ゲイボルク・21
「彦さんのなんでも質問コーナー。彦先生が実況しながらどんな質問にも答えるぞぉ!」
突然、彦は軽い口調で言った。
「おい、場のノリを変えるな! ――今、なんて言った? ゲイボルクとか言わなかったか?」
ヒガンの突っ込みに「冗談が通じないなー」と彦は口を尖らせる。
「確かに言ったな。うん、言った。――あれがゲイボルクだ。槍のように鋭く細く、枯れ木のようにぽっきりと折れそうなほど華奢なバンプ・ナイト。間違いなくゲイボルク」
「あんなのが最古にして最強なのかよ!?」
ヒガンは僅かに草木の生えた荒野の中、S・ショート・ホガーズに囲まれるゲイボルクを指した。
「見た目で判断してはいけないぞ、ヒガン」
彦はそう指摘する。ヒガンもその通りだとは思ったが、それでも腑に落ちない。
「……そりゃそうだが、それでもあれがゲイボルクとは……。微妙だな。弱弱しく見えてしまう」
「ふぅ……。まぁ、無理もないか。叩かれたらアウト、なとこは事実だしな。それに大きい。――ショート・ホガーズなんぞの小型バンプ・ナイトとの戦闘じゃ、ちょいと分が悪い」
「それって大丈夫なのかよ?」
「今さっきのお前よりかは数倍大丈夫だ」
「………」
そう返されては、ヒガンは黙るしかなかった。
彦はヒガンの不満を無視して、ゲイボルクの足元を指す。
「ゲイボルクの足元が妙に太いだろ?」
「……まぁ、太いよ。裾が広がってる感じだ」
「あそこに大型のブースターが入ってる。あれが秘訣だ」
「秘訣って、機動力の確保か?」
「言ってみればそうだ。まぁ、いずれ……、これからわかる」
「勿体ぶるな」
「見た方がいい、てことだよ。わかれ。――おっ、盗賊から動くか」
彦の言葉通り、盗賊のS・ショート・ホガーズのうち二騎が剣を構え、ゲイボルクへと走り迫った。
すると、ゲイボルクの肩に留まっているカンムリが二騎のS・ショート・ホガーズに向けて大きく口を開いた。
「あぁ、先にカンムリが動いたかー」
彦が予想が外れた、と額を叩く。
「カンムリ?」
「あの鳥型バンプ・ナイトのことだ」
カンムリの口は周りの空気を巻きこむ。そして、
ぴゅりりりりりりりりりりりり
と大きく鳴き、口からとてつもなり風を吐き出す。渦巻き、その進路の先を全て破壊し、撥ね退ける程の勢いを持った風だ。
その風を見て、ヒガンは「さっき見た……」と言葉を呑む。
「俺とバンプウェルズを救った猛風は、あのカンムリってやつが出したのか!? しかし、あの風は――」
「曲線衝撃波だな」
彦がヒガンの言葉を先に言った。
カンムリの放った曲線衝撃波は迫ってきたS・ショート・ホガーズたちを解体させながら吹き飛ばす。
「剣技を再現したのか……」
「どっちかというと、強引に竜巻を作っただけなんだがな。――そうそう、ゲイボルクが防御面に弱いとは話したよな。あのカンムリはその保険だ。あれはゲイボルクの盾の騎士なんだよ」
彦の言葉と同時、カンムリが飛び立った。カンムリという盾が退く。それは攻撃に移ることを意味していた。
ゲイボルクがその長い槍を薙ぐ。すると線形衝撃波が生み出され、行動を起こそうとしていた他のS・ショート・ホガーズたちを真っ二つにする。
被害を免れたS・ショート・ホガーズは仲間をやられたことに慌てを見せる。
「うろたえるな!!」
ミカエルが一喝する。彼にとってゲイボルクが剣技を使えることは承知であった。
盗賊たちは落ち着きを取り戻しかけたが、それも束の間。再度攻撃に移ろうとゲイボルクへ目を向けた瞬間。
「居ない!?」
盗賊の一人が驚きの声を上げる。
さっきまでゲイボルクの居た場所には、何もなく、ただ荒野があるのみ。
盗賊たちはまた動揺を見せる。
「馬鹿野郎! 上だ!」
ミカエルの怒声が響く。
この場に居る全ての者が上を見た。
そこには槍を下へと構えたゲイボルクが存在した。
「あれが大型ブースターの意味だ」
彦が言った。
そしてヒガンは理解する。
ゲイボルクの跳躍力は他のバンプ・ナイトとは一線を画していた。それ程までゲイボルクは高く跳んでいる。機動性を重んじた軽量化、そしてその脆い防御力をカバーする方法として最も単純なことは攻撃を受けないことであり、敵から遠ざかること。ゲイボルクはその遠ざかる場所を空に選んだ。
「あとは攻撃方法だが……、既にあるな」
ヒガンの予測は当たる。
ゲイボルクは構えていた槍を下へと突く。すると、風が渦を巻きながら発生し、曲線衝撃波が放たれた。
曲線衝撃波そして線形衝撃波。これらは衝撃波である。ただ強い風を生じさせるものではなく、空間を圧迫して押し出しているのだ。風は副次的に生み出されるもの。しかし、度の越えた衝撃波は凶風を作る。
上からの迫り来る竜巻にS・ショート・ホガーズたちが散った。防御する間もなく、その躯体はバラバラになり、その破片を多く舞い上がらせ荒野へと降り注がせる。
これがゲイボルクの基本スタイルだ。
しかし、生き残った僅かなS・ショート・ホガーズたちがゲイボルクの着地を狙い剣を構える。だが……、
ぴゅうりりりりぃ
カンムリがその邪魔をする。S・ショート・ホガーズの前に舞い降り、翼を広げて威嚇した。そして、S・ショート・ホガーズが怯んだ瞬間、無事着地を果したゲイボルクによってその胴体を薙ぎ払われる。
残る敵はミカエルの乗るショート・ホガーズただ一騎になった。
「やっぱりそれくらいでなくてはな!」
ミカエルは仲間の壊滅に動じていなかった。そして言葉と共に持っていた槍をゲイボルクへと突き出す。
ぎゃん、とゲイボルクが防御に構えた槍と擦れ合い音を出す。
「次は接近戦か。――彦先生」
ヒガンが呟き、彦へと顔を向ける。
「質問コーナーだ。なんでも訊け」
彦は頷いて応えた。だからヒガンは問おうとする。
「彦先生は何故―――」
「ヒガーン!!」
ヒガンの言葉は突然の声に掻き消された。
「おお?」
彦が首を傾げ、下を見た。ヒガンもそれに倣う。
横たわるバンプウェルズの下。其処にはハッチの上に立つヒガンを見つめる少女が居た。紅い作務衣を纏った黒髪の少女だ。
「……天城、どうして此処に――……」
ヒガンは天城を見て、顔を曇らせ、バンプウェルズを見下ろした。バンプウェルズは大破、とまではいかないが、右肩が完全にお釈迦になっておりそれなりの損傷を受けている。ヒガンは天城に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。天城の罵倒を覚悟し、言葉を待つ。
しかし天城は怒るどころか「それは……」と肩を窄め言葉を躊躇う。そして、何かを決心したのか胸の前で小さく両手を握りしめ、バンプウェルズを登り始めた。ただ途中、落ちそうになるのをヒガンは手を伸ばし助ける。
「ありがと……」
「いや、いい……」ヒガンは天城の弱々しい態度に戸惑いを覚える。「――どうして此処に? 正直まだ此処は危ないのだが……」
ヒガンはゲイボルクへと横目で見る。ゲイボルクはショート・ホガーズと何合か槍を交わしていた。今はまだ遠くで戦っているが、いつこちらに戦場を移すかわからない状態だ。
「だって、居ても立っても居られなかったんだもの……。ヒガンは大丈夫なの? 怪我してない?」
天城はそう言って、ヒガンの顔や肩を優しく触る。
「お、おい……」
ヒガンは流石に天城の態度がおかしいのに耐えきれず、半歩下がって自分を触る手から逃れた。そして、天城の顔を見ると「うっ」と呻いた。
天城は涙目になっていた。
「ど、どうしたんだ……。なんで泣く!?」
「だって、だって……。うぇーん! よかったぁ~! 無事だったよぉ……」
天城は涙の堤防を崩し、その場にへたり込んだ。
「うおっ! 俺はどうすればいいんだ!?」
「――俺に助けを求めても無駄だぞ」
彦が呆れた顔でヒガンを突き放す。
そして天城は止め処なく流れる涙を拭きながら言った。
「ごめん、ごめんなさい。わたしの所為でこんなことに――わたしがちゃんとバンプウェルズを造らなかったから、ヒガンが危ないことに……」
「え……? あぁ……そういうことか……」
ヒガンは天城の言葉で、彼女の内心を知ると自分の情けなさに肩を落とした。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
まだ泣き止まない天城の頭にヒガンは手を置いた。そして、その手から伝わる感触からあることに気づく。
―――女の子ってこんなに小さいものなのか……。
更に自分が情けないと思った。
「天城が謝る必要なんて、どこにもない。俺の意思で乗って、戦ったんだ。責任は全て俺にある。――頭を下げるのは俺の方だ。すまない……。お前の大事なバンプ・ナイトで無様に戦った挙句、壊してしまった……」
ヒガンはもう一度「すまない」と繰り返した。
「でも、でも……!」
「ヒガンの言うとおりだ。天城」
彦が天城の発言を止めた。
「彦さん……」
「天城。機士ってのは、バンプ・ナイトと一心同体なんだ。勝った負けた。殺した殺された。これらは全て戦った機士の責任だ。そしてヒガンは負けた。それはヒガンの腕が足りなかったからだ。――あと、お前も技師になるなら覚悟をしていただろう? バンプ・ナイトは鬼も殺せば人も殺す。逆もまた然り。お前の造っているものは兵器なんだ。死を運ぶものを造ってるのに泣いちゃいけない。過去と未来と現在の技師たちに失礼だ」
「……うぐっ……ごめんなさい……」
「謝っても駄目だ」
彦がそう言い捨てると、天城はただ黙って涙を拭き、立ち上がった。もう泣いてはいない。
―――すごいな……。
ヒガンは天城を涙を止めた彦に引け目を感じた。
―――俺は謝り返しただけだったのに……。
人としての差を見せ付けられる。年の功といえば一言で済むのかもしれない。しかしそれでも自分よりも上に居る。そう感じないわけにはいかなかった。
そしてもう一つ。改めて自分の剣としての技量が甘いことを彦に指摘されたのがショックだった。
彦は気落ちするヒガンを見て「ふっ」と微笑を浮かべる。
「ヒガン。それよりも今はゲイボルクの戦いを見ろ。――天城もだ」
すると天城が「え?」と間抜けな声を出す。
「ゲイボル……ク? え……、どこ!? どこどこ!?」
「おお、さすが技師。レアものとあれば、食いつきがいいな。ヒガンも見習え」
今度は豪快に笑う彦に、ヒガンはバツが悪い顔をする。
「……わかってるよ」
ヒガンはゲイボルクへと目を向ける。
「あれ? うーん?」
天城が首を傾げた。
「どうしたんだ?」
ヒガンが問うと、天城はゲイボルクを指す。
「上手く見えない……」
その言葉にヒガンは「あぁ……」と頷く。
「そうだよな。天城は技師なだけで、動体視力なんかは一般人と同じだもんな」
ヒガンはゲイボルクを見る。その目はゲイボルクの動きは捉えていたが、天城はそうではない。彼女の目にはコマが飛び飛びになった映像を見ているかのように、ゲイボルクが消えたり映ったりしているのだ。
機士と一般人との差である。
「でも、おかしいわよ。バンプウェルズの戦いはちゃんと見れたもの」
「そりゃ、俺が動作にワンクッション入れてたからだな。でもバンプ・ナイト自体、機士の動きをトレースするから、普通は見れないで当たり前……って、そうか天城は機士の動きを知らないのか……」
「うーん。確かに機士の戦いはちゃんと見たことないかも……。あっ、でもヒガンがわたしに絡んだ奴らをおっぱらった時と、町の中でミカエルとメンチ切ってる時に――」
「でも、俺の腕とか見えなかったろ?」
「あーそういえばそうかも」
天城は目を極限まで細めて、ゲイボルクを捉えようとする。
―――多分、ショート・ホガーズもちゃんと見えないのだろうな。
ヒガンも再びゲイボルクの戦いへと目を戻す。
ゲイボルクとショート・ホガーズは、時に砂を舞い上げ、時にエーテルの粒子を散らしながら幾合にも亘って互いの槍を交わす。
ゲイボルクは攻撃を受けてはいない。全て捌いていた。逆にショート・ホガーズの装甲は少しずつ削られている。ゲイボルクが優勢なのはすぐにわかった。
しかし、ヒガンはその戦いに不満を持つ。それは彦に対しても、だ。
「彦先生――」
ヒガンは彦に問う。だが、
「あーーーーーっ!?」
天城の叫びに掻き消されてしまった。
「………」
「え、なに? なんでヒガンはわたしをジト目で見るの?」
ヒガンの視線に天城は首を傾げる。ヒガンはゆっくりと首を横に振った。
「いや、いいんだ……。また邪魔された、とか思ってないから……。で、なんで叫んだ?」
「そんな情けない顔で言われても説得力ないんだけど……。まぁ、いっか。――それでね。気づいたのだけど、ゲイボルクってやっぱエーリンの機体だな、て思うの」
「なにをいきなり――」
「だって、ゲイボルクの足を見てみなさいよ。わたしはよく見えないけど、あの膨らみって、多分ブースターを仕込んでいるはずだわ。強引だけどあれで機動力を確保しているのね。――それで、実はこの設計ってルコルパーンにも継承されてるのよ。ルコルパーンはエーリンが開発した量産機だけど、その踵部分がゲイボルクほど大型じゃないけどブースターになってるの。だからエーリンの特色を備えてるなーって」
「流石、技師。そういうところを見るんだ」
「当たり前よ。――でも、ちゃんと戦い方にも気をつけてるわよ」
「ほぅ、じゃあ何か気づいたことは?」
ヒガンが問うと、天城は少し「うーん」と悩む。
「最強って謳われる割には弱い……、かな? ――って、なんで意外そうな顔をするのよ!?」
「あっ、いや……。俺も同じ事を思っててな。それを彦先生に訊こうと……」
ヒガンは彦へと顔を向けた。彦は待っていた、とばかりの笑みを浮かべ、ヒガンと天城を見ていた。
「いやはや、そういう問いを待ってたんだよな」
彦は満足そうに何度も頷く。
「ちょっと、なんで彦さんに訊くわけ? 彦さんだってなんでも知ってるわけじゃ――」
「知ってるよ」ヒガンが天城の発言を否定する。「天城が来る前にしたり顔で喋ってたんだ。それに――」
ヒガンはゲイボルクの頭上――空を見る。其処にはカンムリが旋回していた。
「それに?」
天城もカンムリを見上げ、首を傾げる。
ヒガンは眉を顰め、彦へと顔を戻す。
「それに――、カンムリというバンプ・ナイトを知ってるんだ。おかしいよな? これって。幾ら彦先生がエーリンの名誉機士だからって、なんで知ってるんだ? ゲイボルクには昔から鳥型のバンプ・ナイトが一緒だった、とかそんな話は聞いたことがない。多分、最近造られたんだ。これって普通軍事機密だよな? どうなんだ、彦先生?」
ヒガンの追求する目に彦は物怖じもせず笑みを浮かべた。
「俺が名誉機士だって教えてないはずだがな。ヒガンをおちょくるネタが一つなくなったか……、まぁいいや。でもヒガン。それだけの根拠で俺を追い詰めるのは無理だ。俺は軍事顧問も兼ねてる。ゲイボルクのことを教えて貰ってる可能性はあるんだがな? ――それにそんな役を貰っているのは、もしかして俺が先代クーフーリンな可能性もあるわけで――」
「はぁ!? あんたが先代クーフーリン!?」
ヒガンが大口を開け、驚いた。
「うそ!? わたしの予想が当たった!?」
天城も反応した。しかし彦は首を横に振った。
「いいや、違うよ。ただの冗談だ」
「………」
「………」
「そう睨むなよ……。でも、まぁ、ゲイボルクについてもあのカンムリについても、よーく知ってるよ。あのカンムリを起動させるのには俺の承認が必要だしな。意外に権限貰ってたりするんだよな、俺。軍事顧問といっても剣の指導だけだが、剣一位というのが重要だった。エーリンは剣一位というブランドが欲しかったんだろうなー」
彦は最後の言葉を惚けながら言った。
「で、それだけじゃないだろ?」
ヒガンは納得しない。逆に更に凄んだ目で彦を見た。
「それだけとはなんだ?」
しかし彦は気にしていない。
「与えられた権限の話だよ。正直、今回の件はおかしすぎる。ただ単に盗賊が暴れているだけかと思った。でも、違う。――あんたはあのショート・ホガーズを知ってるだろ?」
「どうしてそんなことを訊く?」
「確認だ。俺はあんたがショート・ホガーズ開発に関わっていることを知っている」
ヒガンの言葉に彦は眉を顰めた。
「なんで知ってんだ?」
「天城が持ってた資料にあった。天城はプログラムにしか興味がなかったから気付いてなかったが、設計の方であんたの名前が小さく載ってたよ」
「ほぅ……」
彦が意味ありげな目で天城を見る。
「ちょ、ヒガン! 何言ってるのよ!? 持ってない! 持ってないよ! わたしは何も持ってない!!」
天城は必死で否定する。
「いやいや軍事機密を盗むとは感心しないな」
「NO-! NOー!」
天城は違う意味でまた涙目になっていた。ただヒガンはあまり気にしない。
「天城、面白くてんぱってるな……。まぁ、その件は置いておいて……、彦先生。俺はやっぱりひっかかる。というのも、実はショート・ホガーズって名前――もっと前に知ってたんだ」
「そうなのか? ショート・ホガーズも一応結構な機密だったはずだが」
「知ってたのは名前だけだったけどな。――情報収集に出てたファーディアに教えてもらった。盗賊が使ってるバンプ・ナイトの名前をさ……。するとどうだろうか。そいつがエーリンが開発しているやつだった。普通は疑問に思うよな。なんで盗賊なんかがそんなものに乗ってるんだ? もしかして盗んだのか? それとも貰ったのか? てさ」
「………」
「なぁ教えてくれよ、彦先生。これってなんだ? どこまでがあんたとエーリンの仕込みだ?」
ヒガンは彦の回答によっては、殴り掛かる勢いをみせて問い掛けた。既に人が死んでいるのだ。アンナ・ヒュラとその遊撃キャラバン。また国境の村々。機人の村も被害に遭っている。既に冗談では済まない。
しかし、彦はヒガンの様子に気付きながらも敢えて無防備で相対する。
「俺の話したいことに辿り着いたが、こんなギスギスした感じになるとはな……。まぁ、当たり前か……」
「やっぱり、何か噛んでやがったか!」
ヒガンは彦の襟首を掴む。彦は何も抵抗しない。
「話は最後まで聞いて欲しいな」
「なら話せよ!」
「出来れば、開放してもらいたいな。長い話になるだろうからさ」
「………」
彦がその気になれば、すぐにでもヒガンの手から逃れることが出来る。それをしないことにヒガンは戸惑いを覚えながら、手を放す。
「ありがとさん。――さて、話とするならば、まず今さっきの話を遡るか……。ヒガンと天城が疑問に思ったことだが――」
「どの疑問だよ?」
「ゲイボルクが弱くないか、ってとこ」
「そこまで遡るの!?」
今までヒガンの剣幕に退いていた天城が堪らず突っ込んだ。
「そこまで遡るんだよ。――お前たちの疑問は正しい。ぶっちゃけあんな相手ならゲイボルクが苦戦するはずもない。でも戦いは長引いている。なんでかわかるか? ヒガン」
「……知るか」
「すねるなよ。――まぁ、回答を言えば、一つは戦いを覚えること」
「覚える?」
天城が聞き返す。
「そう、ショート・ホガーズとの戦いを覚えているんだよ。出来るだけ強いバンプ・ナイトとの手合わせをして、その戦いを覚え、成長する。ショート・ホガーズとミカエルはあれでも強い部類の組み合わせだ。剣三位であるアンナを屠ってるのもその証拠だ。強い相手というのは希少だ。だからゲイボルクは出来るだけ早く戦いを終わらせずに、幾合も槍を交わす」
「……そんなことをしてなんの意味があるんだよ?」
「意味はある――、それは後に置いておこう。次に二つ目の理由だ。俺は最初にゲイボルクの肩書きをこう言った筈だ――」
「最古にして最強だったバンプ・ナイト……」
その言葉はヒガンも気になっていたことだった。
「そう。ゲイボルクは最強じゃない」
「最強は自分だ……、てか?」
ヒガンは自分で言いながら、彦が言いそうなことだ、と心の中で苦笑する。
しかし、彦は首を横に振って静かに否定した。ヒガンはなんとなく彦らしくない行動だと思った。
彦は言う。
「……ゲイボルクは寿命なんだよ」
と。
つめこみすぎた。