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第151話 恋する乙女はサイキョー

蒼龍とリュナが、呆けたようにその場で固まっていた。


だがブリジットだけは違った。ふわりと、花がほころぶような微笑みを浮かべる。




「そっかぁ……アルドくんも、実はドラゴンくんだったんだぁ……」


「……よかったぁ……」




その声は、透明な鈴のように澄みきっていた。


恐怖も怒りも一切なく、ただ純粋な安堵と、心の底からの喜びが滲んでいた。


まるで長い間探していた宝物をようやく見つけた子どものように。




「……っ!」




蒼龍の目が大きく見開かれる。




(演技じゃない……!? 本心から……喜んでる……?)


(どういうこと……!? 騙されていたのに……怒るどころか、こんなに幸せそうな顔を見せるなんて……!)




混乱と苛立ちに歯噛みする蒼龍の横で、リュナすらも状況を飲み込めず、視線を泳がせながら声を絞り出す。




「ね、姉さん……怒らないんすか?」



「なんで?」




ブリジットはきょとんと首を傾げ、純粋そのものの眼差しを向けた。


リュナは口ごもりながら必死に言葉を探す。




「い、いや……兄さんに悪気が無かったのはもちろんっすけど……結果的に、ずっと正体を秘密にしてたっていうか……」




けれどブリジットは、ふっと小さく笑って軽く人差し指を立てる。




「でも、アルドくんのことだし──いつか言おう、言おうって思いながらも……」


「今さら言ったら『なんで今まで黙ってたの!?』って怒られるかも!?……って、必要の無い心配して、言い出せなくなっちゃった! ……とか、そんな感じでしょ?」




リュナはジト目になりながらも、心の中で深く頷いていた。



(……大体あってる……)



観念したように小さく肩を落とし、苦笑を浮かべながらぽつりと漏らす。




「兄さんのこと、よく分かってるっすね……」




するとブリジットは胸を張り、夜空に咲く花のような笑顔を浮かべた。




「分かるよ! だって……好きな人のことだもん!」




リュナは思わず顔を真っ赤にしてむせ返りそうになり、蒼龍は混乱と苛立ちの極みに眉を寄せる。


──ただ一人、ブリジットだけが、揺るぎなく真っ直ぐだった。


蒼龍とリュナが呆気にとられて立ち尽くす中──ただ一人、ブリジットだけがふわりと表情を緩めた。


頬をほんのり赤らめながら、胸の前でぎゅっと両手を重ねる。




「……それよりもね。わたし、本当に……嬉しいの」




「な、何が嬉しいって言うのよ!?」




蒼龍が苛立ちを抑えきれず、鋭い声をぶつける。


けれどブリジットは怯まず、そっと胸に手を当て、伏し目がちに語り出した。




「……あたしの"真祖竜の加護"ってね。寿命がすごーく伸びちゃうんだって。不老不死って言われるくらいに」


「もちろん、長命の種族の人たちもいるから、それ自体は特別じゃないかもしれないけど……」




彼女の声は次第に震え、頬がじわじわと赤く染まっていく。




「でも……もし、アルドくんが普通の“人”だったら……」


「……仮にだよ?……あたしが……もし、アルドくんの……お……」




そこで言葉が途切れた。


瞳が揺れ、肩が小刻みに震え、両手がゆっくりと頬に伸びていく。


指先から伝わる熱で、余計に顔が赤く燃え上がってしまう。


リュナは身を乗り出し、言葉の続きを催促する。




「……"お"……?」




ブリジットは耐えきれず、目をギュッとつむった。

そして爆発するように吐き出す。




「お……お嫁さんになったとしたらっ!!」


「アルドくんだけ先に歳を取って……先に死んじゃったら……悲しいからイヤだなって……ずっと想像してたからっ!」




言った瞬間、自分でも恥ずかしくなったのか、両手で真っ赤な顔を覆ってしまう。


声まで震えながら、それでも続けた。




「……でも、ドラゴンなら……ずっと一緒にいられるでしょ……?」


「リュナちゃんと、三人で……!」


「お、お嫁さんどうこうは……置いといて、ねっ……!」




まるで恋に胸を焦がす少女そのもの。


その姿を見た瞬間──リュナは一瞬ぽかんとした。

だが、こらえきれずに噴き出す。




「あははっ!! 姉さん、それ……かわいすぎっすよ!!」




遊園地の風が、二人の笑いと赤面を軽やかに運んでいった。




 ◇◆◇




「そ……そんな理由で……!?」




蒼龍の声は震え、怒りと困惑がないまぜになった響きで迸った。




「愛した人が、人間じゃなかったのよ!? なのに……なぜ、そんな平然としていられるの!?」




その叫びは、まるで風の刃となって夜の遊園地を切り裂くかのように鋭かった。


観覧車のライトが瞬き、風に煽られた旗がざわめく。場の空気は張り詰め、緊張の色を帯びていく。


しかし──ブリジットは、ただ肩をすくめて、ぽんと手を広げてみせた。

その仕草は拍子抜けするほど軽い。




「え? だって、そもそも今の家で“人間”って──あたし一人だけだし」


「別にそこは、今さらどうでもいいかなぁって」




にっこりと、春の陽射しのような微笑。

怒りに満ちた問いかけを浴びても、その顔には怯えも迷いも一切なかった。




「……っ」




蒼龍の瞳が大きく見開かれる。


理解不能とでも言いたげに、唇が震え、喉が詰まる。今まで揺るがぬ自信に満ちていたその表情が、初めて言葉を失っていた。


一方で、隣にいたリュナは腕を組み、ふっと鼻を鳴らす。


その顔には、妙に納得したような色が浮かんでいる。




(まあ……確かになぁ)


(姉さんの家の同居人って、"咆哮竜"のあーしに、"大罪魔王"のヴァレン……んでもって、周りにいるのは百匹超のフェンリルども……)




頭の中に光景を並べてみて、思わず口の端を引きつらせる。




(今更、“好きピが人間じゃなかったから”なんて理由でビビる姉さんなわけねーっすよね)




そう思うと、笑いを堪えるのに必死だった。


唇の端がピクピクと震え、ついに「ぷっ」と小さな音が漏れてしまう。


蒼龍の激情と、ブリジットの無頓着さ。


そのコントラストが、場の空気を一層際立たせていた。



蒼龍の顔は怒気で紅潮し、握りしめた両手の扇が小刻みに震えていた。


怒りは風そのものを呼び起こし、遊園地のネオンに照らされた夜空に、荒々しい声が木霊する。




「アナタは……アナタは何も分かってないわ!!」




その一喝は、観覧車の鉄骨を揺らすほどの響きで広場を包み込んだ。


風がざわめき、売店の旗がバタバタと狂ったように翻る。




「相手は竜よ! 人の常識の枠から外れた存在なの!」


「どんなに心が通じたと思っていたって……いつか、その牙が、アナタを喰らう日が来るかもしれないのよ!」


「その時……アナタはどうするつもりなの!?」




怒号に合わせて扇先が鋭く突き出され、リュナとブリジットを同時に射抜く。


その双眸は狂気の光を孕み、まるで獲物を仕留める刃そのもののようにぎらついていた。


リュナは思わず目を瞬かせ、呆れ半分の息を吐く。




(なんだコイツ……? 急にめちゃくちゃなこと言い出しやがって……?)




だが──隣のブリジットは違った。

怯えるどころか、逆にきょとんと目を丸くして、首を小鳥のように傾げる。




「……それってつまり」




彼女は真剣そのものの声で問い返した。




「アルドくんやリュナちゃんが……どうしてもあたしを“食べたくなっちゃったら”どうするか、ってこと?」




その無垢な問いに、蒼龍の眉がぴくりと動く。


脅すつもりが、まるで子供の質問にされてしまったような屈辱感。


しかしブリジットは茶化すことなく、顎に細い指を添えて真剣に考え込んだ。


数秒の静寂が流れ──そして、ふわりと花が咲くように微笑む。




「きっと……アルドくんもリュナちゃんも、あたしなんかを食べるより──」


「みんなで食卓を囲んで食べるカレーの方が好きだと思うの」




その答えは、あまりにもあっけらかんとしていて。

だが同時に、嘘偽りなく真心を宿していた。


蒼龍の思考が、一瞬にして根本から揺さぶられる。




「……な……に……っ!?」




声にならない呻きが喉に引っかかる。


だがブリジットは止まらなかった。

にこりと真っ直ぐに、揺るぎのない瞳で言葉を継ぐ。




「だから、そんなことにはならないと思うけど……」


「もし──二人がどうしてもあたしを食べたい!って思っちゃったら……」




彼女は一度だけ目を閉じ、深呼吸をしてから見開く。


その瞳は、夜空の星より澄み渡り、力強く輝いていた。






「……あたし、二人になら……食べられちゃってもいい、って思っちゃうかも!」






一瞬、時が凍りついた。

蒼龍の目が大きく見開かれ、頬がひくりと痙攣する。



信じられない──そんなはずがない。



だが、ブリジットの声音も瞳も、すべてが真実を物語っていた。


指先が震え、扇の骨がカタカタと鳴る。

唇は動くのに、言葉が出てこない。


ただ呆然と、己の常識を覆す少女の笑顔を見つめるしかなかった。


夜の遊園地に瞬くネオンの光すら、遠い幻のように霞んで見えた。




 ◇◆◇




「アタシ……も……アタシ……だって……!」




喉奥から絞り出される声は、ひび割れた陶器のように不安定で、震えていた。


頬には紅潮が走り、血管が浮かび上がる。

握り込まれた五火七風扇の骨がギシリと軋み、今にも折れてしまいそうなほどに力が込められていた。



次の瞬間──




「──ああああああああああああああッッ!!!」




それは叫びであり、咆哮でもあった。


怒り、嫉妬、哀しみ……渦巻く感情が一気に解き放たれ、空気を震わせる。


観覧車の電飾がビリビリと明滅し、風圧で屋台の幌がめくれ上がる。

遊園地全体が、まるで一人の女の激情に押し潰されるかのようだった。


蒼龍は激情に駆られるまま、両腕を大きく振り抜く。


五火七風扇の先端に魔力が凝縮し、唸りを上げて地面へと叩きつけられる。




「"地烈の舞"ッッ!!」




大地が悲鳴を上げた。


地鳴りが轟き、足元の石畳が粉砕され、亀裂が蜘蛛の巣のように広がる。


そこから突き出したのは、鋭利な岩のスパイク。



ドドドドドドッッ!!



連続する爆裂音と共に、大量の石槍が林立する。

光を反射し、夜空へ突き上がるそれは、まるで大地そのものが怒りの牙を剥いているかのようだった。




「姉さん、危ないっ!!」




リュナが即座に動く。


咄嗟にブリジットの身体を抱き寄せ、背の黒翼をばさりと広げる。

脚力で地を蹴り、後方へ跳躍。


直後、彼女らがいた場所に無数の岩槍がドガガガッと突き立ち、衝撃で破片が銃弾のように四方へ飛び散る。


弾け飛んだ瓦礫は屋台の照明を砕き、メリーゴーランドの木馬を無惨に引き裂いた。


破壊の連鎖はまるで蒼龍の心そのものを映しているかのようだった。




「ありがと、リュナちゃん!」




ブリジットは抱えられたまま、それでもにこりと微笑んで礼を言った。


だが、続く言葉はあまりに場違いだった。




「蒼龍さん、急にどうしたの!? お腹とか痛くなっちゃった!?」



「いや、違うっしょ。多分」




リュナが素っ頓狂な声を上げる。


一方の蒼龍は、逆にその言葉で怒りを煽られたように顔を歪める。




「うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいッ!!!」




頭を乱暴に振り回し、髪が乱れ、汗が飛び散る。

血走った瞳がギラギラと二人を捕らえ、扇の刃先が鋭く突きつけられる。


その声はもはや理性を欠いた獣の断末魔のようであった。




「ブリジット・ノエリア……!」


「咆哮竜ザグリュナ……!」




一つひとつ名前を吐き出すたび、蒼龍の声は低く震え、扇を持つ腕が痙攣するほどに力がこもる。




「アンタ達は……ッ!」




夜空に響き渡る絶叫。




「アンタ達の存在だけは……絶対に許しておけないッ!!!!」




その瞬間、さらに地面が爆裂音を轟かせ、遊園地の広場が蒼龍の怒りを映すかのように震え続けた。



五火七風扇が大きく振るわれた瞬間、地面が再び悲鳴を上げた。

亀裂が走り、広場の石畳が波打つように盛り上がる。



ゴゴゴゴゴッ……!



地中から、巨体がせり上がってきた。

石を削り出したかのような鱗、無骨な角張りをした頭部。


砕けた瓦礫をガリガリと噛み砕きながら、巨大な大蛇が姿を現す。


その口から漏れるのは風を切り裂くような、耳障りな咆哮だった。




「アタシの……三龍仙・蒼龍の名にかけて……!」


「アンタ達のすべてを──否定してあげるッッ!!!」




叫びと同時に、岩の大蛇はコーヒーカップのアトラクションを粉砕しながら突進してくる。


無数の破片が夜空に舞い、粉塵がネオンの光をかき消した。


地鳴りは広場全体を揺らし、砂煙が押し寄せる波のように迫る。




「姉さん、来るっすよッ!」


「うん!」




背中合わせに立った二人の少女。

リュナの龍腕がわずかに震え、ブリジットの額には銀のツノが輝きを増す。


ネオンの光を背に、二人の瞳が同じ強さで前を見据えた。




「「えいやーーっ!!!」」




叫びは息を合わせた合図のように響き、次の瞬間、二人の脚が同時に閃いた。

空気を切り裂き、鋭いダブルキックが炸裂。




ズガァンッ!!




岩の大蛇の頭部が砕け散り、巨体が崩れ落ちる。

轟音と共に破片が雨のように降り注ぎ、粉塵が夜空へと舞い上がった。


遊園地のライトがその中に霞み、幻想的な閃光が辺りを覆う。


リュナは大きく息を吐き、肩をすくめた。




「急にヒス起こしやがって……超イミフなんすけど」




ブリジットは悲しげに眉を寄せたが、すぐに顔を上げる。

その瞳には迷いはなく、蒼龍を正面から見据えていた。




「蒼龍さん……」


「どうしても戦うしかないなら……あたし、負けないよっ! だって──」




リュナも頷き、二人は同時にビシッと構えを取る。

ブリジットの声が力強く夜空へ響く。




「恋する乙女は──」



「サイキョーっすからね!」




リュナが笑い混じりに続け、二人の声が見事に重なった。


その光景を、蒼龍はティーカップ乗り場の中央で睨み据えていた。


憤怒に満ちた瞳は爛々と光り、両手の扇が異形の舞を再び繰り出そうと広がる。




「そんなもの……幻想だってこと……アタシが教えてあげるッッ!!」




遊園地の広場全体が、決戦の舞台として張り詰めていく。

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