ゲイボルク・24
「よくぞ戻った」
エーリン首都ベルファスト。王宮、謁見の間。
玉座に座るバイブ・カハの見下ろす言葉を、ファーディアはただ目を瞑って聞いた。カハは続けて言う。
「よき経験は積めたか?」
「………」
「ミカエルは生贄として上質であったか? 美味しかったか?」
「………」
「祖母の仇を取れて嬉しいか?」
「………」
「……ふん」
無言というファーディアの対応に、カハは表情にあからさまな不機嫌を表した。しかし、何かを思いつき、妖艶な笑みを浮かべる。
「そうだ、ファーディアよ。ヒュラ家は如何にしようかのう?」
「………」
「当主であるアンナ・ヒュラが死んだとなれば、次に継ぐのは彼女の子息であるわけだが――ここはどうだろう? あやつを呼び戻して――」
「それはなりません」
ファーディアが感情のない声で言った。だが、ファーディアが反応を返した事実にカハはほくそ笑む。
「肉親は巻き込みたくはないか! そうだろう。その為に自分がAシステムの生贄になったのだからな!」
「………」
「はっはっ、ならばお前が継ぐか? のう、ラーラ・ヒュラよ」
「その名を持つ者は既に居ません。それは貴方様もよくおわかりのはず。――ラーラという少年は愚かな女性と共に――」
「もうよい!」
次にカハがファーディアの言葉を止めた。藪を突き蛇を出した、と苦々しく手に持った扇子を畳む。そして「下がれ」と一命して、ファーディアは謁見の間から姿を消した。
しかし、
「可哀相な私……」
ファーディアと入れ替わるかのように、彼の居た場所に一人の少女が居た。王宮次官の服を纏った緑髪の少女――モリガンである。
「貴様!」
カハが忌々しくモリガンを睨みつけた。代わってモリガンの表情は涼風を受けたかのように穏やかで、カハを見詰め返していた。
この二人。よく似ている。
カハは三十を迎えた歳。モリガンはまだ十七の歳である。歳の差はあれど、その二人の姿形は奇妙な程よく似ている。
「可哀相な私」
モリガンがもう一度言う。
「何が可哀相であるか!?」
カハが玉座から立ち上がり、問う。するとモリガンはそっと自分の胸に手を当てた。
「愛しているのですね、ファーディア様を……」
「何を言うか。私に愛という感情はない! 全てお前にやった!」
「その通りです」モリガンは頷く。「私は貴方から愛を分離させた存在。王になる者が、Aシステムの生贄に恋をしてしまったから生まれた存在。分離させられた存在」
「ならば、私に愛はない!」
モリガンは首を横に振る。
「ファーディア様への愛という塊である私だからこそわかる。愛は生まれるものであり、基からあった唯一無二ではないのです」
「だからなんだと言うのだ!」
「わかりませんか? そうでしょう。貴方にはそれを理解するための比較要素がないのですから。ですが、自身の胸に手を当てて感じるといいでしょう。ファーディア様のことを」
「貴様の言い分ではまるで私がファーディアに好意を持っているようではないか!」
カハの言葉にモリガンは「違いますか?」と言う。
「なら、何故ファーディア様に辛く当たられますか? 憎いですか?」
「憎い? はっ!」カハは鼻で笑う。「国の主たる私が感情で行動するというのか! 有り得ん! 仮に憎いとするならば、臣民を脅かす鬼が憎いだけだ!」
すると、モリガンはまた首を横へと振った。
「やはり可哀相な私。貴方の辛く当たる行為というのは、傍から見れば苛めなのです。そしてそれはとてもとても初歩的な求愛行動」
「なっ!」
「貴方はいつか理解するかもしれません。しかし、出来ないかもしれません。ですが、これだけは言っておきましょう。――貴方の愛は私です。私だけのものです。そして私はファーディア様のもの。例え、貴方がファーディア様を好きになろうとも、渡しはしない」
モリガンは背を向けると、謁見の間を出ようとする。
「待て、モリガン! 言うだけ言って出て行く気か!」
モリガンは足を止め、振り返る。
「私はただファーディア様を苛める貴方に牽制を入れにきただけです。――ですが、そうですね……。もう少し言っておきましょうか」
モリガンはその目端を尖らせ、カハを睨みつける。そして言った。
「私はカンムリと同化し、ゲイボルクとなったファーディア様と共に生きます。貴方は年老いて朽ちるがいい」
●
「女性は怖い……」
ファーディアは言う。
入れ違いとなったモリガンが気になり、扉の前で聞き耳を立てていたのだ。
「……そうですね」
と、ファーディアと同じく扉に耳を引っ付けていた扉の衛兵が頷いた。ファーディアはその衛兵に言う。
「いいですか。惚れたはったでの問題はよく考えて慎重に行動したほうがいいですよ。――でなければ私のようになります」
「……ファーディア様。それはもう遅いです……」
衛兵が苦い顔をした。
「貴方もですか……」
「はい……」
二人して肩を落とすことになった。
●
ミカエル・ヨハネスク。彼によって生死を彷徨った男が居る。機人の村でミカエルに突っかかった新米の機士だ。
新米の機士は治療装置から上半身を起こし、右手を開いたり閉じたりする。
そして、新米の機士は治療装置に座る者――彦・麻呂へと返答する。
「情けなさで精一杯ですよ」
「新米らしい言葉だ。マジ泣きは今のうちにしとくほうがいい」
彦は言う。
「取り敢えず、体は繋がったから町の復旧作業くらいは――」
新米の機士が立ち上がろうとすると、彦が「無理だな」と首を振った。
「見た目的には傷が塞がってるが、完全じゃない。治療したてなんだ。中身がついてこれん」
「……ほんと、情けない……」
新米の機士がかなりの気落ちを含んで肩を落とす様を彦はどうしたものか、と頭を掻く。
―――若い芽を潰すわけにもいかんよなー。あぁ、面倒だ。
「まぁ、あれだ。自信を持て。格上な相手から生き延びたんだ。――その、うん。曲線衝撃波を防いだ。いい勘してるさ。それに回復力も高い。まさか一日で起き上がれるようになるとはな。先祖に感謝しておけよ。それは間違いなく受け継がれてきた機士の体質だ」
「しかし、腕を吹っ飛ばされて、無様に何も出来ませんでした」
「だから仕方ねぇってよ。あぁ、もう! 今は悔いるよりも生きていた喜びを持て!」
彦は投げやりに言葉を放つと、「むぎゃぁぁぁ!!」部屋の外から甲高い少女の声が聞こえてきた。
「……彦さん、あれは何で?」
新米の機士が目をきょとん、とさせて問う。
「連れだよ。大方、俺のバンプ・ナイトを見て叫んでる技師が居るんだ。あいつもまだまだ若い。自分との技量差は認めるしかないからな」
「はぁ……」
今、彦と新米の機士が居るのは彦のギャリーの中だ。彦は治療装置で眠っていた新米の機士を機人の村にある病院へと移したかったが、如何せん、負傷者も多く出ているため難しかった。
部屋の外から聞こえる声は音量を上げ、更には物を投げる音さえも聞こえてくる。
「おい、やめろ! 俺に当たるな!?」
少年の声が聞こえた。どうやら物を投げられている相手はその少年らしい。
「うるさいうるさい! この悔しさがあんたにわかるもんですか!!」
「わかる! わかるからさ! 本当に勘弁してくれよ、天城!」
「ヒガンなんかにわかるもんですか!」
「即否定するなよ!?」
「技師じゃないくせに!」
「技師じゃなくてもわかるって――くぼぉっはぁっ!?」
少年の頭に重たい物が当たった、と新米の機士は予想し、彦へと顔を向ける。
「いいのですか?」
「何が?」
「此処は彦さんのギャリーなのですから、そこで暴れられては……」
「まぁ、俺は火中の栗を拾うことはしたくない。てか、あれだな。お前もあんな風になればいい」
「あんな風に、とは?」
「あの少女のように、自分がまだまだだ、って知ってああいう風に悔しがることだ」
「はぁ……」
「あの少女は技師だ。新米のな。それが最高の技師が造ったと想われるバンプ・ナイトを見たら、そりゃ嫌でも自分のレベルを知るさ。ただし、その後だ。悔しさを力に、なんて青春臭い言葉かもしれんが、あの少女は伸びる。いい技師になる」
「つまりに自分にも伸びろ、と?」
「そういうことだ。――よっこらしょ!」彦は教え子へと向けるような優しい笑みを浮かべ、立ち上がる。「当分は俺の弟子も此処に残るだろうから、その間、一緒に稽古してやる」
「へ?」
「お前への稽古だよ。結構褒めているのだ。やっぱいい筋してるからな」
「!? そんな、剣一位の指導を自分なんかに……」
「謙遜するな。まぁ、その代わりと言っては何だが、ちょっちお願いがある」
「は、はぁ……、お願いですか」
「あぁ」彦は頷き、部屋の外、未だに騒ぎ続ける少年と少女に顔を向ける。「いつかあいつらの力になってやって欲しい」
「彼らの?」
「俺なりの贖罪なんだ」
抱えきれない程の引け目。
彦は一瞬だけ、それを内包する哀しい顔を見せた。
最近は、湿った暑さで頭が茹で上がっています。
頭が働かない……。
いったい私は何を書いているのだろうか。