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第159話 貴女を守る、誓いの原点

傷付き、息を荒げるベルザリオンと、その傍らで震えるマイネ。


二人を庇うように、鬼塚玲司は紫の残光を背に立ち塞がっていた。

その背中は、鋼の壁のように揺るぎなく、マイネとベルザリオンの視界を黄龍から遮っている。




「お主は……」




マイネが、絞り出すように声を発する。




「かつて、妾のスレヴェルドを攻め落とした、異界の戦士の一人……じゃな……」




鬼塚は振り返らない。ただ拳を握りしめたまま、静かに言葉を紡ぐ。




「──言い訳はしねぇ。罪滅ぼしって訳じゃねぇが……」




その声は低く、しかし確かな決意を帯びていた。




「ここは、あんたらの為に、身体張らせてくれ……!!」




言葉と同時に、腰のバックル"獏羅天盤(ばくらてんばん)"に手を伸ばす。


歯車状のパーツを親指で二度、勢いよく回転させると、歯車の噛み合う甲高い音がフロアに響いた。


直後、機械的な咆哮が夜のビルに木霊する。




『──インカネーション! ブチブチ! ブッチ斬リ!!』




紫色の光が奔流のように鬼塚の両腕を包み込む。


その光は凝縮され、厚みのあるメリケンサック状の装甲を形成し、拳の側面からは鋭利なビームブレードがバチバチと音を立てて伸びた。


紫の閃光が散り、粉々に割れたガラス片に反射して宙を舞う。


その光景を見据えながら、黄龍は雷蛟鞭を構え、低く言い放った。




「複数の兵装を生み出すスキルか。……悪くない」




鬼塚の眉間に皺が刻まれる。怒りがその声音に混じった。




「……てめぇのその武器も……誰かから奪った”スキル”で出来てやがるのか……?」




黄龍の口元に僅かな笑みが浮かぶ。




「その通りだ。紅龍が喰ったスキルを組み合わせ、“本来の黄龍”の宝貝を再現したもの……それが、この雷蛟鞭だ」




雷光を纏う九節鞭が、不気味にうねりを上げる。


ビルの壁や床に雷の光が映え、全てが蒼白に照らされる中、鬼塚は拳を握り込み、ビームブレードが一層輝きを増した。




「……その力の核になっているのは……恐らく……俺のダチのものだ……ッ!!」




鬼塚の叫びは、血を吐くような怒声だった。




「てめぇが……一条の力を、使ってんじゃねぇッ!!」




獣の咆哮のような声と共に、鬼塚は床を蹴り、黄龍に飛びかかる。


黄龍は静かに雷蛟鞭をしならせ、周囲に十数個の震黄珠を浮かび上がらせる。


黄金の光球が浮遊し、壁やガラスを照らしながら不気味に回転を始めた。




「ならば、貴様が俺を喰らい、取り返してみるがいい」




雷光と紫光。


二人の戦士が激突する、その直前の空気は、ビル全体を震わせるほどに張り詰めていた。




 ◇◆◇




紫の閃光と金の雷撃が、フロアの中央で幾度も交錯した。


鬼塚のビームブレードが雷蛟鞭の節を火花ごと弾き飛ばし、黄龍の踏み込みに応じてコンクリートの床が爆ぜる。


互いの攻撃が衝突するたび、観葉植物は燃え、テナントのガラスは次々と割れていった。


そのすぐ後方で、ベルザリオンとマイネが身を寄せ合っている。




「ベル……! あやつが敵の気を引いているうちに、逃げるのじゃ……!」




マイネは必死の声でベルザリオンの手を取った。


しかしベルザリオンは動かない。

握られた手が震えていた。




「マイネ様…… 私は……」




その表情は、迷子の子供のように不安げで、いつもの冷徹な執事の顔とはかけ離れていた。


マイネの胸が、ズキリと痛む。




(いつも妾のためにいてくれたベルに……このような顔をさせてしまった……!)



(ああ……全ては妾のせいじゃ……もっと早く、勇気を出して、本当の事(・・・・)を話しておれば……!)




自責の念が喉を詰まらせる。だが、その時だった。




「──俺が言えた義理じゃねぇかもだけどよ!!」




轟音の中、鬼塚の怒声が響き渡った。

雷撃を払いながら、黄龍と刃を交えつつ叫ぶ。




「執事のあんた!! そこの女魔王を守るため、ここまで必死でやってきたんじゃねぇのかよ!!」




ビームブレードが火花を散らし、雷蛟鞭が竜のように唸る。


その狭間で、鬼塚の叫びは揺るがない。




「一時の感情で、本当に大事なモン見失ってんじゃねぇ!!」




ベルザリオンの目が見開かれる。鬼塚は更に叫んだ。




「何があったか知らねぇけど……すれ違ったなら、後でいくらでも、腰据えてゆっくり話し合えばいいんじゃねぇのか!? 」


「──その為に、今はこの場を生き残る事を考えろ!!」




その一喝に、ベルザリオンはハッと我に返った。


横を見ると、マイネが不安と悲しみに揺れる眼差しでこちらを見つめている。




(マイネ様に……お嬢様に、こんな顔をさせるなど……私は執事失格ですね……)


(たとえ、お嬢様が私に全てを話してくださっていなかったとしても……だから何だと言うのです!?)


(私の使命は……身命を賭して、お嬢様をお守りすること……!!)




強い決意が、再び胸に燃え上がる。


ベルザリオンは両の掌で自らの顔をパァンと叩いた。乾いた音がフロアに響く。


突然の行動にマイネがビクリと身を震わせる。


だがベルザリオンはスクッと立ち上がり、乱れた執事服の埃をパンパンと払い落とすと、胸に手を当てて深々と一礼した。




「……お見苦しいところをお見せし、申し訳ありません。お嬢様」




その声は、いつもの冷静な執事のものだった。

だが次の瞬間、少し照れたように口元を緩め、静かに微笑んだ。


その笑みを見たマイネの胸に、安堵の温かさが広がる。


自然と、彼女の口元にも笑みが浮かんだ。




「ベルよ……この戦いが終わったら……話したい事があるのじゃ……」




小さく息を呑み、真剣な眼差しで問う。




「──聞いてくれるか?」




ベルザリオンは胸に手を当て、深く頷いた。




「お嬢様の御心のままに」


 


その言葉に、マイネは確かに救われたような笑みを見せた。


ベルザリオンはボロボロの身体でなお、腰の剣に手をやり、静かに呟く。




「……それにはまず、あちらの彼と協力してでも……ヤツを止める必要がありますね」




瞳に宿る炎は、もはや揺らぎを知らない。


鬼塚と黄龍がぶつかり合う戦場を、鋭い眼差しで見据えていた。





───────────────────



まだ五歳だったはずの自分の身体は、既に大人と変わらぬほどに膨れ上がっていた。


骨ばった指、異様に伸びた四肢、土色に濁った肌──それは“魂の呪い”と呼ばれる、忌まわしい烙印の証。



その日、目覚めた時には、父と母の姿はどこにもなかった。


冷たい朝霧に包まれた渓谷の淵に、一人ぽつんと置き去りにされていたのだ。


叫んでも、泣いても、返事は無い。

岩壁に響くのは、己の嗄れた声だけ。




幼心にも理解していた。


──両親に愛されてはいなかったのだ、と。


ただの厄介者。忌み子。人の形をした呪い。


腹を空かせ、獣に追われ、泥にまみれて必死に逃げた日々の中で、彼は一振りの剣に出会った。


漆黒に鈍く輝く刃。まるで持ち主を選ぶかのように、腐れ落ちた骸の中に突き刺さっていた。



それが"魔剣・アポクリフィス"だった。



触れた瞬間、胸の奥に熱が灯った気がした。


呪われた己と同じく、剣もまた“呪い”を宿していた。


互いに似た傷を抱える者同士のように、剣は彼を拒まなかった。


その日から、彼はアポクリフィスと共に魔物を狩り、命を繋ぐ術を得た。




(誰も……俺を愛さない。信じられるのは、この剣と俺自身だけだ)




そう固く心に刻み、孤独の闇に身を沈めていた。




──そんな彼の前に、ある日現れたのが“強欲の魔王”マイネ・アグリッパだった。


豪奢な馬車に腰掛け、黒紫の衣を纏い、妖艶に微笑む女魔王。


怪物のような己を見下ろしながら、興味深げに目を細めた。




(……なんと悪趣味な女だ)




初めて出会った時、ベルザリオンは軽蔑すら抱いた。


世間の噂では、マイネ・アグリッパはこの世の全てを欲する蒐集家。

珍しい物は全て手中に収めずにはいられない、冷酷な魔王。


ならば、自分を拾ったのも、呪われたこの醜い身体を“珍品”として物珍しがっただけに違いない──そう思った。



だが、それは誤解だった。



部下が傷付けば、彼女は自らの“魔神器”で立ち所に傷を癒した。


配下の魔物たちが生活に困れば、惜しげもなく私財を投じて助けた。


その姿は、噂に聞く冷酷な蒐集家ではなく、むしろ慈母のようですらあった。


ある時、マイネは笑いながらこう言った。




「妾は強欲じゃからのう。妾の元に集う全ての者は、最高の状態でいてもらわねば困るのじゃ。何せ、お主らは皆、妾の大事な大事な“コレクション”じゃからな」




自分をただの“所有物”と呼ぶ言葉。

しかし、その声には温もりがあった。


道具のように扱うのではなく、心から“大事な宝物”として誇らしげに語るその姿に、ベルザリオンの胸は揺さぶられた。




(……この人は……違うのかもしれない)


 


気づけば、ベルザリオンは自覚もなく、彼女に惹かれていたのだ。



 ◇◆◇



燭台の揺れる光に照らされた執務室。


重厚な机に腰掛けて書類を整理するマイネの横で、ベルザリオンは壁際に立ち尽くしていた。


十九歳──まだ若いはずなのに、その姿は五十路を越えた男にしか見えなかった。


魂の呪いによって肌は浅黒く濁り、頬はこけ、眼窩には深い隈が刻み込まれている。

自分の影すら、醜悪に思えるほどに。


不意に、口を突いて出てしまった。




「……何故、私のような者を……お側に置いてくださるのですか」




マイネの手が止まる。


紫緑の髪がふわりと揺れ、振り返ったその顔には驚きはなく、静かな関心だけが宿っていた。


ベルザリオンは視線を伏せ、苦笑を浮かべる。




「呪いを受けた、この醜い身を……。

誰も愛さず、忌避して当然の、出来損ないを……」




自嘲の言葉は重く落ち、沈黙が部屋を満たした。


やがて、マイネは立ち上がると、机を離れてベルザリオンの目の前に歩み寄った。


その瞳が正面から射抜く。




「──妾は、お主を“醜い”などと思ったことは、一度も無い」




その声音は驚くほど柔らかく、しかし力強かった。




「他者を傷つけ、地を這い泥を啜ってでも、生という希望を掴み取ろうとする……その執念、その"欲望"こそ……美しいとすら思う」




ベルザリオンの胸が、強く打たれたように揺れる。


誰からも疎まれ、嫌悪され続けた己を、美しいと断じる者がいるなど──想像すらしたことがなかった。


マイネは小さく微笑んだ。その笑みは魔王のそれではなく、どこか懐かしさを帯びていた。




「……お主のその直向きな“欲”。少し、昔の知り合いを思い出すのじゃ」




ベルザリオンは息を呑む。


胸の奥に熱が広がり、目の奥がじんと熱を帯びる。




(ああ……こんな言葉を……かけられたのは、初めてだ……)




涙は零れなかった。

だが、その瞬間から彼の世界は変わった。


孤独に縋るための生ではなく、守るべき誰かのために生きる道が、確かに心に刻まれたのだ。




───────────────────




意識の底で、ベルザリオンはひとつの記憶を反芻していた。


──あの日、魂の呪いに蝕まれ、すべてを失っていた自分に、ただ一人「美しい」と言ってくれた存在。




(そうだ……なぜ、大事なことを忘れていたのだ……)


(最初に私を地獄の底から救ってくださったのは、マイネ様ではないか)


(たとえ、マイネ様が私に話していない秘密を抱えていたとして──それが何だというのだ……!)


(私は……贅沢になりすぎていた……!)




己の心を握り直した瞬間、頭上から冷たい液体が降りかかった。




「っ……!?」




パシャッ、と濡れる感触。


傷口がじわりと熱を帯び、次の瞬間には不思議なほどの速度で癒え始める。


驚いて振り返ると、そこには瓶を傾けるマイネの姿があった。


彼女の手から、最後の一滴が零れ落ちる。




「そ……それは……!? まさか、“神霊薬(エリクサー)”では……!」




ベルザリオンの目が大きく見開かれる。




「あれほど大事にしていた……先日のオークションで、やっとの思いで競り落とした……お嬢様のコレクションの一つ……!」


「それを……私などに使うなど……何という事を……!」




慌てるベルザリオンの額を、マイネは空になった瓶でコツンと小突いた。




「こらっ!」




思わず呆気に取られるベルザリオンに、マイネは高飛車に鼻を鳴らす。




「バカを言うでないわ! こんな薬なぞ、ベルに比べれば大した価値などありゃせんじゃろ!」




わざと突き放すような調子。

だが、その声音には隠しきれない必死さと、確かな想いが滲んでいた。


マイネはくるりと振り返り、指先で戦場を示す。


鬼塚と黄龍が雷光の奔流の中で激突している。




「今宵は大奮発じゃ! 妾も秘蔵の魔導具を放出して、あやつと戦う!」


「──あの異界の小僧と共闘し、道三郎が来るまでの時間を稼ぐのじゃ!」




その背は小柄でありながら、強欲の魔王の名に恥じぬ覇気を放っていた。


ベルザリオンはふっと笑みを浮かべる。




「……お嬢様の、仰せのままに」




深く一礼すると、彼は立ち上がり、腰の愛剣に静かに手をやる。


剣を抜き放つ瞬間、その声は鋼鉄のように研ぎ澄まされていた。




「──強欲の魔王が配下……"四天王" 至高剣・ベルザリオン……推して参る!!」




黒い執事服が翻り、銀の閃光が走る。


黄龍の雷が咆哮する戦場へ、ベルザリオンは再びその身を投じた。

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