ゲイボルク・19
間を空けてしまった申し訳ありません。
「なんだ、その打ち込みは!」
ミカエルのショート・ホガーズが振るう槍を、ヒガンの駆るバンプウェルズはただしのぐのみ。
「これ以上打ち込めないんだよ……」
ヒガンは鉄パイプを杖代わりにして、激しく揺れるコックピットの中で立っていた。
しかし、これでもまだ揺れていないほうだ。
バンプウェルズは動きの始終に脚部の膝を曲げ、衝撃を最大限緩和している。ただし、そのために動きが鈍い。また、攻撃の初動が相手に読まれてしまう。
救いはパンプウェルズの盾にあった。盾のショックアブソーバーの性能は頼もしく、衝撃をよく吸収してくれる。
必然的にヒガンは盾を前にしての攻防をすることになった。
ただし、いつまでもそうしてはいられない。
盾は幾度の攻撃に損傷が激しくなっている。そしてバンプウェルズのラインシャッハ装甲もまた盾をすり抜けた攻撃に欠損が生じている。
―――なんとか隙を見つけて、一撃を……。
ヒガンはじわじわと己の防御能力が削られるのを感じながら、時機を窺う。そして、ミカエルのショート・ホガーズに致命傷を与える一撃を与えたかった。
「だが、攻勢に出られたとしても長期的に攻撃は、揺れに俺が耐えれない。ここは一刺し……撤退を考えさせる傷を負わせなければ――」
しかし、状況は更に悪くなった。
「そうか、そのバンプ・ナイトは不完全か!」
ミカエルの声だ。
ヒガンは舌打ちする。
「まぁ、こんな戦いしてたらいずれは気づくだろうがな!」
「それでも俺は容赦はしない! 機士として、手を抜くのは失礼だからな!」
「なんで、盗賊のくせにそう律儀かな! ――俺もそういう考え好きだけどさ!」
ショート・ホガーズの動きが変わった。左右上下に攻撃をバラしてきたのだ。
―――これじゃ、衝撃を逃がしきれない!?
バンプウェルズは躯体を大きく動かすこととなり、コックピットを大きく揺らされたヒガンは操縦に集中できなくなる。
「弱点は突くものだ!」
「至極ご尤も! ――ちくしょう、徹底してやがるな。あいつ……。ってしまった! アラートだと!」
ヒガンの左脇に浮いていたディスプレイが警告を促してきた。盾の損傷状態が限界にきたのだ。
「どうした! 更に動きが鈍くなったぞ!」
ミカエルの言葉と共に、ショート・ホガーズは槍をバンプウェルズの顔目掛けて突き出した。
「こなっ!」
バンプウェルズは盾を前に――しかし、盾を突き抜かれた。ただ、槍は方向を変え、バンプウェルズの右肩へと深く刺さる。エーテル装甲も損傷を負い、エーテル回路からゲル状のエーテルが漏れた。
ヒガンは「しめた!」と目を大きく開き、宙に浮くディスプレイを掴み、引き寄せた。
「左肩の全駆動部、可変スタビライザを固定! エーテルを硬化!」
すると、バンプウェルズの左肩と突き刺さる槍の間から漏れるエーテルが蒼い結晶へと変化した。そして最後の仕上げとして、バンプウェルズの左手が槍を掴む。
「槍が……、動かぬか!?」
ショート・ホガーズは槍を抜こうとするが、槍は左肩に固定され、動かなかった。
バンプウェルズは、ショート・ホガーズが槍を手放す前に、右手に持った刀を突き出す。狙いは腰部である。
ヒガンはショート・ホガーズの設計図を見ていてよかった、と思った。ショート・ホガーズの腰部にはバンプ・ナイトの心臓となりえるエーテル機関が搭載されているをの覚えていたのだ。
勝機が見える。
「いただきます!」
ヒガンは叫んだ。
●
刀がエーテルを付与された外部装甲、エーテルを流すエーテル装甲、フレームを貫き、砕き、そして内部で守られたエーテル機関を串刺しにした。
エーテルをゲル状にしてバンプ・ナイトに流す役割を持つエーテル機関は、貫かれた衝撃で突発的に大量のゲル状エーテルを精製し、内部から破裂した。
エーテル機関破裂により、大量のエーテルがエーテル回路を走り、飽和する。
結果、刀を突かれたバンプ・ナイトは全ての駆動部を痙攣させ、装甲の隙間という隙間からエーテルを噴射させる。
りゃん
と、大量の風鈴が鳴る音がし、エーテルは蒼い粒子へと変化する。
刀が抜かれる。
彦・麻呂は倒れ逝くS・ショート・ホガーズを横目に、刀に付着した装甲の破片と、エーテルを振り払い、鞘に収める。
「……これで、全てか」
近くを索敵するが、バンプ・ナイトの反応はない。
彦の駆るブラック・ティティの周りには無数のS・ショート・ホガーズの残骸が散らばっていた。
全て、彦に手によって作られた残骸だ。
時間にして数分。
増援を換算し、約十騎のS・ショート・ホガーズを駆逐し終えた。
彦はその結果に満足をする。――いや、ブラック・ティティの性能に満足していた。
「流石はご先祖様の、と言うべきか。俺の動きにしゃんと応えてくれる。それに壊れない」
彦が立つコックピットの中。その頭上。ドーム状の頂点は設計上、周りの風景を映しておらず、ただ機械的な肌を見せている。そこには文字が刻印されている。
刻印の文字は漢字で二文字。『定定』と彫られていた。
ブラック・ティティの本来の名前である。かつて、染井・吉野の愛機とされた八丈軍・定定。
古くから彦の家系に受け継がれてきた遺産だった。
このブラック・ティティは、彦の乱暴な扱いを見かねた八丈軍・楓によって、機人の村に封印されていたが、今回の盗賊騒ぎで乗る機体のない彦に特別措置として使用許可が出ていた。
―――このまま持ち逃げしていいかな?
彦はふと思った。
事態が収束すれば再び封印されるのは明らかだ。ならばいっそ――。
「いやいや、後が怖い」
彦は頭を振った。
ブラック・ティティに通信が入る。場所は彦のギャリーからだ。
『おーい、あんさん無事でっか?』
「おぉ、あんたか? 俺は無事だが、そっちはどうだ?」
『わいは頭を打ったぐらいや、それにこの新米君も無事やし、あのケネスやったけか? あの坊主も操縦部から逃げてきおったさかい』
「つまりは全員無事ってことだな」
『そうやな。――ところで、町の方でもまだ暴れとうやつが居るらしいで。あんさん行かんのか?』
彦が機人の村へと目を向けると、町の一角で爆発が起こった。
「いや、俺の役割はもうちっと別でね。それにそっちの方は他の機士がやってくれるだろ。あんまり手柄を取り過ぎるのはいけない」
『なんか、それはそれで町の人に薄情とちゃうかいな』
「かもな」
彦は自嘲する。仮にもこの町は彦の故郷である。それを蹂躙されるのは確かに嫌ではあるが……。
―――それ以上に怖気の走るものがあるんだ。
風が騒いだ。
「……来たか」
センサーも新しいバンプ・ナイトの存在を感知し、知らせる。但しそのサインは友軍のもの――エーリンの機体である。
ブラック・ティティは彦の動きに合わせて空を仰ぐ。
青い空にうっすらと白い雲が浮かぶ。そして一点だけ、黒い。
何かが空を飛んでいた。
『あんさん、どないしたんや?』
空を見上げるブラック・ティティを気にして、通信の向こうから相手が訊いてくる。しかし彦は「いいや」と否定し、首を横に振る。
「悪いが、町の技師――八丈軍に関係ある奴を見つけて、このティティを回収してくれるように言ってくれ」
『へ? おいおい、あんさんがやればええやないか。それ、あんさんのやろ?』
「まぁ、そうなんだが、色々と訳有りで俺のだけじゃないんだな、これが。それに、急ぐ理由も出来た。――おっ、やっぱあった」
彦がディスプレイを引き寄せ、操作をすると、ブラック・ティティはしゃがみ、足に設けられたハッチが開く。そのハッチの奥にはバイクが一台置いてある。
『あんさん、どっか行く気かいな?』
「そうだよ。だからこいつを任せるんじゃないか」
彦はコックピットを開き、外へと出た。
●
刀が折れた。
その事実にヒガンは目を見開く。
確かに、バンプウェルズの刀はショート・ホガーズの腰部を――エーテル機関を捉えた。
しかし、その刀はショート・ホガーズの装甲を貫く前に折れた。
装甲が分厚すぎたのだ。
「いただいた感想はどうだ?」
ミカエルが訊いてきた。その声からは余裕を感じる。
「……大変歯応えがあるようで」
「硬過ぎたか? いかんな、ちゃんと鍛えねば」
「歯はどうやって鍛えるんだよ。カルシウムか?」
ヒガンは目を閉じた。
―――重装甲を甘く見ていた……か。
「バンプウェルズ。お前は悪くない。普通ならばここでお前の勝ちだった。ただ読み間違えをする操縦者が不運だったな……」
ヒガンはバンプウェルズに語りかける。
ショート・ホガーズが動く。槍から手を話し、そのままバンプウェルズの頭部を掴んだ。
めきめきとバンプウェルズの頭部装甲が軋む音が聴こえる。
―――まったく情けない。
ヒガンはこの後、天城がどんな顔をするだろうか、と思った。
怒るだろうか。泣くだろうか。
しかし、自分はそれを見ることがないだろう。
申し訳なかった。
……どこからか、鳥の様な鳴き声が聴こえた。
●
ぴゅうりりりりぃ
エーテル機関の音が混じった鳥の声。
天城は走らせるバイクを停めた。
空を見上げれば、そこには一羽の鳥。
しかしとても大きい。全長十mはあるだろう。
その鳥は幾度か見たことがある鳥らしきものであった。
低く飛んでいる。
今度こそはっきりとその容姿を捉えることが出来た。
機械で出来た鳥。
カンムリ鳥を模した機械。
しかし、天城は細部に注目する。
装甲から隙間から見えるケーブル、スタビライザーに駆動部。
「バンプ・ナイトを造る技術が使われてる!?」
一目でわかる。
この機械の鳥はバンプ・ナイトだ、と。
鳥型のバンプ・ナイト。
天城の知る限り、そんなものが造られていたことなど知らない。
―――可笑しい。
天城は脳内に突っかかりを覚える。思考が繋がらないもどかしさ。
この盗賊襲撃事件はどこか可笑しかった。
エーリンの軍事機密にあったショート・ホガーズ。
どこか機士としての筋を通す盗賊の頭。
偶然帰郷していた彦・麻呂。
前例のない鳥型のバンプ・ナイト。
これは単なる盗賊の騒ぎではない、と天城は感じる。
そして、まだ何か大きなイベントがあるのではないか。そう予感した。
ぴゅうりりりりぃ
機械の鳥は飛ぶ。
その向かう先はバンプウェルズとショート・ホガーズだった。
実はまだ、設定の見直しが終わってません。
あと、ロボットの描写や造詣の見直しもしようかと……。絵を先に用意しておくべきだった。