ゲイボルク・4
ヒガンが所有するギャリーは、ファーディア、天城のギャリーを牽引しながら、荒野の中を走る。
エーリン国内に入り、北を目指してるため、景色の中では木や草など、ぽつぽつと目につくようになる。
ヒガン、ファーディア、天城はヒガンのギャリーに集まり、その中に設けられた居住ブロックで歓談をしていた。
「へぇー。わたしの村で用心棒をね」
と、ファーディアの話に天城が反応した。ファーディアは「はい」と頷けば言葉を繋げる。
「それに、機人の村といえば、バンプ・ナイトの技師が集う場所としても知られていますし、様々なバンプ・ナイトを見ることが出来ると思ったので――」
「あぁ、だから色々と得るものがある、なんて言ってたのか」
ヒガンは手をぽむり、と叩きながら納得する。
「えぇ、そうですよ。それに機人の村とは、かつて東照の日没で逃げ延びてきた、かの有名な技師である八丈軍・桜子が興した村でもあるのです。ですから、その技術を盗もうと技師が集まり、いつの間にか技師たちの修行の地ともなっています」
「つーことは、やっぱり天城の名前である八丈軍は――」
「八丈軍・桜子の子孫だと思います」
「ふーん。――しかし、そうか……東照の宮国か……」
ふいにヒガンは顔を渋くする。
だが、天城はヒガンの表情を気にした素振を見せず、
「なに、あんた。機人の村を知らないの!? 機士のくせに!」
心底驚いた声を出した後、ヒガンを馬鹿にする目を送る。すると、ヒガンは呆気に取られた顔をし、次に拗ねて、口先を尖らせる。
「……俺は地理に疎いんだよ。――それにエーリンに来たのも、まだ二回しかないんだ」
そしてファーディアが言葉を付け加える。
「ヒガンの機士として活動はまだ一年と少しですから。それまではイスイから出たこともないのです」
「じゃあ、ヒガンは新人なんだ」
「そうなりますね。――ですが、天城嬢が見たように、剣を使わない無手での線形衝撃波を使えるなど、腕も申し分ありませんし、バンプ・ナイトの技量も新人と甘くみては痛い目を見ますよ」
「……まぁ、確かに線形衝撃波は凄いと思うけど。バンプ・ナイトの腕前はどうなんだろ、ね? ヒガン」
「なんで露骨に俺へと話を振る!? ――まったく……、それなりに自信はあるぞ。元々、イスイに居たころからバンプ・ナイトには乗っていたしな。子供の頃からバンプ・ナイトに乗ってた――てか、乗らされてた」
ヒガンは空を仰ぎ、昔のことを思い出していると急に苦い顔になる。
「なに、その顔? 嫌な思い出でもあるの?」
天城が訊けば、ヒガンは「まぁ、な」と答える。
「イスイと言えば、ウェールズ連合の代表格じゃないか。でも、ウェールズに参加している小国家には、イスイが頭を張っているのが気に喰わない奴も居るんだな、これが。特にダマリと隣接していない国とかがさ――で、俺の住んでた町ってのが、国境沿いで、その気に喰わないと思ってる国と面してたわけよ。バスケッタっていう国なんだけどな」
「バスケッタって、かなり攻撃的な国じゃなかったかしら?」
「かなり、ってもんじゃねぇぞ。一日に一回は非常警報が鳴ってたからな。――そいで、警報が鳴って国境を見ればバスケッタのバンプ・ナイトが立ってるのさ。あちらさんは武力で支配する気満々だったのさ」
「じゃあ、もしかしてヒガンはそれを迎え討つために?」
「そう、バンプ・ナイトに乗せられてた。もう嫌々さ。それに、彦――いや、俺に体術やらバンプ・ナイトの操縦技術を教えてくれた師匠みたいな人が居たんだが、『お前なら出来る。グッジョブ!』てな勢いで前線に俺を投入するもんだから、なんだ。――もうな、複数のバンプ・ナイトに囲まれたその日にはな、日にはな……あれ、涙が出てきた」
「ヒガン。それは心の汗です」
ファーディアがハンカチを差し出すと、ヒガンはそれを受け取って鼻をかんだ。
その様子を見て、苦笑いをする天城は、今度はファーディアに質問する。
「でも、それじゃヒガンが此処に居ていいの? バスケッタに襲われてるんじゃ――」
「それは大丈夫ですよ。――今のバスケッタにはその様な戦力はありませんから」
「と、いうと?」
天城が首を傾げると、ファーディアは語りモードに入ったのか、遠くを見る目で話し出す。
「――あれは、私とヒガンが出会った頃でした――」
「うわっ! わたし、何かのスイッチ押しちゃった!?」
「……無駄だ。ファーディアの目が異世界へと向いてしまえば、誰も奴を止められねぇ……」
涙を拭き終えたヒガン哀しさを背負った顔で天城の肩を叩く。
「じゃ、じゃあ……もう止められないの?」
「ファーディアが満足するまでは、な」
ヒガンと天城はげんなりとした顔でファーディアを見た。
「――その頃の私は一人で流れの機士をやっていました。そして補給をする為にイスイへと訪れました。その時、バスケッタからの侵攻を阻止する為に義勇兵の募集が――」
「……ねぇ、ヒガン。この話、どこまで続くの?」
天城はヒガンに小声で耳打ちをする。
「んー、俺の予想では、俺との出会いから始まる第一章から、大団円の十章までを話すはずだから……、ざっと五時間? 後語りが入ると更に伸びるか……」
「ちょ、そんなに!? ちょっとした拷問じゃない!?」
「……諦めろ。俺はもう……アキラメタ」
「なんで泣くのよ!?」
「すまん。涙腺が緩んでるらしい」
「……こいつらはもう駄目だわ……」
そして、ファーディアの語りは続く。
「――私としても、お金が欲しかったですし。それにその町で謳われているバンプ・ナイトが気になったもので、義勇兵の話に乗ってみることにしたのです。――そして、その噂のバンプ・ナイトに乗っていたのがヒガンだったのですよ。私は驚きました。まさか私と同じ歳である少年が、噂になる程の技量を持っていることに――」
「ヒガン。わたしとしてはファーディアの話の内容が気にならないこともないのよ。――でもね、五時間は流石に長いと思うわけよ……」
「なら、如何するって言うんだ?」
「もうちょっと、ばっさりとした概略――みたいのはないの?」
「……つまり俺に話せってか?」
「そういうこと」
「ちぇっ。――でも、その後の残り時間は如何するんだよ? ファーディアは途中退席は見逃さないぞ」
「大丈夫。わたし、目を開けたまま寝れるから」
「……だんだんとお前がわかってきたぞ」
ヒガンはしょうがない、といった態度で首を鳴らせば、ファーディアを気にしながら小声で話し始める。
「本当に簡単にまとめると、だな。――俺とファーディアが出会った後、俺の師匠が、何の勝算があるのかいきなり『逆にバスケッタに攻めてやる!』って言い始めてな。俺とファーディを連れて、バスケッタのバンプ・ナイトを製造していた工房へ奇襲を掛けたんだよ。するとどういうことか、あれよあれよと他の工房も攻め落としてしまって、バンプ・ナイトの製造が出来なくなったバスケッタは白旗を振ってしまったんだ」
「なにそれ、本当にあんたたちがやったの?」
「まぁ、事実なんだな、マジで。ぶっちゃけ、ファーディアは俺の腕を買ってくれてるが、あいつも大概だぞ。あの優顔の下は獰猛な何かだ。――あー、でもな。バスケッタを痛めつけたのはいいが、こちらの損害もあったんだよな。俺とファーディアの乗ってたバンプ・ナイトは大破しちまって――まぁ、そのバンプ・ナイトが俺を縛り付けるものだったから、一気に自由になって、俺は外に出ようと思い立ったわけだが――」
「それでファーディアに誘われたの?」
「そういうこと。ついでにバンプ・ナイトも調達してくれるって言うしさ。――師匠もそうしろって言ってくれたから、ついていった。――そして今に至る」
「地味に変な経歴を持ってるのね、あんた」
「お前も似たようなものだろ? あの八丈軍の名を継いでるんだし」
「……まぁね。そんな重い宿命とかはないけど」
「そうか? 名前ってのは結構重いと思うぜ。――俺にはそんな大層な受け継ぐ名はないから説得力はないけど」
「そういうものかな?」
「そういうものだよ……。きっと、な」
そこでヒガンの話は終わった。ヒガンは心の中で自分の名を反芻し、天城はヒガンの言葉に何か思うことがあるのか、両手を胸の前で組み、そっと目を閉じる。
清々しい雰囲気が二人の間に生まれた。
しかし、
「じー」
ファーディアがその二人をジト目で見ていた。
「うおっ!?」
ヒガンは反射的に身を逸らし、気まずそうに苦笑いをした。そしてファーディアは哀しそうな顔をする。
「ヒガン。天城嬢。――私は残念です」
「な、何がかな……?」
とヒガンが問い返せば、ファーディアは服の裾で涙を拭く真似をしながら言う。
「私の語りが聞けないと言うのですね。そして私を無視して乳繰り合うなど――」
「誰が乳繰りよ!」
との反論は天城のもの。しかしファーディアは聞いていない。
「これがハブ、というものなのですね。女が出来れば、友達は蔑ろ。寧ろ邪魔、死ね。――絆とは如何に脆いものか……」
「うわー、これはこれで違う語りに入っちまったよ……」
「と、いうか、ファーディアって……被害妄想も強い性質? これどうするのよ?」
天城が困惑の表情でヒガンを見るが、
「それは俺が聞きてぇよ……」
ヒガンは両手を挙げる。
「これって、もしかして……ファーディアの語りが延長したりするのかな?」
天城の予想は外れてはいなかった。
その後、十時間。ファーディアの声は絶えなかったという。
因みに、かなりまったりと物語も執筆もやってまいります。