表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
125/180

第123話 星降る夜の行進《スターリー・ナイト・パレード》

 夜の帳が降りた建設途中のカクカクシティ──


 剥き出しの鉄骨と未舗装の地面の上で、火花と光が交錯する。


 荒い息を吐きながら、天野唯が杖に体重を預けるようにして立っていた。


 その白い肩が小刻みに上下し、髪に張りつく汗が彼女の疲労を物語る。


 一方で、彼女の隣に立つ少年──佐川颯太の動きに迷いはなかった。


 空に浮かぶ七つの星が、彼の意志に呼応して不規則に軌道を描き、幾条ものレーザーが奔る。


 刹那、閃光と共に彼の姿が掻き消え、星の位置に転移──


 直後、怒涛の剣撃が敵へと降り注ぐ。




 「オラァッ!!」




 吠えるような声とともに、一閃。


 しかし。




 「──綺麗だね、キミの剣筋は。まるで花びらのように。」




 その攻撃を、ヴァレン・グランツは微笑を浮かべながら易々と受け流した。


 しなやかに、優雅に。まるでダンスでも踊っているかのように。


 佐川の剣が風を切り、次の星へ転移する。


 移動、斬撃、移動──高速で何度も、角度を変えて畳みかける。


 だが、まるで未来が見えているかのように、魔王はすべての一撃を魔剣"最愛の花束(イレブン・ローズ)"で受け止めていた。




 「なっ……!」




 佐川の額に、冷たい汗が滲む。


 攻撃のたびに確信をもって斬り込んでいる。視覚も、タイミングも完璧。


 ──なのに、通らない。




 「ククク……もう見切ったよ、キミの能力。」




 ヴァレンは魔剣をくるりと回し、まるで舞踏会のパートナーに微笑むような、優雅な笑みを浮かべた。




 「“視認できる星”と自身の位置を入れ替える……それがキミの瞬間移動のトリックだろ?」



 「──ッ!!」




 佐川の瞳が見開かれた。




 「……何を言ってやがる……ッ」




 絞り出すような声。

 しかし、その内心では確かな動揺が渦巻いていた。



 (まさか……読まれてる……!?)



 ヴァレンは笑う。




 「もし、どの星とも入れ替えられるなら──俺の真後ろに星を置いて、そこから斬ればいいはずだ。死角中の死角だよ。」




 ひゅう、と風が吹き抜ける。




 「けれどキミは、常に俺の斜め後ろ……“視認できる範囲”にしか転移しなかった。」




 佐川は歯噛みする。



 (くそっ……!)




 「つまり、見えている星としか入れ替えができない。それがキミの能力の限界なんだ。」




 (そこまで……完全に……)



 ヴァレンは魔剣を肩に担ぎながら、なおも続ける。




 「“それでも、なぜ転移先を読まれる……?”って顔をしてるね?」




 ──ゾクリ。


 まるで内心までを見透かされたような言葉に、佐川の背筋に冷たいものが走る。




 「答えは簡単。転移先を読むには……視線を追えばいいだけさ。」


 「……っ!!」




 内心の叫びが、今にも喉から洩れそうになる。



 (視線……!? 俺の……目線で!?)



 「バカな……そんな芸当……」



 「ハッタリだ、と思ってるかい?」




 ヴァレンの声が、どこか楽しげだった。




 「じゃあ試してごらん。もっと早く、もっと予想外の動きを見せてみて?」




 煽るようなその声音に、佐川は唇を噛む。



 (──チッ、やってやるよ……!)



 星が再び走る。


 レーザーが交差する光の檻の中、佐川は目にも止まらぬ速さで転移し、斬撃を叩き込んだ。


 けれど──




 「ほらね。」




 ヴァレンの剣先が、寸分のズレもなく佐川の喉元に添えられていた。


 寸止め。それが何度も、何度も繰り返された。




 「クソッ……!」




 焦燥。

 いや、それだけではない。


 自分のあらゆる動きが、相手の掌で踊らされているような──そんな、“恐怖”。



 (マジかよ……本当に……俺の転移先を、目線の動きだけで……!?)



 顔が引きつるのを自覚した。


 そして──




 「それじゃ、俺のターンだ。」




 ヴァレンはフワリと宙に浮かび上がり、夜風に髪をなびかせながら空中を優雅に舞った。


 彼の背後には、薄く雲が流れ、そして──月が昇る。


 彼は建設途中のビルの骨組みの上に静かに降り立ち、右手で胸元に手を当てて、深く、劇的に一礼した。




 「キミたちの力、存分に堪能させてもらったよ。実に、素晴らしかった。」




 佐川は肩で息をしながら、ヴァレンの姿を見上げる。


 その姿は、まるで舞台上の役者。観客の喝采を一身に浴びているかのような、完璧な立ち振る舞いだった。




 「さあ……次は、俺の番だ。」




 ヴァレンの表情が、夜空に映える月光で妖しく照らされる。




 「数百年の時を、“色欲の魔王”としてこの世に君臨し続けた──」




 その声に、空気が凍る。




 「この、ヴァレン・グランツの力を……」



 「存分にお見せしよう。」




 その声は、どこまでも優雅で──

 けれど、底知れぬ“深淵”を感じさせた。


 天野唯は、何かに囚われたように言葉を失い、震える指先で杖を握りしめた。


 佐川も、ただごくりと唾を飲み込む。


 月を背に立つその魔王は──

 あまりにも、神々しかった。




 ◇◆◇




 ──月が、まるで観客のように夜空の高みから見下ろしていた。


 その光を背に、魔王ヴァレン・グランツは両腕を大きく広げて佇んでいる。


 まるで舞台の主役のように。


 いや、それはもはや舞台ではない。


 この世界そのものが、彼という存在の“演出空間”になっていると錯覚するほどの、圧倒的な存在感だった。


 佐川颯太は、剣を握る指先に力が入らないことに気づいた。


 喉が渇いて、心臓が早鐘を打つ。




 (俺は……勇者だ。選ばれた存在だ……!)




 彼は自分にそう言い聞かせるように、心の中で何度も呟いた。




 (勇者は、魔王を倒すためにいるんだ……)




 だが、その想いとは裏腹に、視線の先に立つヴァレンを見上げるだけで、背筋が凍る。




 (でも……コイツは……何なんだ……!?)




 ぞわりと、背中を冷たいものが這う。




 (倒せる気が、しねぇ……ッ!)




 喉奥から、悲鳴が漏れそうだった。


 そんな佐川の動揺など、すべてお見通しとでも言わんばかりに──


 ヴァレンは、優雅に口を開いた。




 「Ladies & Gentlemen……!」




 澄んだ、どこまでも通る声。

 けれどその優しさが、かえって不気味に響く。




 「これより──ヴァレン・グランツ・プレゼンツ!」




 手を広げ、月を背に一歩前に出る。




 「恋人たちのためのパレードが、始まります。」




 その瞬間、空気が震えた。


 言葉の持つ意味ではなく、その“宣言そのものが現実を書き換える”ような感覚。




 「閉園までの、ほんの僅かな時間……

 大切な人と、最高の一時を──どうかお楽しみください。」




 そう語る彼の声には、どこまでも優しい“愛”があった。


 ──“愛”と“狂気”の境界が、曖昧になるほどの。




 「……わあ……」




 思わず、戦況を見守っていたブリジットが、ぽつりと感嘆の声を上げた。


 彼女は無意識に、手をパチパチと叩いて拍手をしていた。


 ──パラララ……


 ヴァレンの左手に携えられた魔本が、自らの意思を持つかのように音を立てて捲れる。


 光が零れ出すように、文字がページから浮かび上がり、宙を舞った。


 それに目を奪われていた天野唯が、ハッと我に返る。




 「颯太くん!!」




 震える声で隣の少年に呼びかける。




 「魔王のペースに飲まれちゃダメ!!」




 杖を両手で握りしめながら、天野は必死に言葉を続けた。




 「何かする前に、ここで仕留めるしかないっ!!」




 その言葉に、佐川の瞳が再び光を取り戻す。




 「──ああ!! ヤツの思い通りにはさせねぇ!!」




 握りしめた剣を天に掲げ、彼の周囲に七つの星が再び展開された。


 それは剣と魔法の両輪が織りなす、彼の“最大火力”だ。


 天野の強化魔法が、七つの星を軌道上で輝かせ──

 そこから、七本のレーザーが、一直線にヴァレンへと放たれる。


 が──




 「──"心花顕現(サモン・フラッター)。」




 ヴァレンが静かに呟いた。




 「"電飾冥王獣エレクトリカル・プルート"…」




 ドォォンッ……!


 地響きと共に、二つの巨大な光輪が地面に浮かび上がる。


 魔法陣のように構築されたそれは、星のレーザーが到達する寸前に膨れ上がり──


 次の瞬間、そこから何かが“競り上がって”きた。



 ──ゴゴゴゴゴゴゴ……




 「な……!?」




 佐川の声が裏返る。


 競り上がってきたのは、電飾をまとった“巨大な獣”。


 その姿は──クマ。


 そして、ゾウ。


 だが、ただの獣ではない。


 全身を光の管で巻かれ、まるでテーマパークのフロートのように煌びやかに装飾された、“冥王のしもべ”だった。


 電子音のような咆哮を上げ、光がまたたくリズムで、陽気なパレード音楽が鳴り響く。




 「な、なんだこの魔物は……ッ!?」




 佐川は星の一つから転移し、冥王獣の前脚を斬る。


 だが──剣が、通らない。




 「っ……一体一体が……硬すぎる……ッ!!」




 切れない。

 焼けない。

 星からのレーザーも、まるで気にしていない。


 それどころか、獣たちはリズムに乗ってステップを踏みながら、二人に迫ってくる。




 「今日は大盤振る舞いだ。」




 ヴァレンが嬉しそうに微笑んだ。




 「"獅子座流星群(レオニード・メテオ)"。」




 夜空が一気に明るくなる。


 ──無数の星が、尾を引きながら降ってきた。


 だが、そのすべてが佐川と天野をかすめるように落ちていく。


 直撃はしない。


 しかし、絶えず地面が爆ぜ、火の粉が舞い、意識を散らす。




 「"運命の花火デスティニー・ファイアワークス"。」




 ドンッ……パァンッ……!


 今度は、夜空に無数の花火が打ち上がる。


 赤、青、金、紫──

 それは、もはや戦場の演出ではなかった。


 美しかった。


 そして──おぞましかった。




 「う……うそ……」




 天野唯の杖を握る手が、ガクガクと震えだす。


 その花火の美しさに、恐怖が混じる。


 佐川も、気づけば剣を握る腕が下がっていた。




 (だ……ダメだ……ッ)




 心が、折れそうだった。




 (この魔王は……力のスケールが、違いすぎる……ッ!!)




 レーザーも、斬撃も、術式も通じない。


 あまつさえ、視覚・聴覚・精神の全てを“演出”で飲み込んでくる魔王──


 佐川は、その異常な力に、目を見開いたまま立ち尽くすしかなかった。


 そんな彼の視線の先──月明かりと花火に照らされたヴァレンは、満足そうに目を細めた。




 「ククク……“色欲の魔王”の──」




 その声は、どこか甘く。




 「"星降る夜の行進スターリー・ナイト・パレード"──お楽しみいただけてるかな?」




 笑みとともに、その口元が柔らかく歪んだ。


 それはまるで、


 夢の国にようこそ──と言っているかのような微笑だった。




 ◇◆◇




 爆ぜる花火。


 煌めく流星。


 音楽と光の洪水が、戦場を色彩と祝祭に包み込む。



 だが──それは“魔王の力”だった。



 カクカクシティの建設広場、その少し離れた瓦礫の上。


 ベルザリオンは静かに立ち尽くし、その光景を見上げていた。


 背筋が、汗ばむ。


 戦場にはいない。

 ただ見ているだけ──なのに、なぜこんなにも恐ろしい?




 「これが……」




 呟きが、漏れた。




 「マイネ様と同じ、“大罪魔王”の一角……“色欲”のヴァレン・グランツ様の……実力……ッ!」




 ゴクリ、と喉が鳴る。


 その隣で、同じく立っていたマイネが、長く息を吐いた。




 「……だから言ったじゃろ。ヴァレン・グランツは、“強い”と。」




 それは、誇りでも、畏怖でもなく──

 まるで呆れたような、苦笑じみた“肯定”だった。


 一方で──




 「きれぇ〜〜〜……!」




 感嘆の声を上げたのは、ブリジットだった。


 彼女は戦場だということも忘れたように、うっとりと夜空を見上げる。


 その横で、小型犬の姿のフレキも尻尾を振りながら「すごいです〜」と感動の声を漏らしていた。




 「アルドくんにも見せてあげたかったな〜!

このパレード……街が完成したら、お祝いのイベントとしてまたやってくれないかな!」


 「それ、いいですねっ!ヴァレンさんにお願いしてみましょう!」


 「……お二人とも。一応、まだ戦闘中ですよ」




 ベルザリオンが静かにツッコミを入れたが、ブリジットたちはまるで遊園地のショーでも観ているようだった。



 


──────────────────


 


 森の中、月の光が木々を縫うように差し込む開けた空間。


 地面に仰向けになったままの鬼塚玲司の視界に、花火と流星が降ってきた。


 夜空一面に咲く巨大な火の花。


 いくつも、いくつも──その下に、戦いがあるとは思えないほどに美しい。




 「……なんだ、ありゃ……花火……?それに、流星……?」




 つぶやいた言葉は、夜風にかき消された。


 その近く。

 木の根っこに腰を下ろしながら、黒マスクの女──リュナが小さなやすりで爪を整えていた。




 「お〜……綺麗っすね〜」




 呑気に目を細めながら夜空を見上げて、




 「たぶん、ヴァレンのアホの能力っすね、あれ」




 と、さらりと口にした。




 「……は?」




 鬼塚の顔が引き攣った。


 身体中が痛む。


 腕が折れてる気がするし、肋骨もいってるかもしれない。


 けど──




 「あれが……あの魔王の、能力だと……?」




 鬼塚はゆっくりと、ぎしりと音を立てて、上体を起こした。


 視界がグラつく。


 脳が揺れる。


 でも、眼は──戦いの空を捉えていた。



 (あの光と音……演出だけじゃねぇ。あれは、魔力だ……)


 (あのチャラ男みてぇな魔王……コイツと同格の“災害級”かよ……ッ!)



 彼の中で、何かが点火した。



 (このままじゃ……佐川と天野が──)




 「っ……うおおおおおおっ!!!」




 魂の底から、叫びが迸った。


 その声にリュナがびくっと肩を震わせ、ネイルやすりを落とす。




 「ちょっ!? アンタ、無茶しない方が──!」




 止める暇もなかった。


 鬼塚は、傷だらけの身体を叩き起こし、血塗れの拳を前に突き出す。


 そして──捻り出した。




 「魂、燃やせ……!!」




 地面が、一瞬だけ震えた。


 鬼塚の足元に、黒い稲妻のような魔力が走る。

 それは爆ぜるように地面を割り、彼の魔力が形を成していく。



 ──ヴォォンッ……!



 煙の中から現れたのは、漆黒のボディと金属のエンブレムを備えた、重厚なバイク。




 「"特攻疾風(モヴゼファー)"──!」




 吐き捨てるように呟き、傷だらけの身体をそのシートに無理やり押し込む。


 エンジン音が鳴り響く。

 魔力が、そのまま爆発的推進力に変わる。

 



 「おいこら待てコラァァァ!!」




 リュナが慌てて追いかけるも──




 「行くぜ……!!」




 ──ギュォォォォン!!


 轟音を残し、鬼塚のバイクが闇を裂いて走り出した。


 傷の痛みなど、振動にかき消された。

 血の臭いも、アドレナリンで嗅覚から飛んだ。


 ただ一つ。


 仲間が危ないという“焦り”が、彼を突き動かしていた。




 「天野!佐川ァァァァ!!!」




 魂が叫ぶ。

 タイヤが吠える。


 その背を追いかけて、リュナが叫ぶ。




 「ちょ、待てって!!アンタさっき魔力使い果たしてたじゃないっすか!!無茶だろ死ぬぞコラァァァ!!」




 彼女もまた魔力を纏い、夜の森を駆け抜けた。


 花火と流星が、二人の影を淡く照らしていた。

感想、コメントなどがあれば気軽にお願いします!


評価やブックマークなども大変励みになりますので、是非よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
鬼塚が助けに来るのも予想してるのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ