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ゲイボルク・25

 甘味処『ぱぱいあ』の店先で天城と団子を頬張っていたヒガンは、町の復旧作業を眺めていた。彦が多くの盗賊を引き受けたお陰か、町への被害はあまり出ていない。精々建物が壊されたくらいである。

 ヒガンは運ばれていき木材を目で追っていたが、ふと町中を歩く一人の男を見つけた。

「おぉい、ファーディア!」

 ヒガンの声にファーディアが気付くと、歩く方向をヒガンへと向ける。

「ただいまです」

「おう、お帰り。今着いたのか?」

「いいえ。その前に八丈軍の屋敷に寄ってました。丁度ヒガンたちを探していたところなのですよ。――しかし、少し歩き回ってましたが……」ファーディアは周りを見やる。「ヒガンの言ったとおり、事は終わった後なのですね」

「残念だったな。お前の出番はなしだ。情報収集だけで終わっちまったな」

「えぇ、そのようで」

 ファーディアは笑って答えた。だが、そんなファーディアの様子をじっと見ていた天城が声を掛ける。

「あんた、なんかやつれてない? 故郷に帰れたなら、普通は元気になってると思うのだけど」

「そうか? んーどれどれ」ヒガンがファーディアの顔をじっくりと見る。「確かに、ちょいと痩せたような……」

「気のせいですよ。それよりもこれからのことを検討しないといけませんね」

 ファーディアはヒガンの顔を押しのけて言う。

「これからのこと?」

 ヒガンが首を傾げると、天城が言う。

「つまり次は何処に行くか、てことでしょ」

「あぁ、そういうこと。そうだなー。エーリンはこの盗賊の一件で、暫くは落ち着きそうだし、次の稼ぎ場所を探すべきか」

「なら、トレントを推薦!」

 天城が挙手して発言するのを、ヒガンは冷ややかな目で見る。

「なんでお前が意見するのだ?」

「当たり前でしょ?」

「なんで当たり前になるのだよ?」

 するとファーディアがヒガンの肩を叩く。

「まぁまぁ、ヒガン。仲間の意見を聞くのも重要ですよ」

「仲間って……なんだ?」

「哲学的な問いですね。――まぁ、冗談はやめましょう。いいですか、ヒガン。その言葉通りですよ。仲間です。天城嬢はこれから私たちと一緒に旅に出ますから」

「…………はい?」

 ヒガンの首が傾げすぎて遂に直角になる。

「あれ? あんた聞いてなかったの?」

「いやいや聞いてない聞いてない。てか、本当?」

 ヒガンはファーディアを見ると、ファーディアはこくりと頷き「あと、これも」と文字の書かれた紙を数枚手渡す。

「ん、なんだ? ……契約書? いや、領収書? あぁ、納品書……って、バンプ・ナイトの納品書?」

「そうですよ。取り敢えず、その一枚目の紙がバンプ・ナイトの買取証明書でもあります」

「買取って、あれ? んん? ――あー!? 俺のルコルパーン売ったのか!?」

 ヒガンが目が飛び出るほど見開く。そして、天城へと顔を向けた。

「おいおい、あれってお前が修理中だったんじゃなかったのかよ!?」

「そうだったよ」

「そうだった、て過去形かよ!? どうすんだよ! 俺の商売道具! なんで売ったぁ!?」

「だって、バンプウェルズの修理費が……」

「だからって人様のもの売るかぁ!?」

「なによ! あんたが壊したんじゃない!」

「まぁまぁ二人共」

 ファーディアが二人の間に入り、宥める。しかしヒガンの怒りは収まらない。

「ファーディアもファーディアだ! なんで受け入れてる!?」

 するとファーディアは「これが一番貴方の為になると思ったのですが」と言いながら、ヒガンの手元から一枚の紙を抜き取り、ヒガンの眼前に押し付ける。

「因みにそれが新しいバンプ・ナイトの納品書です」

「え? 新しいの買ったの?」

「そうですよ。そろそろヒガンのルコルパーンは限界でしたからね」

「おおおおおおおっ!」

 ヒガンの目が輝き、口が雄叫びを上げるが、すぐに「おっ?」と顔を顰めることになる。

「おい、待て。これってバンプウェルズの納品書じゃねぇか!?」

「そうよ。だからあんたのルコルパーンを売って修理費に充てたのじゃない。あっ、因みに修理費だけで消えるから、本体の購入費はまだ未払いだからね」

「なんだと?」

 ヒガンの顔は再びファーディアへ。

「仕方ないのですよ、ヒガン。これが最善だったのです。楓様が、天城嬢の専属技師としての同行とそのバンプウェルズ買うことを認めてたなら、ルコルパーンの買取金額とバンプウェルズの代金の一部を払ってくれる、と。これが一番お金の負担が少ないのです。天城嬢が同行するとなれば、その分修理費の人手分もなくなるわけですので」

「……し、仕方ないのか……」

「因みに、バンプウェルズの代金はヒガンにつけておきました」

「納得出来ねぇ!」

 ヒガンは紙を地面へと叩きつける。

 しかしファーディアと天城は無視をする。

「でさ、やっぱトレントがいいと思うのよ。確かエーリンと同じで鬼の被害が多いわけでしょ? それにあそこのバンプ・ナイトも特殊でね。トレントは魔術が盛んだから、バンプ・ナイトも魔術を使う仕様になってると聞くわ。技師としては放っておけないでしょ」

「確かに、トレントもいい稼ぎ場かもしれません。それに私もそのバンプ・ナイトに興味がありますしね」

「なら、やっぱりトレントでいいんじゃない?」

「ですね」

「待て待て! 俺を置いてけぼりにするな! 頼むからさ!?」

 こうして次の行き先が決まる。



 ●



 機人の村の復旧に目処が立ってから数日後、ヒガンたちはトレントに向かって旅立った。

 しかし、その見送りに彦・麻呂と八丈軍・楓の姿はない。

 二人は八丈軍の屋敷の縁側に座り、緑茶を飲んでいた。

「もうそろそろ出発したころかねぇ?」

「多分そうだろな。楓のばあちゃん、見送りに行かなくて良かったのか? 大事な孫だろ」

「其処まで過保護じゃないよ。あの子は新米とはいえ技師として出て往くんだ」

 楓はことり、と茶飲みを置く。彦はその様子を見ながら呟いた。

「どちらかというと――、後ろめたいんじゃないか?」

「…………さてね」

「俺は後ろめたいね。あいつが成長していく度に、そう思う」

「そうかい」

「天城には、もうあれを打ったのか?」

 彦が何気なく訊くと、楓はぴくり、とその手を震わせる。

「結構前にね……。魔術の安定もしておったし、何より女の身体だからね。成長も早い。既に耐えられる身体にはなってたよ」

「そうか、ということは、天城は既に引き返せないとこまで来てしまったわけだ……。ヒガンと一緒に往かせるにはいい時期だったかもしれんな」

「………」

「因みに、ヒガンはまだ、だ。身体が完成してない」

「そうかい……」

「………」

 彦は緑茶を飲み切る。よく見れば、茶飲みを持つ手が震えている。楓がそれを横目で見ていた。

「彦坊やにも悪い事したねぇ」

「あんたが謝る必要ないさ。――でも、俺たちは間違いなく望んだ死に方は出来ないだろうよ」

「あたしゃ、それでもいいね。ただ、あの子に恨まれるのはきついねぇ……」

 楓は空を仰ぐ。少し曇り気味な天候だ。彦も楓に倣った。

「俺もだよ……弟子にも天城にも恨まれるのはきつい……」



 ●



「いつっ!?」

 ギャリーのコンテナに天城の声が響いた。

「おい、大丈夫か?」

 同じくコンテナに居たヒガンが天城へと駆け寄る。

 天城は工具箱の前で右手の人差し指を押さえていた。

「う、うん。大丈夫。ただちょっと挟んだだけだから……」

 天城はヒガンから目を逸らした。その様子にヒガンは眉を上げる。

「ほれ、指見せろよ。手当てしてやる」

 ヒガンがそう言うと、天城が慌てたように首を力強く横に振る。

「ううん! 大丈夫! 大丈夫だから!!」

「んなわけあるか、俺のとこまで声が聞こえたんだ」

 とヒガンは無理矢理、天城の手を掴み、押さえていた人差し指を見る。

「あっ……」

「あれ? 何の傷もないな……。腫れてもいない」

 ヒガンは首を傾げる。

「もう、だから大丈夫って言ったじゃない!」

 天城はヒガンの手を跳ね除け、自分の人差し指を守るように胸の前に持っていく。

「いやいや、お前が大げさだったから心配だっただけだよ。――それにほら、指は大事じゃないか」

「そりゃ、技師にとってはかなり大事だけどさ……」

「まぁ、心配して損はないってことで。あと、お前って結構手が綺麗じゃないか」

「そ、そう?」

 天城は自分の手を翳し見る。

「俺は結構好きだがな、そういう手は」

「え?」

 天城はどきり、と肩を震わせ顔をほんのりと紅くする。

「やっぱ、男ばかりってか、知り合いとか、殆どのやつは手がごつくてさ。そういう手はなんか新鮮なんだ」

 ヒガンはそう言って、天城を後にする。

「………」

 天城は呆然とヒガンの後姿を眺めるだけだった。

 ギャリーはトレントへと向かう。


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