第127話 和みの夜、響く悲鳴
リビングの空気は、さっきまでの戦闘の緊張が嘘みたいにゆるんでいた。
カクカクハウスの低めのテーブルを囲んで、ブリジットちゃん、リュナちゃん、フレキくん、そして初めて見る魔王──マイネ・アグリッパさん。
その隣には、直立不動で緊張しているイケメン執事のベルザリオンくん。
結局、転職はせず、元の上司の元で働き続けることにしたみたい。
ちょっと離れたところには布団が敷かれ、鳩頭タキシードの鳥人、ピッジョーネがぐったりと寝かされている。
窓の外の庭じゃ、グェルくんとポメちゃん、それからマナガルムさんが、ドッグボウル山盛りのカレーに顔を突っ込んでモリモリ食べている。
今日は皆それぞれ頑張ってくれたからね。
たんとおあがりよ!
「はいはい、みんな、お疲れ様〜」
俺は湯気の立つ急須を片手に、順番にカップへお茶を注いで回った。
「アルドくん、ありがとー!」
ブリジットちゃんは膝に抱いたフレキをぽんぽんと撫でながら、いつものように眩しい笑顔で礼を言う。
「流石兄さん、いつも気がきくっすね〜!」
リュナちゃんは両手でカップを受け取り、嬉しそうに湯気を嗅いでいる。
そのやり取りを見ていたマイネさんが、白魚みたいな指でカップを持ち上げながら、呆れとも感心ともつかない視線を俺に向けた。
「お主ら……本当に、この男を給仕の様に使っておるのじゃな……」
何か含みのある言い方。
ベルザリオンくんはあわあわしながら、俺のカップを両手で受け取って頭を下げた。
「道三郎殿にお茶を淹れていただくなど、恐れ多い……!」
「いいからいいから。俺が好きでやってるだけだし」
こういうのは、やりたい人がやればいいのよ。
俺は結構好きだし。
全員に行き渡ったところで、ふと思い出して口を開く。
「……しかし、マイネさんがヴァレンと同じ“大罪魔王”だとはねぇ」
マイネさんはすっと立ち上がり、胸に手を当てて背筋を伸ばした。
「ふふふ、その通りじゃ。妾こそ、全てを手に入れる“強欲の魔王”マイネ・アグリッパなのじゃ」
照明の光を背に受けて、舞台女優みたいにポーズを決める。
地雷系ファッション美少女ルックスで、一人称“妾”&“〜のじゃ”口調……
なるほど、この子がこの異世界のロリババア枠ってわけだね。
ベルザリオンくんの方を見て、つい口が滑る。
「俺はてっきり、ベルザリオンくんの彼女かと思っちゃったよ!」
「そ、そんな! マイネ様が私ごときのか……彼女など、畏れ多いです……!」
執事はビシッと背筋を伸ばし、耳まで赤くなりながら必死に否定する。
「そ、そんな事は未来永劫あり得ません! か、揶揄わないでください、道三郎殿!」
その言葉を聞いたマイネさんは、まるで矢を受けたみたいにピタリと固まった。
そして、視線を落とし、ポソリと呟く。
「……未来永劫……あり得ぬのか……」
なんか結構刺さってるっぽい。
この二人……いかにもヴァレンが食いつきそう。
ラブコメ臭、すげえする。
俺はお茶を啜りながら、そんなことを心の中で思っていた。
◇◆◇
「ま、これからどうするか、ってのもあるが……ひとまず皆無事だった事を喜ぼうぜ」
低めの声がリビングに落ちた瞬間、甘い香りがふわっと鼻先をくすぐった。
振り返ると、ヴァレンが両手でトレーを抱えて立っている。上には焼き立てのフロランタン。
照明に照らされたキャラメルは薄く琥珀色に光り、カリッと固まった表面の下から、ローストされたナッツの香りが溢れ出していた。
「わあ! ヴァレンさん、ありがとう!!」
ブリジットちゃんが椅子から半分立ち上がる勢いで手を伸ばし、目を輝かせて皿を受け取った。
その頬はほんのり紅潮していて、見ているだけでこっちまで嬉しくなる。
「おお〜、気が利くじゃないっすか。ヒカル先生〜!」
リュナちゃんは口いっぱいに笑みを浮かべ、軽く指笛を吹いてからパチパチと拍手。
ヴァレンの漫画家ペンネームは“押舞ヒカル”だもんね。
妙にその呼び名がしっくりきて、思わず口元が緩む。
「ククク……ロマンスにスイーツはつきものさ。シュガー&スパイス……風味絶佳。どうぞ、ご賞味あれ」
芝居がかった低音とともに、奴は一礼し、銀のトレーを音も立てずテーブル中央に滑り込ませる。
焼き菓子の甘香ばしい匂いがさらに広がり、温かい空気がリビングを満たした。
マイネさんは無言でひとつ摘み、サクッと齧る。
一拍置いてから、口の端をくいっと上げた。
「……あのヴァレン・グランツが菓子焼きとは、まるで召使いじゃのお! 貴様、余程この“道三郎”に媚を売りたいらしいのお!」
悪意マシマシの声で言うマイネさん。
なんでそんな意地悪言うの。ヴァレンと仲良くないのかな?
「失礼な!」
ヴァレンは腰に手を当て、眉を吊り上げて即座に反論。
「媚売ってるんじゃあない! 俺は、相棒に嫌われたくないだけだ!」
大分恥ずかしい事言ってるけど。本人を前に!
多分“初めて出来た友達”って部分は声に出してないけど、俺には分かった。
ヴァレンも、数百年単位のぼっちだったらしいからね。
視線の端で、ベルザリオンくんが何か言いかけて口をつぐむのが見えた。
……たぶん心の中で“それはほとんど同じじゃないですか”とか思ってそう。
俺はカップを持ったままヴァレンをじっと見て、わざと芝居がかった真剣な声を出した。
「……確かにヴァレン、俺に媚び売ってるみたいなとこ、あるよな。打算的っていうか……前から薄々思ってた」
奴は両手を胸に当て、ぐらりと肩を揺らしながら大げさに目を見開く。
「相棒……お前、それ本気で言ってんのかよ……!?」
「いや本気で言ってたら、二人でこんな楽しくお茶の準備なんかしてねぇよ」
俺がすかさず切り返すと、会話の間にふっと間が生じる。
そして──ほぼ同時に。
「「へへへへへへ!」」
俺とヴァレンは身体を斜めに傾けつつ、目を合わせ声を重ねて笑い合った。
タイミング完璧だ。M-◯準優勝も夢じゃないね!
「……お主ら、仲良いな……」
向かいのマイネさんが引きつった笑顔で呟く。
その横でブリジットちゃんはカップを両手で包みながら、にこにこ笑顔をこちらに向けてくる。
一方リュナちゃんは、完全に俺たちをスルーしてフロランタンをもぐもぐ。カリッという音がやけに響いた。
この温度差、悪くないよね。
これぞ我が家って感じ!
◇◆◇
俺とヴァレンも席に着き、ようやく腰を落ち着けて話が本題に入った。
マグカップの縁から立ち上る湯気が、さっきまでの戦場の匂いを少しずつ押し流してくれる。
話を一通り聞き終えて、俺は思わず首を傾げた。
「……要するに、その“ベルゼリア”って国が、マイネさんに借金しててさ。で、その借金を帳消しにするために、マイネさんの街を占拠して……挙げ句、マイネさん本人まで殺そうとしてるってこと?」
言いながら、自分でも言葉が呆れるほど物騒だと思った。
俺の口から出た最後の語尾が、思わず一段低くなったのはそのせいだ。
「いや、滅茶苦茶じゃない? やってる事。完全に無法者じゃん」
借金チャラにする為に債権者ぶっ殺そうとするとか、闇金ウ◯ジマくんの登場人物でもそうそうやらないレベルの所業。
マイネさんは頷き、薄い笑みを浮かべる。
「まぁ……概ね、そういう事じゃな」
その隣で、ベルザリオンがぐっと背筋を伸ばした。
「分かっていただけましたか! 道三郎殿!」
彼の声は感動と安堵が入り混じった響きで、執事服の下で鳴った心臓の鼓動が聞こえてきそうな程だった
ブリジットちゃんが、膝の上のフレキくんをなでながら俺を見る。
瞳が少しだけ揺れている。
「……アルドくん。あたし、マイネさんのこと、助けてあげたい!って思ってるんだけど……アルドくんは、どうかな?」
予想してた質問だね。
俺は軽く笑い、肩をすくめてみせる。
「ブリジットちゃんなら、そう言うと思ったよ。
まあ、ベルザリオン君は知らない仲じゃないし、俺も助けてあげたいからさ。異存はないよ!」
そう言いながら、心の奥底で別の計算をしていた。
(……それに、ベルゼリアの戦力として動いてたあの子達──恐らく、"日本"から召喚された高校生達。)
(あの子達が……俺の勘通り、日本から来たんだとしたら……何とか元の世界に帰してやりたい。)
(死んで転生してきたって感じでもなかったし。……俺と違って)
横からヴァレンが問いかけてくる。
「そういえば、相棒も地下の遺跡調査中に、ベルゼリアの連中と出くわしたって話だよな?」
「そうなんだよ〜」
俺は肩肘つきながら軽い調子で答える。
「強力なスキル使う子達に加えて、“魔導機兵”とかいうロボみたいなやつもいっぱいいてさー。八十体ちょいくらい?」
その瞬間、ベルザリオンの表情が固まった。
次の瞬間、彼の声が裏返る。
「“魔導機兵”が、八十体!? 我らが魔都スレヴェルドを落とした主力兵器ですよ!? それが、一個中隊も……!?」
「そ、それで、道三郎殿は、その“魔導機兵部隊”を、どうされたのですか……?」
「ああ、攻撃してきたから、とりあえず全部ぶっ壊しておいたよ」
俺はカップを口に運びながら、あっさりと言った。
ベルザリオンくんは言葉を失い、マイネさんは一瞬だけ瞳を見開く。
確実に『ヤバいやつ』として認識されてしまった気もするが、ここまでダイナミックに巻き込まれたなら今更力を隠しても意味ないしね。
……こいつ力さえ借りられれば、スレヴェルドの奪還も夢ではない……!
そんな考えが顔に書いてあるかの様なマイネさん。
マイネさんはスクッと立ち上がった。
その仕草は堂々としていて、さっきまでの呆れ顔とはまるで別人のようだ。
腰のポーチから分厚い札束を取り出し、俺の目の前に立つ。
……札束!!?
「道三郎……いや、アルド・ラクシズ。どうか、妾がスレヴェルドを奪還するのに力を貸してはくれまいか。礼なら、この通り……」
そう言って、何故か札束を振りかぶるマイネさん。
……えっ。急に何しようとしてんの?
ひょっとして、俺、札束でビンタされる感じ?
確かに、札束で頬を叩かれるのは全人類の夢みたいなとこあるけども!謎にドキドキしちゃう!
しかし、何かを思いとどまった様子で、彼女の手がピタリと止まり、代わりにポトンと俺の前に札束を置いた。
「……やる」
違った!札束ビンタ、来なかった!
でも……『やる』!?
「えええええ!? こ、こんな大金、受け取れないよ!? 手伝う、手伝うから!! お金しまって!!」
俺は両手をバタバタさせて、皿をひっくり返しそうになりながら拒否する。
すると、マイネさんはふっと口元を緩めた。
『コイツ、小心者者だな』と思われてる気がする。
そんな心の声が透けて見える。
俺は札束から目を逸らしながら、彼女を見た。
……なんか漫画に出てくる金持ちお嬢様キャラみたいな人だなぁ。ほんと。
◇◆◇
ブリジットちゃんの膝の上では、ミニチュアダックスサイズのフレキくんが丸まっていた。
この子、すっかりブリジットちゃんの膝が指定席になってるな……
と思ってたら、ぴょこんと首を上げて俺の方を見る。
「そういえば、グェルから聞いたんですけど!」
声がいつもよりワントーン高い。犬だけに。
「アルドさん、地下で幽霊見たってホントですか!? ボク、幽霊って見たことないので、気になってしまってっ!」
目をきらきらさせて聞いてくるもんだから、俺もつい身を乗り出した。
「いや、これがマジで出たのよ!! しかも超怖かったの!!」
その瞬間、向かいに座ってたヴァレンが、鼻で笑いやがった。
「おいおい、相棒。魔王や咆哮竜と毎日顔を合わせてるお前が、今さら幽霊なんかにビビるタマか?」
「そういうのとはまた別なんだよ!!」
俺は即座に反論する。
「幽霊の怖さは、物理とか戦闘力とかじゃ測れないの!!」
横からブリジットが笑いながら言った。
「あたしも怖い話とか苦手だな〜。アルドくんと同じだよ!」
それを聞いたリュナが、菓子をもぐもぐしながら口を挟む。
「あーしも!怖いの苦手っす!いっしょいっしょ!」
「ウソこけ」
ヴァレンが小声で即ツッコミ。リュナは聞こえてないふりをしてお菓子続行。
「だよねえ!?」
俺はブリジットちゃんとリュナちゃんに同意しつつ、真剣な口調で続ける。
「幽霊の怖さって、魔王とか竜とかそんなんとは全然違うんだよ。なんていうか……静かな、不気味さがあるっていうかさ」
みんなの視線が俺に集まる。
部屋の空気が落ち着いてきた
よし。ここは一丁、皆にも幽霊の怖さってものを理解していただこうじゃないの。
俺はちょっと芝居がかった声にして、手をゆっくりと宙で動かした。
気分は稲川◯二さん!
「たとえば……今みたいに夜も更けてきた時間帯。 やだな〜、怖いな〜………って思いながら……ふと、窓に目をやると……! 誰かが──静かに──窓の外からこっちを覗いてるんですねぇ〜…………」
皆の視線を誘導する様に、何気なく窓の方へ視線を向ける。
本当にいた。
半透明の男子高校生が、窓ガラスにべったりと貼り付いて、こっちをじいっと見ていた。
しかも、その顔がまた……やたら恨めしそうで。
「オワーーーーーーーッッ!!?!」
俺は反射的に叫び、椅子ごと後ろに倒れた。
テーブルのカップがカタカタ震え、ブリジットちゃんが「ど、どうしたのアルドくん!?」と慌ててフレキくんを抱きかかえる。
ヴァレンは「何事だ!?」と立ち上がり、リュナちゃんは口に菓子を詰めたまま目を丸くしていた。
──家まで、憑いて来ちゃった……!?!?
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