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第115話 堕ちた星に贈る子守唄

 粉塵の舞う戦場の中央、互いに背中を預け合うようにして立つ、二つの影。



 一人は、真紅のサングラスをかけたチャラ男風の青年。軽く肩を揺らし、まるでライブの前の高揚感に酔うかのように微笑んでいた。


 もう一人は、金茶のロングヘアを風になびかせた少女。黒マスクにミニスカのボディコンスーツという場違いな格好で、ダルそうに片手の指先で髪をクルクルと巻いている。



 "色欲の魔王"ヴァレン・グランツと、

 "咆哮竜"リュナ。



 彼らの前に立ちはだかるのは、異世界から召喚された六人の高校生たち。



 ──佐川颯太。天野唯。鬼塚玲司。五十嵐マサキ。榊タケル。そして乾流星。



 それぞれが異なる武器とスキルを構え、ヴァレンたちを取り囲んでいた。


 


 少し離れた丘の上、崩れた岩の影に身を寄せているのは、ブリジットとフレキ。


 彼女たちは傷を負ったベルザリオン、マナガルム、マイネに寄り添いながら、緊迫した空気を見守っていた。


 


「いっくぜぇぇーっ!」




 勢いよく鎖鉄球を振り回しながら榊タケルが叫ぶ。


 鎖に繋がれた鉄球が唸りを上げてリュナ目がけて飛ぶ。




「ッシャアァアッ!!」




 その背後、空を舞う五十嵐マサキがサーフボードの上で拳銃を構える。




「加速ゥゥゥ──弾!!」




 拳銃から放たれた魔弾が、空気を裂いてヴァレンへと突き刺さるように飛来する。


 


 さらに、戦場の上空に浮かぶ七つの星が一斉に輝いた。




「“七星連陣”──っ!」




 佐川颯太が静かに剣を構えると同時、虹色のレーザーが星々から奔流のように降り注ぐ。


 鮮烈な光が地面を焼くその瞬間。


 


「リュナ! このレーザーには当たるなよ!」




 ヴァレンが軽口のように言い放つ。




「わーってるよ、んな事は……うっざ……」




 リュナは舌打ち混じりにダルそうに答え、レーザーをヒラリと紙一重でかわした。


 二人の身体は、まるで踊るように、宙を撫でるように、攻撃の網を潜り抜けていく。


 そのまま、リュナの眼前に迫る鎖鉄球を──




「ほいっ」




 両手でがっしと掴み、その勢いのままクルッと振り回す。


 キキィィン! キキンッ! キィン!


 加速弾が鉄球に連続して弾かれ、火花が辺りに散った。


 


「リュナ!」




 ヴァレンが笑みを浮かべたまま言った。




「面倒だし、久々にアレで数、減らすぜ?」



「……あー、なんかピンと来た。つーかさ、あーし、アレあんまやりたくないんすよね。ハズいし」




 リュナは小声で文句を言いながら、口の端を引きつらせる。




「そう言うなって。久々に、な?」




 ヴァレンが肩をすくめた瞬間、彼の左手に握られた魔本──"ときめきグリモワル"のページが、風もないのにパラララと自動でめくれ出す。


 


「“心花顕現(サモン・フラッター)”」


「“歌姫唱曲マイク・オブ・ディーバ”」




 ヴァレンが静かに呟き、右手をパチンと鳴らした。


 すると、リュナの足元の地面が音もなく割れ、中からスタンドマイクがニョキニョキと生え出てくる。




「……はぁ。マジでやるんすね……」




 黒マスクを顎まで下げたリュナが、渋々といった様子でマイクを両手で持ち上げる。




「いや〜、久々過ぎて喉開いてっか心配なんすよね〜……あ、あ、あ〜……」




 ヒラリヒラリと敵の攻撃をかわしながら、呑気にマイクテストを始めるその姿に、場の空気が一瞬固まる。


 

 その空気を破るように──




「……これは、やべぇ!!」




 何かに気づいた様に、鬼塚玲司が叫んだ。


 両手に魔力を集中させ、紫色に光る“メリケンサック”のような武器を形成すると、地面を蹴ってリュナへと突進。


 


 その瞬間。




「お客様、歌姫にはお手を触れませんよう……にっ!!」




 ヴァレンの足が横から鋭く伸び、鬼塚の拳を見事に蹴り上げた。


 いつの間にか、ヴァレンの両手には真紅のエレキギターが抱えられていた。


 鬼塚は地面に着地しながら低く呻く。




「てめぇ……!? 相当、喧嘩慣れしてやがるな……」




 ヴァレンはギターの弦を指先で弾きながら、笑った。




「ま、そうだな……ケンカ歴で言うと、大体五百年くらい?」


「──あーしは、千年くらい?」




 リュナがとぼけた顔でついでのように言い、口をとがらせながらマイクスタンドをくるりと回した。


 鬼塚たちはしばし沈黙した後、それぞれの武器を握り直し、表情を引き締める。




「……なるほどな。一筋縄で行く訳ゃねぇってことかよ……」


 


 緊迫した空気の中、ヴァレンはギターを構え、口角を上げる。


 そして──ライブの幕が上がろうとしていた。




 ◇◆◇




 爆ぜる魔力の渦の中、ヴァレンはステップを踏むように攻撃を避けながら、肩に担いだ真紅のエレキギターを構えた。


 肩にかけたコートが風にたなびく。指先がピックをつまみ、サングラス越しに戦場を見渡す。


 


「──俺の、“夢想抱擁ドリーム・エンブレイス”。そしてリュナの“咆哮”。」




 にやりと唇の端を吊り上げ、音が鳴る寸前でピックを止める。




「セッション、始めようぜ? 楽しんでくれよ」


 


 リュナはマイクを握ったまま、ダルそうに肩を竦めた。




「そんじゃ、いきまーす」




 口元の黒マスクを完全に外すと、マイクをくるりと一回転させ、両手でしっかりとスタンドにセット。


 その様子を見た天野唯が、弾かれたように前へ出る。


 


「みんなっ!! 気をつけて!! 精神攻撃が来るっ!」




 その手に光の魔法陣が現れる。




「“至天聖女(パナギア)”ッ!!」




 天野の叫びとともに、金色のドームが召喚高校生たちの周囲を包み込む。神聖な波動が揺らぎ、結界がきらきらと煌めきを放つ。


 


「守るから……! 私が……っ!」


 


 他の仲間たち──佐川、鬼塚、タケル、マサキ、流星も即座に構える。誰もが気配を感じていた。これは、ただの“魔法”じゃない。


 もっと深い、もっと個人的な、“心の奥”に届く何かだ。


 


 そして、次の瞬間──


 


 ギュアアァンッ!!!


 


 ヴァレンのギターが、爆音とともに鳴り響いた。


 火花のような赤い音が、空間を割る。


 どこからともなく現れたスポットライトが、彼とリュナを照らし出す。


 光の束が、戦場をステージに変えた。


 誰かが意図したわけではない。

 ただ、彼らが“そう”であるから、空間の方が形を変える。


 魔王と咆哮竜、二人の存在は、それだけで“現実の方を曲げる”。


 


 ヴァレンのギターが刻むビートが、地面を震わせる。


 続いて、リュナが静かに目を閉じた。


 


 その唇から、歌声が零れる。


 


─────────────────


♪「──Lullaby for the Fallen Star『ララバイ・フォー・ザ・フォールン・スター』」


星の灯り(ひかり) ひとり見上げた

胸の隙間 風が通り抜ける夜

誰も知らない 涙を隠して

強がるしかなかったあの日まで



君は突然 空を裂くように

流星みたいに現れて

私の孤独 全部 燃やしてった

心ごと 奪われたの



夜を走れ 堕ちてく星よ

願いひとつ 叶えてよ──君のそばに

追いつけなくても 構わないの

夢の中まで 駆けていくから

ねぇ、今夜 眠りに落ちるまで

私を 離さないで……


─────────────────




 透明な歌声が、音波のように空気を揺らす。


 いや、それは音ではない。


 それは“魂の共鳴”だった。


 ソウルフルな歌声に、確かに“咆哮”の力が乗っている。音が、魔力が、心に訴えかけてくる。


 

 乾流星が、ビクッと肩を震わせた。




「……っ、これ、は……」




 思わず手が緩み、その場に膝をつく。


 榊タケルも、拳を握ったまま目を見開き──




「……ヤベ……眠……」




 フラッと前のめりに倒れ、ゆっくりと芝生に顔を埋めた。


 どちらも、穏やかな寝顔だった。


 まるで、心の底から安心したような。


 空中を滑るサーフボードの上では、五十嵐マサキが目を閉じ──




「あー……これ、気持ちいいやつだ……」




 ふらりとバランスを崩す。




「チッ……!」




 地上の鬼塚が即座に駆け出し、落下してくるマサキを見事に受け止めた。


 その様子を横目に見ながら、佐川颯太は頭を押さえて歯を食いしばる。




「なんだ……!? この歌……っ!? 頭が……ぼやける……!」




 脳を直接撫でられるような、眠気とも恍惚ともつかない感覚に、必死に耐える。


 天野唯は顔を歪め、両手で耳を塞ぎながらも叫んだ。




「そんな……! 私の“至天聖女(パナギア)”の結界が……効かない……!? な、なんで……!?」


 


 彼女の張った聖なる結界は、確かにあった。


 しかし、その中にいる者たちが“眠りたがってしまう”。


 "攻撃"ではない。これは、“心”に触れる力だ。


 守る力では防げない。


 

 一方、ブリジットとフレキは、まるで魔法にかけられたように、目を輝かせていた。




「リュナちゃん、素敵〜〜っ!」



「ヴァレンさん、めちゃくちゃカッコいいですっ!!」




 二人とも拍手を送りそうな勢いで、戦場であることを完全に忘れている。


 マナガルムもベルザリオンも、苦しそうに片膝をつきながらながら、その目を細める。




「こ……これは……。歌に、乗せられた……凄まじいまでの魔力……!」



「ええ……魂の奥底まで響く様な、深淵なる魔力……。しかも、我々には効果が及ばぬ識別性まで……!」




 王狼と執事の鋭い観察眼が捉えたのは、魔力ではない、“波動”だった。


 

 そして、ただ一人。


 マイネ・アグリッパは、ジト目でそのステージを見ていた。


 傷を負ったベルザリオンの傍らでその光景を眺めながらも──彼女の思考だけは冷静だった。




「……妾は、何を見せられておるのじゃ……?」


 


 魔王と咆哮竜のステージは続く。


 ただの歌ではない。

 ただの魔法でもない。

 これは、“魂の干渉”だ。


 聴く者の“意識”に触れ、安心と愛を植え付け、優しく堕とす──恋の夢へ。


 


 ──それが、“Lullaby for the Fallen Star”。




 堕ちた星に贈る、甘く切ない子守唄だった。




 ◇◆◇




 ──最後の一音が、空へと消えていった。


 


 ギターの弦をなぞるように、ヴァレンがゆっくりと右手を動かす。


 「ジャラァァン……」と、余韻を引きずるように鳴る最後のコードが、空間全体を優しく包み込んだ。


 リュナの歌声は、完全に止まった。


 そこにあるのは、ただ静寂。

 だが、それは決して“何もない”という意味ではなかった。


 聴いた者すべての胸に、何かが残っている。


 言葉にできない、痛みのような、温もりのような、恋しさのような──。


 


「リュナちゃん、素敵だった〜〜っ!!感動しちゃったよ!!」




 その静寂を破ったのは、ブリジットの高揚した声だった。


 拍手をしながら笑顔を弾けさせる少女の隣で、フレキも目を潤ませながら声を上げた。




「グェルにも見せてあげたかったですっ!! 絶対感動しますよっ!!」




 二人とも、戦場であることを完全に忘れていた。いや、忘れさせられていた。


 少し遅れて、ベルザリオンが咳払いをひとつ。




「…………いえ、素晴らしい演奏でした」




 困惑したように、だが心からの拍手を送る老執事。


 

 一方、隣で寝そべったままのマイネ・アグリッパは、冷めた目でじっと二人を見つめていた。


 その視線は、もはやジト目というより“正気に戻った女王”の目だった。


 


「……妾は、何を見せられておるのじゃ……?」


 


 その乾いた言葉に、リュナはちょっとだけ気まずそうにマイクを離した。


 そして、未だ意識を保っている召喚高校生──佐川、鬼塚、天野の三人は、対照的に険しい表情を崩さない。


 彼らにとっては、“心を揺さぶる歌”などというものは、ただの精神攻撃だ。


 敵の策謀。甘い罠。その油断が命取りになる世界に、彼らはもう足を踏み入れていた。


 マイネはふと視線を移し、地面に横たわったまま微笑みを浮かべて眠る三人──乾流星、榊タケル、五十嵐マサキを見やって眉をひそめた。


 


「……おい。あやつら、曲が始まってすぐ寝ておらんかったか? フルで歌う必要、あったのか?」


 


 その鋭い指摘に、リュナは肩をすくめてケロッと返す。


 


「いや〜、途中で止めんの気持ち悪ぃっしょ? 流れってヤツっすよ」


 


 ヴァレンもギターを背負い直しながら、肩を揺らして笑う。




「でも、いい曲だったろ?」


 


 マイネはしばらく口を開かなかったが──やがて、感極まったように目を潤ませ、


 


「──認めよう……確かに!! 素晴らしいセッションではあったわ!!」


「我がスレヴェルドが復興した暁には、劇場で公演するがよいぞ!!」


 


 と、突如テンションを爆上げで絶賛。


 そのあまりの振り幅に、リュナが「えっ、意外なリアクションっすね」とポカンとする。


 そんな中、天野唯は倒れた三人に駆け寄り、すぐに回復魔法の詠唱を開始していた。


 


「お願い……起きて、みんな……!」




 天に両手を掲げ、光の魔法陣が周囲に展開される。


 


「“至天聖女(パナギア)”──ッ!!」


 


 眩い金光が、流星、タケル、マサキの身体を包み込んだ。


 だが──


 彼らは、微笑を浮かべたまま、まるで夢の中にいるかのように微動だにしなかった。


 


「……どうして……? 目覚めない……?」


「“パナギア”は、どんな状態異常も癒やせるはずじゃ……!」


 


 動揺の色を隠せない天野。


 ヴァレンは、サングラスをクイッと押し上げ、悪戯っぽく笑う。


 


「ククク……その子たちが受けたのは、“魔王と咆哮竜の合体技”だぜ?」


「常識で測れるようなモンだと、なぜ思えるんだい?」


 


 その不敵な声音に、天野の顔から血の気が引いた。


 


 ──だが、ヴァレンの心中は、少し違った。


 


(……なーんてね。“夢想抱擁ドリーム・エンブレイス”は、相手を“幸せな恋の夢”に引きずり込む)


(魂はそれを“状態異常”とは認識しない。魔法じゃ解除できないわけさ)


(……まぁ、優しく肩でも揺すれば、普通に起きるかも知れないんだけどね)


 


 ちらりと、必死に唱え続ける天野の姿を見る。


 


(……やっぱり、彼女も“無理やり召喚された”だけの若者か。能力自体は素晴らしいが、使う本人が戦闘にも、駆け引きにも……慣れてない)


 


 ヴァレンはふぅと短くため息を吐き、肩を軽く上下させる。


 その姿には、どこか憐れみとも諦念ともつかない、淡い感情が滲んでいた。


 

 だが、歌はもう終わった。

 ライブは幕を閉じた。

 次に始まるのは──


 

 戦いという、もう一つの“セッション”だった。




 ◇◆◇




 空気が、変わった。


 


 リュナがマイクスタンドから手を離し、ヴァレンがギターを背に回した次の瞬間──


 駆ける足音が、地を蹴った。


 


「──っらああああああっ!!」


 


 怒声と共に、剣が煌めいた。


 佐川颯太が宙を裂いて突進してくる。


 右手に持つ"破邪七星剣(グランシャリオ)"に全魔力を集中させ、一直線にヴァレンを狙う。


 ギラリと光る剣閃が、ヴァレンの胸元へ届こうとした、その瞬間。




 キィィィィン──!


 


 甲高い金属音が響き渡った。


 ヴァレンは、黒革のローファーの爪先で、佐川の剣を正面から蹴り上げていた。


 軋む刃。靴底が剣を受け止め、火花を散らす。


 


「っ、ち……!」




 佐川はバク転で後退しながら、吐き捨てるように叫んだ。


 


「──耐えたぜ。“魔王と咆哮竜の合体技”ってやつをな!」


 


 ヴァレンは軽く肩を回し、片手でサングラスの端を押し上げる。


 「ふーん」とでも言いたげな、興味半分・余裕半分の笑みが浮かぶ。

 

 佐川は呼吸を整えながら、言葉を続けた。


 


「やっぱり……魔王を倒すのは、勇者の宿命ってやつなんだろうなっ!!」


 


 その瞬間──


 空に浮かぶ七つの星が、佐川の魔力に反応するかのように輝いた。


 


 虹のレーザーが空から一斉に降り注ぐ。


 


 「っとと──」




 ヴァレンは腰をひねり、バッと宙を舞う。


 その動きは、戦闘というよりもダンスのように軽やかで、なおかつ芸術的だった。


 


 「ククク……それは、当たりたくないな。」


 


 鮮やかなバク宙。星の光が地面を焼く直前、彼の姿は宙でひるがえり、涼しい顔のまま後方へと舞うように着地した。


 

 立ち上がる砂埃の中で、ヴァレンはくるりとターンし、佐川に向き直る。


 サングラス越しの双眸が、まるで舞台照明を受けた役者のように、獲物を見据えていた。


 


「──丁度良かった。俺もキミたちには、ちょっと興味があったんだよね」




 ギターのストラップを手で押さえながら、にやりと笑う。




「折角だし……少し、お相手してあげようか。魔王として、さ」


 




 一方その頃──


 逆方向では、長ラン風の軍服をはためかせながら、鬼塚玲司が疾走していた。


 


「うおおおおおっ!!」


 


 叫びとともに、身体を回転させ──鋭く足を振り抜く。


 ローリングソバット。


 大気を切り裂きながら放たれた回転蹴りが、咆哮竜リュナの顔面を狙う。


 

 ──だが、


 


「……っせーんだわ」


 


 バギィィィンッ!!


 


 リュナの背中から突き出した、黒銀の巨大な竜の腕が、鬼塚の蹴りを正面から受け止めていた。


 無骨な腕と硬質な爪。その禍々しい威容が、蹴りの衝撃をまったく通さなかった。


 

 ガッと空中で体勢を立て直した鬼塚は、砂煙を巻き上げながら地面にスタッと着地する。


 そして、リュナを鋭く睨みつける。


 


「……マジで、てめぇが“咆哮竜”ってヤツなんだな」


 


 唇をかみ締める。


 


「……聞いてた通り、相手の精神を操るクソみてぇな能力持ちかよ」


「俺はな、そういう“洗脳”とか“支配”とか……他人の心を弄ぶスキルが──」


 


 ギリッと奥歯を噛みしめる音が聞こえそうなほど、鬼塚の声音は怒気を帯びていた。


 


「反吐が出るほど、嫌いなんだよ……ッ!!」


 


 ──きっと、それはリュナに向けた怒りだけじゃない。


 フラム・クレイドル。

 クラスメイトたちの心に何かを注いだ“あの女”の存在。


 その悪夢と重なって、鬼塚は目の前のリュナに、過剰なまでの敵意を投影していた。



 だが、リュナは至って冷静だった。


 目を細め、どこか面倒くさそうに、吐き捨てるように口を開く。


 


「いや、勝手に他人ん家の庭で暴れ回ってさ、女の子と犬、鎖で縛ってたアンタの方がよっぽどクソ野郎なんだわ」


「テメーの行動を棚上げして正論吐いた気でいんじゃねーし。……ガキんちょ」


 


 刺すような言葉。だが、それは揺るがぬ“咆哮竜”としてのプライドでもあった。



 鬼塚の顔が、さらに険しくなる。


 


「……何とでも言え。どっちにしろ──」


 


 拳を握り締め、足を引き絞る。


 


「俺らは、てめぇの命を取らなきゃ……帰れねぇんだよ」


「女みてぇな見た目してるからって、俺は容赦しねぇぞ……!」


 


 その言葉に、リュナは鼻で笑った。


 


「あー、はいはい。んじゃ──」




 金茶のロングヘアーを両手でバサッとかき上げ、背筋を伸ばす。


 長い睫毛の奥、金の瞳に炎が灯る。


 


「ちょい遊んでやっから、かかって来なっすよ──?」


 


 その瞬間。


 戦場に、二つの“戦い”の構図が、確かに出来上がった。



 ヴァレン・グランツ vs 佐川颯太。

 リュナvs 鬼塚玲司。


 魔王と勇者。

 黒ギャルとヤンキー。


 戦いの第二幕が、ここに幕を開けようとしていた。

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いやいや! 魔王と勇者はまだしも、黒ギャルとヤンキーって一気に現代の喧嘩っぽくなったな!
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