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第111話 S S級、襲来

地面にうっすらと立ち上る湯気は、激しい戦闘の余熱か、それとも夕陽に照らされた静けさか。


 


その静寂を破って、軽やかな足音が響いた。


 


「ベルっ!」


 


声とともに、ブロック状のコンビニ風建物──どこか不自然にマイクラ風に角ばった建築物から、地雷系の衣装を纏った少女が駆け出してくる。


 


マイネ・アグリッパ。

“強欲の魔王”の名を持つ令嬢である。


 


心配そうに眉を寄せながら、彼女は真っ直ぐベルザリオンの元へと走り寄った。


 


「大丈夫か…? 怪我はしておらぬか…?」


 


普段の高飛車な調子とは違う、素直な声音。

その声音に、ベルザリオンの鋼のような瞳がやわらかく細められる。


 


「……大丈夫です。ありがとうございます、お嬢様」


 


微笑を浮かべながら、彼は静かに頭を下げた。


 


直後──


 


「マイネさーん!無事ですかぁー!?」


 


どこかモゴモゴとした声とともに、フレキがずるずると戻ってくる。


その小さな口には、唾液でベトベトになったまま気絶した五十嵐マサキの軍服の襟が噛まれていた。


 


「こちらは無事に終わりましたっ!」


 


まるで狩りの獲物を主人に自慢するべく持ち帰ってきた犬のような姿に、思わずベルザリオンが目を細めた。


 


フレキの後ろからは、悠々とした足取りで銀狼マナガルムが歩いてくる。

その神々しさは、ただそこにいるだけで風格と圧を放っていた。


 


そして──反対側からも、もう一つの影が戻ってくる。


 


「ふぅ、遅くなっちゃった」


 


ブリジット・ノエリア。 


肩に担がれた巨大なピコピコハンマー“ピコ次郎”の上には、こちらも見事に気絶した榊タケルの姿が乗っていた。


 


ピコッ、とハンマーが小さく揺れた拍子に、タケルの体がぐらりと揺れ、ベシィと頬から落ちたが、本人はぴくりとも動かない。


 


「……ブリジット殿……相変わらず豪快な……」


 


その様子を見ていたマナガルムが苦笑する。


ベルザリオンも、顔を上げブリジットに目をやる。


 


「フレキ殿、ブリジットさん……ご無事でしたか」


 


その声には、戦場を生き延びた者同士の温かみが込められていた。


ブリジットは、くるりとハンマーを肩から降ろし、片手で腰に当てながらにこりと笑った。


 


「うん、大丈夫!この榊タケルくんも、大怪我させずにやっつけられたよ!」


 


「さすがブリジットさん!ボクも、父上の助力のお陰で、イガマサさんにあまり怪我もさせずに止めることが出来ましたっ!」


 


ベルザリオンはちらりとフレキが引きずってきたイガマサの方へ目を向けた。


確かに怪我こそしていない様だが、何故か全身ベトベトで、白目を剥いて泡を吹いている。


どんな戦いを繰り広げれば、こんな有様になるのだろうか。


 


(……あの二人も相当な手練れだったはず……。それを、こうも容易く退けるとは──)


(やはり、フレキ殿もお強くなられている。そして、ブリジット殿も……フォルティア荒野を治める領主の名は、伊達ではない)


 


そんな彼の沈思を、誇らしげな声が打ち破った。


 


「いやはや!! 見事じゃ!なんとも見事じゃの!」


 


マイネが腰に手を当て、満足げに鼻を鳴らした。


 


「妾の魔都・スレヴェルドを、僅か数十人で陥とした手練れどもを、こうも易々と倒してのけるとはな!」


 


少しだけ目を細めながら、ブリジットとフレキに視線を送る。


 


「やはり、お主たち……妾の元に欲しい逸材じゃのぅ!」


 


その言葉に、フレキはハッハッハッと舌を出しながら、嬉しそうに笑う。


 


「恐縮ですっ!」


 


一方のブリジットは、片目をつむりながら肩をすくめ、くすくすと笑う。


 


「ふふふ、ありがと。でも、あたしはフォルティア荒野を“ステキな領地”にする使命があるからね!」


 


「……うむ、それも悪くないのう……!世が栄え、それら全てを我が物とする事こそ、妾の大望よ。」


 


なぜか満足げに頷くマイネ。

その様子に、ベルザリオンはそっと目を細める。


 


夕陽が、再び三人の頭上に差し込む。


 


 ◇◆◇




夕焼けが、広場を染めていた。


 


風が止まっている。

静けさがまるで、過ぎ去った戦いを讃えているかのようだった。


 


だがその中心には、無言で倒れ伏す三つの影。


 


乾流星。五十嵐マサキ。そして榊タケル。


異世界から召喚された“高校生たち”。


 


彼らは今、気を失い、無防備な姿で並べられている。


 


その前に立つのは、ブリジットとマイネ。

どちらの表情も、笑いを忘れていた。


 


「……こんなに早く、マイネさんを狙う人たちが来るなんてね」


 


ブリジットが真剣な面持ちで呟くと、足元のフレキが舌を出しながらハッハッと息をしていた。


 


「びっくりですねー……しかも、かなり強力なスキル使いでしたっ!」


 


毛並みは土と魔力の爆風でバサバサ。

顔はところどころすすけており、見るからに“戦った犬”だったが、声だけは元気だった。


 


「ふむ……それにしても、やはり引っかかるの」


 


マイネが顎に指を添えながら、倒れた高校生たちを見下ろす。


 


「スレヴェルドでの戦いでも、あやつら……やけに妾の居場所を正確に突いてきおった」


 


その声は静かだったが、どこか、ぞわりとするような思念を含んでいた。


 


「恐らく、索敵系のスキル持ちがおるのじゃろう。……この3人と一緒におった、小娘。あやつが……そうかもしれんの」


 


そう言って、マイネは周囲をキョロキョロと見回した。


 


「……どこへ逃げおったのじゃ?」


 


そのとき、離れた位置──岩陰のあたりで、銀色の巨体が立ち上がった。


 


マナガルム。


かつて“王狼”と謳われた、8メートル級の幻獣。


悠然と立つ姿は堂々としており、その威容には風格すら漂っていた。


 

その前で、ベルザリオンがぺこぺこと頭を下げていた。


 


「その節は……本当に……本当に、申し訳ありませんでした……!」


 


前足を器用に上げ、マナガルムは「まあまあ」とでも言いたげにヒラヒラと動かす。


 


「……ベルザリオンさん。マナガルムさんとも仲直りできたみたい。」


 


くすっと笑いながら、ブリジットがそう呟いた瞬間──


 


「お嬢様」


 


ベルザリオンがマイネのもとに歩み寄ってくる。

その表情はさっきまでの柔和な笑みとは違う。

視線は鋭く、周囲を見回していた。


 


「彼女──その娘は非戦闘員の様子でした。捜索は後ほどでも構わぬかと」


 


「ふむ……それも、そうか……」


 


「──それよりも、お嬢様。ここを早急に離れた方がよいかもしれません」


 


その言葉に、ブリジットが目を見開く。


 


「え? ベルザリオンさん、それって──」


 


──そのときだった。


空気が、変わった。


 


風が止まる。

時間が止まる。


 


瞬間、全員が一斉に息を呑んだ。


 


全身を貫くような悪寒。


“なにか”が来る。


理屈ではなく、魂が叫んでいる。


 


「な……なんだ……!?」




マナガルムが、背を逆立てるようにして身構えた。




「この……異常な威圧感は……ッ!」


 


「強大な魔力反応が……っ!」




フレキが叫ぶ。



「それも、三つ……いや、もっと……!? いっぱいですっ!」


 


「……気をつけてっ!! 何か来る……!」


 


ブリジットが、手にした“ピコ次郎”を反射的に構える。


マイネの表情が、青ざめる。


 


「まさか……あやつら(・・・・)まで……既にここに来ておると言うのか……!?」


 


その時だった。


ベルザリオンが何かに気付いた。


 


「!! お嬢様ッ──!!」


 


瞬間、彼はマイネの身体を突き飛ばすようにして横から抱きかかえ──


 


ザンッッ!!!


 


広場の石畳が、三方向から交差する光に貫かれた。


 

赤。緑。紫。

 


レーザーのような三色のビームが、三方向から、さっきまでマイネが立っていた位置を貫いた。


 

しかし、避けきれなかったものが、そこにいた。


 


「……ぐあっ!!」


 


ベルザリオンの身体に、三本の光が突き刺さる。


 

右肩を貫く赤い光。


左腕に風穴を開けた緑の閃光。


太腿を焼き穿った紫のレーザー。


 


彼の身体が、ぐらりと揺れる。


そのまま、片膝をつき、傷口からは血が噴き出す。


 


「ベルっ!!」


 


マイネの叫びが、静寂を打ち破った。


 

──静寂の終わり。



本当の戦いが、今、幕を開けようとしていた。




 ◇◆◇




「ベルっ──!!」


 


叫びながら、マイネが地を蹴った。


倒れたベルザリオンのもとへ駆け寄り、その体を抱きかかえるようにして膝をつく。


 


「ベル……しっかりせい……!」


 


彼女の小さな両手が、血を纏う傷跡に触れる。

その手が震えていることに、彼女自身が気づいていない。


 


「妾を……妾を庇ったばかりに……っ!」


 


マイネの声に震えが混じる。


 

そのすぐ横で、ブリジットが周囲を見回していた。

彼女の目に、空中を飛び回るものが映る──



キラキラと輝く、小さな光球。

 

一つ、二つ……いや、全部で七つ。


どれも宝石のような輝きを放ち、しかし動きは不規則かつ危険な軌道を描いていた。


 

そのうちの一つ、橙色の星が一瞬だけ膨張したように光る。


 


「っ──危ないっ!!」


 


ブリジットが叫ぶと同時に、背中のピコピコハンマー“ピコ次郎”を振りかぶる。


 


ビィッ──ッ!!


 


閃光のようなレーザーが発射されるが、ピコ次郎が風を切って叩きつけられた瞬間、星の放ったビームが『ピコッ!』と間抜けな音を立て弾ける。


 


「──よいしょおっ!!」


 


ピコピコと甲高い音を鳴らしながら、ハンマーが続くレーザーとぶつかり、火花を散らす。


 


同時に──


 


「ヴヴワンッッ!!」


 


フレキが吠える。


彼の小さな体から放たれた音波魔法が、青色の星からのビームを迎撃し、相殺する。


 


それぞれの衝突によって生じた魔力の余波が、周囲に暴風となって吹き荒れた。


 


ブリジットの金髪が大きくたなびき、マイネのスカートのフリルがあおられる。


 


「この光線……一発一発が、すごい威力ですっ……!」


 


フレキが地面に踏ん張りながらも、目を丸くして叫んだ。




「この“星”みたいなのが……撃ってきてるの……っ!?」


 


ブリジットは瞳を細め、飛び交う光球を目で追った。


その動きは、生物のようでもあり、恒星の周りを公転する惑星のようでもあり、また、兵器のようでもあった。


 


そんなときだった。


フレキの耳が、ぴくりと動く。


 


「……っ。来ますっ!」


 


広場の端、瓦礫の陰から──

四人の人影が、日没の逆光の中をゆっくりと歩いてくる。


 


「……!」


 


一歩前に出たブリジットの背中に、フレキ、マイネ、そしてマナガルムが並ぶ。


 


最初に姿を見せたのは──一見どこにでもいそうな、地味な美少女だった。


与田メグミ。

 

ついさっきまで、戦いの混乱に紛れて姿をくらましていた少女。


 


その彼女が、静かに口を開く。


 


「──私、"()え"ちゃったんですよね。"スキルの効果"で」


 


その声音は静かだったが、不気味なほどに確信を帯びていた。


 


「戦いが始まった瞬間──乾くんたち3人が、あなた達に負ける“場面”が」


 


風が吹いた。彼女の黒髪がさらりと舞う。


 


「──だから、呼びに行くことにしたんです」


 


後ろに続く3人の影が、はっきりと姿を見せる。


 


「“あなた達に勝てる人達”を」


 


 


一人目。

聖女のようなローブを纏い、長い髪をたなびかせた少女──天野唯。


その手に握られた杖の先が、小さく震えていた。


 


「乾くん達が……負けてしまうなんて……」


 


悲しげな呟きとともに、彼女の眉が静かに寄せられる。


 


 


二人目。

紫の長ラン風の軍服を翻しながら、赤毛を逆立てたヤンキー男──鬼塚玲司。


その足取りは粗雑で、まるで蹴り飛ばすように瓦礫を踏みしめながら歩いてくる。


 


「──だから言ったんだよ」


 


その声は低く、荒れていた。


 


「弱ぇヤツは出しゃばらねぇで、全部俺に任せておきゃいい、ってよ……!」


 


怒っている。誰かに対してではない。

自分にだ。


 


 


三人目。

青と金の軍服に、煌めく金属装飾具。


ゲームの“勇者”そのままの様な出で立ちで、片手に七つの穴が空いた片刃剣を持つ少年──佐川颯太。


 


「ま、そう言うなって、鬼塚」


 


軽い調子で笑いながら、聖剣を肩に担ぐ。


 


「俺とお前がいりゃ、すぐ終わるだろ」


 


そして──その目が、マイネを見据えた。


 


「力を失った“魔王”一人殺すくらい、さ」


 


瞬間。

佐川の瞳が、妖しく煌いた。


それは、ただの“正義”とは違う光。


どこかおかしい。


どこか狂っている。


 


「っ……!」


 


ブリジットが無意識にピコ次郎を構え、フレキの背毛がざわりと逆立つ。


 


「俺をお前と一括りにするんじゃねェよ……!」


 


鬼塚が、苛立ちを露わにした声で言い捨てる。


だが、それに佐川は肩をすくめて──

「はいはい」とでも言うように、余裕の笑みを浮かべていた。


 


その気配。


 


──乾流星たちとは“段違い”。


 


それを肌で感じ取り、ブリジットたちは無言のまま武器を構える。

 

異界から現れた“最強の三人”。


その真意と、力。


 


戦場は、今また、新たな修羅場へと変貌しようとしていた──。

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アルド君早くーって思いながら、次は出番のなかったリュナちゃんとヴァレンかな?
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