第160話 忠義の剣、怒りの拳
紫のビームブレードが稲妻のように閃き、金色の鞭が竜のようにうねる。
鬼塚玲司は、ただでさえ重い呼吸を必死に整えながら、迫り来る黄龍の“雷蛟鞭”を紙一重で受け流していた。
——ギャリリッ!
ビームブレードと雷光の鎖が擦れ合い、白と紫の火花が散る。
フロアの床は砕け、壁は抉れ、吹き荒れる衝撃波がガラスを軋ませる。
(つ……強ぇ……ッ……!? 紅龍の野郎と同等……いや、それ以上に感じるぜ……ッ……!)
鬼塚の額に汗が滴り、顎を伝って仮面の隙間から床に落ちた。
「ハァッ!」
怒声と共に放った蹴り。
しかし、それすら黄龍は雷蛟鞭の鎖で受け止める。鬼塚の脚を包む衝撃は、まるで雷の顎に噛まれたかのようだった。
「チッ……!」
鬼塚は反動を利用して距離を取ると、腰の“獏羅天盤”に親指をかけ、歯車型のギアを三度ギュインギュインと回した。
——ガキィィィンッッ!!
『インカネーション!メタメタ!メッタ撃チ!!』
機械仕掛けの咆哮がフロアに響く。
次の瞬間、鬼塚の両腕に分厚いガトリングガンが展開し、紫のラインが脈動するように光る。
「食らいやがれッ!!」
轟音と共に、無数の弾丸が弾ける雷鳴のように黄龍へ殺到する。
だが——
黄龍はただ静かに、腕を振っただけだった。
「……」
雷蛟鞭が旋風を巻き起こすように回転し、飛来する全弾を易々と弾き飛ばす。
金属音と火花が雨のように散り、次いで雷光が震黄珠を叩いた。
「……ッ!?」
空間に漂っていた十数個の黄金の珠が、一斉にスーパーボールのように跳ね弾ける。
床、壁、柱、天井——あらゆる面を跳ね返り、予測不能の軌道で鬼塚を襲う。
「スーパーボールかよッ……!?」
鬼塚は叫びながらも、内心で血の気が引く。
(しまった……!! ガトリングモードじゃガードに不向き……!! 捌ききれねぇッ!!)
黄金の閃光が迫るその瞬間——
「——"銀鏡剣"!」
澄んだ声が空気を裂いた。
「ッ!?」
鬼塚の前に飛び出す影。
ベルザリオンだった。
彼は片手で真竜剣アポクリフィスを構え、回転させる。
銀色の剣閃が鏡面の円を描き、殺到する震黄珠を次々と弾き返していった。
「お前……!」
鬼塚が驚きの声を漏らす。
ベルザリオンは視線すらよこさず、冷静に言い放った。
「惚けている場合ではありませんよ。……貴方を許した訳ではありません。しかし、今はこの場を切り抜けるのが先決です。」
「……へっ……それでいいぜ……!」
鬼塚は口端を吊り上げ、再び構え直す。
二人は背中合わせに立ち、片や拳を、片や剣を黄龍に突き出す。
紫電と銀光が並び立つ姿は、奇妙にして力強い対比だった。
「魔王四天王と……」
「異世界戦士の……」
「「共闘だ!!」」
雷鳴が轟く中、二人の声が重なる。
黄龍は微動だにせず、それを受け止めた。瞳に感情は宿らない。ただ淡々と、無表情に。
「……少しは楽しませてもらえそうだな。」
そう言い、雷蛟鞭をゆっくりと構えた。
◇◆◇
火花が散るたび、フロアの空気が焼け付くように熱を帯びる。
鬼塚と黄龍の間には、一瞬の隙も許されない攻防が続いていた。
「おい、あんた……何が出来る?」
鬼塚は隣のベルザリオンに短く問いかける。
ベルザリオンは動じず、静かに剣を握り直した。
「……私は、剣を振るうしか出来ません。」
その声は揺るぎなく、まるで宣誓のようであった。
鬼塚は「了解……!」と短く応え、親指で獏羅天盤のギアを四度回す。
——ギュイン、ギュイン、ギュイン、ギュインッ!
『インカネーション!ボコボコ!FULL・ボッコ!』
機械音声が轟き、紫の光が弾ける。
次の瞬間、鬼塚の両脇に二つの巨大な拳が浮かび上がった。
空気を震わせながら稼働する拳は、まるで鋼鉄の巨人の腕そのもの。
「なるほど……」
ベルザリオンが低く呟き、一瞬だけ鬼塚と視線を合わせる。
互いに言葉を交わさずとも、即興の策を理解し合ったのだ。
「……ほう」
黄龍がわずかに目を細める。その声音には、初めてわずかな警戒が滲んでいた。
「いくぜええぇぇぇッッ!!」
鬼塚の雄叫びと同時に、二つの巨大な拳がロケットのように噴進し、黄龍へ殺到する。
鬼塚自身も拳と並走するように飛び出し、全身で気迫をぶつけた。
——ガガガガガガァンッ!!
飛来した震黄珠を、巨大な拳が次々と打ち払う。
弾けた雷光が空間を照らし、鬼塚の蹴りが黄龍へ迫る。
だが、その瞬間、雷蛟鞭が稲妻の盾のようにしなり、鬼塚の蹴りを受け止めた。
「チッ……!」
黄龍が小さく舌打ちする。
だがその背後に——銀光。
「——"銀閃剣"ッ!!」
ベルザリオンが音もなく迫り、居合の閃光を振り抜いた。
直線的でありながら、稲妻のように速い一撃。その光刃が黄龍を裂こうと迫る。
「クッ……!」
黄龍は反撃を一瞬諦め、雷蛟鞭を捻じ曲げてガードする。
火花が奔り、甲高い衝撃音がフロアを震わせる。
しかし次の瞬間、ベルザリオンは剣を納めぬまま床を蹴り——割れた窓ガラスを飛び越えて、ビル中央の吹き抜けへと身を投げた。
(何のつもりだ……!? 飛び降りて逃げる算段か……!?)
黄龍は反射的に目で追う。
その刹那、鬼塚のロケットパンチが黄龍の脇腹を強打した。
「……ッ!?」
黄龍が低く呻き、身体をよろめかせる。
そして、吹き抜けに飛び出たベルザリオンの眼前には、掌を広げた巨大な拳が待ち受けていた。
「……ッ!」
ベルザリオンはその掌を足場にし、溜め込んだ脚力を一気に解き放つ。
「——"銀刺突"!!」
矢のように一直線。
白銀の閃光となり、黄龍の胸を目掛け突き進む。
「……ッ!」
黄龍は咄嗟に身を捻り、刹那の差で回避する。
しかし、その頬に紅の線が走った。
細く鋭い一筋の傷から、血が流れ落ちる。
床に降り立ったベルザリオンは息を整えながら呟く。
「即興のコンビネーションではありますが……」
鬼塚は横目でベルザリオンを見やり、口端を吊り上げる。
「……案外、形になるもんだな……!」
二人の視線の先で、黄龍は冷ややかに口を開いた。
「やはり、貴様らは……殺すには、少し惜しいな。」
その声は、賞賛とも冷徹な審判とも取れる響きで、戦場の緊張をさらに張り詰めさせた。
◇◆◇
鬼塚は肩を大きく上下させ、荒い息を吐いていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
全身の装甲に紫電が走り、獏羅天盤の歯車がギリギリときしむように震える。
(とは言ったものの……クソッ……! パーフェクトフォームを維持しての戦闘は……魔力の消費が半端じゃねぇ……ッ!)
額を流れる汗が視界を滲ませる。
膝がわずかに笑い始めているのを、自分でも誤魔化せなかった。
その時——背後から澄んだ声が響く。
「受け取れ!」
反射的に顔を上げると、銀色のカプセルが軌跡を描いて飛んできた。
鬼塚は驚きに目を見開きながらも、右手でしっかりとそれをキャッチする。
カプセルが割れるように光を放ち、紫の輝きが全身に駆け巡った。
重く鈍っていた身体に、再び熱が灯る。
「……これは……魔力が……戻ってきやがる……ッ」
振り返った先には、スカートの裾を翻したマイネが立っていた。
「“魔力回復薬”じゃ。お主、燃費があまり良いとは言えぬタイプじゃろ?」
鬼塚は唖然としたまま、少しだけ気恥ずかしそうに笑った。
「へっ……いいのかよ? 元は敵だった俺に、こんな良いモンくれちゃってよ。」
マイネはわざと鼻で笑い、顎をしゃくった。
「馬鹿を申すな。誰がやると言った? この戦いの後に、きっちりと対価を取り立ててやるから、覚悟しておくがよいわ。」
その声音には、意地の裏に隠された焦燥と、確かな優しさが滲んでいた。
鬼塚は肩を竦め、軽口を叩く。
「おお……怖ぇな。」
だが、拳を握る手には確かな力が戻っていた。
——そのやり取りを、冷たい視線が見据えていた。
黄龍だ。雷蛟鞭をゆっくりと下げると、低く呟いた。
「ふむ……俺も、出し惜しみしている場合では無いか……」
次の瞬間、黄龍の体内から迸る魔力が膨張した。
「ッ……!」
空気が爆ぜ、フロアの照明が一斉に明滅する。
まるで都市全体の電力が、この男一人に吸い込まれているかのようだった。
ベルザリオンが真竜剣を構え直し、鋭く声を上げる。
「何かが来ます……警戒を怠らぬよう……!」
その横で、鬼塚の表情が凍り付いた。背筋を走る悪寒に、思わず声を漏らす。
「……この魔力は……嘘だろ……!?」
血の気が引いたその顔に、ベルザリオンは一瞬目をやり、眉を顰める。
「……?」
黄龍の全身からあふれ出す気配は、これまでの攻撃とは比較にならなかった。
ベルザリオンは唇を噛みしめ、心の奥底で歯噛みする。
(……まだ、底を見せていなかった、という訳ですか……!)
(……化け物め……ッ!)
フロアを覆う魔力の奔流は、これから訪れる災厄をはっきりと予告していた。
◇◆◇
黄龍の周囲に漂っていた震黄珠が、まるで見えざる糸に操られるように集まり、静かに宙へと並び始めた。
黄金の光を孕んだ珠は十、二十……次々と数を増し、無数の瞳のように三人を取り囲む。
「……ッ」
ベルザリオンと鬼塚は咄嗟に剣と拳を構えた。しかし、その球体は不自然なほどゆっくりと動き出す。
ノロノロと……だが確実に、ベルザリオンと鬼塚、そしてその後方にいるマイネへと向かって進んでいた。
鬼塚の背筋を冷たい汗がつたう。
「まさか……ッ!?」
黄龍は無表情のまま、雷蛟鞭を棍へと戻す。
その両手が流れるように棒術の型を刻み、パパパパパァン!!と凄まじい速度で震黄珠を叩きつけた。
衝撃音が空気を震わせ、圧が耳を突き破るように響く。
「“加速度操作”……“衝撃増幅”……!」
冷徹な声と共に、黄龍は顔の前で人差し指と中指を揃え、空へ突き立てた。
次の瞬間、空気が一変する。
「発ッッ!!」
轟音。
静止していた珠が一斉に弾丸と化し、超音速で射出された。
閃光と衝撃波がフロア全体を薙ぎ払い、殺到する震黄珠は雨あられの流星群と化して、ベルザリオンたちへと迫る。
「うおおおおおッッ!!!」
ベルザリオンは絶叫しながらマイネを庇い、全身を振り絞って剣を閃かせた。剣閃が光の壁のように広がり、飛来する珠を必死に弾く。
「畜生……!! オラァァァッ!!」
鬼塚も咆哮し、両の拳と二つのロケットパンチで次々と珠を叩き落とす。
爆ぜる度に、金属音と閃光が視界を白く焼き尽くした。
だが——それでも守りきれなかった。
──ドゴォォォッッ!!
「がっ……ッ!」
「ぐああッ……!!」
直撃を受けた二人の身体が宙を舞い、壁や床に叩きつけられる。
衝撃はこれまでとは比べものにならない。まるで全身を粉砕されるかのような痛みに、鬼塚もベルザリオンも呻き声を漏らす。
庇われたマイネだけが無傷で立っていた。
「ベルッ……!!」
彼女は慌てて駆け寄る。ベルザリオンは血を吐き、苦しげに呟いた。
「し……信じられない……!? これまでの攻撃とは……次元が違う速度と威力です……!」
鬼塚は片膝をつき、荒く肩を上下させながら、血走った目で黄龍を睨み据えた。
肺に焼けるような痛みを覚えながらも、吐き出す声は低く、しかし震えるほどの怒気を帯びていた。
「……おい……どういう事だ……ッ!?」
言葉の端々に、震える怒りが滲む。
「そのスキルは……榊と五十嵐のモンだろ……!? テメェ……」
鬼塚の脳裏に、同級生たちの姿が一瞬よぎる。
傷だらけで、それでも笑いながら未来を語っていた仲間たち。
彼らが“無事だ”と信じたかった。
だが、目の前の現実がそれを残酷に打ち砕いていく。
「……メディカル・フロアにいたヤツらのことも……"喰った"ってのかよッッ!!?」
声はもはや叫びというより、魂を削り出すような絶叫だった。
黄龍はそれを聞き流すように、冷ややかに目を細める。
その口元はわずかに動くだけで、感情らしいものは一片も見せなかった。
「だったら、どうする?」
無機質なその挑発が、鬼塚の胸を鋭く抉る。
「……ッ」
全身が震えた。
怒りに。悔しさに。
そして、仲間を奪われた絶望に。
拳を握りしめた手の皮膚が裂け、鮮血が滴り落ちる。それでも握る力を緩めない。
歯を食いしばり、噛み切った唇から血が滲み、顎を伝って滴り落ちる。
「──ブッ殺してやるッッ!!!」
咆哮が空気を震わせた。
立ち上がる鬼塚の瞳には、恐怖も迷いもなかった。ただ純粋に燃え盛る、怒りと絶望の炎。
その炎は、仲間を喰った怪物を許さぬという意志を、鮮烈に刻み込んでいた。