第148話 リュナ vs. 蒼龍 ──ジェットコースター上の戦い──
新型コロナに罹患してしまいました!もしかしたら更新速度が多少遅くなるかもしれませんが、力の限り頑張って続きを描いていく所存です!
蒼龍は、妖艶な笑みを浮かべて広場に響き渡るような声を上げた。
「──さぁーて、いくわよぉ?」
その瞬間、彼女の身体はフワリと風に乗ったように宙を舞う。
長い蒼髪が光を受けて流星の尾のように煌き、次の瞬間──カルーセルの頂点へと、しなやかにスタッと着地する。
ネオンに照らされた彼女の姿は、舞台に立つ女優そのもの。
夜空と観覧車を背景に、蒼龍は見下ろす視線に冷たく艶めいた光を宿していた。
ブリジットは思わず前へ一歩踏み出し、叫んだ。
「待って! あたし達……紅龍さん、あなたの弟さんが食べちゃった“影山君のお友達”の魂を返してほしいだけなの!」
「……返してもらえないかな? そしたら、あたし達、戦わなくてもいいと思うんだ!」
その声には怯えも迷いもなく、ただ真っ直ぐな意志だけがあった。
蒼龍の目が一瞬だけ細められる。
(……降伏宣告みたいな物言いねぇ。まるで、最終的には必ず自分達が勝つと確信しているかの様な……)
小さく息を吐き、彼女は扇をクルリと指先で回す。
「この世はねぇ、弱肉強食なのよ、お嬢ちゃん」
「その子達が紅龍ちゃんに喰われちゃったのは──その子達が、弱かったから」
広場に艶やかな笑い声が響く。
「アナタだって、自分より弱い獲物を狩って食べた事が無いとは言わせないわよぉ?」
「でも……!」
ブリジットは必死に反論しようとするが、その声を扇の音が切り裂く。
ヒュゥゥッ──と空気が鋭く裂け、蒼龍が両手に広げたのは、蒼い光を纏う二つの扇。
「さぁ──お喋りはここまで!」
両の腕を優雅に振りかぶり、蒼龍の声が広場に響き渡った。
「"風吼の舞い"!!」
ドゴォォォォッ!!
カルーセルを中心に、凄まじい竜巻が巻き起こった。
装飾布は裂け、電飾は爆ぜ、木馬たちが狂ったように回転を始める。
「そぉーれっ!!」
蒼龍の掛け声と同時に、カルーセルの構造がバキバキと悲鳴を上げ──次の瞬間、大破した。
木馬が豪速の弾丸と化して飛び出し、無数の影がブリジットとリュナめがけて殺到する。
「きゃあっ!? く、来る──っ!」
ブリジットは慌てて髪飾りに手を伸ばす。
光が弾け、彼女の手に握られたのは──巨大なピコピコハンマー。
「"ピコ次郎"っ!」
振り回すたびに、飛来する木馬がピコッという間抜けな音を響かせて弾かれ、ポトリと地面に落下していく。
戦場のはずが、ピコッ、ピコッという軽快な音が妙に滑稽に広場を満たした。
一方、リュナの背中がヌルリと膨らむ。
黒銀に光る巨大な龍腕が二本、空気を裂いて現れた。
「チィッ……こっちは本気っすよ!」
龍腕の爪が閃き、飛んできた木馬を次々と真っ二つに裂いていく。
木屑が雨のように降り注ぐ中、リュナは地を蹴り、蒼龍へ距離を詰めていった。
「無駄っすよ、姉さん!」
走りながら、リュナが叫ぶ。
「コイツはセッキョーで改心するようなタマじゃないっす!」
「弱肉強食……上等じゃないっすか! あーしらであの女ふん縛って、兄さんに魂取り戻してもらいましょー!」
ブリジットは必死に木馬を叩き落としながら、リュナの声に応じた。
「……うん、そうだね。戦いたい訳じゃないけど……やるしかないみたいっ!」
ピコ次郎をくるくると回し、彼女は構え直す。
蒼龍は竜巻の只中、艶っぽい笑みを浮かべながら二人を見下ろした。
視線がチラリとリュナに移る。
「……出来るかしらぁ?」
唇から零れるのは甘い囁き。
だが、その目は氷の刃のように冷たかった。
「“今のアナタ”に……」
◇◆◇
蒼龍の踵が石畳を軽く叩いたかと思うと──彼女の身体はしなやかに駆け出した。
スタタタ……と軽快な足音を響かせ、風を掴むようにふわりと宙を舞う。
その姿はまるで舞台の踊り子。
長い蒼髪が夜風に翻り、ネオンの光を反射して青白い軌跡を描く。
そして──彼女は広場の端を走り抜けていたジェットコースターの先頭車両に、軽やかにスタッと着地した。
「ほぉーら、アタシはこっちよぉー!」
艶やかに片手を振り、挑発するような笑みを浮かべる。
直後、カコン、と重々しい音を立ててレールが動き出す。
ジェットコースターがガタガタと振動しながら、ゆっくりと加速を始めた。
「わ、わぁっ!? い、行っちゃう……!」
ブリジットは慌てて足をばたつかせる。
律儀に乗り場へと駆けて行き、階段をドタバタと駆け上がり始めた。
「あわわっ……! 待ってぇぇっ!」
必死の形相でピコピコハンマーを抱えながら駆けていく姿は、どうにも戦闘というよりアトラクションの客そのものだった。
蒼龍はその様子を横目で見下ろし、目を細める。
(……あの子。持ってる“力”と“経験”がチグハグねぇ)
(アナタの脚力なら、この老虎車の上くらい……一っ飛びで来れるでしょうに)
優雅に扇を回しながら、分析めいた視線を投げる。
だが。
──その時だった。
「オラァッ!!」
鋭い声とともに、夜気を裂く影が一気に迫った。
一直線に跳びかかってきたのはリュナ。
背中から伸びる黒銀の龍腕、その爪が弧を描き、斜め下から鋭く振り上げられる。
蒼龍の唇がわずかに歪む。
(トカゲちゃん……さすがの反応速度ねぇ)
(伊達に千年を生きた魔竜じゃない──ってトコかしらぁ?)
キィィィンッ!!
蒼い扇が横に薙がれ、リュナの龍腕の爪と激突する。
火花が散り、金属と鱗の摩擦音が耳をつんざいた。
振動がレールを伝い、ジェットコースターの車両がガタンッと揺れる。
二人の巨体と力が拮抗し、鍔迫り合いのように押し合った。
「……あらぁ?」
蒼龍は扇に力を込めながら、妖艶に微笑む。
「アタシを止めたいなら、この老虎車ごと破壊すればいいじゃない?」
「それとも……その“人の皮”を被ったままだと、それも出来ないくらい非力なのかしらぁ?」
挑発的な声が、竜巻のようにリュナの耳に叩きつけられる。
リュナの額に青筋が浮かんだ。
煩わしそうに眉を顰め、黒マスクの奥で牙を食いしばる。
「……うっせーな」
龍腕にさらに力を込めて押し返し、ギリギリと音を立てる。
「このジェットコースターは後で乗る予定だから、壊れてもらっちゃ困るんすよ」
視線は鋭く、蒼龍を睨み据える。
「兄さん、姉さんと一緒に、な」
蒼龍の瞳が一瞬だけ細まり、笑みが消える。
その口から零れた声は、今までにないほど冷たかった。
「……トカゲの人間ごっこも」
吐き捨てるように。
「そこまで行くと──不快極まりないわ」
夜空を泳ぐ風が、その言葉に合わせて凍りつく。
レールの上で交錯する二人の力は、もはや笑いも軽口も許さないほどに重く鋭かった。
◇◆◇
轟音を立てて、ジェットコースターが急加速した。
もたついていたブリジットは完全に置いて行かれ、広場に残された彼女の「まってぇぇー!」という声が風にかき消される。
疾走する車両の上、リュナは風を裂きながら姿勢を低くした。
黒マスクをぐいと下げ、牙をむき出しにする。
「──『動くな』ッ!」
竜の本能から迸る威圧、千年を超える魔竜ザグリュナだけが持つ絶対命令。
“咆哮”の衝撃が吐き出される直前──
「フッ……」
蒼龍は瞼を細め、わずかに肩を揺らす。
息を止め、両手の扇を胸元で交差させた。
「"封印呪法"──」
瞬間、目に見えぬ鎖のようなものがリュナの喉を締め上げた。
咆哮の衝撃は一瞬で掻き消され、空気に霧散する。
「くっ……!?」
リュナの目が見開かれた。声が出ない。
喉奥に押し返された衝動だけが残り、空気がざらつくような不発音を響かせた。
「……やっぱりねぇ」
蒼龍の唇に浮かぶのは、余裕を誇る艶やかな笑み。
「面と向かっての“咆哮”なんて、タイミングを読めば簡単に封じられるわぁ?」
リュナは奥歯を軋ませながら、心中で毒づいた。
(……ちっ、やっぱ正面からは読まれるっすね。なんとかタイミングずらさねーと……!)
蒼龍は扇を広げ、艶やかに腰をひねる。
「“寒氷の舞い”──」
扇の骨子から氷が走る。
シャリィィィン、と高い音を立てながら、五本ずつの氷刃が左右の扇から伸び広がる。
氷の羽根を持った猛禽のごとく、夜のネオンを反射して青白く煌めいた。
「……チッ。やっぱりコイツも……」
リュナの瞳が鋭さを増す。
(他人からぶんどったスキル、山ほど使えるみてぇーっすね。めんどくせー……!)
龍腕を構え直すと、彼女は地を蹴った。
轟音を立てて疾走するジェットコースターの上。二人の影が交錯する。
ガガガガガガ──ッ!!
氷刃と龍爪がぶつかり合い、火花と氷片が飛び散った。
その余波で車両の鉄板がバリバリと軋む。
夜のスレヴェルドを切り裂くように、二人の斬撃がレールの上で閃き続けた。
レールがぎゅっと急角度に傾く。
観覧車のネオンが視界を流星のように掠め、次の瞬間──ジェットコースターは重力を裏返すかのように縦回転へと突入した。
「ッ……!」
風が鋭く頬を切り裂く。
車両の天板が遠ざかるその刹那、蒼龍とリュナは互いに目を射抜き──同時に宙へと跳躍した。
二人の影が、回転する軌道の内側へと吸い込まれていく。
足場を捨てた空中、耳をつんざく風切り音と共に──
「──ハッ!!」
リュナの龍腕が爪を閃かせ、蒼龍の氷刃が月光のごとく煌めいた。
次の瞬間、ガガガガガガッと火花と氷片が弾け飛ぶ。
刃と爪が擦れ合う度に、白と赤の閃光が夜空に散り、観覧車のライトすら掻き消す勢いで煌めきを放った。
氷が砕け、爪が裂け、互いの髪が風に引き千切られる。
その斬り結びは、星屑のような欠片を夜空にまき散らしながら続いた。
「ふふふっ……!」
「くっ……!」
二人の呼吸が重なる度、遊園地全体が悲鳴を上げるかのように風鳴りが轟く。
──そして、ぐるりと一回転を終えたジェットコースターが下から迫る。
寸分の狂いもなく、二人は同時に身を捻り、影のようにその天板へと舞い降りた。
スタッ。
靴裏が鉄板を叩いた瞬間、振動がレールを駆け抜け、観覧車の窓を震わせる。
蒼龍は扇を翻し、長い蒼髪を優雅に振り払った。
その呼吸は乱れることなく、微笑すら浮かべている。
一方のリュナは、額から滴る汗を散らしながらも、龍腕を鋭く振り構えた。
瞳は獲物を狙う猛獣のそれに変わり、荒い息の奥から、次の一撃を今か今かと解き放とうとしていた。
夜のジェットコースターの上。
煌めくネオンを背景に、ふたつの影はなおも激突の瞬間を待ち構えていた。
◇◆◇
「……やっぱり、思った通りねぇ」
押し合う扇と竜腕。
互いの力が拮抗する音が、ガリリ、と耳を削った。
蒼龍は余裕の笑みを崩さぬまま、扇の縁越しにじっとリュナを覗き込む。
「ッ……」
リュナは眉をひそめた。
「あ? 何がっすか?」
ぶっきらぼうに返す声。
だが、胸の奥で鼓動が跳ねる。
嫌な予感が、氷水を流し込まれたみたいに背筋を冷やした。
蒼龍は細い目をさらに細め、声を落とした。
囁きは甘いのに、耳の奥を抉るような冷たさを持っていた。
「“咆哮竜ザグリュナ”──」
その名が吐き出された瞬間、リュナの肩がビクリと震える。
「フォルティア荒野に千年君臨し続けた、伝説の魔竜」
「その力が……こんなものの訳が無いわ」
リュナの胸がドクリと鳴り、血の気が引いていく。
喉がからからに乾くのを誤魔化すように、彼女は鼻を鳴らした。
「さーね? 噂に尾鰭でも付いてたんじゃねーっすか?」
軽口を叩く。
だが、震えを隠すための声は僅かに掠れていた。
蒼龍は口角をほんのわずかだけ上げ、氷のような瞳を細める。
扇に伸びた氷刃がギラリと反射し、リュナの黒マスクに青白い光を映した。
「トカゲちゃん、アナタ──」
一語一語を刻むように。
観覧車の光が風に揺れ、広場の喧騒が遠のく。
「“その姿”でい続ける為に……相当、無理してるでしょ?」
その声は、ただの挑発ではなかった。
鋭い観察と確信が込められた、胸を抉る告発だった。
リュナの瞳が一瞬だけ大きく開く。
指先に力が入り、爪が蒼龍の扇を押す音が耳障りに軋んだ。
(……コイツ…………ッ!)
胸の奥で、苦い焦燥が燃え広がる。
別サイトになりますが、現在『アルファポリス』様にて、
第18回ファンタジー小説大賞に参加中です。
ここまで来られたのも、読んでくださる皆さまのおかげです……!
「応援してもいいよ~」と思ってくださった方がいらっしゃいましたら、アルファポリス様の方で
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少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。これからも頑張ります!