表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/178

第121話 ヴァレン・グランツ、舞台に立つ

 ──夜の帳が、完全に落ちていた。


 


 カクカクシティ。


 その建設途中の広場中央は、石畳が半分敷き終えた地面に、仮設のライトが照らすばかりの無骨な場所だった。


 ところどころに鉄骨がむき出しになり、未完成のカクカクなビルの影が、月光を切り裂くようにそびえている。


 そんな人工の月下に、三つの影が対峙していた。


 


 向かい合うのは、“破邪勇者”佐川颯太と、“至天聖女”天野唯。


 その二人と向かい合っているのは──サングラスをかけた洒落者風の男、“色欲の魔王”ヴァレン・グランツ。


 


 その様子を、少し離れた位置で見守る二つの人影がある。


 ブリジット・ノエリアは背筋を伸ばして正座し、横に並ぶフレキは小型犬のようにお座りして、おとなしくその場に控えていた。


 彼らの後方では、半身をベルザリオンに預けるマイネ・アグリッパが、わずかに眉をひそめながら魔王の背中を見つめていた。


 


 (……ヴァレンめ……勝算は、あるのじゃろうな……?)


 (そやつらは、妾のスレヴェルドを落とした連中の中枢を担っていた強者……!)


 (貴様の"悪癖"が出なければよいのじゃが……)




 心配そうなその視線を、ヴァレンは感じていたか、いないか。


 


 「……行くぜ、委員長!」




 佐川が低く言い、手にした神器"破邪七星剣(グランシャリオ)"が鈍く光を放つ。


 剣の周囲に浮かぶ七つの星が、淡い軌道を描きながら旋回し始めた。


 


 その隣で、天野唯が小さく頷く。


 


 「うん……! 佐川くん、私も一緒に戦う!」


 


 少女の手に握られた杖がくるくると回転し、彼女の正面で止まる。




 「"神器"解放──"五輪聖杖(ラヴディ・オリンピア)"!」


 


 シャラーン──。


 鈴のような神聖な音が鳴り、杖の先端に光が集束する。


 五つの輪が花のように広がり、淡く神々しいオーラが杖全体を包み込んだ。


 


 「おやおや……そちらのお嬢さんも“神器”をお持ちで?」




 ヴァレンは口角をゆるく吊り上げ、悪戯めいた笑みを浮かべる。


 


 「こりゃあ……久々に、ちゃんとした“戦い”ってヤツが楽しめそうかな?」


 


 天野は応じるように魔法を唱えた。




 「"身体強化フィジカル・エンチャント"──!」




 魔力の風が巻き起こり、佐川と天野の身体を光が包む。



 (……補助タイプにしては、妙な自己強化だな)



 ヴァレンはその様子を見て、内心に警戒心を走らせた。


 

 佐川は星々を操りながら、構えを低くする。



 ──七星剣の星は、まるで意志を持っているかのように空中を滑空し、円陣を描いて舞う。


 


 「ククク……“勇者の剣”を相手に、俺だけ手ぶらってのは、少々分が悪いかな」




 ヴァレンが軽く首を傾げると、左手の黒革の魔本"ときめきグリモワル"が自動で開き、パラパラとページがめくれた。


 


 「"心花顕現(サモン・フラッター)"──」


 「"最愛の花束(イレブン・ローズ)"…。」


 


 ヴァレンの右手に、突如として鮮やかな11本の薔薇が束ねられた花束が現れる。


 天野がわずかに眉をひそめた。




 「……なに? 花束……?」


 


 佐川が冷笑を含んだ声で言い放つ。




 「へっ……花束で俺らに媚び売って助かろうってのなら、甘いぜ、魔王さんよ」


 


 だが、ヴァレンはその言葉に肩をすくめた。


 


 「ククク……それも悪くないけど、今の俺はフォルティア荒野のシティ・デザイナーなんでね」


 「街を荒らすお客様には、ご退場願うのも、俺の仕事なのさ。」


 


 そう言って、ヴァレンは丁寧に一礼する。


 


 次の瞬間──



 花束の中心から、鋭い金属音と共に、一筋の細剣の刃が突き出した。


 薔薇の茎や花びらが巻きつくように装飾されたその刃は、まるで優雅な“舞踏剣”。


 花束は、魔剣"最愛の花束(イレブン・ローズ)"としてその姿を変えた。


 


 左手に魔本、右手に細剣。


 ヴァレン・グランツは、軽やかに剣を振るう。


 ヒュンッ、ヒュンッと空を切るその軌道は、舞うようでいて殺意を孕んでいた。


 


 細剣をくるりと真上に向け、ピタリと止める。


 


 「そういえば、自己紹介がまだだったね」


 「名乗らせていただこう。“色欲の魔王”──ヴァレン・グランツ」


 


 サングラスの奥の目が、冷たい熱を帯びて細まった。


 


 「以後、よろしく。ククク……。」


 


 その異様な気配に、一瞬だけ佐川と天野の動きが止まる。


 まるで、こちらの心の内を覗き込んでくるような、奇妙な“視線”。


 だが佐川は、一歩も退かず、にやりと笑って剣を構え直す。


 


 「……そうかい。じゃあ、よろしくな、魔王さん」


 「でもな──“魔王”ってのは、“勇者”に倒されるのがお約束なんだぜ?」


 


 星々が唸りを上げて回転し始める。


 広場の空気が、急速に戦の熱を帯び始めていた。


 


 ──戦端は、今まさに開かれようとしていた。




 ◇◆◇




 風が鳴ったのは、一瞬。


 佐川颯太の身体が、まるで空気を断ち割るように疾駆した。


 "破邪七星剣(グランシャリオ)"を片手に、弾丸のような勢いでヴァレン・グランツとの距離を一気に詰める。


 


「うおおおおおおっ!!」


 


 鋭い剣閃が、真っ直ぐヴァレンの胸元を狙って突き出された。


 


 だが──


 


「っとと。」


 


 軽く後ろに体重をかけ、ヴァレンは腰をひねってその一撃を受け流す。


 その手にはすでに、花束から変形した銀の細剣"最愛の花束(イレブン・ローズ)"が握られていた。


 花のように優雅に、だが棘のように鋭く──佐川の剣を受け止める。


 


 そこへ追撃。


 佐川の周囲を飛び回る七つの星が、それぞれの軌道から同時に発光した。


 


「はああああっ!!」


 


 星々から、あらゆる角度──前方、背後、頭上、地面すれすれから──灼熱のレーザーがヴァレンを目掛けて集中砲火を浴びせた。


 


「……っとと。おお、こっちからも?」


 


 その攻撃の雨の中、ヴァレンはコートの裾を翻しながら、紙一重で身を捻り、滑らかに、流れるように動く。


 踊るような回避。舞うような足運び。


 そして、細剣を手元に引き寄せ──


 


 「……はい、せーのっと」


 


 シュン、と軽やかに剣を払って、佐川の斬撃を受け止めた。


 


 激しい剣戟の応酬が続く。


 佐川は怒涛の連撃を放ち、ヴァレンはそれを最小限の動きで受け流していく。


 


 やがて、ヴァレンが唇を吊り上げ、笑った。


 


「いやあ……あまり接近戦は得意じゃあないんだが……。それにしても、キミの剣技は実に素晴らしいね。」


 


 涼しげに、そしてどこか甘く、軽口を叩く魔王。


 対する佐川は、その余裕に舌打ちをして、ニヤリと笑う。


 


「……そんな余裕ぶってられるのは、これを喰らってからにしてもらいたいねっ!!」


 


 次の瞬間、佐川の姿が消えた。


 


「っ!?」


 


 ヴァレンの視界から、颯太が消え──


 代わりに、彼のすぐ斜め後ろに“出現”する。


 完全な死角。誰がどう見ても、瞬間移動。


 


(まただ。この“瞬間移動”……!)


(──これはなかなか、厄介だねぇ……)


 


 ヴァレンは内心で舌を巻きながらも、決して焦らない。


 そのまま、振り向くことなく──


 


 ガキィン!


 


 細剣を背面に構え、狙い澄ましたかのように佐川の斬撃を受け止める。


 


「なっ……!?」


 


 力任せに叩きつけた一撃が、あっさり止められたことに、佐川の目が見開かれる。


 


「だっから……っ……!! なんっで、今のがガード出来んだよっ……!?」


 


 叫ぶように、悔しげに。


 


 ヴァレンは背後に構えたままの剣越しに、いつもの笑みを浮かべた。


 


「ククク……“魔王”の名は伊達じゃない、ってことさ」


 


 佐川が奥歯を噛みしめたその時──


 


 「佐川くん! 負けないで!」


 


 天野唯の声が、広場に響いた。


 彼女は祈るように両手を組み、輝く魔力を放ち始める。


 


「"心励の祈光ブレイヴ・ブレッシング"──!」


 


 金色の光が天野から溢れ、佐川の身体に流れ込む。


 筋肉が反応し、神経が研ぎ澄まされ、反射速度が一気に高まる。


 


 「……委員長……ありがとうなっ!」


 


 佐川が振り返り、眩しいほどの笑顔を向ける。


 


 そんな彼に、天野は真剣な目で言う。


 


「早くこの魔王を倒して……鬼塚くんを助けに行かないと!」


 


 その一言に──佐川の表情が、ピタリと止まった。


 わずかに伏せた目元が、寂しげに揺れる。


 


「……ああ、そうだな……」


 


 だが次の瞬間、彼は気持ちを切り替えたようにヴァレンを睨み返した。


 


(……また、鬼塚のこと……かよ)


 


 嫉妬とは違う。けれど、それに近い、かすかな棘。


 


 そんなやり取りを見ていたヴァレンは、しばし呆けたように彼らを見つめ──


 


「……最高だ」


 


 と、恍惚とした声で呟いた。


 


 その顔は、色気と愛しさが混じった、甘い陶酔。


 


 だがその直後。


 


「隙ありっ!!」


 


 佐川の声が弾けた。


 七星剣の黄色い星から、狙い澄ました一撃のビームがヴァレンに向かって発射される。


 


 ──バチィィィィッ!!


 


「があああ!!」


 


 雷撃のようなビームが直撃し、ヴァレンの身体がビリビリと震えた。


 骨が透けて見えるような、漫画的なビジュアルが一瞬だけ映し出され──


 髪が爆発したように逆立ち、服が煙を上げ、全身がうっすらと黒く焦げた。


 


 「……ククク……この俺に攻撃を当てるとは……」


 


 ヴァレンはふらりと立ち上がり、コートの裾をパンッと払いながら、サングラスをくいと押し上げる。


 


 「やるじゃないか、勇者クン……」


 


 佐川は額に汗を滲ませながら、やや引き気味に言った。


 


「い……いや、今なんか、一瞬棒立ちになってこっち見てなかったか?」


 


 ヴァレンは、何事もなかったかのように即答する。


 


「気のせいだ」


 


 ──そして、少し離れたところでその戦いを眺めていたマイネが、ジト目でため息をついた。


 


「……ヴァレン・グランツめ。あやつ……また“悪癖”が出ておるわ……」


 


 まるで呆れた姉のように。


 


 戦場に咲く、熱と笑いと恋と剣──。


 魔王と勇者の戦いは、まだ幕を開けたばかりだった。




 ◇◆◇




 ひゅう、と風が吹き抜ける。


 その風は、戦場の中心で躍動する剣撃と魔力の残滓を巻き上げ、仮設の足場に積もった埃をさらっていった。


 戦っているのは、“破邪勇者”佐川颯太と“色欲の魔王”ヴァレン・グランツ。


 だが、今その二人を見つめる者たちの眼差しは、どこか微妙だった。


 


 「……どういうことですか? お嬢様」


 


 低く、礼儀正しく。黒髪の青年・ベルザリオンが、隣に立つ少女に問うた。


 支えられていた地雷系少女──“強欲の魔王”マイネ・アグリッパは、ゆっくりと瞼を閉じて小さく吐息をついた。


 


 「……あの男、“色欲の魔王”ヴァレン・グランツは……人の恋心を、何よりも尊ぶ」


 


 ベルザリオンが「は……?」と瞬きをする。


 


 「ヤツは……恋をしている人間を、決して傷つけぬ。たとえそれが、敵であっても、じゃ」


 


 「えっ」


 


 ベルザリオンの口から、小さく情けない声が漏れた。


 思わず視線を戻す。


 広場ではいままさに、佐川が宙を舞い、レーザーと共に斬撃を放っている。だが──


 


 (……あれ?)


 


 ヴァレンはその攻撃をすべて紙一重で避け、あるいは受け流し──


 いや、それどころか、反撃の隙が何度もあったにもかかわらず……その剣は、佐川に一度も当たっていない。


 止めているのだ。寸前で。


 意図的に。


 


 「た……確かに……ヴァレン様は、明らかにワザと攻撃を外しておられる様に見えますね……」


 


 ベルザリオンが静かに言うと、マイネは肩を落とすようにうなだれた。


 


 「ヤツめ……恐らく、あの敵の2人の間に“恋の予感”でも感じ取ったのじゃろう」


 「……それだけで、攻撃を躊躇うとは……まったく、彼奴(あやつ)の悪癖じゃ……」


 


 マイネのため息が、風に溶けていく。


 


 「そ、そんな……!」


 


 声がした方向にマイネが振り向くと、いつの間にかブリジットとフレキ(ミニチュアダックスモード)が近くに来ていて、耳をぴくぴくさせながら会話を聞いていた。


 


 ブリジットが心配そうに口元に手を当てる。


 


 「ヴァレンさん、大丈夫なのかな……?」


 


 フレキも瞳を潤ませて訴える。


 


 「さっきから防戦一方ですっ! このままじゃ……!」


 


 マイネは「はあ……」ともう一度ため息をつき、腰に手を当てて言う。


 


 「……あやつは、“恋をしてる相手は、たとえ敵であっても傷つけない”という、クソみたいな縛りを自らに課しながらも──」


 


 「──数百年、“色欲の魔王”の座に君臨し続けてきた。それも、城も部下も持たず、更に言えば友もおらず、正真正銘たった一人で、じゃ」


 


 ブリジット、フレキ、ベルザリオンの三人は、顔を見合わせて──


 


 「「「……えっ?」」」


 


 声を揃えて驚きを露わにする。


 


 マイネはその様子に満足げに頷くと、目を細めて口を開いた。


 


 「……なぜ、そんなことができたか……分かるか?」


 


 3者は揃って首を横に振る。


 誰も答えられない。答えなどあるはずもない。


 


 「──それは、ヤツが“強い”からじゃ」


 


 静かに、断言する。


 


 「それも、途轍もなく、な。」


 


 その口調には、かつて何度もそれを“見せつけられた”者の、確かな実感が込められていた。


 


 「見ておれ……ヤツがその気になりさえすれば、あの程度の相手の対処など、造作も無いであろうよ」


 


 そう言って、マイネは静かに戦場を見つめる──


 


 ──ちゅどぉん!!


 


 「がああ!」


 


 また叫んでいた。


 ヴァレン・グランツ。


 


 今度は、空中から唐突に撃たれたレーザーが背中に直撃し、彼は派手に吹き飛んで地面を転がった。


 また骨が透けて見えた。髪が逆立ち、サングラスがズレた。


 そして数秒後、煙を払いながら何事も無かったかの様にヒョコっと立ち上がる。


 


 「……当たったと思ったろ?……実は、紙一重で避けてたのさ……ククク……」



 「いや、でも……『がああ!』って叫んでなかったか……?」



 「叫んでない」


 


 引き気味の佐川に、なんだかよく分からない言い訳をしながら、また戦いの体勢に戻っていく。


 


 その姿を見たフレキが、ぺたんと地面に座ったままつぶやく。


 


 「……ヴァレンさん、何かに……"見惚れてる"みたいな感じで、ちょいちょい直撃喰らってる気がするんですけど……」


 


 たしかに。戦闘中にも関わらず、佐川と天野が言葉を交わすと、ヴァレンの動きが一瞬止まるのだ。


 それが“恋の空気”だとでもいうように──


 


 「ほ、本当に大丈夫なのかな……ヴァレンさん……?」


 


 ブリジットが不安そうに口元を押さえ、もう一度ぽつりと呟いた。


 


 マイネは──


 


 「……だ、大丈夫じゃ!」


 


 と答えたが。


 


 「…………たぶん」


 


 その最後の一言は、ほんの少しだけ、自信なさげだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ