第123話 星降る夜の行進《スターリー・ナイト・パレード》
夜の帳が降りた建設途中のカクカクシティ──
剥き出しの鉄骨と未舗装の地面の上で、火花と光が交錯する。
荒い息を吐きながら、天野唯が杖に体重を預けるようにして立っていた。
その白い肩が小刻みに上下し、髪に張りつく汗が彼女の疲労を物語る。
一方で、彼女の隣に立つ少年──佐川颯太の動きに迷いはなかった。
空に浮かぶ七つの星が、彼の意志に呼応して不規則に軌道を描き、幾条ものレーザーが奔る。
刹那、閃光と共に彼の姿が掻き消え、星の位置に転移──
直後、怒涛の剣撃が敵へと降り注ぐ。
「オラァッ!!」
吠えるような声とともに、一閃。
しかし。
「──綺麗だね、キミの剣筋は。まるで花びらのように。」
その攻撃を、ヴァレン・グランツは微笑を浮かべながら易々と受け流した。
しなやかに、優雅に。まるでダンスでも踊っているかのように。
佐川の剣が風を切り、次の星へ転移する。
移動、斬撃、移動──高速で何度も、角度を変えて畳みかける。
だが、まるで未来が見えているかのように、魔王はすべての一撃を魔剣"最愛の花束"で受け止めていた。
「なっ……!」
佐川の額に、冷たい汗が滲む。
攻撃のたびに確信をもって斬り込んでいる。視覚も、タイミングも完璧。
──なのに、通らない。
「ククク……もう見切ったよ、キミの能力。」
ヴァレンは魔剣をくるりと回し、まるで舞踏会のパートナーに微笑むような、優雅な笑みを浮かべた。
「“視認できる星”と自身の位置を入れ替える……それがキミの瞬間移動のトリックだろ?」
「──ッ!!」
佐川の瞳が見開かれた。
「……何を言ってやがる……ッ」
絞り出すような声。
しかし、その内心では確かな動揺が渦巻いていた。
(まさか……読まれてる……!?)
ヴァレンは笑う。
「もし、どの星とも入れ替えられるなら──俺の真後ろに星を置いて、そこから斬ればいいはずだ。死角中の死角だよ。」
ひゅう、と風が吹き抜ける。
「けれどキミは、常に俺の斜め後ろ……“視認できる範囲”にしか転移しなかった。」
佐川は歯噛みする。
(くそっ……!)
「つまり、見えている星としか入れ替えができない。それがキミの能力の限界なんだ。」
(そこまで……完全に……)
ヴァレンは魔剣を肩に担ぎながら、なおも続ける。
「“それでも、なぜ転移先を読まれる……?”って顔をしてるね?」
──ゾクリ。
まるで内心までを見透かされたような言葉に、佐川の背筋に冷たいものが走る。
「答えは簡単。転移先を読むには……視線を追えばいいだけさ。」
「……っ!!」
内心の叫びが、今にも喉から洩れそうになる。
(視線……!? 俺の……目線で!?)
「バカな……そんな芸当……」
「ハッタリだ、と思ってるかい?」
ヴァレンの声が、どこか楽しげだった。
「じゃあ試してごらん。もっと早く、もっと予想外の動きを見せてみて?」
煽るようなその声音に、佐川は唇を噛む。
(──チッ、やってやるよ……!)
星が再び走る。
レーザーが交差する光の檻の中、佐川は目にも止まらぬ速さで転移し、斬撃を叩き込んだ。
けれど──
「ほらね。」
ヴァレンの剣先が、寸分のズレもなく佐川の喉元に添えられていた。
寸止め。それが何度も、何度も繰り返された。
「クソッ……!」
焦燥。
いや、それだけではない。
自分のあらゆる動きが、相手の掌で踊らされているような──そんな、“恐怖”。
(マジかよ……本当に……俺の転移先を、目線の動きだけで……!?)
顔が引きつるのを自覚した。
そして──
「それじゃ、俺のターンだ。」
ヴァレンはフワリと宙に浮かび上がり、夜風に髪をなびかせながら空中を優雅に舞った。
彼の背後には、薄く雲が流れ、そして──月が昇る。
彼は建設途中のビルの骨組みの上に静かに降り立ち、右手で胸元に手を当てて、深く、劇的に一礼した。
「キミたちの力、存分に堪能させてもらったよ。実に、素晴らしかった。」
佐川は肩で息をしながら、ヴァレンの姿を見上げる。
その姿は、まるで舞台上の役者。観客の喝采を一身に浴びているかのような、完璧な立ち振る舞いだった。
「さあ……次は、俺の番だ。」
ヴァレンの表情が、夜空に映える月光で妖しく照らされる。
「数百年の時を、“色欲の魔王”としてこの世に君臨し続けた──」
その声に、空気が凍る。
「この、ヴァレン・グランツの力を……」
「存分にお見せしよう。」
その声は、どこまでも優雅で──
けれど、底知れぬ“深淵”を感じさせた。
天野唯は、何かに囚われたように言葉を失い、震える指先で杖を握りしめた。
佐川も、ただごくりと唾を飲み込む。
月を背に立つその魔王は──
あまりにも、神々しかった。
◇◆◇
──月が、まるで観客のように夜空の高みから見下ろしていた。
その光を背に、魔王ヴァレン・グランツは両腕を大きく広げて佇んでいる。
まるで舞台の主役のように。
いや、それはもはや舞台ではない。
この世界そのものが、彼という存在の“演出空間”になっていると錯覚するほどの、圧倒的な存在感だった。
佐川颯太は、剣を握る指先に力が入らないことに気づいた。
喉が渇いて、心臓が早鐘を打つ。
(俺は……勇者だ。選ばれた存在だ……!)
彼は自分にそう言い聞かせるように、心の中で何度も呟いた。
(勇者は、魔王を倒すためにいるんだ……)
だが、その想いとは裏腹に、視線の先に立つヴァレンを見上げるだけで、背筋が凍る。
(でも……コイツは……何なんだ……!?)
ぞわりと、背中を冷たいものが這う。
(倒せる気が、しねぇ……ッ!)
喉奥から、悲鳴が漏れそうだった。
そんな佐川の動揺など、すべてお見通しとでも言わんばかりに──
ヴァレンは、優雅に口を開いた。
「Ladies & Gentlemen……!」
澄んだ、どこまでも通る声。
けれどその優しさが、かえって不気味に響く。
「これより──ヴァレン・グランツ・プレゼンツ!」
手を広げ、月を背に一歩前に出る。
「恋人たちのためのパレードが、始まります。」
その瞬間、空気が震えた。
言葉の持つ意味ではなく、その“宣言そのものが現実を書き換える”ような感覚。
「閉園までの、ほんの僅かな時間……
大切な人と、最高の一時を──どうかお楽しみください。」
そう語る彼の声には、どこまでも優しい“愛”があった。
──“愛”と“狂気”の境界が、曖昧になるほどの。
「……わあ……」
思わず、戦況を見守っていたブリジットが、ぽつりと感嘆の声を上げた。
彼女は無意識に、手をパチパチと叩いて拍手をしていた。
──パラララ……
ヴァレンの左手に携えられた魔本が、自らの意思を持つかのように音を立てて捲れる。
光が零れ出すように、文字がページから浮かび上がり、宙を舞った。
それに目を奪われていた天野唯が、ハッと我に返る。
「颯太くん!!」
震える声で隣の少年に呼びかける。
「魔王のペースに飲まれちゃダメ!!」
杖を両手で握りしめながら、天野は必死に言葉を続けた。
「何かする前に、ここで仕留めるしかないっ!!」
その言葉に、佐川の瞳が再び光を取り戻す。
「──ああ!! ヤツの思い通りにはさせねぇ!!」
握りしめた剣を天に掲げ、彼の周囲に七つの星が再び展開された。
それは剣と魔法の両輪が織りなす、彼の“最大火力”だ。
天野の強化魔法が、七つの星を軌道上で輝かせ──
そこから、七本のレーザーが、一直線にヴァレンへと放たれる。
が──
「──"心花顕現。」
ヴァレンが静かに呟いた。
「"電飾冥王獣"…」
ドォォンッ……!
地響きと共に、二つの巨大な光輪が地面に浮かび上がる。
魔法陣のように構築されたそれは、星のレーザーが到達する寸前に膨れ上がり──
次の瞬間、そこから何かが“競り上がって”きた。
──ゴゴゴゴゴゴゴ……
「な……!?」
佐川の声が裏返る。
競り上がってきたのは、電飾をまとった“巨大な獣”。
その姿は──クマ。
そして、ゾウ。
だが、ただの獣ではない。
全身を光の管で巻かれ、まるでテーマパークのフロートのように煌びやかに装飾された、“冥王のしもべ”だった。
電子音のような咆哮を上げ、光がまたたくリズムで、陽気なパレード音楽が鳴り響く。
「な、なんだこの魔物は……ッ!?」
佐川は星の一つから転移し、冥王獣の前脚を斬る。
だが──剣が、通らない。
「っ……一体一体が……硬すぎる……ッ!!」
切れない。
焼けない。
星からのレーザーも、まるで気にしていない。
それどころか、獣たちはリズムに乗ってステップを踏みながら、二人に迫ってくる。
「今日は大盤振る舞いだ。」
ヴァレンが嬉しそうに微笑んだ。
「"獅子座流星群"。」
夜空が一気に明るくなる。
──無数の星が、尾を引きながら降ってきた。
だが、そのすべてが佐川と天野をかすめるように落ちていく。
直撃はしない。
しかし、絶えず地面が爆ぜ、火の粉が舞い、意識を散らす。
「"運命の花火"。」
ドンッ……パァンッ……!
今度は、夜空に無数の花火が打ち上がる。
赤、青、金、紫──
それは、もはや戦場の演出ではなかった。
美しかった。
そして──おぞましかった。
「う……うそ……」
天野唯の杖を握る手が、ガクガクと震えだす。
その花火の美しさに、恐怖が混じる。
佐川も、気づけば剣を握る腕が下がっていた。
(だ……ダメだ……ッ)
心が、折れそうだった。
(この魔王は……力のスケールが、違いすぎる……ッ!!)
レーザーも、斬撃も、術式も通じない。
あまつさえ、視覚・聴覚・精神の全てを“演出”で飲み込んでくる魔王──
佐川は、その異常な力に、目を見開いたまま立ち尽くすしかなかった。
そんな彼の視線の先──月明かりと花火に照らされたヴァレンは、満足そうに目を細めた。
「ククク……“色欲の魔王”の──」
その声は、どこか甘く。
「"星降る夜の行進"──お楽しみいただけてるかな?」
笑みとともに、その口元が柔らかく歪んだ。
それはまるで、
夢の国にようこそ──と言っているかのような微笑だった。
◇◆◇
爆ぜる花火。
煌めく流星。
音楽と光の洪水が、戦場を色彩と祝祭に包み込む。
だが──それは“魔王の力”だった。
カクカクシティの建設広場、その少し離れた瓦礫の上。
ベルザリオンは静かに立ち尽くし、その光景を見上げていた。
背筋が、汗ばむ。
戦場にはいない。
ただ見ているだけ──なのに、なぜこんなにも恐ろしい?
「これが……」
呟きが、漏れた。
「マイネ様と同じ、“大罪魔王”の一角……“色欲”のヴァレン・グランツ様の……実力……ッ!」
ゴクリ、と喉が鳴る。
その隣で、同じく立っていたマイネが、長く息を吐いた。
「……だから言ったじゃろ。ヴァレン・グランツは、“強い”と。」
それは、誇りでも、畏怖でもなく──
まるで呆れたような、苦笑じみた“肯定”だった。
一方で──
「きれぇ〜〜〜……!」
感嘆の声を上げたのは、ブリジットだった。
彼女は戦場だということも忘れたように、うっとりと夜空を見上げる。
その横で、小型犬の姿のフレキも尻尾を振りながら「すごいです〜」と感動の声を漏らしていた。
「アルドくんにも見せてあげたかったな〜!
このパレード……街が完成したら、お祝いのイベントとしてまたやってくれないかな!」
「それ、いいですねっ!ヴァレンさんにお願いしてみましょう!」
「……お二人とも。一応、まだ戦闘中ですよ」
ベルザリオンが静かにツッコミを入れたが、ブリジットたちはまるで遊園地のショーでも観ているようだった。
──────────────────
森の中、月の光が木々を縫うように差し込む開けた空間。
地面に仰向けになったままの鬼塚玲司の視界に、花火と流星が降ってきた。
夜空一面に咲く巨大な火の花。
いくつも、いくつも──その下に、戦いがあるとは思えないほどに美しい。
「……なんだ、ありゃ……花火……?それに、流星……?」
つぶやいた言葉は、夜風にかき消された。
その近く。
木の根っこに腰を下ろしながら、黒マスクの女──リュナが小さなやすりで爪を整えていた。
「お〜……綺麗っすね〜」
呑気に目を細めながら夜空を見上げて、
「たぶん、ヴァレンのアホの能力っすね、あれ」
と、さらりと口にした。
「……は?」
鬼塚の顔が引き攣った。
身体中が痛む。
腕が折れてる気がするし、肋骨もいってるかもしれない。
けど──
「あれが……あの魔王の、能力だと……?」
鬼塚はゆっくりと、ぎしりと音を立てて、上体を起こした。
視界がグラつく。
脳が揺れる。
でも、眼は──戦いの空を捉えていた。
(あの光と音……演出だけじゃねぇ。あれは、魔力だ……)
(あのチャラ男みてぇな魔王……コイツと同格の“災害級”かよ……ッ!)
彼の中で、何かが点火した。
(このままじゃ……佐川と天野が──)
「っ……うおおおおおおっ!!!」
魂の底から、叫びが迸った。
その声にリュナがびくっと肩を震わせ、ネイルやすりを落とす。
「ちょっ!? アンタ、無茶しない方が──!」
止める暇もなかった。
鬼塚は、傷だらけの身体を叩き起こし、血塗れの拳を前に突き出す。
そして──捻り出した。
「魂、燃やせ……!!」
地面が、一瞬だけ震えた。
鬼塚の足元に、黒い稲妻のような魔力が走る。
それは爆ぜるように地面を割り、彼の魔力が形を成していく。
──ヴォォンッ……!
煙の中から現れたのは、漆黒のボディと金属のエンブレムを備えた、重厚なバイク。
「"特攻疾風"──!」
吐き捨てるように呟き、傷だらけの身体をそのシートに無理やり押し込む。
エンジン音が鳴り響く。
魔力が、そのまま爆発的推進力に変わる。
「おいこら待てコラァァァ!!」
リュナが慌てて追いかけるも──
「行くぜ……!!」
──ギュォォォォン!!
轟音を残し、鬼塚のバイクが闇を裂いて走り出した。
傷の痛みなど、振動にかき消された。
血の臭いも、アドレナリンで嗅覚から飛んだ。
ただ一つ。
仲間が危ないという“焦り”が、彼を突き動かしていた。
「天野!佐川ァァァァ!!!」
魂が叫ぶ。
タイヤが吠える。
その背を追いかけて、リュナが叫ぶ。
「ちょ、待てって!!アンタさっき魔力使い果たしてたじゃないっすか!!無茶だろ死ぬぞコラァァァ!!」
彼女もまた魔力を纏い、夜の森を駆け抜けた。
花火と流星が、二人の影を淡く照らしていた。
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