。




 ◇◆◇




影山の腕の中で、鬼塚玲司は完全に緋色の石像と化していた。


温もりを失った硬質の身体を抱きしめ、影山は嗚咽を漏らす。




「……鬼塚……ッ!」




涙は次々と頬を伝い、冷たい石肌に落ちて砕けた。


その声に呼応するように、マイネとベルザリオンも、そしてジュラ姉も、石化した鬼塚を前に沈黙を守り、深く頭を垂れる。


強欲の魔王ですら、この時ばかりは魔王としての誇りを下ろし、ただひとりの戦士の最期に敬意を捧げていた。



──そして。



銀色の少年、アルドがゆっくりと顔を上げる。


その瞳には沈痛の影が宿っていたが、それ以上に燃えていたのは、底の見えない怒り。


空気がピリピリと震え、彼の感情が周囲に伝播するかのようだった。


視線の先──ビルの吹き抜けの上空。


幾十もの震黄珠を足場に、悠然と立ち尽くす黄龍。

九節鞭へと変形させた雷蛟鞭を構え、獲物を狙う蛇のようにアルドたちを睨んでいる。


その姿を見上げ、アルドは低く、しかし鋭い声を放った。




「……お前か。 鬼塚くんの魂を喰ったのは」


 


その一言で、中庭の空気が一変した。


静謐にして冷徹。


怒号よりも重い問いかけに、黄龍の背筋が無意識に震えた。


だが、彼はすぐに冷笑を浮かべ、挑発的に応じる。




「その小僧は、弱者故に俺に喰われた。それに──何か問題でもあるか?」




その言葉にアルドは返さない。


ただ一歩、前へ。


中庭の中央で足を止め、真っ直ぐに上空の黄龍を指差した。

右手がゆっくりと持ち上がり、その指先が標的を射抜く。




「……なら、死なない程度にぶちのめして、魂を取り戻す」




その声音は凍り付くほど冷徹で、マイネとベルザリオンが思わず息を呑む。



次の瞬間──




「──"竜泡(ドラグ・スフェリオン)"。」




その言葉と共に、空気が一変した。

ビルの中庭に淡い光が満ち、そこかしこから泡が生まれる。


だが、それは子供の玩具のような儚い泡ではない。

一つひとつが魔力を孕み、虹色に輝きながら弾力を持ち、互いに結びついていく。


無数の泡が絡み合い、連なり、やがて巨大な竜の姿を形作った。


それは天へ昇る龍そのもの──光の竜が咆哮を上げるかのごとく、轟きを伴って黄龍へと突き進んでいく。




「な……何だと……ッ!?」




黄龍の顔が引きつる。


彼は即座にバシュッ!と震黄珠を二十発近く飛ばし、竜泡へと撃ち込んだ。


しかし──結果は彼の予想を裏切った。


炸裂音は響かない。衝撃も起きない。


震黄珠は竜泡に触れた瞬間、まるで吸い込まれるように泡の内部に閉じ込められ、そのまま音もなく掻き消えていった。


黄龍の瞳が見開かれる。




「ば、馬鹿な……!?」




消えていく震黄珠の光が、泡に呑み込まれながら虹色の閃光を散らす。


その光景は幻想的であると同時に、圧倒的な脅威を示すものであった。




「う、うおおおおッ!?!?」




黄龍の声が裏返った。威厳を装っていた声音が、初めて狼狽の色を帯びる。


額に冷や汗が滲み、背筋を伝って一筋の寒気が走る。


焦燥に駆られた彼は、息を止め、両の掌を素早く組み合わせると、喉を震わせて咆哮した。




「──"封印呪法(スフラギータ)"ッッ!」




刹那。


天を突き破るかのように立ち昇っていた竜泡の大群が、黄龍に触れる寸前で弾け散った。


光の粒が虚空に舞い、まるで蜃気楼のように消え去る。


解放された震黄珠が彼の周囲に舞い戻り、カチリと硬質な音を立てて再び軌道を描き始めた。




(な……何だ、今のスキルは……!? あのまま当たっていたら……俺は……どうなっていたことか……!)




心臓を握り潰されるような戦慄。

黄龍は唇を噛み、必死に下のアルドを睨み据えた。


だが、その銀色の少年は淡々と呟く。




「……これは……あの女の子が使ってた、スキル封じの術か……」




事実をただ確認するだけの声音。

そこに恐れも焦りもない。


その冷ややかな響きが、かえって黄龍の胸をざわつかせた。

彼は不安を打ち消すように、わざと声を荒げる。




「ふん……貴様のスキルは確かに驚異的だ。だが──封じてしまえば、どうという事はない……!」




その宣言に、アルドはわずかに目を見開いた。

そして口元をゆるやかに吊り上げ、「へぇ……」と小さく漏らす。


黄龍の眉がひそめられる。




「何を驚いている……! 自身のスキルが封じられたことが、そんなに意外か? 余程、自分の力に自信があったようだな」




だがアルドは、頭をポリポリとかきながら苦笑混じりに返す。




「いや、本当、びっくりしちゃったよ」


「……たかがスキルを一つ封じたくらいで、俺相手に『勝てるかも……?』なんて思っちゃってる……」




その声音は一瞬、冗談めいて軽やかだった。

だが──次の瞬間。




「──お前の見通しの甘さに、さ。」




ギンッ。


鋭い眼光が黄龍を射抜いた。


視線が突き刺さっただけで、黄龍の全身に冷たい戦慄が走る。背中を氷の爪で引っかかれたような錯覚に、膝がわずかに震えた。




(落ち着け……! ヤツのスキルは封じている……! 俺が……三龍仙が……こんな小僧に負けるはずなど──!)




必死に心を鎮め、自らに言い聞かせる。


だが、その決意を打ち砕くように、アルドの声が鋭く突き刺さった。




「……お前なんかより、鬼塚くんの方が、ずっと強い」




黄龍の心臓がドクンと跳ねる。


中庭に立つ銀色の少年は、堂々と宣言した。




「その証拠に──俺は、この場から一歩も動かずに、お前のことをボコボコにしてやるよ」




天を突き立つように掲げられた指先が、真っ直ぐに黄龍を射抜いている。


その宣告は、虚勢ではない。確信と揺るぎなき自信に裏打ちされた、絶対的な宣言だった。




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