ゲイボルク・22
緑深紀が始まる数年前、鬼と人との大きな決戦があった。
大和防衛戦である。
破邪の力を持つ大和家を滅ぼさんと鬼の群れが集い、また人は希望である大和家を守るために集まった。
その戦いの中、今後人類の主力となるバンプ・ナイトが生まれる。
ゲイボルクとスカアハである。
ゲイボルクタイプと一括される盾の騎士。本来、その盾は人類を――大和家を守る為の盾であった。
また、この二騎の内、ゲイボルクは後に語り継がれるほどの戦果を上げる。
ゲイボルクの一振りで数万の小型の鬼が吹き飛び、一突きで数十の大型の鬼が屠られた。
ゲイボルクが居なければ、人は滅亡していたとさえ謂われる。
後にこのゲイボルクがバンプ・ナイトの雛形となったのも必然だった。
しかし、ある一つ――ゲイボルクの強さの秘訣である技術だけは、当時の技師達、各国の王族に秘匿され、バンプ・ナイトに流用されることはなく、いつしか王族にだけ伝えられるものとなる。
A・システム。
孤独を冠するそのシステムは非人道的である。
バンプ・ナイトとその操縦者である機士の間はエーテルとプログラムで繋がれている。そのプログラムという機械的な要素を挟む結果、バンプ・ナイトの動きは機士の動きを確実に再現する事は不可能で、柔軟性、反応速度、その他の動きに制限が掛かってしまう。
A・システムとはその制限を取り払うものだった。
ただ発想としては至極簡単で、プログラムを人と最も近いとされるものに代用することで、人に近ければそれだけ機士の動きも再現できるだろう、というものである。
人に近いもの――つまりは人そのものだ。
A・システムとはバンプ・ナイトに人を組み込むことで、その組み込まれた人を介して、バンプ・ナイトと機士を繋ぐシステムである。
ゲイボルクにはクーフーリンと呼ばれた人間を。スカアハにはゲイボルクの師であったスカアハと呼ばれる人間を。
この二人は、当時数々の武勇を持ったエーリンの騎士であった。
そのような者たちをA・システムに利用する事により、予想以上の性能を引き出すことになる。
普通の人間を使うよりも、達人の域にまで達したものを使ったほうがそのものの知識反映され、より強いバンプ・ナイトを生み出すのだ。
ただ、当時の技師と王家はそのシステムを使うのに抵抗を覚え、その胸の内に秘めることにした。
それにプレエデンという組織が、このシステムの使用に断固反対した事実もあった。
さて、このA・システムには一つの欠陥がある。
それは人間を組み込んだことにより寿命があることだ。
故にゲイボルクとスカアハは次第にその能力を落としていった。
幸いなのは、人の身体を持っていない故、精神的な寿命であり、人の寿命である百年よりも長かったことである。
欠陥に気付いたのは緑深紀210年。東照の日没が起きた年であり、スカアハが破壊された年でもある。
その時、A・システムに使われた人間の老化が確認された。
そして残ったゲイボルクは表舞台に姿を現すことはなく、エーリンによって大事に扱われることになった。
しかしそれもただの延命措置であり、緑深紀400年には余命幾許かの状態になる。
ゲイボルクの損失はエーリンの戦力を失う意外にも、今生きている人の希望を消すことにもなってしまう。
エーリンの皇帝はゲイボルクのA・システムに新しい人間を組み込むことを決断することになった。
苦渋の決断であり、当時のエーリンの皇帝もその心労で寿命を縮めたとされる。
しかし、新しい生贄を差し出すのを決定したものも、一体誰を差し出すか悩むことになる。
それなりに腕の立つ者でなければ、A・システムに組み込んでも意味はないからだ。
協議の結果。
その生贄を育てることにした。
今後、機士の名門に生まれてくる赤子に教育を施し、生贄として相応しいものにするのだ。
まるで豚を高級な飼料で肥え太らせるような行為である。
数年後、生贄となる赤子が決まった。名前をラーラという。
エーリンの皇帝はラーラをクーフーリン候補のセタンタとし、また防人の名門とされるエーリンのヒュラ一族で育てられた。
ラーラは十の歳になる前にクーフーリンの銘を与えられることになる。それだけラーラの素養が高かったのだ。
その事実にエーリンの皇帝は素直に喜ぶことは出来ない。罪悪感に苛まれたからだ。
エーリンの皇帝は罪滅ぼしとしてか、見聞を広めるという名目で、ラーラを旅に出し、自由を与えた。これはラーラからの願いであった。
そして、もう一つ。エーリンの皇帝は罪を犯していた。
豚に食べさせる飼料もまた育てていたのだ。
生贄の生贄である。
良質な機士とバンプ・ナイトを用意し、それをラーラと戦わせることでラーラの技量を高め戦いの経験を積ませる。
そして、その生贄の生贄の中には、エーリン軍で頭角を現し始め、まだ若かったミカエル・ヨハネスクと次世代量産機の試作機であるショート・ホガーズもあった――。
●
「――つまり、ゲイボルクとショート・ホガーズの戦いは既に決められたことだったんだよ。――まぁ、ミカエルは気に食わなかったらしいな。盗賊として暴れに暴れて、ついでに関係者だったヒュラ一族のアンナ・ヒュラまで殺した」
彦はそこで話を止めた。
未だ、ゲイボルクとショート・ホガーズが槍を交わす音が聴こえている。ゲイボルクに乗るもの――ラーラという豚は飼料を食べている最中だ。
「………」
天城の顔から血の気が引いており、ただ絶句していた。
そしてヒガンは拳を握り、小刻みに震わせている。
「ふ、ふざけるな!!」
遂に我慢の限界が来て、ヒガンは彦へと拳を振るう。
「ふざけていない」
彦はヒガンの拳を易々と片手で受け止めた。
「!?」
「ふざけてはいない」彦はもう一度言う。「皆、必死なんだ」
「――っ! だけど、そんなことが許されるわけがないじゃないか!!」
ヒガンは食い下がらず彦の顔を見る。彦は真顔であった。
「じゃあ訊くが、お前はもっといい案を出せるのか?」
「それは――」
「それとも大和の加護もない、鬼の恐怖に怯えるこの時代。ゲイボルクという希望を人から取り上げる気か?」
「………」
「またまた、お前がゲイボルクが要らないと謂わしめる程、人を守るか? もしそうなら、俺がふざけるな、と言ってやろう」
「しかしっ!」
「しかし、じゃねぇよ。今のお前じゃ何も出来ない。ただ此処で批判の声を出すだけだ」
「………」
彦の言葉に、ヒガンがぎりりと歯を食い縛る。何も言い返せない自分に無力だと実感させられる。
「俺は出来なかったよ……」
ふと、彦がヒガンの拳を開放し、大きな溜息を吐く。己に向かっての失望の溜息だ。
「……彦、先生?」
「俺には見守ることしか出来ない。俺がゲイボルクの代わりを務めることなんて出来やしない。例え剣一位だろうと、この二つの手で守れる範囲は高が知れてる。ゲイボルクのような人の拠り掛かれる象徴になれはしない」
「………」
ヒガンはいつもは大きく見える彦の肩が小さく見えた。次に自分は何を言うのか思いつかない。
槍がぶつかり合う甲高く、そして重圧な音が響く。
……ゲイボルクの食事は終わりつつあった。