第14話 はじめてのおうち
朝の光が、荒野の地平を柔らかく照らしていた。
まだ冷たさの残る風が草を揺らし、焚き火の煙がゆらゆらと立ち上っていく。
カン、カン、と金属器がぶつかる音がリズムよく鳴る。
その音の主――俺、アルドは、湯気の立つ鍋の中で朝食用のスープをかき混ぜていた。
鍋の中には、昨夜の残りのシチューに新しく刻んだ根菜と乾燥肉を加えた即席スープ。
味付けは……まあ、昨日よりはあっさり目。昨夜が“豪華フルコース”だったとすれば、今朝は“ほっこり庶民派”ってところだ。
「ふわぁああ……」
テントの隅から、寝袋ごとごそごそと動く人影。
ほどなくして、寝ぼけた金髪がぴょこっと顔を出した。
「……ん〜……おはよう……スープの匂い……」
あくびをしながら這い出してきたブリジットが、ふらふらと焚き火の方へやってくる。
両手で寝袋の裾を踏みそうになりながら、ぽすんと俺の隣に座り込むと、うとうとしたままスプーンを差し出してきた。
「はいはい、寝ぼけ食事は禁止です。まず目を覚まして」
「えへへ……」
ふにゃっと笑うその顔は、どこか夢の中のままだ。
「スープ、温かい……おいしい……幸せ……」
「寝ながら幸せを噛みしめないで。あとちょっとで顔から突っ込むとこだったからね?」
俺がため息をついていると、後ろから新たな影が。
「ういーっす。朝っすね〜」
焚き火に向かって両腕をのび〜っと掲げながら歩いてきたのは、黒ギャル風人型ドラゴン・リュナ。
いつの間にかすっかりこの姿が板についてきたようで、風にゆれるロングの金茶髪が朝陽にキラキラしていた。
「兄さん、今日の予定は?」
「ふむ、予定ねぇ……」
スープをひと口すすって、俺は焚き火越しに言った。
「ぶっちゃけ、寝床がテントだと不便だしなあ。そろそろ“ちゃんとした家”でも作ろうかと思ってるんだけど」
「家……?」
ブリジットが目をぱちくりとさせる。
「うん。やっぱキャンプもいいけど、長く住むなら快適な寝床が欲しいでしょ?」
「えっ、でも……家って、そんな簡単に作れるものじゃないよね?」
至極もっともな反応。
だが、俺にはある。
“悠天環の星降りの宝庫”で散々読み尽くした、魔法文明期の万能魔導書。
その中には、土魔法を応用した構造構築術や、古代建築式の記録も含まれている。
つまり――なんでもアリだ。
「ふふふ……まあ見ててよ」
俺は立ち上がると、テントから少し離れた草地へと歩き出した。
左手を掲げ、土魔法の術式を一瞬だけ思い浮かべる。
構成は"大地構築"、"造形操作"、"安定制御"の三重奏。複合魔術としてはそれなりに高度だが、今の俺には余裕のレベル。
「――地を起こし、形を宿せ。応えよ我が手に、
“築地創型”!」
魔力が奔る。
地面が低く唸り、円状に盛り上がる。
そして――
カクカクとしたブロック状の建材が、地面から突き出し始めた。
壁、柱、階段、床……すべてが直線で構成されており、丸みという概念が一切存在しない。
窓はガラス張りだが、すべて“穴”に近い四角形。屋根も三角ではなく、直線の段差で構成されている。
──おかしいな。俺、豪邸のイメージで作ったはずなんだけど。
(……だって……だって俺……家なんて某ブロックゲームでしか作ったことないし……!)
完成した家は、二階建てのそこそこなサイズ。
素材は土魔法による強化粘土と圧縮石材で、耐久性は十分。
内部の構造も自動配置で整えてあるから、物理的には“立派な邸宅”。
ただし、外見が完全に「マイ◯ラ初心者が作った家」感に満ちている。
「……完成、したけど……どうだろう……?」
おそるおそる振り返った俺の目に映ったのは――
ぱああああっと顔を輝かせるブリジット。
「すごおおおおいっっっ!!」
「……え?」
「なにこれ!すごいすごいっ!! こんな建物、今まで見たことないよ!!」
ブリジットは無邪気に駆け寄り、家の壁にぺたぺたと触れながら、まるでおとぎ話の城を見たような目で興奮していた。
うん、俺もこんな建物、今まで見たことないよ。ゲーム内でしか。
リュナも後ろで「兄さん、これは……ガチですごいっす」と目を丸くしている。
「へ、へへ……そう? まあ、ちょっとばかり角張ってる気はするけどね〜……」
自分で言いながら、内心では(まさか、これがウケるとは……)とびっくりしていた。
だが――この家が、俺たちの新たな拠点になる。
そう思うと、ちょっとだけ、胸があたたかくなった。
(……さて。ここからが本当の始まりだ)
◇◆◇
家の前で跳ねるように喜ぶブリジットと、あっけにとられてその様子を見守るリュナ。
そんなふたりを見て、俺はようやく肩の力を抜いた。
(とりあえず……見た目はどうあれ、“おうち”は完成……だな)
だが、その安堵も束の間。
ふとブリジットが、きょとんとした顔で首をかしげた。
「……あれ? アルドくんのスキルって、"テイマー"……だったよね?」
「え? ……う、うん。そうだよ?」
そうそう。そういう体でやらせてもらってました。
どういうこと?とばかりに、彼女が小さく眉を寄せた。
「でも、今のって土魔法だよね? こんなにすごい魔法も使えるの?」
うっ……と、喉の奥に声が詰まる。
この流れ、やばい。
“豪快な土魔法でカクカクの家を建てるテイマー”なんて、明らかにおかしい。
まあ他にも色々おかしい点があるかもしれない事は置いておいて、これはこれでおかしい。バレる。これは詰みの予感!
俺は脳内で一瞬で数十手先まで読み、そして結論を出した。
──誤魔化そう。
「……えっとね、ブリジットちゃん。たしかに、俺はテイマー……なんだけど」
とりあえず一回大きく頷いて、そこから超絶こじつけをスタート。
「“テイム”って言葉には、実はいろんな意味があるんだよ。」
「え……そうなの?」
「うん、実は“飼い慣らす”だけじゃなくて、“土地を耕す”とか、“資源を支配・管理する”って意味もあるんだよ!(※本当です)」
さらに、意味ありげに空を見上げて決め台詞。
「つまり、この家は──大地を“テイム”することで建てたんだよ!(※嘘です)」
その場の空気が止まる。
リュナが「マジか……」という目でこっちを見ていた。
いや、嘘です。勢いで乗り切ろうとしてます。すみません。
だが――
「そ、そうなんだ……!“テイム”って、そんな深い意味もあるんだ……!」
ブリジットはキラキラした目で、全力で感動していた。
「アルドくんって、やっぱりすごいね!」
ああ……この笑顔が眩しすぎて、罪悪感が胸に突き刺さる……!
そのとき、リュナがひそひそと俺の肩に寄ってきた。
「兄さん……いっそ、正直に話した方が楽じゃないっすか?」
「楽なのは分かってるよ!? でももう無理なの!ここまで嘘を積み上げすぎてて、今さら本当のこと言って……嫌われたらどーすんの!?」
俺は顔面蒼白でそう訴えた。
「もし“実はテイマーじゃないんだ……”って言ったら、ブリジットちゃん、どんな顔すると思う? 想像しただけで胃が痛いよ!!」
「……別に、姉さんはそんな事で怒らないと思うっすけど。」
呆れたように笑うリュナ。
「じゃあ、あーしは黙っておくっす。“しもべ”なんで、口止めは従うっすよ」
「ありがとう、ほんと……!そのワードがまた刺さるけど……!」
◆◇◆
午後の日差しが傾きかける頃、三人で完成したばかりの家の中へ入る。
玄関をくぐると、まずは広々としたリビング。
土魔法で造形したとは思えないほど整ってはいるが、全体的にやたら“角ばって”いた。
ソファも、ベッドも、テーブルも、全部直方体でカクカク。
背もたれは床に対して綺麗に垂直を保っており、全く丸みがない。イスの座面は床に完璧に平行で、そりゃもう固い。
「これ、落ち着く……のかな?」
リュナが腰かけて、ギリギリ座れる微妙なイスに難しい顔をした。
でも――
「ねえ、見てこれ……二階もあるよ! わあ、階段も広いし……! ベッドルーム、二つある!」
ブリジットは、まるでお姫様みたいに家の中を駆け回っていた。
「すごいすごい……ほんとにお城みたい! えへへ……夢みたいだなあ……!」
その姿を見て、俺はなんだか救われたような気持ちになった。
たとえ家がマイ○ラじみていたとしても、彼女たちが笑ってくれるなら、それでいい。
(まあ、……俺もゲーム以外でこんな“内見”するの初めてだし)
そして何より――
ここが、俺たち三人の“拠点”になる。
最初の、第一歩だ。
◆◇◆
夕暮れが迫る頃、簡単に拠点の整備を終えた俺たちは、焚き火の前に集まっていた。
仮設だったテントは片付けられ、代わりにカクカクハウスの前に広げたマットの上で、三人がまったりと腰を下ろしている。
「ふふっ……こうして座ってると、なんだか“本当に住んでる”って感じがしてくるね」
ブリジットがにこにこと笑っていた。
「なーんか、もうここが自分の家って気分っすよね。あーしのくつろぎ空間、ちゃんと二階の奥の部屋でキープしたんで、兄さんは立ち入り禁止っすよ?」
「なんで俺が作った家なのに入れないのさ!?」
「しもべルームなんで、特権っす」
しもべルームだから主人は入るの禁止!って、それもうしもべじゃなくない?俺の方が権限下じゃん。全然いいけど!
しょうがないなあと苦笑いを浮かべながら、俺はふたりを見回す。
ブリジットが微笑んでいて、リュナがリラックスしていて。
(ああ、こういう時間……悪くないな)
どこかで世界が動いていようと、今はこの時間が全てだった。
このカクカクのおうちと、ゆらゆらと揺れる焚き火。
その灯りの下にある、穏やかな笑顔。
――それだけで、十分だった。
◇◆◇
そして、夜が来る。
やがてこの拠点が、数多の運命の交差点となり、
人と魔、神と竜、理と混沌が交わる場所となっていくことなど――
このときの俺たちは、まだ知らなかった。
……まあ、その前にまずは“風呂”を作るのが先なんだけどね。
「兄さん、次は風呂っす。風呂ないと、あーし的に死活問題っすよ?」
「分かったよ、分かったからプレッシャーかけないで!」
満天の星が瞬く荒野の空に、三人の笑い声がゆっくりと響いていた。
拠点作り、第一歩。
カクカクだけど、確かな一歩だった。