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第134話 雷光が託す希望

夜風が、空中庭園の樹々を揺らしている。


天蓋のように広がる夜空には雲一つなく、星明りさえ冷たい光を帯びて見えた。



雷人はサーベルを握りしめ、深く息を吸い込む。


その刃はすでにただの鋼ではない。


彼の全魔力と、建物全体から吸い上げた電力を集め、紫電を軸に黄金色に輝く神器"雷月刃(チャンドラハース)"へと変貌していた。



途端に、アグリッパ・スパイラルの照明がジジジ……と不気味に点滅する。


外壁に沿って並ぶ無数の窓が、不規則に灯っては消え、まるで都市全体が痙攣するかのように明滅を繰り返す。



紅龍の口元がゆるむ。


緋色の軍服の肩を揺らし、愉悦に満ちた瞳で雷人を見据える。




「……この建物そのものの電力すら啜るか。

小賢しい……いや──実に面白いぞ、童よ」




声は低く、しかし愉悦を隠さぬ嗜虐的な響きだった。



雷人は応えない。


ただ"雷月刃"を高く振り上げ、呼吸と鼓動を重ね、全身に宿る紫電を制御する。


背中を伝う汗は冷たいはずなのに、刃の熱で蒸気のように立ち昇っていく。




(……短期決戦だ。長くは保たない……!)




内心を切り捨て、次の瞬間、雷人の姿が掻き消える。



──バチィッ!!



紫電の閃光が弾け、稲妻と化した雷人が紅龍へ斬りかかる。


速度は肉眼を超え、音すら追いつけない。



だが。




「……遅い」




紅龍はその場から一歩も動かず、両腕の僅かな動きで二刀を交差させた。



──キィィィンッッ!!



雷月刃と緋色の剣が激突し、雷鳴のような轟音と火花が夜空に散った。


雷人は反射的に離脱し、再び角度を変えて突っ込む。


左から、右から、背後から、上下から──紫電の残光が幾筋も走り、空中庭園は瞬間ごとに閃光で塗り潰された。



しかし紅龍は、あくまで悠然とその場に立つ。


二刀を振るう腕だけがしなやかに動き、すべての斬撃を受け切る。


まるで彼の周囲だけが“絶対に斬れぬ領域”として隔絶されているかのようだった。



雷人の刃は庭園の鉄柵を切り裂き、花壇の淵を砕きながら軌跡を描く。


飛び散った鉄片や破片が夜空に舞い、雷光を浴びてキラキラと散乱した。



紅龍はそれを視界の端で捉えつつ、余裕の笑みを浮かべる。




「太刀筋が荒い……。焦っているな? どうした、童よ」




挑発的な声が夜風に乗り、雷人の耳へ届く。


雷人の歯がきしんだ。


目の前の敵は、まるで余裕そのもの。どれだけ全力を叩き込んでも、その笑み一つ崩れない。



だが──彼の瞳に宿る決意は揺るがなかった。




(知ってる……分かってるさ……。僕の剣なんかじゃ、貴様に届かないってことくらい……!)




雷人は再び疾走した。


紫電と怒り、そして絶望を塗り潰すように、斬撃はさらに鋭さを増していった。




 ◇◆◇




紫電をまとった雷人は、肩で荒い息を吐いた。


いくら斬撃を重ねても、目の前の将軍は一歩も退かない。


刃は受け流され、衝撃は空へと散らされ、何ひとつ傷を刻むことができなかった。




(……知っていたさ。僕の剣が、貴様に通用しないことくらい……!)




瞳の奥に絶望と、それでも消えぬ光が宿る。


雷人は自らを叱咤するように歯を食いしばり──心の中で言葉を続けた。




(──だからこそ、小細工を弄させてもらう!)




先程の疾走で切り裂いた鉄柵、砕いた花壇の縁、地面を抉った破片。


それらは今、庭園の床一面に散らばり、夜風に冷たく光っていた。



雷人は雷月刃を胸の前で構え、螺旋を描くように魔力を流し込む。


刃から迸る電撃が鉄片へ絡みつき、やがてそれぞれが磁力を帯びて浮き上がった。




──キィィィン……




空中に舞い上がった鉄片群は、紫電に照らされながら不気味に回転を始める。


雷人の周囲を、即席の弾丸が囲んだ。




「“──電磁投射連弾(ローレンツ・バレット)”……ッ!」




雷人の叫びと同時に、刃先が突き出される。


次の瞬間──浮かび上がった鉄片が、雷鳴の轟きと共に一斉に撃ち出された。


即席のレールガン。


幾十もの金属弾が稲妻に乗り、紅龍へ殺到する。




──だが。




「面白い……!」




紅龍の緋色の瞳が爛々と光り、口元に愉悦の笑みが浮かんだ。


右手の剣を手放し、代わりに柄の根元の鎖を握る。



ブゥゥゥンッッ──!



鎖が唸りを上げる。


振り回された剣が鎖鎌のように回転し、烈風を巻き起こした。



──ギィィンッ!バチィィッ!!



鉄片の弾丸が次々と回転する刃に弾かれ、火花と破片を散らしながら四方へ飛び散る。


紅龍はその場から動かない。


悠然と、まるで舞を楽しむかのように鎖を操り、全ての射撃を打ち落としていった。



しかし雷人も止まらない。



紫電と共に高速移動しながら、さらに鉄柵を切り裂き、地面を抉り、破片を撒き散らす。


それらに再び磁力を纏わせ、次々と撃ち出す。


同時に斬撃を叩き込み、二重三重の攻撃を浴びせ続けた。



破片が飛翔し、閃光が奔り、雷鳴が轟く。


紅龍を中心に夜空へ火花が舞い上がり、空中庭園は戦場というより雷獄のように染め上げられた。



だが紅龍は──笑っていた。



右手の鎖で回す剣が弾丸を弾き、左手の剣が雷人の斬撃をすべて正確に受け流す。


その動きは獰猛でありながら、どこか優雅ですらあった。




「……貴様の"雷神の加護(インドラ)"。

S級という判定ではあったが──」




火花の合間に響く紅龍の声。


瞳は愉悦に燃え、刃は雷撃を浴びながらも寸分の狂いもない。




「実際には……あのSS級の三人にも劣らぬ力を秘めていたか」




雷人は息を荒げ、なおも攻撃を繰り出す。


だが紅龍は止まらない。声は次第に熱を帯びる。




「……いや、違うな」




双剣が再び火花を散らす。


その衝撃の中、紅龍は口角を上げた。




「それはスキルそのものの力ではない。

貴様自身の──知恵と合わさった結果の産物だ」




紫電の渦中で、その声ははっきりと雷人の耳に届く。




「──見事だ、一条雷人」




名を呼ばれた瞬間、雷人の瞳がわずかに揺れた。




「……ッ……!」




胸を撃たれるような驚き。


紅龍の口から自分の名が呼ばれることなど、想像すらしていなかった。



だがすぐに、雷人はその揺らぎを押し殺す。


雷月刃を握る手に力を込め、鋭く紅龍を睨み返した。




「……そうか。なら──」




肩で息をしながら、雷人は低く呟く。




「貴様が認めた僕の力……その身で、存分に堪能するがいい!」




その声に呼応するように、紅龍の周囲の空気が震えた。


気づけば、庭園に散った無数の鉄片が宙に舞い上がり、ドーム状に紅龍を覆っていた。


金属片は互いに磁力で絡み合い、まるで檻のように空中に固定されている。


雷人は雷月刃を紅龍に向け、目をぎらつかせる。




「全方位──”電磁投射連弾(ローレンツ・バレット)”……!!」




声が雷鳴のように轟く。


宙に浮かぶ無数の鉄片がキィィンと震え、紫電を纏い始めた。




「……かわせるか……! これが……ッ!!」




雷人が叫び、刃先を突き出そうとしたその時。


紅龍は、不気味にゆるやかな笑みを浮かべた。

緋色の瞳に、邪悪な光が宿る。




「……褒美に」




まるで楽しみを引き延ばすように、静かに囁いた。




「面白いものを……見せてやろう」




夜風が一瞬、止んだように感じられた。


雷人の全身に、冷たい悪寒が走った。




 ◇◆◇




「──覚悟ッ!!」




雷人が雷月刃を真っ直ぐ突き出す。


刃先からほとばしる稲妻に呼応するように、宙に浮かぶ鉄片群がキィィンと震え、白い閃光を帯びて殺意を宿す。



金属片は弾丸となる直前、まるで一斉に息を吸い込んだかのように空気を引き裂いた。


雷人の眼差しには決死の覚悟が宿り、声は雷鳴のごとく夜の庭園を震わせた。



──だが。




「……」




紅龍が、ごく短く息を吐いた。


次の瞬間、その唇がひとつの言葉を紡ぐ。



──ボゥッ。



雷月刃を包んでいた光が、一瞬で霧散した。


電撃は掻き消え、刃はただの鉄に戻り、振動する金属片も磁力を失って一斉にパラパラと地面へと落ちる。




「なっ……!?」




雷人の目が大きく見開かれる。


握る刃から、何の反応も返ってこない。


全身を駆け巡るはずの紫電は沈黙し、背筋を支えていた力が根こそぎ奪われたようだった。



理解が追いつくより早く──紅龍が消えた。




「ッ!?」




視界の端で閃光が走ったかと思えば、次の瞬間には、雷人の眼前にその巨体が迫っていた。


雷人は慌てて"雷神の加護(インドラ)"を発動しようとするが──。




(……発動しない!?)




全身に血の気が引いた。


体内の魔力を呼び起こしても、雷は応じない。


まるで世界そのものが自分を拒絶したかのように。




「おおおッ──!」




咄嗟に身体を捻るより早く、紅龍の二刀が組み合わさった。


鎖で繋がれた緋色の刃は、歯の根本同士を嚙み合わせ、巨大な鋏の形を作り出す。



──ドンッ!



開かれた鋏が、雷人の胸元に深々と突き刺さった。


血は流れなかった。


だが、全身が石に変わるかのような衝撃が走り、肺の奥の空気を強引に押し出された。




「……ッぐ……は……!」




鋏に貫かれたまま、雷人は宙ぶらりんに持ち上げられる。


紅龍は軽々とその体重を片手で支え、プハッと愉快そうに息を吐いた。


その口元には嗜虐的な笑み。




「……こ、れは……佐倉の……"封印呪法(スフラギータ)"……!」




雷人は苦しげに吐息を絞りながら呟く。


脳裏に浮かぶのは、あの少女のスキル。


紅龍が奪ったに違いない。




「……そうか……っ……! お前の……能力は……」




紅龍の真の狙いに気づいた瞬間、言葉は血を吐くように途切れた。




「察しが良いな」




紅龍の声は愉悦と冷酷が入り混じる。


鋏に貫かれた雷人を掲げ、まるで勝利の証のように見せつける。




「安心しろ。貴様のスキルと魂は、これから儂の一部となり、悠久を生きるのだ。」


「“最強”である、この儂の一部としてな」




紅龍の声音は、勝者の余裕と嗜虐に濡れていた。


緋色の双眸が雷人を射抜き、鋏に貫かれ宙づりとなった青年を見下ろす。



肺は押し潰され、呼吸が途切れ途切れになる。


それでも、雷人の口元にはわずかな笑みが浮かんだ。


苦しげに喉を震わせながらも、その笑みは確かな嘲りを含んでいた。




「……あんたが……“最強”、だって……?」




掠れた声。


だが、その瞬間、雷人の眼差しには静かな炎が灯っていた。


紅龍の嘲笑に対し、彼は震える唇で──笑った。




「……ふ……ふふふ……ははははは……ッ!」




宙ぶらりんの身体を鋏に吊られたまま、雷人は肩を震わせ、心底おかしそうに笑う。


その狂気めいた笑いに、紅龍の眉間がひそめられる。




「……貴様、何がおかしい?」




問いかけに、雷人の瞳がギラリと光った。


死を目前にしてなお、炎は消えていなかった。


最後の意志が、彼の全身からにじみ出ていた。




「……確かに、あんたは強い……」




途切れ途切れの呼吸の合間に、雷人は一言一言を刻み込むように吐き出した。




「僕なんかでは……足元にも及ばないくらいには、な……。」


「……でも、それは……“命を賭ければ立ち向かう勇気が湧く”程度の差でしかないッ!」




その言葉は、血を吐くような叫びであり、同時に誇りを刻むための最期の宣言でもあった。



──脳裏に蘇る。



地下遺跡で出会った、銀色の髪の少年。


どれほどの銃弾や刃を浴びても全く動じず、むしろ対話を求め続けた圧倒的な存在。


誰よりも遠い高みにありながら、誰よりも人に寄り添おうとした少年。


雷人の胸に蘇ったその姿は、絶望を超えた光そのものだった。




「……あんたは、井の中の蛙だ……ッ!!」




声が張り裂ける。

雷人の全身が最後の稲妻を絞り出す。




「“彼”に出会えば……嫌でも思い知ることになる……ッ!!」




バリバリバリッ──!!



残された全ての電力を搾り出すように、雷人の身体から電撃が奔った。


空中庭園を包むアグリッパ・スパイラルの照明が、一斉に点滅を始める。



ジジジッ……ジジジジッ……。



不規則な光が、まるで叫びを代弁するかのように明滅する。




(……どうか……届いてくれ……!)




雷人の心の奥からの祈り。


それは、仲間にも、自分を越える存在にも──未来へ向けた唯一の希望だった。



紅龍は苛立たしげに舌を打ち、冷酷な嗤いを浮かべた。




「負け惜しみはそれだけか?」


「──もう良い……貴様の魂、喰らってやる」




──ジャキン。



緋色の鋏が閉じられる音。


冷たく、無慈悲に。



雷人の身体から一気に力が抜けていく。


その足元から、緋色の結晶がじわじわと広がり、皮膚を、筋肉を、血を、全てを覆い尽くしていく。




(……皆……すまない……守れなかった……)




脳裏に浮かぶ仲間たちの顔。


笑い合い、戦い合い、共に過ごした七人。


ミオ、サチコ、レンジ、ケイスケ、ユウマ、マコト、ミサキ。




(……僕は……リーダー失格だな……)




自嘲のような呟きが心にこだまする。


けれどその声は、不思議と安らかでもあった。



最後に、銀髪の少年の姿が浮かぶ。


地下遺跡で、どれほど攻撃を受けても対話を捨てなかった優しい瞳。


あの存在こそが、未来を変える希望だと信じられた。




(……最後に……彼に、一言、謝りたかったな……)




──カチリ。


結晶化が完了する音が、静かに夜の庭園に響いた。


一条雷人の姿は緋色の宝石像と化し、その表情には──


苦悶でも絶望でもなく、確かな笑みと、未だ消えぬ誇りが刻まれていた。



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( 。゜Д゜。)
なんだこのキャラ、カッコ良すぎる! 負けてしまうのは予想通りではあるが、それ以上に最後のセリフ、心の内がもうカッコいい (個人的に電磁気が好きなので、磁力使ってるのもポイントが高いですねw)
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