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【250000PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第五章 魔導帝国ベルゼリア編

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第144話 紅龍① ──紅き牙の目覚め──



──荒野を渡る風は、乾いた砂を巻き上げ、少年の頬を容赦なく打ちつけていた。



昼は焼け付く陽炎に灼かれ、夜は底冷えの寒気に凍える大地。


そこを、骨と皮ばかりに痩せた幼子が、よろめきながら歩いていた。



年の頃は十にも満たぬだろう。


だがその瞳は、同じ歳の子供たちが持つはずの無垢さをとうに失い、飢えた獣のような光を宿している。



彼の名は──紅牙(コァンヤ)



かつては親の腕の中で眠ったこともあった。


だが戦火は容赦なく彼の村を焼き払い、血と炎と泣き叫ぶ声の中で、両親の姿は消えた。



誰も手を差し伸べなかった。


だから、彼は知ったのだ。



「弱き者は喰われる」──それがこの世の摂理だと。



紅牙の内には、生まれながらにして異常なほど濃い「仙気」が渦巻いていた。


大人の修行僧ですら一生かけても得られぬほどの力が、幼い身に宿っていたのだ。


しかし彼にとってそれは、導きの力ではなく、ただ生き残るための牙でしかなかった。




「……今日の獲物は、遅ぇな」




ひび割れた唇から、乾いた声が漏れる。


幼子には似つかわしくない、野盗の匂いを纏った声だった。



紅牙の手には、二振りの曲刀が握られている。


かつて荒野を旅していた商人から奪ったもの。


鍔には血の跡がこびり付き、刃には幾度も骨を断った痕が刻まれていた。



風に舞う砂塵の向こうに、軋む車輪の音が聞こえた。


馬車だ。商人か、それとも貴族の一行か。


紅牙の口元に、猛獣のような笑みが浮かんだ。




「……見つけた」




彼は跳んだ。砂を蹴り上げ、獣のように疾駆する。


曲刀が煌めき、馬を怯えさせる。


悲鳴を上げる商人たち。その声に、幼い紅牙は胸を躍らせた。



──力ある者は弱者を導くのではない。


──力ある者は弱者を喰らうのだ。



その信念が、彼の細い胸に確かに燃えていた。


血の匂い、肉の焼ける匂い。


妖魔の肉を焚き火で炙り、強靭な顎で噛み砕く夜もあった。


獣の皮は裏の商人へ売り払い、金に変えた。


やがて少年は、己の中で囁く声を確信するようになる。




「……(わし)は、選ばれた存在。弱き者を導く"仙人"など、冗談じゃない」


「弱き者は餌。強き者は喰らう。それだけが、この世の道理だ。」




──そう信じるしかなかった。


誰も助けてはくれなかったのだから。



赤い夕陽が荒野を照らす。

  

血と炎に似たその光を背に、紅牙の影は、獣のように長く伸びていた。




 ◇◆◇




その日も、紅牙は獲物を探して荒野を彷徨っていた。


乾いた大地に、彼の足跡だけが連なっていく。



だがその視線の先に――奇妙な一団が現れた。



三人。



一人は、黄色い武闘着を纏った少年。


背はまだ紅牙より少し高いくらいだが、肩幅は広く、拳を下ろした姿にはどこか隙がない。


口を引き結び、何も語らぬ瞳はまっすぐ前を見据えている。



一人は、青を基調としたチャイナ服を着た美しい少女。


まだ年若いのに、腰の曲線や艶めいた黒髪の流れは、見た者の目を奪わずにはいられない。

  

その微笑みには、人懐っこさと、妙な色気が同居していた。



そして最後の一人。


徳の高さを感じさせる僧装束を纏い、歩む姿すらも厳かな男。


その表情は柔らかいが、背筋にぞくりと走る圧力。




──紅牙は本能的に悟る。




「仙人だ。」




紅牙の口角が上がった。




(上等じゃねぇか……。三人まとめて、儂の獲物にしてやる!)




彼は獣のように跳んだ。


砂を蹴り、二振りの曲刀を閃かせる。




「命が惜しけりゃ、財布を置いていけぇッ!!」




野太い声で吠えかかる紅牙。


その刃は、真っ先に黄衣の少年へと迫った。



だが──。




「……遅い」




低く呟いた声と共に、黄龍(ホァンロン)の身体が動いた。


ただ一歩、踏み込んだだけ。


次の瞬間、紅牙の振るった刀はあっさりと受け止められ、逆に腕を捻られた。




「がっ……!?」




続くは、重い膝蹴り。


小柄なはずの少年の膝が、紅牙の鳩尾に突き刺さる。


肺の空気が一気に押し出され、紅牙は目を見開いた。


身体が宙を舞い、砂の上に叩きつけられる。




「うぐっ……! な、なんで……儂が……!?」




立ち上がろうとする紅牙を、黄龍(ホァンロン)は無言で見下ろす。


その瞳には憐憫も驚きもなく、ただ「当然」と言わんばかりの冷静さがあった。


青髪の美少女、蒼龍(ツァンロン)がその隣で肩を竦め、紅牙を見下ろす。




「ありゃりゃ〜。あの子、結構いい仙気持ってると思ったけど……黄龍には敵わないみたいねぇ」



「……口数ばかりの小物よ」




黄龍が低く呟くと、蒼龍はクスクスと笑った。




「ふふっ、相変わらず愛想ないわねぇ、兄さん」




そして最後に、僧風の男が一歩進み出た。


紅牙の前に立ち、その瞳を覗き込む。




「……荒ぶる仙気。幼き身で、これほどまでの力を……」




その声は柔らかく、どこか哀れみを含んでいた。


紅牙は必死に立ち上がろうとするが、膝が笑って言うことを聞かない。


砂に手をつき、必死に吠える。




「ま、まだ終わっちゃおらんぞ……! 儂は……儂は……ッ!」




だが、その声は虚しく風にさらわれていく。


偉龍は静かに両手を合わせ、ひとつ呟いた。




「……いずれ導かれるべき魂か」




その言葉を最後に、紅牙の視界は暗転していった。


荒野に、乾いた風だけが吹き渡る。


孤児の山賊は、初めての「敗北」を味わい、無防備に倒れ伏したのだった。




 ◇◆◇




湿った空気と、蝋燭のほのかな明かり。


石壁に反射する橙色の揺らめきが、薄暗い空間を仄かに照らしていた。



紅牙は瞼を開いた。


鈍い痛みが全身に残っている。頭を上げると、粗末な敷布の上に横たえられていることに気付いた。




「……ここは……?」




声はかすれていた。


答えるように、足音が近づいてくる。


視線を向けると──蝋燭の光に浮かび上がる三つの影。



一人は、黄衣の武闘着を纏った少年。無言で腕を組み、紅牙を見下ろしている。


一人は、青のチャイナ服を着た少女。腰に手を当て、口元に挑発的な笑みを浮かべていた。


そして、最後に立っていたのは、落ち着いた僧装束の男──深い眼差しを携えた"仙人"だった。



紅牙は本能的に身構えた。


体を起こそうとするが、まだ痛みに体がついていかない。



僧装束の男は、穏やかに口を開いた。




「ここは"霊龍嶽(れいりゅうがく)"の洞穴。我ら三人の住処だ」




その声は温和でありながら、否応なく胸に響く威厳を帯びていた。


紅牙は睨みつける。




「……儂をどうするつもりだ」




僧は薄く微笑み、胸に手を当てた。




「我が名は"偉龍(ウェイロン)"。仙人として、この山に身を置いている」




その言葉に、紅牙の眉がぴくりと動いた。


仙人──幼い頃から耳にしてきた存在。


だが彼にとっては、力ある者が己の強さを律して弱者を導くなどという思想そのものが、嫌悪の対象だった。


偉龍は続ける。




「こちらは黄龍。そして、こちらが蒼龍だ」




黄龍は腕を組んだまま、静かに一瞥するだけ。




「……弱いのに、無駄に牙を剥くやつだな」


 


その一言に、紅牙の頬がひきつる。


対して蒼龍は、にこりと笑い、挑発的に言った。




「アンタさ、ちょっとガキっぽいのね。必死に噛みついて、すぐ転がされちゃうなんて」



「なッ……!」




紅牙は顔を赤くし、立ち上がろうとした。だが体はまだ言うことを聞かず、片膝をついてしまう。


蒼龍はくすくすと笑う。




「でもまぁ……可愛いところ、あるんじゃない?」



「ふん……!」




紅牙は悔しさを押し殺し、そっぽを向いた。


その様子を見て、偉龍はゆったりとした動作で近寄り、紅牙の前に膝をついた。


深い眼差しで紅牙を覗き込み、静かに問いかける。




「紅き牙を持つ童よ──お主、我が弟子となる気はないか?」




紅牙の瞳が大きく見開かれた。




「……ふざけるなッ!!」




声を荒げ、紅牙は叫んだ。




「仙人など、冗談ではないッ!! この世は弱肉強食! 強者は弱者を喰らい、己の力で生きるのが道理だッ!!」


 


その叫びは、幼い頃に誰からも助けられなかった孤独の記憶と、飢えと恐怖にまみれた日々の叫びでもあった。


蝋燭の炎が揺れ、三人の顔に影を落とす。


偉龍は少しだけ目を細め、口元に微笑を浮かべた。




「なるほど……お主の魂に巣食う孤独と怒り、しかと見えた」




紅牙は荒く息を吐きながら、拳を握り締める。




「儂は……誰にも操られん……! 儂は己の牙で、生きていくのだ……!」




その声は震えていた。


怒りだけではない。幼い心が必死に自らを守ろうとする、悲痛な叫びだった。



洞穴の奥に、しばし沈黙が訪れた。


ただ、蝋燭の火が小さく揺れ、三人の眼差しが紅牙を見つめ続けていた──。




 ◇◆◇




蝋燭の炎が揺れる洞穴に、重苦しい沈黙が落ちていた。


まだ幼さを残す紅牙の胸は、怒りと屈辱で大きく上下している。


その前に立つ偉龍は、静かな笑みを崩さず、紅牙をまっすぐ見つめていた。




「ほう……弱肉強食を口にするか」




低く呟いた偉龍は、わざと挑発するように唇を吊り上げた。




「ならば(わらべ)よ。お主は我らに敗北した身──すなわち、肉だな。敗者は喰われる。そう申したのはお主自身の(ことわり)よ?」




紅牙の目がカッと見開かれた。




「な……ッ!」




悔しさが一気に爆発した。


紅牙は勢いよく立ち上がり、両手にまだ握っていた双刀を振りかざす。




「舐めるなァアアアッ!!」




咆哮と共に飛びかかる。


だが──次の瞬間。




「……遅い」




偉龍が軽く片手を振ると、見えぬ力が紅牙の体を絡め取った。


紅牙の視界がぐるりと回転し──ゴッ、と岩の床に叩きつけられる。




「ぐ……ッ……!」




肺から空気が押し出され、声にならぬ呻きが洩れた。


その上に、偉龍がドスンと馬乗りになる。


蝋燭の揺らめきの中、僧侶のように清らかな笑みを浮かべたまま、だが眼光は獰猛に紅牙を射抜いていた。




「さて……」




静かに問う声が落ちる。




「これでお主は、私の“肉”ということでよいか?」




紅牙は歯を食いしばった。


──負けた。


事実は認めざるを得ない。


体は思うように動かず、偉龍の掌一つで完全に制圧されている。


だが──その心が屈することはなかった。




「……クソッ……!」




震える喉から絞り出すように声を放つ。




「ならば儂は、その肉だッ! だが忘れるなよ、仙人ッ……!」




黄金の瞳が燃え上がる。




「貴様の技も、術も、全て喰らい尽くすッ! そしていつか……貴様自身も、必ず儂が喰らってやるわァッ!!」




洞穴に少年の吠え声が響き渡った。


偉龍は一瞬だけ目を丸くしたが――次の瞬間、声を上げて笑った。




「ハハハ! 善哉(ぜんざい)善哉(ぜんざい)! 良き牙を持つ童よ!」




その笑みは、獲物を前にした猛獣のようでありながら、どこか父のような温かさもあった。




「……弱いくせに、口だけは達者だ」




黄龍が腕を組んだまま、ぼそりと呟いた。無愛想な声だが、どこか面白がっている響きがある。




「ちょっと! お師匠! アタシ、この子を弟子にするの反対だから!」




蒼龍は両手を広げ、むくれ顔で言った。




「生意気だし、ガキ臭いし……絶対めんどくさいわよ!」




だが偉龍は構わず、紅牙を見下ろしたまま言い放った。




「よかろう。お主は今日より、我が三番弟子だ」




紅牙は悔しさに歯を食いしばったまま、しかし目だけは決して逸らさなかった。


その瞳に宿るのは、敗北を認めた屈辱と、それでも未来に向かう獰猛な誓い。



こうして──孤児の紅牙(コァンヤ)は、仙人・偉龍(ウェイロン)の三番弟子として"霊龍嶽(れいりゅうがく)"に迎え入れられることとなった。


己の牙で全てを喰らい尽くすと誓いながら。




 ◇◆◇




──夜。


"霊龍嶽(れいりゅうがく)"の洞穴には、岩壁に立てられた蝋燭と篝火の灯りが揺れていた。


岩肌をくり抜いて作られた広間の中央には、石を組んだ素朴な炉。


その上で土鍋がぐつぐつと煮え立ち、薬膳の香りが漂っている。


卓代わりの平たい石の上には、香草をふんだんに使った山菜、蒸した獣肉、そして薬膳スープが並べられていた。


粗末ながらも、心を込めて作られた食事だった。




「さ、並んで並んで!」

 



蒼龍がぱん、と手を打つ。彼女は青を基調としたチャイナ服を揺らし、手際よく器を取り分けていく。




「ほら、新入りも座りなさいよぉ! 遠慮しなくていいの!」




紅牙は腕を組んでふん、と鼻を鳴らした。




「儂は感謝などせぬ。食わねば死ぬから食うだけじゃ」


「可愛げないわねぇ」

 



蒼龍はジト目で紅牙を睨みつつ、彼の前に器を置いた。香り高いスープが湯気を立て、空腹を刺激する。


黄龍はぶっきらぼうに言った。




「……食え。修行は腹が減っていてはできん」




それだけ告げると、黙々と自分の分を食べ始めた。


紅牙は渋々、器を手に取った。


匙で掬った薬膳スープを口に含むと――舌に広がったのは、ほろ苦さと共にじんわり沁みる温もり。


体の奥から熱が灯るような感覚に、思わず息を呑む。




(……これは……?)




これまで口にしてきたのは、盗んだ干し肉や妖魔の肉ばかり。


冷たく、獰猛で、孤独な味。


だが今、口にしているのは……不思議と心が和らぐ、人の手が込められた味だった。




「……っ」




紅牙の目に、ふと涙が滲む。


だが慌てて袖で拭い、顔を背ける。




「う、旨い! ……だが勘違いするなよ! 儂は誰にも従わぬッ!」




強がりの声が、洞窟に響いた。


蒼龍は吹き出すように笑った。




「ほんっと、かわいくない子ねぇ」


 


黄龍は肩を竦め、スープをすする音だけを返す。

 

偉龍は静かに微笑んでいた。




「……それでよい。牙は折れるな。だが、心に灯った火を忘れるでないぞ」




紅牙は返事をしなかった。


ただ黙々と、匙を動かし続ける。


喉を通る温もりが、胸の奥に沁みていく。



 

その夜、初めて。

 

紅牙の胸に──“家族の温もり”というものが芽生え始めていた。


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