第122話 願いの隙間、洗脳の種
佐川の剣が、空を斬る。
研ぎ澄まされた刃がヴァレンの喉元を掠め、細剣"最愛の花束"との金属音が火花を散らす。
七つの星が高速で軌道を描き、レーザーのような閃光をヴァレンに向けて撃ち込んでくる。
そのすべてを、彼は紙一重でいなしていた。
否、ちょいちょいレーザーに当たっていた。
その度に、ヴァレンは「がああ!」と叫び声を上げ、地面を転がる。
そして次の瞬間には何事も無かったかの様に起き上がる
——その表情には焦りはなかった。
むしろ、どこか満足げな笑みさえ浮かべている。
(……苦手な接近戦にわざわざ付き合った甲斐があったね)
ヴァレン・グランツは、刃の交差の合間に静かにスキルを展開する。
"魂視"。
——術式は、眼ではなく“魂”で見る。
瞬間、佐川颯太の奥にある“核”が、視界の奥に立ち上がる。
それは彼の人格そのもの──魂の姿。
蒼く澄んだ少年の魂の中央に、異物のような“黒い種”が刺さっていた。
(……確定だ)
ヴァレンは軽く眉をひそめた。
(この子の魂には、“何か”が植え付けられている)
連撃。
星が追尾し、剣撃とレーザーが一斉に襲いかかる。
だが、ヴァレンはひらりとそのすべてを躱す。笑うように、舞うように。
(それに、この見慣れない魂の色……)
(やはり、グラディウスの予想は当たってたか……)
この少年も、その少女も——この世界の住人ではない。
どこか違う、遠い場所の“匂い”が、魂に残っている。
(ベルゼリア……)
(別の世界の若者たちを呼び寄せて……魂に干渉し、戦わせるだなんて)
(……普通の青春を謳歌するはずだった子たちを、戦いのコマとして利用するなんてね)
ヴァレンの笑みが、わずかに陰る。
怒り、というよりも、呆れに近い感情。
だが、その奥には──確かな怒りの“種火”が灯っていた。
その時。
横から放たれた白い閃光が、ヴァレンの思考を切り裂くように走る。
「っ……おっとぉ!?」
すんでのところで身体を捻って受け流す。
放ったのは、天野唯。
神器"五輪聖杖"に神聖な光をまとわせ、まるでリボンのように舞いながら迫ってくる。
その動きは新体操の演舞のように優雅で、同時に切実だった。
「私だって……SS級なんだからッ!!」
少女の声が、切羽詰まった悲鳴のように響く。
白い杖が空を切り、風鳴りが響く。
「魔王を倒して……帰るんだ……!」
「──お母さんのところに!!」
その瞬間、ヴァレンの動きがふっと止まった。
視線が、彼女の瞳に重なる。
宿るは焦燥。焦がれるは帰還。そして、その理由が──“母の存在”。
彼は眉を寄せ、低く息を吐いた。
「ちょっと、失礼」
そう言うと、すっと重心を落とす。
足払い。
佐川の足元に滑り込むようにして回転を加え、勢いを乗せて彼の体勢を崩す。
佐川が「ぐっ……!」と呻きながら転ぶ。
その一瞬の隙を縫って、ヴァレンは天野の杖の間合いを掻い潜り、するりと懐へ入り込んだ。
「……!」
剣を腰のベルトに引っかけ、空いた右手で彼女の顎をそっと持ち上げる。
そのまま、顔を近づけ──
「っ……!?」
天野唯の体がピクリと震える。
彼女は動けなかった。
怒りでも、羞恥でも、困惑でもない。
その全てを呑み込んだ“動揺”。
そしてその隙に──
ヴァレンの瞳が、深い深い光を宿す。
"魂視"。
天野唯の魂が、開かれる。
そこには、白く澄んだ“光”があった。仲間達への想いと誓い、そして一途な帰還への“願い”。
しかし──その中心に、黒い“裂け目”のような隙間があった。
そしてそこに、佐川のそれよりも深く、しつこく、頑なに根を張った“洗脳の種”が存在していた。
(──なるほど)
(“強い願い”は、時として魂に“隙”を生む)
(この種は、その隙間に強く根を張るらしい)
(この“聖女”さんと、“勇者”クン)
(──どうしても叶えたい願いが、あったんだろうね)
ヴァレンの心に、哀れみが宿る。
怒りではない。憎しみでもない。
ただ、かつて見てきた幾つもの“魂の歪み”と、よく似た姿をそこに見た。
どれほど抗おうと、本人にすら気づかれぬ形で、種は魂を蝕んでいく。
戦いたくないのに、戦う理由がすり替わっていく。
自分の意志で選んだつもりが、それさえも“上書きされたもの”だったら──
ヴァレンは、唇を噛んだ。
だが、その思考を──
怒号が切り裂いた。
「き……貴様ァァ!!」
佐川颯太が、地を蹴る。
眼前に迫るその刃には、怒りと焦燥が宿っていた。
「委員長から──唯から、離れろっ!!」
ヴァレンは、静かに目を細める。
「おっと。すまない。そういうつもりじゃあ無いんだ」
丁寧に、天野を抱き起こし、そっと距離をとる。
軽やかなバク宙。
舞うように後方へ跳び下がり、着地の直前に宙で一回転する。
しかしその背後──空に漂う七つの星の一つが、まるで“代役”のように空間を割った。
そこに、颯太が現れる。
空間と星との“交換”。
空中で、ヴァレンの死角へ。
(──なるほど、やはりね!)
(瞬間移動の正体は、星との“位置の入れ替え”──!)
──だが、気づいても手遅れな位置だった。
(……しかし、この位置は……ちとマズいか!)
咄嗟に腰の剣を引き抜く──
だが、空中から振り下ろされる佐川の剣は、すでに避けられぬ軌道にあった。
◇◆◇
斬撃はすでに放たれていた。
空中から振り下ろされる一撃。
勇者の怒りと想いが込められた、真正面からの一太刀。
——ガキィィィィン!!
火花と閃光が空に弾ける。
だが、ヴァレンの身体は剣圧に耐えきれず、まるで撃ち落とされた隕石のように、地へ叩きつけられる。
「ぐッ……!」
落下、衝突、砂煙。
ドゴォォォォン……!!
大地が鳴った。
砂が爆ぜ、岩が砕け、白い煙が立ち昇る。
ヴァレンの姿は、土煙の向こうへと掻き消えた。
佐川は着地し、振り返らずに叫ぶ。
「唯!! 一気に畳みかけるぞ!!」
その言葉に。
少女の顔が上がる。
しばらく“委員長”と呼ばれ続けていたその耳に響いた、久しぶりの“名前呼び”。
「……わかった! 颯太くん!!」
懐かしい響きに、自然と笑みが浮かぶ。
天野唯は"五輪聖杖"をクルクルと回し、足元に魔法陣を描いた。
空には、佐川の七つの星が集まっている。
その一点に、天野の光が集束し始めた。
蒼、紅、金、翠、黒……
五つの属性が輪となって光を放ち、七星をひとつの“北辰”へと昇華させていく。
佐川と天野が背を合わせる。
互いの呼吸を感じ、互いの想いを重ねて──
「"破邪七星剣"!」
「"五輪聖杖"!」
二人の神器が、同時に輝きを放つ。
そして、声を揃えて叫んだ。
『『──"北辰光破剣"!!』』
——空が、割れた。
巨大な星の核から、真白の光線が大地に向かって降り注ぐ。
それはあまりにも純粋で、神聖で、凶悪な破壊光。
爆風が広がり、大地がめくれ、天まで突き抜けるようなエネルギーがヴァレンの落下地点を焼き尽くす。
「こ、これはいかん!? 流石に喰らいすぎじゃ!!」
マイネ・アグリッパが声を上げる。
その隣で、ベルザリオンが息を呑み、剣を構える構えのまま動けずにいた。
「……魔王であっても、あの直撃は……」
ブリジットが両手を口元に当てて震える。
フレキが吠えるように叫ぶ。
「ヴァ、ヴァレンさーーんっ!!」
大気が焼け、光が砂塵を貫き、音が全てを飲み込んだ。
しばし、誰もが言葉を失う。
それほどまでに、“一撃の重み”が、そこにはあった。
天野唯が息を整えながら、隣に立つ佐川を見る。
「……やったね、颯太くん」
「……ああ! やったぜ、唯!!」
二人は自然と手を取り合う。
全てが終わったという安心感と、達成感が、心と身体を満たしていた。
だが、その時だった。
「──そうだ! 君たちの愛の力が、この奇跡を起こしたんだ!」
その声は、背後から響いた。
二人の動きが、ぴたりと止まる。
ぎこちなく振り返ると、そこには──
佐川達と向きを同じにして、ガッツポーズを取りながら立っている男がいた。
赤茶のコートをなびかせ、サングラスをクイッと上げて。
“色欲の魔王”ヴァレン・グランツ。
「ククク……なぁーんて、ベタなことをやってみたりしてね?」
イタズラっぽく笑いながら、空を見上げている。
「そ、そんな……! 脱出する隙なんてなかったはずなのに!!」
天野が目を見開く。
佐川も額に汗を浮かべ、震える声で言った。
「……あれを喰らっても、まだ立ち上がるのかよ……っ!?」
ヴァレンは腕を組んで頷く。
「確かに、君たちの合体技“北斗ラブラブ天光剣”は恐ろしい技だったよ……」
「そんな名前じゃありませんっ!!」
即座に天野がツッコむが、ヴァレンは気にしない。
「だがね……こちとら、君たちの甘酸っぱい空気……それに、“いつの間にかヨソヨソしい名字呼びになってた幼なじみの、久々の名前呼び。──からの息を合わせた合体技”とかいう神演出に当てられて……」
ぐわっと、背中から噴き上がるように魔力が迸る。
「──魂が、震えてるんだよッ!!」
その叫びと共に、砂塵を吹き飛ばすほどの魔力が、ヴァレンを中心に広がった。
「──上質なラブコメを、ありがとう……心から……心から、感謝するよ………最高だ……!」
佐川は一歩引き、汗を滴らせながら震える。
(……な、何言ってんだコイツ!? 訳がわからねぇ……!)
(っていうか、なんで俺と唯が幼なじみだって……)
その動揺を察することもなく、ヴァレンは恍惚の表情を浮かべたまま、ふわりと空を見上げていた。
◇◆◇
戦場に吹く風が、熱を含んでいた。
魔力の余韻がまだ宙を漂い、焼け焦げた大地に白煙が立ちのぼる。
その中で、“色欲の魔王”ヴァレン・グランツは悠々と笑みを浮かべながら、空気を吸い込むようにして立っていた。
まるで戦闘の最中とは思えぬほど、気楽に。
「……ヒヤヒヤさせおって」
どこか呆れたような声音が、戦場の隅で響いた。
マイネ・アグリッパは、ベルザリオンに身を寄せながら、ため息をひとつ。
「相変わらず、訳のわからん理屈でパワーアップするヤツじゃな……」
その目は鋭いが、憎しみではない。
ただ、あまりに自由な魔王の姿に、振り回され続けた長年の“苦労”が滲んでいた。
ブリジットとフレキも、緊張が解けた様子でホーっと息を吐く。
そんな彼女達の視線も知らぬまま、ヴァレンはふと、戦場の一角に目を向ける。
——そこには、乾流星、榊タケル、五十嵐マサキの三人が、瓦礫の陰でスヤスヤと眠っていた。
術によって夢の世界へと導かれ、しかし苦しげな表情はない。
まるで、素敵な恋の夢でも見てるかのように、穏やかに。
(……あの、オールバックの彼だけ)
ヴァレンの視線が、乾流星に注がれる。
(魂から“洗脳の種”が消えてる……)
ヴァレンは軽く目を細め、視界の奥に意識を沈める。
"魂視"が再び作動し、流星の魂が淡く浮かび上がる。
そこには確かに、“黒い種”は存在していなかった。
(──なるほど)
(彼は、ベルザリオンくんの剣で倒された……か)
(あの、“真祖竜の手で産み直された剣”で……)
(つまり、"洗脳の種"のみを消す事も可能なわけだ。──"あの力"なら。)
思考が静かに回り始める。
(となると、今この場で俺がすべきことは──)
ヴァレンは小さく頷いた。
そのまま地を蹴って、数歩だけ後退し、戦場全体を一望できる位置に立つ。
目を閉じ、意識を広げる。
まるで風の流れを読むかのように、魔力の流れを感じ取る。
──そして、見つけた。
(……ああ、いたいた)
(何故、地面の下を走ってるのかは知らないが──)
(まったく、いいタイミングで戻ってくるねぇ……)
ニヤリと笑う。
サングラスの奥の目が、わずかに輝いた。
(間違いない。近づいてきてる)
(なら、少しばかり派手に暴れておかないとね……)
(この場所を、スムーズに見つけてもらえるように──)
そこまで考えたところで、ヴァレンは肩を回してひとつ大きく伸びをした。
「さて、そろそろクライマックスと行こうか」
ぼそりと、だが確かな声音でそう呟いた。
誰にともなく、けれども、誰よりも確かに“呼びかける”ように。
──その頃。
カクカクシティの北側、建設途中のビルの影。
人知れず、その場に身を潜めていた少女がいた。
与田メグミ。
占術使いにして、ルーン盤の導き手。
彼女は物陰から戦場を見つめながら、胸元のルーン盤をそっと撫でていた。
いつもと同じ。はずだった。
しかし、その瞬間。
「……っ!?」
ルーン盤が、熱を帯びて光を放ち始める。
今まで見たことのない──激しい、鮮烈な“白光”。
まるで魂を照らすかのような、純粋すぎるエネルギーの輝き。
「な、何ですかこの光……!?」
思わず一歩下がり、胸元を押さえる。
ルーン盤はさらに光を増し、その中心の魔石が、まるで心臓の鼓動のように脈打ち始める。
——彼女の"未来視"が、発動した。
脳裏に、鮮烈な映像が流れ込んでくる。
それは“まだ来ていない出来事”。
けれど、確実に“近づいてくる未来”。
重い気配。
圧倒的な存在。
理屈ではない、“運命”そのもののような何かが──
──地の底から、近づいてきている。
「……ち……近づいてくる……」
与田の声が、かすれる。
瞳がぶるぶると揺れ、息が詰まりそうになる。
「なにか……抗えない……」
「運命そのものの様な、存在が……」
ルーン盤はなおも光り続けている。
まるで「警告」のように。
与田は動けなかった。
ただ、戦場を越えた空のどこかを見つめながら、呆然と震えていた。
──その地下。
深いトンネルの奥。
誰にも気づかれぬまま、一つの大きな“影”が足速に駆けていた。
両肩に巨大な獣を担いだその影は、
何かを探す様に。
その気配は、静謐で。
だが確かに──
世界の法則さえ、侵すほどの“気配”を孕んでいた。
その存在は、銀色の髪を靡かせながら地下道を駆け、目を見開き、言葉を紡ぐ。
「──やっべ!! めちゃめちゃに逃げてたら、出口どこだか分からなくなっちゃったんだけど!!?」
少しでも『面白い!続きが読みたい!』と思っていただけたら、評価や応援のほど、よろしくお願いします。作者が喜んで、一生懸命続きを書きます。