ゲイボルク・フラグメント・1
バイブ・カハの記録
日記を書き始めて十年が経ちました。
昔の内容を読むと、照れてしまう。恥ずかしいというべきなのでしょうか?
今日は私が生まれて十八度目の誕生日です。
しかし、どうも私は自分の誕生日を祝う気分にはなりません。
今日も今日とて、王位を継ぐ話だけを延々と聞かされたのですもの。もう耳にたこができそう!
でも、少し気分がいいです。
それというものも、パーティーでアンナ様とお話が出来たからかもしれません。
彼女はとても気さくな方だと思います。エーリンでは古い武門の家系であるヒュラ家だからでしょうか? 王族に対して物怖じもしません。
アンナ様からお孫さんの話を聞きました。余程可愛いのでしょうか? 聞いている私でさえ、そのお孫さんのことが気になって仕方がありません。
どんな子なのだろう? 今は五歳になると聞きましたが。
今日はヒュラ家へと招かれました。
でも私には気になることがあります。
最近、お父様はヒュラの名を聞く度に、どこか憂いた顔をするのです。まるでヒュラ家に引け目を感じているような……。何かあるのでしょうか?
それは兎も角、可愛い男子に会いました。
アンナ様のお孫さんです。
話は前々から聞いていましたが、なんだかんだで、一年でようやく会えました。
名前はラーラ・ヒュラというそうです。
しかし見た目とは裏腹にしっかりとした男の子です。本当に六歳なのでしょうか? どこか達観していて子供とは思えない程です。なにか途中から同世代の男子と話している気分。
最近はヒュラ家へと赴くことが多くなりました。
お目当てはあの男の子。
ラーラはよく読書を嗜んでいるようです。ですが、アンナ様の話によれば、剣の腕もなかなかとのこと。やはり血なのでしょうか?
ラーラの話はとても面白い。伊達に本は読んでいないようで、その知識の膨大さに驚く程です。私の知らないことまで知ってるとなると。王となる私の資質に危機感を覚えます。
ラーラの話では特に物語が面白い! 子供の頃に読んでもらった絵本を思い出します。
二十歳になりました。
お父様はまだまだ元気で、私が王の冠を頂くのはまだ先な気がします。
今日はラーラからプレゼントを貰いました。
本です。
何故、本なのか? と訊けば、私が楽しそうにラーラの物語を聞いているからだそうです。
この本はラーラのお気に入りの物語が入っている本らしいです。
寝る前にこれを読むのが日課となりそうな予感がします。
子供の成長は早いと思う。
ラーラは日に日にその背を伸ばし、既にその頭は私の顎下まであります。
別に私自身そんな背は低くないとは思うのだけど……あと数年もしたら抜かされる?
ラーラの成長は異常!
なに、あの大人は!! 子供なのに悔しい!!
あの子ったら、「すぐに追い越しますよ」なんて余裕顔をするのよ!
取り敢えず、今日から星に向かってあの子の背が縮むように願ってやる!
突然のことに私は驚きを隠せません。
アンナ様が遊撃キャラバンを作ると言い出したのです。
理由を聞いても、誰も教えてくれません。ただアンナ様は自分に出来ることをやる、とおっしゃってました。
ラーラは理由を知っているようで、なにか暗い顔をしています。
ラーラが九歳になった。
そして私は二十二歳。
ラーラはアンナ様が出て行かれてから、その成長を更に早くしたように思います。最早、あの子を見ても子供とはいえません。そういえない雰囲気を出しているのです。
どきりとした。
やばいやばいやばい! 私はどうかしてる!
一日置いて、やっと平常心になりました。
もう宮殿の皆には迷惑を掛けてばかり。花瓶を壊したり、転んだり、フォークを手に刺したり。
実は昨日もヒュラ家にお邪魔していました。そしてラーラと話をしていました。
私が宮殿の中での人間関係の話をしていた時、ふいにラーラが言ったのです。
「私は好きですよ。貴方のことが」
駄目だ。筆が震えてる。
取り敢えず、もう何がなんだかわからない。
頭の中がぐるぐると回る。
あぁ、まだ休まないとちゃんと考えられないわ。
私はショタコンなのかもしれない。
いやいや、もうちょっと考えよう。
やっぱり恋なのかな?
今日は頭が真っ白になりそうだった。
私が本当の気持ちを確かめようと思って、ヒュラ家へと赴いたのだけど、ラーラが旅に出ると言ったのだ。
何がなんだかよくわからない。
誰も理由を話してくれない。
私はアンナ様が出て行った時のことを思い出した。
日記を読み返すと、私がラーラを意識していたことが余計にわかる。
なんということでしょうか。
恋に歳は関係ない、なんて言葉を聞いていましたが、まさか自分が体験するなんて思いもしなかった。
最近は、時間が遅く感じる。
ラーラが居ないだけでこうなのか。
お父様が倒れた。
突然のことで宮殿内が混乱に満ちている。
医師によると、そう長くはないそうです。
私の即位が決まった。
覚悟はしていた。私はそう生まれてきたのだ。
ラーラが帰ってきた。
お父様のことを聞き、急いで帰国したらしい。
ラーラは逞しくなっていた。もう三年程会っていないのだけど、見違えるほどだ。
彼を見ると胸の鼓動が収まらなかった。
二日後に私は即位する。
私は決めた。
ラーラは私の戴冠式を見た後に再び旅に出るという。最早考えている時間はない。
私が王になるからには支えてくれる者が必要なのだ。
ラーラは歳を見ればまだ十二歳だ。だけれども、彼の頭のよさは私が知っている。今後を考えると、優秀な人物になることは確かなのだ。王宮の者も反対はするだろうが、将来性を語れば目を瞑るだろう。
そして、私はラーラに告白する。
朝だ。でも日記を書こうと思う。
私にとって今日はとても重要な日になるだろう。
気合を入れるためにも、今、日記を書きたい。
よし! 行こう!!
精神安定にまる一ヶ月を要した。
私の場合、切り離した感情要素が一部だった為、その定着に時間が掛かったらしい。
恋、恋、恋。
それが私。恋の塊が私。あの人は何処?
今もまだはっきりとした自己を確立出来ていないようである。
今日から私がこの日記を引く継ぐことになりました。
もう一人の私がこの日記を毛嫌いしているからだそうです。
今日、ラーラ様がいらっしゃいました。胸が高鳴ります。
ラーラ様は私を見て「切り離した精神の影響が体に出た」と言いました。幾分か私の体はもう一人の私より幼いようです。
ラーラ様は私が安定したのを確認した為、旅に出るそうです。私は寂しいと言いましたが、ラーラ様は「大丈夫」と言いました。
何が大丈夫なのでしょうか? ラーラ様の目から涙が出ています。私も泣いていました。
ラーラ様は「ごめん」と謝ります。私も謝りました。
ラーラ様も私も何が悪かったのかわかりません。それでも泣かずにはいられませんでした。
ラーラ様は旅に出ました。私一人が見送りしました。
ラーラ様は名前を変えることにするそうです。なので私も変えることにしました。
王宮で王座を預かる私と区別する為にもこれは必要だと思います。
私はバイブ・カハの名を捨て、これからモリガンと名乗ることにしました。
そしてラーラ様はファーディア・コンラと名乗ることになりました。