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ゲイボルク・5

 それは少し昔のこと。

 まだヒガン・カーネーションとファーディア・コンラが出会う前の話である。

 この時のヒガンはまだ六歳。普通であれば、学校デビューをする歳でもあるが、彼の住む環境は学び舎へと行かせることを許さなかった。

 気がつけば剣を取り、バンプ・ナイトの操縦を叩き込まれる。

 ヒガンの得られる知識といえば、実戦とその生き残り方。また地元でのみ活かされる生活の知恵だけである。

 だが、ヒガンはそれを不幸とは思わない。――いや、思えなかった。そして疑問を持つことさえなかった。自分のことでさえも、考えなかった。

 ……彼と出会うまでは。

 彼は戦火に巻き込まれる町で黒のスーツ姿であった。また長く癖っけのある黒髪をしており、腰には一口の刀。歳は二十の中頃と、正に彼の全盛であるのだろう。その身も思考も成熟していた。

「ヒガン。それは服の下に隠しておけ」

 彼は言った。そして指差す先はヒガンの首に掛かっている紐――その先についている紅い宝玉である。

 二人が居る場所は、町の路地である。今は警報も鳴っていない為、硝煙の臭いは漂うが、比較的安全な場所である。

 その煉瓦れんが造りの路地に立つヒガンはその紅い宝玉を摘んだ。

ひこ先生。これってそんなに大切なものなの?」

「あぁ、とても大切だ。――それは親から送られたものだろう?」

 彼――彦先生と呼ばれた男が言えば、ヒガンは顔に影をさす。

「親……か……」

「どうした? 何か嫌なことでもあったか?」

 そう彦が問えば、ヒガンは首を振って否定する。

「ちがう。ちがうんだよ。――そうじゃないんだ」

「ならば、何がお前を暗くさせる」

 すると、ヒガンは躊躇いながら「彦先生だから言うんだよ」と前置きをして、話し始める。

「おれの親……ってさ。ほんとうの親なのか、て思うんだ」

「どうしてそう思う?」

「……なんて言えばいいのかわかんないけどさ。違うきがするんだ。とうちゃんは知らないけど、かあちゃんはおれの親じゃないきがする」

「その根拠は?」

「こん……きょ?」

「つまり、どうしてお前の母が本当の母親じゃない、と思うかだ」

 すると、ヒガンは暫しの間考え、思いつく単語を口にする。

「……ゆめ」

「夢?」

 彦が問い返せば、ヒガンはやっと話す内容を考え付き、続きを言う。

「夢に出るんだ。今のかあちゃんみたいな人じゃなくて、別の人が……。とても優しい顔でおれを見てくれてる」

「………」

「彦先生?」

 急に黙り込んだ彦の顔をヒガンは覗きこむ。そして、数秒の間を置いて、口を開いた。

「……ヒガン。それはお前が疲れているからだ。この戦いに、既に嫌気がさしているんだ」

「いやけ?」

「この町で……イスイとバスケッタで起きている戦いが嫌いで嫌いで堪らなくなったんだよ」

「それって、げんじつとーひ?」

「難しい言葉を知っているな」

「だって、町の皆が言ってるもん。逃げたい。逃げたい、てさ」

「………そうか」彦は一度、目を閉じ思考する。そして目を開けば、こう言った。「ヒガン。お前は強い子だ」

「げんじつとーひをしてるのに?」

 彦は「そんなの関係ない」と首を振る。

「いいか。お前は俺よりもっと強くなる。保証してやる。剣の腕も、バンプ・ナイトの腕も、だ」

「無理だよ。彦先生は強すぎるもん」

「今はだ。いずれ、俺を越える。――そしたら、剣一位けんいちいをくれてやる。最強の称号だ」

「ほんとうに!?」

「あぁ、本当だ。――だから強くなれ。そしてこの町の人たち――いや、この世界に住む人たちを救え」

「……うん。――あまり自信はないけど」

「弱気なお前を支える為に、その紅い宝玉がある。それはお前を高みへと連れて行くだろう。そして、何れはお前と共に歩む」

「これが?」

 ヒガンは再び紅い宝玉を見た。

「そうだ。だから、それを大事にするんだ。――お前に希望を託した親の為にもな」

「……よくわかんないけど……、わかった。大事にするよ」

 そう言うと、ヒガンは紅い宝玉を服の中へと入れる。

 彦はそれを確認すると、

「じゃあ、お前が強くなる一歩を授けてやろう。他の機士と一線を別つ技だ」

 ポケットに手を入れ、民家の塀から伸びている枝へと身体を向ける。

「そんなものがあるの?」

「あるのさ。かつて誰かがエーリンの国で広めた技だ。今では、使える機士も少なくなってしまったが、剣の位を持つ者なら誰もが使える。――線形衝撃波ラインという」

 ふわり、とヒガンの髪が揺れる。それと同時、彦が体を向けていた木の枝が、ぽとり、と落ちた。

 ヒガンは落ちた枝へと目を向けたが、

「すげぇ! 彦先生、今、腕を上げただけなのに、枝が落ちた!」

 すぐに彦へと振り向き、驚きの声を上げる。ポケットに手を入れたままの彦は満足した結果を得て、笑みを浮かべた。

「いい目だ。これが線形衝撃波ラインだ。本当は剣の刃を利用して直線上に剣圧を飛ばすものだが、コツさえ掴めば素手でも出来る。――まぁ、その素手でも出来るようになれば、剣五位くらいまではいけるな。曲線衝撃波キャブドも覚えれば剣四位か。――因みに、これは魔術じゃないからな。お前の風を使っちゃ駄目だぞ」

「もっかい! もっかい見せてよ!」

「……俺の解説聞いてたか?」

 はしゃぐヒガンを見て、彦は溜息を吐く。

「もっかい! もっかい!」

「……しょうがない。見ては習え、だもんな。よーく見てろよ」

 彦は次々と枝を落としていく。

 そして、ヒガンはその様子を「おー」と言いながら憧れの目で見ていた。

 しかし、彦もヒガンも気づいてはいない。

 重大なことだ。

 彦が斬り落とす枝。その枝が伸びる木。そして、木が生えているのは塀の向こうである民家。

「ごらぁぁぁ! 悪さをするのは誰じゃぁぁぁぁ!」

 民家の住民である女性が出てきた。

「やべっ!」

「ひ、彦先生!?」

 動揺する彦。顔を真っ蒼にするヒガン。

「逃げるぞ、ヒガン。――俺について来れたら剣十位をくれてやる!」

 彦は言うやいなや、即効でその場から去って行った。

「ま、待ってよ! ――てか、はやっ!?」

 ヒガンは全速力で彦を追った。


 ●


「――しかし、そうですか。彼女がやられましたか……」

「あぁ、俺もまさかと思ったが、筋が筋だ。間違いない」

 木で造られた家の一室。

 其処には二人の男女が居た。

 女は高齢であり、顔には年季の入った皺がある。落ち着いた楓柄の着物を羽織り、哀しそうに目を閉じる。

 彼女の名を八丈軍・かえでという。

 そして男――彦は、黒のスーツに癖のある長い黒髪。彼の愛刀は横に置かれている。彼もまた、苦渋の顔をし目を閉じている。

「これも驕りなのでしょう。――果たして本国はどう動くのやら……。次にこの村が狙われる可能性は高い」

「十中、此処を狙うだろうよ。だからこそ、俺は此処に飛んできた。この文を持ってな。――しかし、さて。どうするか……。槍が出るか、それとも――」

「何か心当たりがあるので?」

 すると彦は「まぁ、ね」と首を縦に振る。

「丁度、俺の弟子がこちらに向かっていると風の噂で聞いた。もしかすると、もしかもするかもな」

「ほう。彦坊やの弟子かい」

「期待してるが、まだまだ不出来な弟子さ。まぁ、その前に槍が仕留めるのかもしれんが」

「槍……ですか。しかし、あれは最近出て来ていない、と聞きますが?」

 楓は彦の様子を探るように、片目を開き見る。

「おいおい、俺に期待をするのか?」

「……さてね」

 楓は含みのある口振りで返せば、また目を閉じる。

「はぁ……、この婆ちゃんは……。いや、俺もやぶさかではないがね。未だに剣一位の座に居るわけだし。生まれ故郷を見過ごす程、落ちぶれちゃいないよ」

 彦が立ち上がれば、

「おや、何処かに行くので?」

 と、楓が訊ねる。

「あぁ、もうそろそろあいつ等が着く頃だ。一年と少し……、どれだけ成長しているか見てみたくてな」

 彦はそう言い、部屋から出た。

 彦――ヒガンから彦先生と呼ばれた男。その本名は彦・麻呂まろという。

 剣の位と呼ばれる称号で、最も強き者とされる剣一位を与えられた男。

 そして、かつては東照の宮国で側近として国に忠義を果した彦・片鳴の子孫であり、八丈軍・桜子の血も継ぐ機士である。

 ……だが、彼が染井・吉野の血まで継ぐことを知る者は少ない。

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