第118話 “咆哮竜” vs “魔装戦士”──火花、交錯す。
フォルティア荒野。
その奥地、うっそうと茂る黒樹の森の中。一本の広場が、ぽっかりと開けていた。
濃密な魔力の気配が土と葉に染み込み、空には巨大な怪鳥の鳴き声が響いている。
樹々の合間では、魔力を餌とする異形の虫が、ぶうん……と羽音を鳴らし、黒い群れを作っていた。
この地に、安らぎの気配はない。
あるのは“生きるか死ぬか”だけ。まさに、この世界における“弱肉強食”の象徴だった。
そんな薄暗く、濁った空気の中心で──ふたりの影が、向かい合っていた。
一方は、機械的な装甲に身を包んだ変身戦士。
鋲の打たれたロングコート風のアーマーが風に揺れ、腰のベルトが機械音と共に紫光を燈していた。
もう一方は、ミニスカのボディコンスーツに身を包んだ女性。
その背からは、黒銀の竜腕が二本、禍々しくも美しく伸び、更に巨大な翼のような構造体が控えめに震えていた。
──リュナと、鬼塚玲司。
最悪の相性にして、最も燃える対峙だった。
「な、なにそれ……!? なにそれ!!」
リュナが叫んだ。金の瞳が、獣のように爛々と輝いている。
「どーなってんすか、それ!? 変身ってヤツ!? なんで!? どうやってんすか!?
……かっこよ!!つーか、うらやま!!」
まるで“変身ヒーローのガチファン”そのもののテンションだった。
彼女は敵であるはずの鬼塚を、純粋に“すげぇ”という顔で見つめていた。
……だが。
鬼塚はわずかにたじろいだ。
ほんの一瞬、その反応に面食らう。
(……なに言ってんだ、コイツ)
「……くだらねぇ、"演技"かましやがって」
冷たく言い捨てる。
「“咆哮竜ザグリュナ”──てめぇは、地獄みてぇなこの荒野を支配してた、血も涙もねぇ化け物だろうが」
顔を覆う双角の仮面が、感情を隠していた。
だがその声は、確かに怒っていた。
「人間のフリして、こっちの隙を作ろうって腹かよ……あぁ?」
リュナの目が、ピクリと吊り上がった。
表情が、カチリと切り替わる。
「──あ?」
声色が低く、鋭くなる。
「テメーに……あーしの何が分かんだよ、ガキんちょが」
ボディコンの背から、竜腕が重々しく持ち上がる。黒銀の鱗が、音もなく軋んだ。
「ちょっと"カッコいいスキル"使えたくらいで、調子乗ってんじゃねぇーっすよ?」
その一言に、鬼塚の表情もまた変わった。
怒りを通り越して、憎悪の色が滲む。
「……化け物が、人間みてぇな真似してんじゃねぇ」
拳を握る。紫の雷光が、メリケンサック状の装甲にひび割れのように走った。
「退治してやるよ。人間の“敵”をな──ッ!!」
だが、その言葉に、リュナの目が揺れる。
少しだけ、切なげな色が滲んだ。
「……あーしは……もう、“化け物”なんかじゃない……」
かつては間違いなく“魔竜”だった。
その力で森を、荒野を、そして人間をも蹂躙した過去がある。
けれど今は──違う。
ブリジットの笑顔がある。
アルドの背中がある。
フェンリル(犬)達の声がある。
“家族”という言葉が、胸の奥で静かに、しかし力強く息づいていた。
「……今のあーしは、家族なんすよ……皆の」
その言葉を噛み締めるように、小さく、マスクに手を添えた。
──スッ。
黒いマスクを顎の下まで下げると、リュナは低く、囁くように叫んだ。
「──『動くな』。」
空気が弾けた。
大気を震わせる重低音。
“咆哮”というスキルが、鬼塚の全身を呑み込もうと襲いかかった。
魔力が揺れる。魂を圧迫し、意識を凍らせる。
普通の人間なら──ここで完全に動きを封じられる。
だが──
「効かねぇ……ッ!!」
鬼塚は叫んだ。
紫電が逆流し、咆哮の波を打ち消した。
(やっぱ……効かないっすね。こいつ、“耐性スキル”持ちってヤツっすか)
リュナが、内心でぽつりと呟いた。
「……珍し。」
鬼塚はすでに、走っていた。
砲弾のような加速。紫の火花を散らしながら、一直線にリュナへ突進する。
リュナは、即座に竜腕を振るう。
ぶおん、と唸るような音と共に、鋭く斬りかかる影が振り下ろされた。
だが──
「──はッ!」
鬼塚が、踏み切った。
そのまま空中で一回転。ムーンサルトの軌道を描きながら、リュナに向けて真っ直ぐに足を伸ばす。
紫の魔力が蹴り足に集まり、裂空のような軌跡が走る。
まさに、ヒーローキック。
「へぇ……!!」
リュナの口から、素直な驚きが漏れた。
即座に反対の竜腕でガード。
──が、それでも衝撃は強く、ズザザァァッと、リュナの足元の地面が滑る。
竜の腕をもってしても、真正面からの一撃には完全には抗えなかった。
(このパワー……)
(人間のクセに、ここまでの威力……久々っすね、マジで)
鬼塚は、着地の反動で砂煙を巻き上げた。
そして、叫ぶ。
「……そのクソみてぇな洗脳スキルは、俺には効かねぇ……!」
拳を握り直す。
その姿は、もはや不良ではなかった。
ヒーローそのものだった。
「──覚悟しろや、化け物が」
「てめぇをブチのめして……俺達は、帰るんだよッ!!」
リュナは、肩をすくめた。
「……いや、帰りたきゃ勝手に帰れし。あーし、関係ないじゃん」
その言葉には、呆れたような、少しだけ意外ようなな響きがあった。
「……ま、何言ってんのかよく分かんねーけど」
リュナは、小さくつぶやく。
「姉さんとフレキっちを、鎖でぐるぐる巻きにした件──」
「……あれは、ちょーっと許せないっすね……?」
背中の翼が、バサリと音を立てて広がる。
黒銀の竜腕は左右に構えられ、その爪先が、鬼塚をまっすぐに狙っていた。
リュナの本体は──まるでファッションモデルのようなポーズで、腕を組んだまま。
その瞳だけが、氷のように鋭く輝いていた。
戦闘の気配が、急速に満ちていく。
風が止まり、鳥が鳴きやむ。
──この一撃は、決して軽くない。
リュナと鬼塚玲司。
それぞれの正義と願いが、いま──ぶつかろうとしていた。
◇◆◇
──惑わされるな。
鬼塚玲司は、戦闘の最中にもその言葉を何度も反芻していた。
(……騙されるな。あれは、“魔竜”だ)
目の前の女は、人間の皮をかぶっているだけの存在だ。
笑って、しゃべって、何かを大切そうに語ってみせる。
だがそれは、きっと演技だ。心を緩めさせるための、冷酷な“擬態”。
(人間みてぇな仕草や言葉で、俺を迷わせようとしてやがる……)
拳を強く握る。
両手の魔装から、紫の火花が散った。
(……情けをかけるな。流されるな。仕留めろ……! 迷ったら、あの女に……天野や、佐川を殺されるぞ……!)
意識を一点に集中させる。
──“敵”は目の前にいる。
「……覚悟しろよ、“化け物”」
鬼塚は、腰のベルトに手を伸ばした。
その中心、歯車のような金属パーツを、親指で──
ギュイン、ギュイン……!
二度、力強く回す。
その瞬間、ベルトのバックル"獏羅天盤"が唸り声のような機械音を発した。
『インカネーション! ブチブチ──ブッチ斬リ!!』
金属音の混ざった声が、空気を裂いた。
リュナが「はっ!?」と目を丸くする。
「なにそれ!? ベルト、しゃべんの!? え、ちょ、マジすか!?」
思わず声を弾ませ、瞳がキラッと輝く。
その反応に、鬼塚は思わずむっとする。
「……んなこと気にしてる場合かよッ!!」
怒鳴り声と同時に、鬼塚の両拳に魔力が集中する。
紫の光がうねり、メリケンサック状の装甲が再構成されていく。
金属の音が鳴り、拳の側面から──紫色のビーム状の刃が、シュィィンと光を引いて展開された。
逆手に構えた両拳の刃は、まるで双剣のよう。
鋭利で、そして暴力的に美しかった。
リュナは、その姿を目にして──つい、にやけてしまう。
「ヤッバ……! なにそれ、ちょーオモロ……!」
「ウッゼェんだよ!!」
鬼塚が地を蹴った。
咆哮のような勢いで駆け出し、そのまま一直線にリュナへ向かって突進。
リュナは、背後の巨大な竜腕をブン、と振りかぶる。
「ま、ぶちのめしてからじっくり観察するっすかね……ッ!」
ドゴォン!!
竜腕が地面を叩きつけた衝撃で、砂塵が盛大に舞い上がる。
しかし──
「……ッ、な……!」
リュナの目が驚きに見開かれた。
鬼塚は、その振り下ろされた竜腕の“上”を、跳躍の勢いを乗せたまま駆け上がってきていたのだ。
まるで傾斜のついた細い梯子を全力疾走するような無茶な動き。
「させるかよ……ッ!」
鬼塚は、勢いそのままに両腕を引き、ビーム刃をリュナの胴に向けて一閃!
だが──
「甘ぇっすよ、ガキ!」
リュナのもう一方の竜腕が、即座に反応。
掌で鬼塚の右の刃を受け止め、ガキィンと魔力の火花を散らす。
さらに、左の脚が軽やかに跳ね上がり──
「はっ!」
鬼塚の左手のビーム刃を、脚で蹴り上げて弾き飛ばした。
ガンッ!
鬼塚の身体がわずかに浮き、軌道を逸らされる。
「……っ、ちっ!」
空中で体勢を整えつつ、鬼塚は舌打ちしながら言い放つ。
「その格好で蹴りたぁ……! やっぱ、“化け物”にゃ恥じらいってもんがねぇらしいな……!」
憎まれ口のつもりだった。
けれど、それを聞いたリュナは──
「……タダ見してんじゃねーよ、エロガキ……ッ!!」
ギザ歯を見せて、悪戯っぽくニィッと笑う。
その表情には、怒りも呆れも混ざっていたが──
どこか、楽しそうでもあった。
「気になんなら、目ぇつぶって戦えっつーの!」
鬼塚は、地面を蹴ってバク宙するように後方へ跳び、再び距離を取る。
その背中に、まだほんのかすかに残る“咆哮”の余韻が、じわりと揺れていた。
(くそ……完全には防げてねぇか……)
だが、拳を見れば、確かにリュナの竜腕には“感触”があった。
ただの演出じゃない。
この装備、このスキルは──確かに、“通じる”。
「……上等だ、咆哮竜。」
紫電が拳に踊る。
「次は……もっと“派手に”いくぜ……!」
◇◆◇
砂塵が舞う中、鬼塚玲司はふたたびバク宙で距離を取った。
地を踏み締め、砂の上を滑るように後退し、次の構えに備える。
リュナは、その姿をじっと見つめながら──ふと、左の竜腕に違和感を覚えた。
(……ん?)
先ほど、鬼塚のビーム刃を掌で受け止めたその場所。
そこに、細く赤い線が走っていた。
黒銀の鱗が、数枚ほど断たれ、じわりと血が滲んでいる。
「……へぇ……」
思わず、小さく呟く。
(あーしの鱗を切り裂いたってことは……)
(あの攻撃、ガチで“通る”ってことっすよね)
竜種の中でも上位に位置する咆哮竜、その“外皮”を削るには並の攻撃力では足りない。
それを真正面から打ち込んできた、このガキは──
(……やっぱ、ただの人間にしちゃ、やるヤツっすね〜……)
リュナの口元に、わずかに戦意のこもった笑みが浮かんだ。
一方、鬼塚はと言えば。
傷つけた手応えを感じながらも、すぐさま次の一手に移っていた。
「──いくぜ、“獏羅天盤”」
腰のベルトに手を伸ばす。
中央の歯車状パーツを、今度は──三度、強く回す。
ギュイン、ギュイン、ギュイィィンッ!
金属が軋む音と共に、再び機械的なボイスが響き渡る。
『インカネーション! メタメタ──メッタ撃チ!!』
その宣言と共に、鬼塚の両拳に紫の魔力が一気に集まる。
火花が弾け、金属の質感を持った魔力構成体が具現化されていく。
──双拳の形が、変わった。
両腕に巻き付くような砲身。
銃口のような開口部が膨れ、魔力を込めたフィンが展開。
まるで、左右それぞれに“ガトリングガン”を組み込んだようなフォルム。
キュイイイイイイン……!
回転が始まる。
紫電の粒子が銃口の内部で渦巻き、殺意を凝縮していく。
「くらいやがれェ!!」
──ズドドドドドドドドドドッ!!!
両拳から、紫色の魔力弾が高速連射された。
まるで嵐のように、数百発の砲撃が一斉に吐き出される。
熱と衝撃が地を裂き、木々の枝を砕く。
周囲の虫たちが悲鳴のような羽音を立てて逃げ惑う。
リュナの表情に、ほんの一瞬──驚きが走った。
「おっと。今度は遠距離戦っすか」
すぐさま身を翻し、弾を避けながらスタタタッと横走りに移行する。
体幹を崩さず、森の中を螺旋を描くように鬼塚の周囲を駆け始めた。
(さっきの接近戦、あーしが押された……なら)
(次は、“距離”で押し返すっすよ)
走りながら、深く、息を吸い込む。
肺の奥、魔力核から熱を引き上げ、喉の奥に黒い光を収束させる。
「──ふぅーッ……!!」
咆哮竜・ザグリュナが持つ、特有のブレス。
重く、焼けつくような黒色のビームが、口から直線状に放たれた。
──ドオォォォォオンッ!!!
大気が裂け、周囲の草が一瞬で蒸発する。
ブレスは一直線に鬼塚を貫こうとするが──
「……止めてたまるかよッ!」
鬼塚の両腕ガトリングが応戦するように火力を増す。
連射、連射、連射。
紫の魔力弾と黒のビームが、空中で激しくぶつかり合った。
ズガガガガガガ……ドバァンッ!!
相殺の嵐。
地鳴りのような魔力音が辺りに響き渡る。
──結果、勝ったのは、鬼塚だった。
「ぐっ……!」
リュナの体が後方に吹き飛ぶ。
翼で態勢を保ったが、それでも足先が地面を数メートル削りながら滑っていく。
(……ちぇ。やっぱ、あーし……ブレス、苦手なんすよね。特に、"この姿"のままじゃ……)
額に汗を浮かべながら、リュナはやや不満げに唇を尖らせる。
(にしても……あーしのブレスを、真正面から“完全に”相殺してくるとは……)
(このガキ、ほんとに只者じゃないっすね)
その目に、確かに評価の色が宿っていた。
敵意だけじゃない──認めている。
その一方で、鬼塚はあくまで“挑発”のスタンスを崩さなかった。
「……知ってるか? 喧嘩じゃな……相手の周りを回るヤツの方が“格下”なんだぜ?」
リュナがピタリと動きを止める。
鬼塚の視線が鋭く刺さる。
「“咆哮”とかいう洗脳スキルが無きゃ、伝説の魔竜も──大したことねぇな。オイ」
言った。
──わざとだ。
自身の戦意を途切らせない為に、言葉を尖らせた。
リュナの目が、明らかに変わる。
「……はぁ〜〜〜……」
深く、長いため息を吐く。
そしてジト目で鬼塚を睨み、ボソッと呟いた。
「……あのな、クソガキ……」
(……何だ?)
鬼塚の背筋に、わずかな緊張が走った。
「……あーしはな、このフォルティア荒野を──」
声のトーンが変わる。
背後の森の空気が、ざわりと震えた。
「何百年も、シメてきた“咆哮竜ザグリュナ”っすよ……?」
瞬間、空気が変わった。
周囲の木々の葉がざわめき、魔力の流れがリュナを中心にうねり始める。
鬼塚の瞳が、わずかに見開かれる。
(……なんだ……この女……)
(気迫が……増していく……!?)
黒色の魔力が、リュナの足元から吹き上がるように渦を巻き始める。
それは“力”ではない。
“生物”が、“種の女王”に従うような──本能的な圧。
「……その代名詞の“咆哮”が、相手を洗脳するだけのショボいスキルな訳……」
その唇が、ゆっくりと綻ぶ。
「──ねーだろ、クソガキ」
リュナの周囲で、草が震え、風が揺れる。
森そのものが、彼女の気迫に呼応するようにざわついていた。
「……!」
鬼塚は思わず、歯を食いしばる。
──だが。
「……関係ねぇッ!!」
叫ぶ。
ガトリングの形状を即座に解除し、拳を握る。
鋲の打たれた装甲の指がきしみ、再び原点の構えに戻る。
「何でもいい。俺は……てめぇをこのまま──仕留めるだけだッ!!」
叫びと共に、鬼塚玲司の拳が鳴る。
"咆哮竜"ザグリュナ vs "魔装戦士"鬼塚玲司──
次の瞬間、戦場はさらに熱を帯びていく。