ゲイボルク・13
アルスター領。エーリン首都ベルファストに構えられた王宮内をファーディアは歩く。
ファーディアの服装はいつものローブと違い、修道服を彷彿させるスカート状の緑色の服。そしてマントとの中間のような長いケープを着ている。腰には短剣を差しているが、これはエーリン軍の防人の服装ではなく王宮次官のものである。
ファーディアに軍服を纏う資格はなかった。
そしてファーディアの斜め後ろ。着かず離れずの場所にファーディアと同じ服を着た緑髪の女性が歩いていた。
「モリガン。貴方が道中で拾ってくれて助かりました。ここまで早く王宮に着けるとは思ってもいませんでしたよ」
ファーディアは振り向かず、その女性――モリガンに言う。
「いいえ。貴方様がベルファストに向かっている、と聞きましたので――」
モリガンは気恥ずかしくなり、顔を伏せた。
かっかっ、と大理石で造られた廊下を歩く音が響いた。
「カンムリの調子はよさそうですね」
「はい。整備は怠っておりませんでした」
「……貴方との精神接続も、ですね?」
「………」
沈黙は肯定。
「モリガン。貴方は私の後を追う必要は――」
ファーディアは話を続けるが、
「あります」
モリガンが先読みをした。
頑として、ファーディアにその言葉を言わせない意思があることが伝わってくる。
ファーディアは心の中で溜息を吐き、その場で足を停めた。するとモリガンもぴたり、とファーディアとの距離を変えずに停まる。
「まだ、ベルファストは緑に包まれているのですね……」
ファーディアが見るのは廊下の外。廊下には壁がなく、ただ天井を支える柱があるだけなので、道を外れればすぐに芝生の生えた庭へと出ることが出来る。
庭は庭師が頑張ったお陰で綺麗に整っている。
普段荒野しか見ていないファーディアには、その緑の景色――生命が溢れる様は眩しく見えた。
「アルスター領はまだ二百年前の緑を保っております」
「しかし、レンスターとマンスターの南部はダマリと触れ合っているお陰でその殆どの緑が荒野になっている」
「その通りで御座います」
「他の国のダマリ国境付近でも似たようなことになっていました。――鬼との戦いはこちらが圧倒的不利な消耗戦と同じ。残された資源を考えれば、あと百年もしない内に大陸の八割は荒野へと姿を変えるでしょう」
「……はい。故にゲイボルクが必要なのです。そしてスカアハの再生の為にも……」
「また、誰かが犠牲になるのでしょうね。私と同じように……」
「………」
モリガンはまた顔を伏せた。今度は哀しみからの行動だ。
ファーディアは足音立てずにモリガンへと近付くと、そっ、とその頭に手を置く。
「少し痩せましたか? ――精神的に疲れているように見えます」
「ファーディア様に比べれば、このような疲れ――」
「アンナ・ヒュラもまた贄となった」
「!? ファーディア様!?」
モリガンがばっ、とファーディアを見上げる。
「泣いてくれて有難う御座います」
「……泣けない貴方様のためならいくらでも泣きましょう」
ファーディアはその優しい笑みをモリガンへと向けるが、口元が時折ひくついていた。
モリガンはもう一声、ファーディアへかけようとするが、その口はそっ、と人差し指を当てられ遮られる。
「カハに会う前に、貴方と逢えてよかった。でなければまともに話が出来ないところでした」
「ファーディア様……」
「貴方の愛に感謝します。では、後ほど……」
ファーディアはモリガンを置いて歩き出す。モリガンの視線がその背中に刺さるのを感じる。
暫く歩くと、人の三倍の高さはある扉の前へと辿り着く。
衛兵が二人、その扉の前で槍を交えさせ構えているが、ファーディアを確認すると、構えを解き門の向こうへと誘う。
ファーディアは無言で頷くと、扉を押す。
扉は驚く程軽く、一押しで全開まで開いた。
そして中に入る。
謁見の間として設けられた大理石の部屋は広く、バンプ・ナイト一体なら易々と入るほどであった。その奥には段差が幾重にも重ねられ、頂上には玉座がある。
「よくぞ来た」
ファーディアが玉座が構えられる段差の前まで来ると女性の声が上から降ってくる。
「来なければならないでしょうに」
ファーディアは伏礼もせず、ただ上の玉座に座る女性を見据える。その女性はモリガンと瓜二つなほど似た顔つきをしていた。
女性――エーリンの女王であるバイブ・カハはそのファーディアの態度に満足し、「ふん」と鼻で笑う。
「アンナ・ヒュラの死は知っておろう。どんな気持ちだ?」
「わざわざその答えを訊くために私を呼んだのですか?」
「愛しの君の心を知りたいだけじゃ」
「貴方には私に対しての愛はない」
ファーディアが言い返すと、カハは高らかな笑いを見せる。
「その通りであったな。――しかし、妾はお前を愛していたぞ」
「………」
「モリガンには会ったか?」
「えぇ、先程まで一緒に居ました」
「大事にしろ。あれは妾であると同時に、お前の終生の相棒とあるのだからな」
「わかっております……」
ファーディアは一瞬だけだが、目を逸らした。その様子にカハは更に機嫌をよくし、再度、問う。
「で、どうだ? 肉親を失った気持ちは」
「ゲイボルクの贄となると決めた時より、私には肉親など居りません」
「いい答えだ」
カハはまた笑う。
しかしファーディアはそろそろ煮え切らなくなり、自分から本題へと入った。
「そろそろ話をしましょう。今度の餌は何です?」
すると、カハは冷めた目つきになり、何かをファーディアへと放って寄越した。
人差し指くらいの長方形をした端末だ。
ファーディアはその端末にあるボタンを押すと、端末の側面から光が伸び、ディスプレイへと変わる。
そのディスプレイにはルコルパーンを太くしたバンプ・ナイトの映像が映っていた。そして次のページへと操作するとスペックノートになっていた。
「重装甲型ルコルパーンMkⅢ。通称ショート・ホガーズ。搭乗者はミカエル・ヨハネスク」
「ショート・ホガーズ……」
「その性能のよさはアンナを倒したことから証明済みだ。まぁ、機人の村で造られたものだしな」
「……楓様は苦しんでおられました」
「必要な苦しみだ」
カハは言い捨てる。
ファーディアは奥歯を噛み締めるが、その怒りをカハにはぶつけない。
「ゲイボルクはこのバンプ・ナイトを喰らうのですね」
「予定よりも早い狩り入れであるが、問題はない」
「……わかりました。ゲイボルクを出しましょう。――エーリンとこの世界の長き繁栄のために……」
ファーディアは謁見の間を後にした。