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第114話 人形が告げる、戦火の兆し

 リュナとヴァレンが戦場に舞い降りた時から、半刻ほど時間は遡る。



────────────────────



 ──太陽が西へ傾き始めた頃、


 エルディナ王国の中心たる首都ルセリアは、黄金色の光に包まれていた。


 王城の一角。大理石の柱と重厚な書棚に囲まれた、ひときわ静かな空間。


 そこが、宰相グラディウスの執務室だった。


 部屋の主──白髪白髭の老人は、目の前に積み重なった書類の山に視線を落とし、

 長い指で鼻梁を押さえながら、静かにため息を漏らした。




「……まったく、若者というのは、こうも容赦がないものか……」




 掠れた声には、疲労と皮肉と、微かな感心が混じっている。


 机の上、重ねられた報告書の中には──

 "フォルティア開拓団・進捗報告書"という文字が目立つ。


 筆跡は若く、それでいて丁寧だった。報告者:ブリジット・ノエリア。




「フォルティア荒野に住むフェンリル達と手を取り合って……か。言葉だけでなく、実際に成し遂げているとは……」




 感心半分、呆れ半分といった口調で呟きながら、グラディウスは次の書類へ手を伸ばす。


 その表題に記された名前を見た瞬間、表情が僅かに陰る。



 ──《ノエリア家の資産運用及び政治的影響力の現状》──



 しばらく無言のまま、紙面を見つめる。


 眼鏡の奥で、年老いた瞳が鋭く細められた。


 その時、控えめなノック音が室内に響いた。




「失礼いたします、宰相様」




 声の主は若い女性秘書だった。


 銀の盆を両手に持ち、香り高い紅茶と菓子皿を丁寧に運んでくる。


 グラディウスは顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべた。




「……ご苦労。いつもすまぬな」



「いえ、宰相様こそ、あまり根を詰めすぎませんように。今夜も、目の周りが……」




 そう言いながら彼女はそっと茶器を置き、軽く頭を下げて部屋を出ていった。


 静寂が戻る。陽はさらに低くなり、部屋の壁を橙に染め上げている。


 グラディウスはふう、と深く息を吐き、お茶を一口含んだ。


 喉に染み渡る温かさ。

 ようやく、心が少しだけほぐれかけた──そのときだった。




「……いい茶葉使ってるじゃないの、グラディウス」


「ぶぅっ……!?」




 不意に聞こえた声に、宰相は盛大に紅茶を吹き出した。


 咳き込みながら机の上を見下ろすと──


 そこには、たった今まで何もなかったはずの銀の盆の上に、ちょこんと立っている小さな人影。


 全長30センチほどの、妙にディフォルメされた姿。


 朱のロングコート。サングラス。ふてぶてしい笑み。


 ──そして、手には小さなティーカップとお菓子のクッキー。


 見間違うはずがない。




「ヴァ、ヴァレン・グランツ……!? ゲホッ、ゲホッ!」




 グラディウスは咳き込みながら、慌ててお茶を拭き取る。


 その隙に人形は二口ほど紅茶を啜り、満足げに頷いた。




「ククク……やっぱり王城のお茶はレベルが違う。渋みと香りのバランスが絶妙。……最高だ!」



「……貴様……何故このような……?」




 唖然としながらもグラディウスは身を乗り出し、鋭い視線で人形を睨んだ。


 すると、その人形がちょこんと椅子の上に正座するように腰を下ろし、両手をピコピコ振って口を開いた。




「改めまして、"色欲の魔王"ヴァレン・グランツの“出張分体”!

 通信用デバイスボディの"スーパーヴァレンくん人形"でーす☆」



「…………」




 あまりのふざけた名乗りに、グラディウスの眉がピクついた。




「……それで、何の用だ。まさか、茶菓子をねだりに来たわけでもあるまい?」




 老宰相の声には、うっすらと怒気と疲労が滲んでいた。




「まぁまぁ、そう邪険にすんなって。お堅い話もあるけどさ、まずはお茶でもどうぞ?」




 そう言いながら、ヴァレン人形は勝手にクッキーをもぐもぐと頬張る。


 グラディウスは渋々、冷めかけた紅茶をもう一口含み──




「……要件を言え。ワシも暇ではない」




 その言葉に、ヴァレン人形はちょっとだけ真面目な顔になる。




「──じゃ、言うけど」




 もぐもぐと咀嚼を止めずに、ヴァレンはさらりと告げた。




「“強欲の魔王”の魔都スレヴェルド、陥落したってさ。魔導帝国ベルゼリアの侵攻で。」



 ブゥゥ──────ッッ!!



 ──グラディウスの三度目の噴き出し音が、部屋に響いた。




 ◇◆◇




 「──“スレヴェルド”、落ちたってさ」




 その言葉は、紅茶よりも熱く、氷嚢よりも冷たい衝撃としてグラディウスの胸に突き刺さった。




「ぶぅぅぅっ!!? ゲホッ、ゲホッ……!」




 再びテーブルに紅茶が噴き出し、白髭を濡らす。

 年老いた宰相はハンカチを取り出しながら、顔をしかめた。




「……にわかには信じ難い話だぞ。スレヴェルドが、落ちた……だと……?」




 苦々しい声で、グラディウスが呟く。




「ま、普通信じないよね。俺も最初は冗談かと思ったけど」




 ヴァレン人形は、脚を組み直して器用にティースプーンを弄びながら、ふわりと肩をすくめた。




「ただ、マジなんだな、これが。スレヴェルド方面にも分体を飛ばしてみたんだが、魔都の外郭は完全に制圧されてるし、中央政庁は機能不全。おまけに魔導機兵達が厳重に警戒体制をとってやがる。」



 やれやれと首を振りながら、スーパーヴァレンくん人形は言葉を続ける。



「ちなみに、強欲の魔王マイネ・アグリッパ本人は、今ブリジットさんが保護してるぜ。」


「保護……だと……?」




 グラディウスの眉間が、深く険しく寄った。




「うん。あいつ、まあボロボロだったけど、命に別状はないね。だが、魔神器が奪われたらしく、力はほとんど使えないに等しい状況だ。」



「"魔神器(セブン・コード)"が奪われた……だと……?」



グラディウスの眉間に更に皺が寄っていく。



「ああ、マジだ。イケメンの執事くん一人だけ連れて、家に転がり込んできて、図々しくもカレーを特盛でたいらげてたよ。」




 軽口を叩くヴァレンの表情の裏に、わずかな哀れみが混ざっていたのを、グラディウスは見逃さなかった。




「詳しく話せ。……誰が、“魔神器”を奪ったのだ?」



「そこまでは掴めてない。けど、おそらくスレヴェルドに侵攻してきたベルゼリアの“若者たち”の中に、そういう特殊なスキル持ちがいたんじゃないかってのが今のところの推測だ。」



「──ベルゼリア……!」




 名を聞いた瞬間、グラディウスの中で、冷たい緊張が走る。




「……つまり、魔導帝国ベルゼリアが、魔王マイネ・アグリッパの支配から逃れるために、逆にスレヴェルドへ進軍したということか」




 ゆっくりと、ひとつひとつ確かめるように言葉を置く。




「その通り。実際、マイネの"我欲制縄(マイン・デマンド)"の効果で国家丸ごと“差し押さえ”されてたからね」




 ヴァレン人形は指先を鳴らすようにしながら、飄々と続けた。




「マイネの魔神器は“存在の金銭的価値”に基づいて力を発揮する。国民の税や人材、資源の流通までもが“物品”扱いされ、マイネの所有権の下にあった。でもそれは、あいつの意志と魔力が完全に機能してる間だけの話だ。」




 紅茶を啜る人形の声が、不思議と静かだった。




「神器を奪われた今、ベルゼリアは“自由”を取り戻した。だが、その自由はまだ仮のものに過ぎない。」


「──ヤツら、マイネを殺す事で、完全なる自由を取り戻す腹なんだろうぜ。」



「……っ」





 グラディウスの掌が、無意識に拳を握りしめる。


 ──これは、もはや内紛ではない。


 大国同士の戦争の引き金になりかねぬ事態だ。


 エルディナ王国とベルゼリアは、現在直接の争いこそ無いが、外交的には決して安定しているとは言えない。


 そこに“魔王”を介した利権と戦力の逆転劇が絡めば、火種は一気に炎上する。




「……それを今、我が国に伝えに来たというのか。貴様は……貴様自身も、魔王の身でありながら……」




 多少の嫌味を込めて言ったつもりだった。

 だが、ヴァレン人形はまるで気にした様子もなく、ニヤリと笑う。




「ククク……ま、そう言うなって。

今の俺は、ただの居候だよ。“ノエリア領”のね」




 人形が、わざとらしく小さな肩をすくめて、テーブルに肘をつく。




「さて、俺がお前にわざわざ連絡したのはもう一つ。

──スレヴェルドを落とした“若者たち”。あいつらの正体、分かるか?」



「……ふむ」




 グラディウスは腕を組み、重々しく目を閉じた。


 記憶を巡らせる。資料、会議、報告書の数々。


 だが、今のところ、資料の中の帝国側の人材で“魔王の神器を奪えるような異能者”の記録は無い。




(本来であれば、地方の一開拓地に過ぎぬ“フォルティア荒野”が、大国ベルゼリアと戦うなど狂気の沙汰)




 だが──




(……今のフォルティアには、“色欲の魔王”ヴァレン・グランツがついている。それにリュナという少女……恐らく、その正体は“咆哮竜”ザグリュナ……そして──)




 グラディウスの脳裏に、夜のルセリア、静かな公園。

 あの時出会った“銀髪の少年”の姿が浮かぶ。


 名を、アルド・ラクシズ。


 彼の魂を、運命視のスキルで覗いた時の感触。


 底なしの深淵──だが、同時に世界の理を揺るがすような力の奔流。




(……あり得ぬ話ではない、か)




 そっと目を開けたグラディウスは、ヴァレン人形を見据えて言った。




「……貴様が言うとおり、ブリジット嬢率いるフォルティアが奴らがぶつかる可能性は高い。であれば、こちらとしても備えは必要だ」



「でしょー?」




 おどけたように頷く人形。




「だがな……」




 グラディウスの声が、一段階低くなる。




「我が国には、“神聖騎士団”がいるとはいえ、今は動かせぬ事情もある。

 仮に、ベルゼリアの正規軍が動いたとすれば、こちらからの応援部隊だけでは足りぬ」



「……じゃあ?」



「──フォルティアに賭けるしかあるまい。

貴様とノエリアの娘。リュナという少女。そして……」




 一拍置いて、目を細めた。




「“あの少年”に、な」




 ◇◆◇




 重々しい沈黙が、宰相室を満たしていた。


 グラディウスは、再び腕を組んだまま、深く椅子の背にもたれた。


 夕日が窓の縁から滑り込み、彼の顔半分を橙に染める。


 そして、ひとつ、静かに息をついた。




「……今から話す内容は、国家機密だ。

 いかに魔王ヴァレン・グランツとはいえ、情報の漏洩があれば───分かっておろうな?」




 本来なら、魔王であるヴァレンを法で縛る事など出来はしない。しかし、今の彼は何故かフォルティア荒野の食客の様な立場を楽しんでいる様に見える。


 グラディウスは、ヴァレンの"人間性"に賭けて、忠告の言葉を発する。


 その言葉に、ヴァレン人形はクッキーを口元に運ぶ手を止め──


 ぴっと敬礼のポーズを取ってみせた。




「はっは〜い。情報管理は得意分野さ。取材対象への守秘義務を守るのは、プロ(の漫画家)として当然の事だからね?」




 「信じろという方が無理がある」とグラディウスの眉がぴくついたが、それでも話すべきだと判断するほどの重大事だった。




「──およそ1ヶ月ほど前。ベルゼリア方面より、今まで観測されたことのない“魔力波動”が検出された」




 室内の空気が、ピリリと緊張する。


 ヴァレン人形も、口元のクッキーを噛み切ったまま、言葉を飲み込むように黙った。


 グラディウスは指先で机を叩きながら、続ける。




「観測機器が記録した波動は、明らかにこの世界の“魔力法則”と異なる。

 ……まるで、“世界の壁”を破るような振動だった」



「……"世界の壁"、ねぇ……」




 ヴァレンの声色が変わった。


 先ほどまでのおどけた調子は抜け落ち、目の奥が静かに光を灯していた。




「……貴様の話が事実だとするなら、その波動の記録から程なくして、スレヴェルド陥落した、という時系列になる。……偶然にしては出来過ぎている」



「……つまり、関係性があると?」



「あくまで可能性の話だ。」




 グラディウスは頷き、そしてゆっくりと告げる。




「我々はあれが、“異世界由来”の魔力波動である可能性を排除していない。

 ──禁忌とされた“異世界召喚”が、再び行われたのではないか、と」




 その言葉を聞いた瞬間、ヴァレンの全身がピタリと静止した。


 人形とは思えないほど、空気が重く沈む。




「……異世界召喚……」




 ヴァレンは、かすれるような声で繰り返し、それから静かに頭を垂れた。




「──なるほど。辻褄が合う」



「……ほう?」



「いや……ちょっと前から気になってたんだよね。

どうして、マイネの魔神器"我欲制縄(マイン・デマンド)"が効かなかったのか、ってな。

 あれは契約や法的拘束をベースにした“絶対強制”。相手が強いとか弱いとかは関係ない。通常は、誰であっても逃れられない」



「だが、その強制力を逃れ、ベルゼリアはスレヴェルドを落とした……?」




 グラディウスが目を細める。


 ヴァレン人形は、顎に手を当てて考える仕草をしながら、静かに言葉を紡いだ。




「──世界に“馴染んでない魂”であれば、例外になる可能性がある」




 グラディウスの瞳が鋭く光った。




「……貴様、それは──」



「うん。“異世界から呼ばれたばかりの戦士たち”。

 彼らなら、召喚されてから1年くらいは、この世界の法則に完全には馴染んでいない。だから、“縛る”力の網目をすり抜けることがある」




 ヴァレンの声には、確信があった。




「つまり、ベルゼリアはそれを狙った。

──禁忌の“異世界召喚”で得た戦力を使って、マイネを打ち倒す算段なんじゃないか?」



「……!」




 グラディウスは目を閉じ、ひとつ深く息を吸った。


 そして、低く呟く。




「……人道を捨ててでも、自由を手に入れると……そういうことか」



「マイネに国家の首根っこを掴まれたままよりはマシ、って判断だろうね。……ま、事情を知ってる俺に言わせりゃ、ベルゼリアがマイネに国ごと差し押さえられたのも、欲をかいて自滅した自業自得ってやつだと思うがね。」




 ヴァレン人形の口調は淡々としていたが、その奥には確かな怒りと痛みが滲んでいた。


 同じ魔王として──その身が受けた矛盾と屈辱を知っていたのだろう。




「ベルゼリアの目的は、ただの侵略じゃない。

“自国を取り戻すための反逆”ってヤツだ」



「だとしても……」




 グラディウスは、静かに頭を振った。




「異世界召喚は、5カ国間の協定で明確に禁じられた術だ。……それを、あの帝国が破ったのだとすれば──」



「世界は、また揺れるだろうな」




 ヴァレン人形は静かに立ち上がり、紅茶の入ったカップをそっとテーブルに置いた。




「ククク……ありがとな、グラディウス。お前と話して、色々と合点がいった」




 にかっと笑った人形のその表情は、いつもの彼のものだったが──

 その瞳には、読み切れない深淵が宿っていた。




 ◇◆◇




 部屋の中に、言葉がなくなった。


 ──スレヴェルドの陥落。


 ──異世界召喚の再開。


 ──そして、その先に待つ、新たな戦争の可能性。


 グラディウスは、重ねた指先に額を預けるようにして、長く息を吐いた。




「……この件は、一歩間違えば、ベルゼリアと我がエルディナの二大国間の衝突に発展する」




 絞り出すような声だった。

 その老いた肩には、王国の未来がのしかかっている。




「……“魔王”である貴様に、こんなことを訊くのも本来おかしな話だが……」




 目を細め、グラディウスは机の上の30cmの存在を見つめる。




「──どうにか、出来るあてはあるのか?」




 その問いに、ヴァレン人形はひとつ肩をすくめた。




「ないとは言わない。けど、“ある”とも言いきれない。──だがな」




 彼は机の上に片足を乗せて、腕を組んでニヤリと笑う。




「今の俺は、ブリジット・ノエリア嬢が治める“新ノエリア領・フォルティア荒野”の、一応……ゲストみたいなもんだからな。ボスのお国のために一肌脱ぐくらいの義理はあるさ」



「……魔王らしからぬ、殊勝な心がけだな」




 グラディウスは皮肉気に言いながらも、その目に浮かぶ光は、どこか安堵に近かった。




「ククク……俺は"世界一歪んだ魔王"だからな。

それに、俺が動く理由なんて、突き詰めれば自分の欲求でしか無いのさ。」



「……貴様の欲するものとは」



「決まってるだろ? "ときめき"さ。」




 即答だった。


 グラディウスはわずかに目を見開き、それからゆっくりと頷いた。




「……わかった。こちらも万一に備えよう。

 だが、最前線はお前たちに任せる。……事後処理なら、いくらでもしてやる」



「ククク……頼もしいね、宰相殿」




 ヴァレン人形は器用に紅茶のカップを持ち上げ、最後の一口を啜った。




「ま、せいぜい頑張らせてもらおうかね──新ノエリア領の参謀役としてな。」




 グラディウスが呆れたように鼻を鳴らした、そのときだった。


 ふと──ヴァレンの表情がわずかに陰る。


 その仕草に、グラディウスも眉をひそめた。




「……何か引っかかっているのか?」




 ヴァレンは無言のまま、天井を仰ぐようにしてから、呟いた。




「……まだ、疑問が残ってるんだよ」



「ほう」



「ヤツら──仮に、異世界召喚されたものとして、連中が、なぜベルゼリアに従っている?」




 静かに放たれた疑問だった。




「誘拐同然に強制的に召喚されたはずの人間たちが、まるで当然のようにマイネを狙い、ベルゼリアのために動いている……そんなの、筋が通らない」




 グラディウスもまた、目を細める。




「確かに……召喚された者が、自らの意思で従っているとは考えにくい」



「……洗脳か、取引か、脅迫か……」




 ヴァレンの声が低くなる。




「それに……」




 言いかけて、ふっと言葉を切った。


 そして、そのまま静かに視線を窓の外へ向ける。



(……“アイツ”の動きも気になる。スレヴェルドが落ちるような大事件で、出てこないわけがない)



「どうした……?」



「いや、何でもない。まだ気にする事じゃない。」




 口元は笑っていたが、声の色は、明らかに硬かった。




紅龍(コァンロン)──万が一、ヤツが出てくる様なら……)


(──相棒。お前の力を借りる必要が出てくるかも知れないぜ……)




 グラディウスは、もうそれ以上問わなかった。


 ヴァレンの沈黙が、何よりその危険を物語っていたからだ。


 そのとき──




「……ま、考えても仕方ないことは置いとくか」




 急に、ヴァレンの声が明るく戻る。




「じゃ、グラディウス。お茶も飲んだし、お菓子も食べたし、要件も話したし……」




 ククク、と笑った人形は、ポケットからどこで仕込んだのか謎のリモコンを取り出す。




「また連絡するから、そのときはよろしくな〜!」




デデッデデッデ〜♪



 謎の電子音と共に、テーブルの上に突如、黒く丸い穴が“ぽこっ”と開いた。


 穴の縁には何故か「ヴァレン」と書かれたネームプレート。


 ヴァレン人形はそこにぴょんっと飛び込み、沈みながら姿を消した。


 次の瞬間、穴は“ふぅん”という音を立てて、空間ごと跡形もなく消える。



 ──静寂。



 ほんの数分前まで、茶菓子と冗談が飛び交っていたはずの空間は、再び夕日の光だけに包まれていた。


 グラディウスは、そっと紅茶のカップを持ち上げる。


 もう冷めきっていたが、口に含んでから、小さく息を吐く。




「……ベルゼリアが、侵攻を始めるとはな」




 そう呟いた彼の声は、どこか遠く、誰にも届かぬものだった。




「なぜこうも……面倒事は、重なるのだ……」




 窓の外、ルセリアの空に、最後の光が溶けていった。

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