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第155話 あなたみたいに、なりたかった。

「──まだよっ!!」




蒼龍の叫びが夜空に響き渡った。


両腕の扇を大きく振り抜くと、観覧車の下、広場の地面が不気味に蠢き始める。


赤黒い砂が渦を巻き、次々と魔物の影が現れる。オーガ、ゴブリン、リザードマン……その数は数十、いや数百。


呻き声とともに蘇った群れは、闇夜を覆う波のように広がっていった。




「"紅砂の舞い"……そして──"化血の舞い"ッ!!」




再び彼女の命令が下された瞬間、魔物たちの肉体が不自然に引き寄せられ、骨と筋肉が軋む音が響く。


手足が絡まり、背骨が折り重なり、粘りつく肉塊がひとつの巨体を形成していく。


その光景は、まるで地獄から這い出したかのような異形の誕生だった。



──だが。




「……無駄だっつの」




リュナは黒銀の竜鎧のまま、気だるげに肩を竦めると、右側の腕のひとつをゆるりと上げた。

その仕草は戦場に似つかわしくないほど投げやりで、しかし、確かな威圧を孕んでいた。




(今度こそ……! “封印呪法”で……!)




蒼龍は息を止め、鋭い視線をリュナへ注ぐ。魂を縛る術式が走り、リュナの咆哮を封じた手応えを確かに感じた。


──だが、次の瞬間。


リュナのもう一方の右腕が、ゆらりと持ち上がった。


そして、掌の中央に刻まれたギザ歯の“口”が、にぃっと笑ったかと思うと──。




『はい、解散〜』




呑気すぎる声が夜気を震わせる。


ズルルルッ……!


組み上がろうとしていた巨人の構造が、一瞬で崩壊する。

引き寄せられていた魔物たちの身体がぶつかり合うこともなく、次々とバラバラに離れていった。



「そ、そんな……ッ!?」



蒼龍の声が震える。

確かに封じたはずの咆哮が、別の掌の口から発動してしまった──!


追い打ちのように、リュナは左腕の掌を軽く掲げた。

そこから響いたのは、工事現場の注意喚起のような調子の声。




『ご安全に〜』




直後、落下しかけていた魔物たちの身体が光の膜に包まれ、羽根のようにゆるやかに降下していく。

地面に伏した彼らは、誰一人として傷を負っていなかった。




「バカな……! 一つ封じても……残りの口から……!? しかも、"咆哮"で魔力そのものを操って……っ!」




蒼龍は言葉を失い、血走った瞳でリュナを見据えるしかなかった。




「リュナちゃん、すごいすごい!」




ブリジットは子どものようにぴょんぴょん跳ね、両手をぱんぱん叩いて喜んでいる。


リュナは蒼龍を冷ややかに見上げ、ため息混じりに言った。




「こーなったらマジで、もう何やっても無駄だから。降参した方がよくね?」




すると、四本の掌の口が一斉にギザ歯を見せて笑い──。



『だよね〜』

『それな〜』

『ウケる〜』

『クソが〜』



好き勝手に相槌を打ち始める。




「……っ!?」




蒼龍は愕然とした。まるで戦場が茶番劇に変わってしまったかのようだ。


ブリジットはそんな様子を見て内心で思う。




(あのおてての口……それぞれ喋れるんだ……)


(ひとり、めっちゃ口悪い子がいるなぁ……)




──戦いの空気は、一瞬にしてリュナの掌の中へと塗り替えられていた。




 ◇◆◇




「──それなら……アタシが直接、アナタを叩けば良いだけのことよっ!!」




蒼龍の怒声が夜を裂く。


彼女の両手に握られた五火七風扇が大きく弧を描き、蒼白い魔力が迸る。




「"寒氷・風吼の舞い"ッ!!」




──瞬間。


観覧車の下、遊園地の広場に烈風が生まれた。


風は竜の咆哮のように唸りをあげ、同時に氷の刃を無数に孕む。

竜巻となった嵐が夜空を切り裂き、鋭利な氷槍を乱舞させながらリュナとブリジットへと襲いかかった。




「きゃっ……!」




ブリジットは反射的に身をすくめる。荒れ狂う竜巻の圧力に、空気そのものが刃となって肌を切り裂きそうな気配を放つ。


だが、リュナは一歩も退かない。


黒銀の竜鎧のまま、4本の腕をしなやかに前方へと突き出す。

その仕草はまるで舞踏のように優雅で、しかし不気味な迫力を帯びていた。




「んじゃ……まとめて止めとくっすかねぇ」




ギザリ──。


突き出された4つの掌に刻まれた“口”が、同時にニィッと牙を剥いて笑った。




「"封印呪法(スフラギータ)"ッ!!」




蒼龍は慌てて術を発動する。咆哮を縛る鎖が空を走り、リュナの掌の一つを封じ込めた。




「これで……!」




だが。


残りの三つの掌が、まるで好き勝手に言葉を吐き出す。



『止んで〜』

『溶けて〜』

『ストップ〜』



──ズシンッ!


竜巻を構成していた風が、嘘のようにピタリと止む。

氷の刃はシュウゥ……と音を立てて溶け、ただの水滴となって地面に散った。




「なっ……!?」




蒼龍の瞳が大きく見開かれる。


同時に、彼女の身体が硬直した。

両足が地面に縫い付けられたように動かず、扇を握る腕すら痺れるように止められていた。




(竜巻や氷槍にまで……“咆哮”の効果が及んでいる……!? それどころか……アタシ自身の動きまで……っ!?)




恐怖と驚愕が喉を詰まらせる。




「おあつらえ向きに止まってくれて、センキュー」




リュナの軽い声が響く。

その瞬間、黒銀の竜翼を大きく羽ばたかせ、リュナの姿が蒼龍の懐へと迫っていた。



──ドンッ!!



鋭い横蹴りが蒼龍の胴を直撃する。



「くっ……!」 



間一髪、彼女は二枚の扇を重ね合わせ、防御の構えを取った。


──が。



「……お、重っ……!?」



骨ごと軋むような衝撃が、扇を通して全身に叩き込まれる。

ガードしてなお、身体は制御不能に弾き飛ばされ──。



バキィィィィィィンッ!!!



背後のジェットコースターの支柱の一本をへし折り、そのまま地面に叩きつけられた。


砂煙の中で、リュナはぽつりと呟く。




「あっ、やべ。……後で乗ろうと思ってたのに……」




少しだけ残念そうに肩をすくめる。


支柱の残骸に横たわる蒼龍は、血を吐きながらも、なおも眼光を光らせていた。

ガード越しであっても、扇は砕けかけ、腕は痺れ、肺が軋む。



「こ……れが……」



震える声が夜に滲む。




「咆哮竜ザグリュナの……本当の力だって言うの……!?」




その瞳には、戦慄と──ほんのわずかな畏怖が浮かんでいた。




 ◇◆◇




蒼龍は、折れたジェットコースターの支柱に身を預けながら、荒い呼吸を繰り返していた。


その瞳が細く揺れ、奥底で理解できない違和感が渦巻く。




(……おかしいわ……)


(“咆哮”は、ザグリュナが生まれながらに持つスキル……魂と共にあり、存在を構成する一つのピース……)


(そんなものが、どうして……こんな風に、新たな形に変わるのよ……!?)




奥歯を噛み締め、蒼龍は目を細める。


"解析眼(アナライズ・ビジョン)"。


赤黒く輝く魔力が瞳に宿り、視界が異形の光で満ちる。


リュナの魂が露わになる──そこに映った光景を目にした瞬間、蒼龍の心臓が鷲掴みにされた。




「……っ!?」




震えが走る。


リュナの魂は、まるで鋭利な刃物で切り裂かれたかのように、いくつもの断片に分かれていた。


本来なら一枚岩であるはずの“咆哮”のスキルが、異様なまでに細かく切り分けられ、別の形へと再構築されている。


蒼龍は思わず声を荒げた。




「アナタ……バカなんじゃないの!?」



「はぁ?」




リュナが眉をひそめ、黒マスクの下からイラついた声を返す。


だが蒼龍は構わず叫んだ。




「本来、"宝貝"……いえ、“神器”なんてものはね──魂の器が小さい人間が、竜みたいな上位種に対抗するための苦肉の策なのよ!」


「アナタみたいな存在には、本来なら必要ないモノ……!」




リュナは黙ったまま、鋭い瞳で蒼龍を射抜いている。


ブリジットが慌てて二人を見比べた。




「えっ……? えっ? ど、どういうことなの……!?」




蒼龍はブリジットを一瞥すると、さらに声を荒げた。




「このトカゲちゃんはね……神器を作るために! 本来なら大きすぎる“咆哮”の力を、いくつかに分割したのよ!」


「生来のスキルは魂そのもの……それを無理矢理切り刻むなんて、自殺行為に等しいわ!!」




ブリジットは目を見開き、リュナへと視線を向けた。




「リュナちゃん……そんな……!」




当のリュナは、蒼龍の怒声にも眉ひとつ動かさなかった。

黒銀の鎧を纏った肩がわずかに上下し──深いため息が零れる。




「……そーだよ」




その声は投げやりに聞こえるほど軽く、しかし確かな響きを持っていた。

リュナは黒マスクの下で口角を上げ、淡々と続ける。




「色々イジったし、元の姿に戻るのはムズくなったかもな。確かに」




あまりにもあっけらかんとした言葉。


それは、自身の種としての本質を失いかねない事実すら、大したことではないと言い切る強さに聞こえた。


蒼龍の胸に走るのは、怒りか、それとも焦りか。

震える声で、思わず叫ぶ。




「なぜそこまでするの!? 竜の姿を──竜としての誇りを失ってまで、なぜッ!?」




夜空に響く絶叫。

扇を握る手が小刻みに震え、紅い魔力が滴り落ちるように漏れ始める。


リュナは一歩、前へ踏み出した。

砂を蹴る音が夜の静寂を裂き、その瞳は蒼龍の心を射抜くように澄み切っていた。




「それが何?」




低く、鋭い響き。

わずかな沈黙が場を圧し、次の瞬間、毅然とした声が夜空を切り裂いた。




「あーしにとってはさ、“竜としての誇り”なんかより──」



「“人として生きる今日”の方が、よっぽど大事なんだよ」




その言葉は炎のように真っ直ぐで、風のように澄んでいた。


リュナの声は、観覧車の鉄骨に反響し、広場全体に染み渡る。




「……リュナちゃん……」




ブリジットの瞳に、涙がにじんだ。

小さく震える唇で、それでも笑顔を作り、彼女は頷いた。


蒼龍はその光景に打ちのめされる。

人と生きることを選んだ竜が、竜としての在り方を否定する言葉が、自身の価値観を崩壊させていく。


理解できない。認めたくない。


ワナワナと全身を震わせながら、かすれた声を絞り出した。




「認めない……ッ! そんな事、アタシは絶対に……認めないッ!!」




その瞬間、扇を握る手から紅の魔力が爆ぜた。

燃え盛る怒気のように夜空を染め上げ、広場を紅に染める光が奔流となって迸る。




 ◇◆◇




「リュナちゃん。蒼龍さんの相手は、あたしが引き受けるよ」




ブリジットは真っ直ぐにリュナへ振り返った。

その顔は恐れではなく、覚悟に満ちている。




「リュナちゃんは……さっきの新しい“咆哮”で、倒れてるみんなを守って。援護もお願い」




黒銀の鎧を纏うリュナは一瞬、きょとんとした顔で姉のような少女を見つめたが──次の瞬間、にやりと口元を歪めた。




「……姉さんがそう言うなら、いっすよ」




軽口の裏に、確かな信頼が響く。


そのやり取りを聞いた蒼龍は、たまらず喉の奥から悲痛な叫びを噴き出した。




「アアアァァァァァァッ!!」




二枚の扇が烈風を巻き起こし、夜空を切り裂く。




「"寒氷・風吼・地烈の舞い"!!」




竜巻が渦を巻き、鋭い氷刃がその中に散りばめられていた。

さらに地面を割って現れたのは、石を這い上がるようにせり出す巨大な岩の大蛇。


怒涛の攻撃がリュナとブリジットを呑み込もうと迫る。



──しかし。



『止んで〜』

『溶けて〜』



リュナの掌の口から漏れた呑気な声が、竜巻と氷刃を無力化した。

風はしゅるりと解け、氷は瞬く間に水滴となって蒸発する。



『ご安全に〜』



もう一つの掌の声が響くと、倒れていた魔物たちの周囲に光の結界が広がった。


苦しげに呻いていた魔物たちの表情が和らぎ、守られるように光に包まれていく。


その間に──。




「えいやあぁぁーーッ!」




ブリジットがひとっ飛びに蒼龍の間合いへ。

扇とピコピコハンマーが衝突し、火花のような衝撃音が夜の遊園地に弾けた。


鍔迫り合い。


ブリジットの額に汗がにじみ、必死に両手でピコ次郎を押し込む。

蒼龍は鬼のような形相で、鋭い扇を振り下ろそうと力を込める。




「……蒼龍さん。大丈夫……?」




戦闘の只中で、ブリジットはふと柔らかな声を投げかけた。




「……アナタ……何を……言って……?」




蒼龍の動きが、ほんの一瞬止まる。

目が大きく見開かれ、攻撃の勢いが僅かに緩んだ。


ブリジットはその隙を逃さず、まっすぐに言葉を重ねる。




「だって……蒼龍さん、今にも泣き出しそうな顔をしてるって、思ったから……」




優しい声音が、嵐の中に灯された小さな蝋燭のように届いた。


蒼龍の瞳が揺れる。

怒りと悲しみが入り混じった色に濁り、唇が震えた。




「うるさい……」




掠れた声。




「うるさい、うるさい、うるさいッ!!」




絶叫と共に力を解き放ち、バッと飛び退く。

扇を振り抜きながら距離を取り、息を荒げ、全身を小刻みに震わせていた。


ブリジットは追わず、ただ切なげにその姿を見つめた。




 ◇◆◇




蒼龍の肩が大きく震え、顔に張り付く涙と汗が混じり合う。

彼女は、裂けるような声で叫んだ。




「もういいわ……終わりにしましょう、何もかもッ!!」




両腕を広げ、扇を振り抜く。

瞬間、紅い火花のように呪符が舞い上がった。



──ヒュン、ヒュン、ヒュン……!



十二枚。


円環を描くように宙へと散り、赤黒い魔力を溜め込み始める。

その一枚一枚が、まるで魂を縛る鎖のように重苦しい気配を放っていた。


リュナの瞳が細められる。




「!! あれは……ちっとばかり、危なそうっすね……」




黒銀の四本腕が蒼龍を狙い定める。

だが、その前に。




「リュナちゃん」




穏やかな声が割り込んだ。

ブリジットが片手を伸ばし、制止するように首を横に振った。




「ここは……あたしに任せて」




一瞬、リュナは唇を尖らせたが──やがて肩をすくめ、腕を下ろす。




「……しゃーねぇっすね。姉さんがそう言うなら」




蒼龍の絶叫が夜空を引き裂いた。




「"落魂(らっこん)の舞い"ッ!! 魂ごと、消し去ってあげるわぁッ!!」




十二枚の呪符が一斉に輝き、鋭い光の矢へと変貌する。



──ドシュンッ! ドシュンッ! ドシュンッ!



連続して放たれた光は、まるで魂を穿つレーザーの雨。

全てがブリジットただ一人を狙い撃ちにしていた。


それでも彼女は、一歩も退かない。




「蒼龍さん……」




両の手でピコ次郎を握りしめ、胸の奥から声を絞り出す。




「あなたが……何にそんなに悲しんでいるのか、あたしには分からない」




視線は真っ直ぐに、蒼龍へ。




「でも……負けられないんだ! あたしも!」




次の瞬間──ブリジットの口元が銀色の光に包まれた。



キィィィィン……!



鋭い音を立てて、魔力が一点に収束していく。




「"祝福の銀吐息(ブレス・ブレス)"ッ!!」




──ギャアアアアアアァァァァァッ!!



銀の奔流が夜を貫いた。


光は矢を呑み、呪符を砕き、呪法そのものを塵へと還していく。

十二枚の呪符が音を立てて弾け飛び、蒼龍の身を直撃した。




「アアアアアアアァァァァッ!?」




蒼龍の絶叫。

扇は砕け散り、衣は裂け、彼女の体は紅い残光を引きながら後方へ吹き飛んでいく。


地を転がる間、彼女の瞳はブリジットを捉え続けていた。




(……この力……さっき見た……アルドとかいう少年と……同じ……魔力……!?)




胸に去来するのは、悔しさか、それとも羨望か。

意識が暗転する寸前、蒼龍は微かに笑んだ。




(そう……ブリジットちゃん……アナタの力は……想い人からの、贈り物なのね……)




そのまま、地面へと崩れ落ちた。




 ◇◆◇




崩れ落ちた観覧車の支柱の影から、蒼龍がよろよろと姿を現した。


その身体は満身創痍。衣は裂け、鮮やかな紅の布地は泥にまみれ、手に握られていた扇は折れ曲がって原型を留めていない。


荒い呼吸が肩を揺らし、立っているのもやっとのように見える。


それでも──彼女は、前に出た。


足取りはふらつき、瓦礫を踏むたびに膝が笑う。

だが、目だけはブリジットとリュナを睨み据えた。




「……アタシは……っ!」




かすれた声が、夜風に掠れて響く。


リュナは反射的に翼を広げ、竜の気配を纏わせて構えを取った。


しかし、その横でブリジットが一歩進み出て、リュナの肩にそっと手を置く。




「大丈夫」




短いその一言。

けれど声には、不思議なほどの確信と優しさが宿っていた。


その響きに、リュナは眉をひそめながらも、しぶしぶ翼を少し下ろす。


蒼龍は足を止めた。


怒りと悔しさで固まっていた顔が、ほんの刹那、揺らぐ。


赤く充血した瞳に、わずかに光るものが浮かぶ。




「アタシ……アタシは……」




声は震え、喉は詰まり、言葉が途切れ途切れになる。


そして次の瞬間──透明な雫が、頬を伝って零れ落ちた。






「アタシも……あなたみたいに……なりたかった……っ」






張り詰めていた心が崩れ、堰を切ったように涙が溢れる。


嗚咽が混じる声は、もう敵意も誇りも失った、ただの「ひとりの少女」のものだった。


そして、そのまま力尽きるように、前のめりに倒れ込んでいく。




「蒼龍さんっ!」




ブリジットは駆け出し、両腕を広げてその身体を抱きとめた。


腕の中で力なく横たわる蒼龍の顔を見下ろすと、胸の奥がきゅうと締めつけられる。


憎むべき敵であったはずなのに、そこにいるのは傷だらけで泣き疲れた少女にすぎなかった。




「……ごめんね」




小さな声がブリジットの唇から漏れた。

謝罪とも祈りともつかぬその言葉は、夜の風に消えていった。


リュナは静かに近づき、四本の腕のうち二本を蒼龍へ翳した。

掌に刻まれた口が、まるで子守唄を歌うように微笑んで開く。



『おやすみ〜』

『よい夢を〜』



くすぐったいほど穏やかな声が響いた瞬間、蒼龍の顔から険しさが消えた。


涙の跡は残ったまま、それでも幼子のような安らかな寝息を立て始める。


リュナは肩を竦め、ふぅとため息を吐いた。




「……そんな顔されたらさ、これ以上殴れねーじゃん。バーカ」




わざと吐き捨てるような言葉。

だがその声には、かすかな温もりと安堵が滲んでいた。




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