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第142話 アルド vs. ジュラ姉 ──ビルの街にガオー!──


───────────────────



──魔都スレヴェルドの夜。



漆黒の帳を背景に、摩天楼の無数の灯りが宝石のように瞬き、色とりどりのネオンが夜風に滲んでいた。


その中心にそびえる巨塔、強欲の魔王が根城"アグリッパ・スパイラル"。


塔の十階、天空を切り取ったかのような空中庭園に、その“異様な光景”はあった。



星空を背に、超巨大なリクライニングチェアにもたれかかるのは──十数メートル級のティラノサウルス。


象柱のように逞しい後肢を艶めかしく組み替え、黄金の瞳を半ば閉じながら夜景を見下ろす姿は、獣でありながらどこか「いい女」の風情を纏っていた。


その一挙手一投足に、場違いなほどの色香が漂っている。




「……ありがと」




器用に伸ばした短い前足で、ジュラ姉──“凶竜”のジュラシエルは、差し出された巨大なカクテルグラスを受け取った。


隣に控えるのは、二メートル近いヴェロキラプトル風の亜人。


仕立ての良い黒スーツに銀のカフス。両腕には銀色の大盆を抱え、動きに一分の隙もない。


まるで高級ホテルのバトラーそのものだった。



グラスの中で白濁の液体がゆらめき、夜景の明滅を映す。


ジュラ姉はその妖しい光に目を落とし、低く、しかし艶やかな声で呟いた。




「フォーリンエンジェル……。カクテル言葉は、“叶わぬ願い”。……ふふ。皮肉ね。今のギャタシにピッタリだわ」




野太い低音に女の艶を無理やりまとわせたその声は、冗談めいているようでいて、瞳に浮かぶ影は本物の寂寥だった。


彼女はグラスを傾ける。だが──前足はあまりに短すぎる。


何度角度を変えても、首をひねっても、液体は口元に届かない。


黄金の瞳が一瞬イラつきを帯び、グラスを持ったまま小さく唸る。



「……意外とッ……難しいわね、これ……フンヌ……!」




ジタバタともがく姿は滑稽ですらある。


だが彼女の身体は大地を揺らす巨体であり、その“もがき”一つで庭園全体がきしむ。


風が渦巻き、植えられた観葉樹の葉がざわついた。


観念したように、ジュラ姉は鼻を鳴らす。


そして次の瞬間──。




ガバァッ!!




闇に巨大な顎が開き、グラスごと放り込まれる。



──ガリィン、バリボリボリ……。



ガラスの割れる甲高い音が夜気を震わせ、やがて喉を鳴らして飲み下された。


何事もなかったように、ジュラ姉は恍惚とした表情で夜空を仰ぐ。




「ジンの深みの中に……レモンの酸味……一筋のミントの香り……。ステキね」




その口元に艶やかな微笑みを浮かべ、前足を軽く振った。




「おかわりを持ってきてちょうだい」




執事は深々と一礼し、足早に庭園を去っていく。


彼女の周囲には、再び静寂とネオンの光だけが満ちた。



──その時。

  


乾いた羽音のような足音が近づいてきた。




「ホッホッホロッホー……。またここにいらしたのですね、ジュラ姉」




現れたのは、タキシードを纏った鳩顔の魔人・ピッジョーネ。


その姿は夜景の光を背に、異様なまでに影を落とす。


鳩の仮面じみた顔からは感情は読み取れない。だが声音には静かな含みがあった。




「あら、ピーちゃん。遂にギャタシの晩酌に付き合ってくれる気になったの?」




ジュラ姉は楽しげに尾を振る。その一振りで夜気が轟音を立て、植え込みの花々が一斉に揺れた。

  

だがピッジョーネは首を横に振り、淡々と答える。




「ホロッホー。生憎、私は下戸でして……」




内ポケットから取り出したタバコに火をつけ、鳩面のまま煙を吸い込む。


紫煙がゆらりと舞い、街のネオンと交じり合って空に溶けていった。




「……どうされたのです? 前々から楽しみにされていた北方でのリザードマン制圧の任務を終えたばかりだというのに。ずいぶん浮かない表情ですね」




問いかけに、ジュラ姉は一瞬まぶたを閉じ、グラスの残り香を見つめるように息を吐いた。




「反乱したリザードマン軍の主領──ギュスターブ。無双の剛力の持ち主だと聞いていたわ」


「だけど……結局、ギャタシの全力を受け止めることすらできなかった」




黄金の瞳に、深い虚無が浮かぶ。




「……この世界には、もうギャタシが“本気になれるオトコ”なんて、いないのかもしれないわね」




その声は野太く、それでいて酷く寂しげだった。


ピッジョーネは隣で煙をふかしながら、心の内で呟く。




("凶竜"のジュラシエル……単純なパワーだけなら、大罪魔王や咆哮竜にも比肩すると言われている。)


(そんな彼女を満足させる相手など、そう現れるものではありますまい……)




やがて、戻ってきた執事が再び大盆を差し出す。


ジュラ姉は短い前足でグラスを受け取り、夜景を見下ろしながら寂しげに微笑む。



だがまたしても口に注げず──。


次の瞬間、巨大な口を開けてグラスごと放り込み、バリバリと噛み砕いた。




「……ん。やっぱりステキ」




夜空に、野太くも艶めいた声が響き渡った。




───────────────────




魔都スレヴェルドのビル群の谷間。


夜を切り裂くような風が吹き抜け、街灯がちらつく。



アルドはひらりと身を翻し、影山を背負った肩をそっと下ろした。


建物の影へと運び、気絶したままの彼を慎重に寝かせる。


周囲を一瞥し、瓦礫やガラス片が散らばる地面に体が傷つかないよう、さりげなく布の切れ端を敷く。




「……よし」




銀髪をかき上げながら立ち上がり、振り返る。

  

そこにいたのは、黄金の瞳を爛々と光らせる巨竜──“凶竜”のジュラシエル。


荒い呼吸は吐息ごとに地面の砂塵を舞い上げ、コンクリの壁を削るほどの風圧を伴っていた。


まさしく捕食者。


だが、その口元に浮かぶ表情は、どこか「乙女の怒り」を思わせる奇妙なギャップを孕んでいた。




「それじゃ……さっさとやろうか」




軽口を叩きながらも、アルドの眼差しは戦士そのもの。


だが胸中では、半ば呆れたような思考が巡っていた。




(……正直、お姉キャラのティラノサウルスなんて、味方側にいたらどう扱っていいか困惑しか無いけど……敵ならよっぽど扱いは簡単だ。制圧するだけでいいんだからね)




そうぼそりと考え、肩を軽く回して力を抜いた。


対峙するジュラ姉は、艶めかしい仕草で尾をくねらせる。


だが次の瞬間、黄金の瞳をギラリと光らせ、野太い声を張り上げた。




「凄い余裕ねぇ、アルドきゅん! だけど……その余裕、いつまで続くかしらッ!?」




──ドシン! ドシン!



巨体に似合わぬ俊敏さで、大地を蹴った。


ビルが軋み、窓ガラスが震え、空気が震動で唸りを上げる。


その迫力は、ただの踏み込みで都市を揺るがす「災害」そのものだった。




「こりゃ、大迫力だね」




アルドは涼しい顔のまま呟き、軽く構えを取る。


彼の髪が風に舞い、街灯の光を反射して銀の軌跡を描いた。



その刹那──。




「"暴君の牙(タイラント・ファング)"!!」




雄叫びが轟き、ジュラ姉の全身を包む魔力が爆発的に膨れ上がる。


膨張した筋肉が大気を押しのけ、空気そのものを爆ぜさせた。


巨大な顎がアルド目がけて迫る。



地鳴りのような噛みつき。


風圧だけで広場の舗装がえぐれ、飛び散る石片が雨のように降り注いだ。




「よっと」




気の抜けた声と共に、アルドは右足を一歩前に踏み出し、


右手を上顎に、右足を下顎に添えた。



──ギギギギギ……ッ!



巨岩を噛み砕く力。鋼鉄を断つ力。


それら全てを凌駕する咬合力が、少年の片手片足に阻まれる。



アルドの顔は、涼しいままだった。




「う、ウソでしょ……!? ギャタシの本気の牙が……!」




ジュラ姉の声が震える。


その驚愕は芝居ではない。心の底からの狼狽だった。



だが、怯んでばかりはいられない。


ジュラ姉は顔を引っ込め、さらに魔力を高めて後肢を踏み込んだ。




「なら……これはどうかしらッ!?」




──ズシン!


地面が砕け、後肢の踏み込みで巨大な尾がしなる。




「"暴君の尾鞭(タイラント・テール)"!!」




──ビュウウンッ!!



轟音と共に薙ぎ払われた尾は、竜巻の如き破壊を巻き起こす。


衝撃波で近くのビルの壁が抉れ、鉄骨が悲鳴を上げながら歪み、ガラスが粉々に飛び散った。


横殴りの衝撃は、まるで都市そのものを叩き壊す暴風のよう。



(……マズいな、このままだと周りの建物が……!)



アルドは眉をひそめ、すっと両腕を伸ばす。



──ガシィッ!



迫り来る尾を、その両手でがっしりと受け止めた。




「なッ……!?」




ジュラ姉の黄金の瞳が見開かれる。


尾の衝撃は、砦の壁を吹き飛ばすほどの威力。


だが、華奢な銀髪の少年は、それを──何事もないように止めていた。




「よいしょ」


 


軽い掛け声と共に、アルドは尾を掴んだまま巨竜の全身をふわりと持ち上げる。

 


その動きはあまりにも自然で、力んだ様子すらなかった。


 

次の瞬間。


 

──ドォンッ!


 

ジュラ姉の巨体が広場中央に落下する。

 

だが、衝撃は驚くほど小さい。アルドが放ったのは“優しい投げ”だった。

 

周囲の建物には一切の被害が及ばないよう、精密にコントロールされていたのだ。




(……洗脳されてるだけだし、しかも……“女子”かもしれないしなぁ。正直、見た目だとオスなのかメスなのか判断出来ないんだけども。)


(どっちにしろ、あんまり乱暴には扱えないよね。)




心中でぼそりと呟き、アルドは軽く息を吐いた。



一方でジュラ姉は──。


地面に着地した瞬間、全身が熱を帯びるのを感じていた。




(……アルドきゅん……! ギャタシが本気で牙を剥いても……尾を振るっても……! 全部受け止めてくれる……!)




黄金の瞳が揺らめく。


胸の奥に、熱と震えが入り混じる。



それは、戦士としての誇りか。


それとも、女としての衝動か。



彼女は自分でも分からないまま──心臓の鼓動が早まるのを、抑えられなかった。



刹那、ジュラ姉の胸の奥で、何かがぐらりと揺れた。


それは今まで味わったことのない感情──胸を焦がすような、ときめきと。


そして、自分の力を受け止められてしまった悔しさ。




「……アルドきゅん……! 貴方が……ギャタシの王子様だったのね……!」




野太い声に乙女の震えを乗せ、頬を染める。


だが、胸の奥で噛み締めたのは、もう一つの強烈な思い。




(──悔しい!)




自分が全力で放った牙も、尾も。


少年のような細身の体が、笑顔ひとつ崩さず受け止めてしまった。



大きく息を吐き出し、ジュラ姉は目を閉じる。


心の内で、必死に自分に言い聞かせる。




(ヤダ……ギャタシったら、何でこんな気持ちに……!?)



(……違う。この気持ちは、“女子”としてじゃない……! "戦士"としての“誇り”が叫んでいるのよ!)




巨体を震わせ、ズシンと後肢で大地を踏み締める。


その衝撃だけで、近くのビルの壁がヒビ割れ、看板がガタガタと落下した。


空気がビリビリと震え、街全体が巨大な鼓動に揺さぶられる。



黄金の瞳が、まっすぐにアルドを射抜いた。




「ありがとう、アルドきゅん……! 大事な気持ち、思い出させてくれて……!」




その言葉に、アルドは「?」と首を傾げる。


まるで意味が分からない──という顔で、呑気に髪をかき上げるだけ。



だが次の瞬間、ジュラ姉の瞳がギラリと見開かれた。


黄金の光が迸り、口角がぐっと吊り上がる。




「ここからは……一人のレディじゃなく! 一人のファイターとして、アンタに向き合うわよォオオオオオッ!!」




──ズシャアアアアッ!!



足の爪がコンクリートをえぐり、深い爪痕を残す。


巨体がうねり、大地が震え、広場全体が彼女の気迫に震え上がった。

 

ビルの窓ガラスが一斉にビリビリと鳴動し、街灯が明滅する。


 

黄金の竜眼は、もはや獲物ではなく“戦友”を見据えていた。

 

そこには、女の色香を漂わせたジュラ姉ではなく


──誇り高き戦士"凶竜"のジュラシエルが立っていた。




 ◇◆◇




カッと黄金の瞳が見開かれる。


次の瞬間、ジュラ姉は地面をズシンと踏み締め、声を張り上げた。




「ッシャアアアアァァァァ!! 行くぞオラァアアアアァァァァッ!!」




咆哮の余波だけでビルの窓ガラスが震え、街路灯の光が一斉に揺らめく。


その迫力に、思わずアルドは肩を竦め、一瞬だけ目を丸くした。




「……な、何かよく分からないけど、本気になったってことかな?」




呟きながらも、銀髪の少年は一歩前へと出る。


瞳が細められ、僅かに警戒の色が宿る。


ジュラシエルは大きく頭を反らし、ティラノサウルス特有の咆哮の構えを取った。


口腔の奥で、魔力が灼熱の奔流となって収束していく。


顎の隙間から、ビリビリとした魔力の火花が迸った。




「"暴竜咆哮波タイラント・ロア"ッ!!」




轟音。


吐き出されたのは、光と衝撃が凝縮された灼熱のビーム。


空気を裂き、大地を抉り、一直線にアルドを飲み込まんと迫る。




「……こりゃ、避けても弾いても打ち消しても、周りの建物が危ないな」




アルドの声は、呆れるほど冷静だった。


銀の瞳に決意の光が宿る。




「それなら──」




彼は右腕を突き出し、静かに呟く。


真祖竜のみに扱える、固有スキルの一つ。





「"竜渦(ドラグ・ボルテックス)"」





──グニャリ。


アルドの前の空間が歪み、渦を巻くようにねじれていく。


やがてそれは、闇に口を開いたワームホールのような“竜の渦”となった。


 

咆哮波が直撃した。

 

しかし、凄まじいエネルギーは渦に呑まれ、次々とその光が吸い込まれていく。

 

轟音だけが虚しく木霊し、やがてビームは完全に消滅した。




「な……ッ!?」




ジュラシエルの黄金の瞳が驚愕に見開かれる。


全力の必殺技が、まるで存在しなかったかのように消えたのだ。


 

アルドは小さく息を吸い込み、口元に笑みを浮かべた。


 


「ヴァレンが言ってたんだよね。俺の力には、魂を“調律”する効果があるって」



「……ちょっと試してみようか」




スゥゥ、と深く息を吸い込む。


そして、ティラノサウルスの咆哮を真似るように──




「ガアァアアアアァァァァッッ!!」




空気が震えた。


アルドの喉奥から放たれた咆哮には、銀色の粒子が混じっていた。


音の振動と共に舞い散る光の粒子が、ジュラシエルを包み込む。




「ッ……ぐ……ぁ……!?」




脳髄を掻き回されるような衝撃。




「……なんつってね。」




アルドの戯けた様な声に、ジュラシエルの頭を覆っていた霧が晴れるように、思考が一気にクリアになっていく。




(……ああ……ギャタシ、負けたのね……)




敗北を認める言葉が、心の底から浮かんできた。


力が抜け、巨体が傾ぐ。



──だが、その倒れる先には。



影山が、無防備に眠っていた。




「うおっ!?危ないッ!!」




アルドの声が鋭く響く。


次の瞬間、彼は地を蹴り、流星のように走り込んだ。



巨体が影山に覆いかぶさる直前。


アルドは両手を広げ、その全重量を受け止めた。




「……ッぶねぇ……!……マジで間一髪!」




だが顔は涼しい。


軽々と持ち上げるように、彼はティラノサウルスの巨体を支えた。



ジュラ姉の心臓が、大きく跳ねる。




(こ……これは……お姫様抱っこ!?)




男らしくも優しい腕の中(というか上)で、自分は支えられている。


戦士として女子を捨てたはずの自分を──“女子”として扱ってくれている。




(……アルドきゅんは……まだ、ギャタシを“女”として見てくれてた……!?)




衝撃が胸を満たし、頬に熱が灯る。




「……ギャタシの……完敗だわ。アルドきゅん」




野太い声が震え、彼女は静かに呟いた。


両手で背中を支えられたまま、夜空を見上げる。


瞳に揺らぐのは、敗北と……どこか安堵の色。




「……今夜は……飲みたい気分。

──そうね……“アイ・オープナー”でも、いただこうかしら」




──カクテル言葉は、“運命の出会い”。


星空を仰ぎながら、ジュラ姉は野太い声で、しかしどこか乙女のように呟いた。



下でアルドは、額に汗を浮かべながら思う。




(……こ……これ、もう地面に下ろしてもいい感じなのかな……?)




困惑した表情のまま、銀髪の少年はビルの谷間で、巨大なティラノサウルスを抱え続けていた。



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